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コスプレーヤの恋(2)

「影路先生、手の怪我はもういいんですか?」

「ええ。リハビリも終わって、もう問題はない」

 久々に出会った、花園さんに私はそう答える。手の怪我は【手当て】の能力の先生のおかげで、びっくりするほど早く回復した。その為すでにリハビリも完了している。

「本当に良かったです」

「愛梨ってば、影路先生が居なくなって、凄く悲しんでいたんですよ。そう言えば、先生も漫画とか興味があるんですね」

「私は実はあまり詳しくなくて、エディの手伝いで来ているだけ」

 エディと学校の潜入時に約束してしまったコスプレを今日やって欲しいと言われたので、言われるままに着替えてきたのだ。

 何でも飛べない鳥に出て来る、夏目というキャラが学校に潜入した時の制服という設定らしい。

「そうなんですか。でも、凄い似合ってると思います」

「ありがとう」

 セーラー服なんて何年ぶりという感じで、ちょっと気恥ずかしいのだが、現役高校生が大丈夫と言うなら、変ではないのだろう。

「佐久間先生や瀬戸先生も着替えるんですよね。どんな姿なんだろう」

 ……たぶん、さっきのエディの様子からすると、佐久間はシンデレラの王子の服なんだろうなと思う。今は明日香と佐久間と一緒にエディは着替えのスペースへ行ってしまったので、私は販売ブースに残された感じだ。

 エディはオタク仲間と一緒にブースを出していた。販売は私以外がやってくれているので、私は客寄せみたいなものだ。

 

 話していると、すぅぅっと目の前を小さな人というか、妖精?的なものが通っていって、私はドキッとする。……何、今の。

「わぁ。能力の無駄遣いだ」

「凄いね。本当に、本物がいるみたいに見えるね」

「能力の無駄遣い?」

 何だろう、ソレ。

 褒めているのか、貶しているのか分からない言葉だ。

「動画サイトでよく使われているんです。漫画やアニメやゲームを自分の能力を使って再現したりする人で、特にクオリティが高いと、【能力の無駄遣い】タグが付くんです」

「えっと、褒めてるんだよね?」

「勿論。これ以上ないぐらい賞賛してます」

 漫画やアニメなどを再現しても金銭的な利益がないから、能力の無駄遣いという事なのだろうか? でも確かに、さっきの妖精は凄い。本物が飛んでいるのかと思った。


「ほら、あそこのブースにいる人。傀儡師さんじゃないかな? 動画サイトでよく見るんです。【人形使い】の能力者で、フィギュアを使って凄いアクションシーンを再現したりするんですよ。あの人も、能力の無駄遣いの人です」

 へぇ。

 どんな動画なのだろう。ちょっと興味はある。

 良く周りを見れば、変な動きをしている人が何人もいた。アニメの絵が付いたボールのようなものをふよふよ浮かせていたり、何故か写真をとるたびにキラっと光ってみたり。うん。確かに、能力の無駄遣いだ。凄いのだけど、あまり役立っているようには見えない。

「2人とも、折角来たのだから、楽しんできて」

 板井さんと花園さんが、見て回りたそうにうずうずしていたので、そう勧めておく。私もちょっと【能力の無駄遣い】は気になるが、特に特定のアニメや漫画に興味があるわけではないので、休憩時間にでもちょっとふらつかせてもらえれば十分だ。


「えっと。じゃあ、後で差し入れ持ってきますね!」

 そう言って2人は楽しそうに人混みの中に飛び込んでいった。

 何というか、オタクの世界というのは不思議な世界だなと思う。事前にエディに教えてもらったのだが、オタクのイベントではクラスとかはまったく関係ないそうだ。AクラスだろうとDクラスだろうと、すべてが平等。必要なのは、そのアニメや漫画、ゲームの作品に対する情熱だけ。

 クラスが全く関係ないという状況がいまいちピンときていなかったけれど、Dクラスの2人のはしゃぎ方を見ると、確かに関係ないんだろうなと思う。学校ではあんな笑顔中々見られなかった。


「あの、すみません」

「はい」

「写真いいですか?」

 不意に黒髪に赤いカラーコンタクトをした少女に声をかけられた。腰まで届くかというほど長い髪だが、もしかしたらカツラかもしれない。赤いカラーコンタクトというのも普通ではないし、服もフリルがついたゴスロリに近い格好だ。……何かのコスプレだろうか。

「はい」

 私はそう言ってカメラを受け取ろうとしたが、その手は空を切った。

「じゃあ、すみません。ここを押してもらうだけでいいので」

 隣で座っていたエディの友達にカメラを渡した少女は私の空をきった手を掴む。……ああ、私と一緒に写りたいということか。今までこんなふうに一緒に写って下さいなんて言われたことがなかったので、少し予想外だった。

 私は芸能人でもなんでもないのだけど、いいのだろうか。

 よく分からないが、とりあえず特に写真に抵抗があるわけでもないので、素直に従う。

「じゃあ、よろしくお願いします」

 少女と移動をして、カメラから少し離れた私は、ピースをしたほうがいいのか、このままの方がいいのかわからず、とりあえず特に何のポーズもせずにカメラに撮られた。

「あと一枚だけ、いいですか? 今度はいいこいいこって頭を撫ぜるような感じで」

「こう?」

「はい」

 とりあえず、言われるままに自分より少しだけ小柄なだけの少女の頭を撫ぜる。……よく分からないけれど、何かのワンシーン的な感じなのだろうか?

 やっぱりよく分からないが、すごく嬉しそうな顔をしているので、求められるまま、もう一度写真に写った。


「ありがとうございました。一緒に写真チェックいいですか?」

「あっ。はい」

 オタクって凄いなぁ。

 私はそこまで人見知りな方ではないと思っていたが、見ず知らずの人に写真をお願いしますとは中々言えないので、その行動力は見習った方がいいかもしれない。

「ありがとうございます。綺麗に写っていました」

「いえ」

「僕、夏目さんのようなお姉ちゃんが欲しかったので嬉しいです」

 一瞬何の話だと思ったが、そういえば、このコスプレのキャラクターの名前がそんな感じだったと思い出す。もしかしたら、【僕】という喋り方も、この子がコスプレ中のキャラの口調なのかもしれない。私は夏目を知らないので、なりきれていなくて申し訳ない限りだ。

「喜んでもらえたなら良かった」

「出来たら、本当に僕のお姉ちゃんになって欲しいなぁ」

 本当に、そのキャラクターが好きなんだろうなと思う。

 私としても、こんな美少女顔の妹がいたら、きっと自慢の妹だったんだろうなと思う。ただそれと同時に、私のようなDクラスが姉でなくて本当に良かったと思う。

 私が姉だったら、彼女の価値が下がってしまいそうだ。なので、なんと答えていいものか分からず、曖昧に私は笑い返しておいた。


「ねえ。僕と一緒にいきませんか?」

「……ごめん。まだ、友達を待っているから」

 コスプレのおかげなのか、かなり気に入られたらしいが、唐突にいなくなったら佐久間たちも驚くだろう。可愛らしいナンパだけど、佐久間達が来るまではここから離れるわけにはいかない。

「そっかぁ。残念です」

「ごめん」

 もしかしたら、軽い気持ちで誘っているだけで特に残念がってはいないかもしれないけれど、何となくこんなかわいい子の誘いを断るのが悪い事をしている様な気がして、もう一度謝る。

「良いです。また今度は、一緒に来て下さいね、お姉ちゃん」

「えっと……」

 今度と言っても、私はエディに誘ってもらわないと、こういう会場に来る事はない。また会う確率はかなり低い気がする。

「あ、そうだ。今日写真を一緒に撮ってくれたくれたお礼に、良い事教えてあげます」

「良い事?」

「早めにこの会場からは出た方がいいですよ。とても込み合う事になるので」

「はぁ」

 確かにこれだけの人がいれば、最後まで残ると、とても出口が込み合いそうだ。だとすれば、早めに出た方が良いのかもしれない。でも、売り子をやっているのに、そんな事できるのだろうか?

「それとパンダは意外に、繊細で寂しがりやで臆病ですから、可愛がってあげて下さいね」

「へ?」

 パンダ?

 しかし私が尋ねるより先に、女の子は人混みの中に入って行ってしまい、詳しく話す事ができなかった。

 パンダって……エディの事だよね? というか、普段パンダと接することなんてないので、たぶんそうなんだろうけど……、エディは今日はパンダの恰好はしていなかったように思う。

 元々エディと知り合いの子なのだろうか?


「影路ちゃんお待たせー」

 首を傾げつつ元の場所に戻ると、エディ達もちょうど戻ってきた。紙袋を被ったエディは相変わらず凄いインパクトだ。周りの人達も注目している。

 でも注目されているのはエディだけではないかもしれない。

「えっと、変じゃないよな?」

「ううん。似合ってる」

 佐久間は以前着たことのあるシンデレラ王子の姿でやってきた。前の時は舞台衣装だったのでラメがかなり入っていたが、今回は入っていない。それでもなんだか佐久間が着ると、周りが輝いている様な気がした。

 周りの女の子達も、凄く佐久間が気になるようでチラチラ見ている。

「王子様みたい」

「みたいじゃなくて、王子役だからねー。まあ、こんな王子がいたら国が潰れちゃいそうだけどぉ」

「おいっ」

 エディの ボケに佐久間がツッコミを入れる。

「そういえば、明日香は?」

「さっき捕まってたから先に来たけど、たぶんもうすぐ来ると思うよー。あっ。噂をすれば、ほら」

 エディが指さした方を見ると、佐久間と同じような王子様っぽい恰好をした明日香がいた。黄色を基調とした服装で、背中には佐久間と同じでマント。

 明日香は背丈があるので、何というか、ヅカっぽい雰囲気もあって、凄い似合っている。


「明日香、カッコイイ。凄く似合ってる」

「ありがとう」

 さっきの女の子が一緒に写真をとりたがったのが良く分かる。普段は見れない恰好とか、この一瞬でなくすのは惜しくなるのだ。

「後で、写真を一緒に駄目?」

 携帯電話を見せると、明日香はニコリと笑いかけてきた。

「もちろんいいわよ。そんなの」

「あ、あれ? 影路? 何だろう。俺と反応が違う気がするんだけど」

「反応?」

 エディがお腹を抱えてヒーヒー言いながら笑っている。何か違っただろうか?

「えっと……あっ。佐久間も一緒にどう?」

 何というか、佐久間は明日香より神々しい感じで――たぶん私が佐久間を好きだからなのだろうけど――心の目に焼き付けたので、写真という発想が出てこなかった。何というか、写真を撮ってもいいのかなぁという感じがするのだ。その点、明日香は友達だから大丈夫な気がした。

「勿論、撮るから!」

 勢いよく言われて、仲間外れにして悪かったなと思う。佐久間だって折角コスプレしたのだし記念に写真が欲しいに違いない。

「エディは――」

「僕は写真を撮ると、魂抜けちゃうからやめとく」

「魂って、お前はいつの時代の人間だ」

 

 どうやらエディは写真が苦手らしい。

 こういうイベント慣れしているから大丈夫だと思ったのだけど。でもよく考えたら、エディは常に顔を隠しているし、何かその辺りにあるのかもしれない。

「――ただね。凄く楽しんでるところ悪いんだけど」

 そう言って明日香が少し言いにくそうな雰囲気で切り出し、そろりと自分の携帯電話をとりだした。その表示は通話中。

「仕事が入ってしまったのよね。というわけで、はい。佐久間。春日井部長から」

 そう言って、携帯電話を佐久間に差し出した。 

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