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コスプレーヤの恋(1)

 ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポンッ!!


「ふがっ……誰だよ」

 ベッドから起きた俺は、ぐっと背伸びをしてから、コキコキと首を鳴らす。その間も、絶え間なく鳴る玄関のチャイム音。

 昨日は、大学のレポートを徹夜で書いていたので寝不足なのだ。俺は組織の仕事の所為で、授業の出席日数が少なくなる為、代わりにレポートの提出が義務付けられていた。

 日曜日ぐらいゆっくりさせてくれよと思いつつ、俺はジャージのまま玄関へ向かう。新聞の勧誘とかじゃないよな。


「はいはい。今開けますよー」

「遅いっ!!」

 ドアを開けた向こうには、明日香がいた。

「あれ? 今日は仕事じゃなかったよな」

「何? 仕事じゃなかったら来ちゃダメなわけ? 別に佐久間がエロ本とエロビデオをベッドの下に隠してたって気にしないわよ」

「見てきたかのように言うなよ。それで、何?」

 朝っぱらから明日香が来るなんて珍しい。何かあったのだろうか?

「今すぐ、着替えて身だしなみを整えて来なさい」

「へ? 何で?」

「あのね。女性が来た時に、無精ひげはやして、ジャージのままでいいと思うの? そんなんじゃ、一生童貞よ」

 ……朝から強烈なマシンガントークに俺は頭痛がした。というか、頼むから、徹夜明けに心の傷を抉るのはやめて欲しい。どうせ、俺は年齢=彼女いない歴ですよ。

「とにかく、折角デートに誘ってあげてるんだから、30分以内に準備しなさいよ。」

「……でーと?」

 でーとってなんだっけ。でーと、でーと……。

「デート?!」

「冗談よ。そんな、叫ばなくてもいいじゃない。とにかく、これはアンタの為じゃなくて、綾の為なんだから、協力しなさい」

 ビビった。

 一瞬で目が覚めた。まさか、明日香にデートに誘われる日が来るなんて思っていなかったので、今日が大和沈没の日かと思った所だ。世界滅亡予言とか、読まれたりしていないよなと、ちょっと不安になるじゃないか。

「影路の為?」

「そうよ。エディが前に、綾と取引してたでしょ。何かアニメキャラのコスプレをしろとか、なんとか。私の情報網だと、今日がその日なのよね。とにかく、綾にいかがわしいコスプレをさせない為にも、ちゃんと目を光らせなくちゃいけないのよ。分かる?」

「……マジで? 私の情報網って、どこ情報だよ」

「勿論、綾から直接聞いたのよ」

 そう言えば、明日香と影路って全然性格が違うと思うのに、仲がいいもんな。影路の家にも何度か遊びに行っているようだし、メールのやり取りも頻繁に行っているみたいだ。

 ちょっと俺が妬いてしまいそうなぐらいに2人は俺よりも親密だ。

「とにかく、私はアニメとか良く分からないし、佐久間付き合いなさいよ。それとも、綾に悪い虫がついてもいいっていうの? それだけじゃないわ。もしかしたら、綾の事が気にいった、ストーカーとか現れるかも。なんか、よく似ているアニメキャラがいるんでしょ?」

 そう言えば、2次元以外はクソと言い放つエディが認めたほどだもんな。そのアニメが好きなオタクが、影路に近づくかもしれない――。

「だ、駄目に決まってるだろ?! 分かった30分以内だな。すぐ用意するから、適当に部屋に入って待っていてくれ」

 俺は、今日のゆっくり寝るという予定を返上し、影路をオタクの手から救うため大慌てでまずはシャワーを浴びに向かった。


 



 

◇◆◇◆◇◆◇◆





「……マジかよ」

 エディと影路がいるはずの、同人誌を販売している会場にやってきたのだが……人の多さに、俺は圧倒された。

 何だコレ。

 どこを見ても、人人人。すぐに影路たちを見つけられるかと思ったのだが、甘かった。見つかる気がしない。

「あ、もしもし。綾? 今、どこ?」

 俺が、予想外の状況に圧倒されていると、隣で明日香が影路に電話をかけた。……あ、そうか。別に俺らが探さなくても、落ち合えばいいのか。

 何となく、影路にバレないようにして、こっそり守らなくてはというイメージがあり、この会場で運命的に出会うしかないと思っていたが、別にこそこそ隠れて守る必要はない。

 でも会って何て言えばいいんだ? 影路がコスプレした姿を野郎に見せるのは許さんとか、俺は彼氏でもないので言えるはずがない。というか、影路的には、俺が野郎の視線から守ろうとしているのさえ大きなお世話な可能性も……。


「あれ? 佐久間先生?」

 うわぁぁぁ、俺、ウザくねえ? 大丈夫か? と考えていると、不意に声をかけられた。

「ん? えっと。確か――」

「お久しぶりです。この間授業をしてもらった、花園と板井です。先生達もこういう場所に来るんですね」

 そうだ。

 この子達は、この間潜入捜査に行った時に授業を受け持ったDクラスの子だった。

「意外だよね。Aクラスの人とか、こういうのには興味がないと思ってました」

 うん。俺もこういう場所に来る事になるとは思っていなかった。人生何があるか分からない。

「Aクラスは興味ないっていうのは偏見だけどな。いろんな奴がいるから。俺は、今日は影路に会いに来ただけで」

「えっ? 影路先生も来てるんですか?!」

「愛梨、影路先生の事好きだったもんね。会えなくなって、一番寂しがっていたし」

 きゃぴきゃぴと2人が少し大きな声ではしゃぐ。Dクラスの生徒は、人が多い場所ではビクビクしているイメージが強かったが、そうでもないようだ。まあでも、ここでは少し大きな声で話さないと、周りの音に声がかき消されてしまいそうだけど。


「ツンデレ美女と、JK侍らせて、そこの、ハーレム気取りのAクラスのお兄さん。ここは、馬鹿の入場を禁じてまーす」

「誰が馬鹿――えっ?」

 この声はエディだなと思い振り向いたが、そこにパンダは居なかった。かといって金髪の外人もいない。

「……誰だ?」

「ふっ。名乗るような者ではないけれど、あえて名乗ろう! 皆のヒーローハンバーガ仮面さ」

「もう一度聞く。誰だ?」

「やだなぁ、佐久間。【飛べない鳥】に出てくる、翼が咄嗟に顔を隠して戦った時のコスプレじゃないか。その名も、ハンバーガ仮面。ちょっとポテト臭いのが難点だけどね」

 俺の背後から声をかけてきた、たぶんエディだと思われる人物は、頭にハンバーガーショップの紙袋を被って目のあたり穴を開けた、何とも言い難い恰好をしていた。

 俺は【飛べない鳥】というものを知らないのでそれが忠実な再現なのか良く分からないが、そんなアホキャラを出す方も出す方だけど、そのコスプレをする方もする方だ。明らかに、不審人物以外の何物でもない。

「ポテト臭いなら、さっさととれ」

「折角、朝からハンバーガーショップで大量買いして、一番大きい袋に入れてって、店員のお姉さんにお願いしたんだよ。硝子のハートのこの僕が。その勇者の証をとれ――、いやぁ、エッチッ。いじめっ子。止めて。顔がくしゃって力が出ないよ」

 俺が紙袋を取り上げようとすると、エディは必死にそれを守ろうと手で押さえる。

 ったく。何だか、その姿を見ていると、馬鹿にされているような気分になるんだよ。


「佐久間?」

 影路の声が聞こえて、ドキリとして俺はエディの顔を離した。

 そうだよな。今さっき、明日香が影路に電話をしたわけで。そして、ここにエディがやって来たなら、影路もやって来るというわけで。

「えっ。あ、影路……」

 影路は、セーラー服を着ていた。この間の潜入の時はブレザーだったが、今度はセーラー……。何となく頭から足の先までマジマジとみてしまう。

「もしかして、佐久間もお手伝い?」

「えっ? 手伝い?」

 訝しげに聞かれて、俺ははっと、影路を眺めるのを止める。黒のニーハイの靴下から視線を上げた。……ヤバい。これは、瞬殺レベルで可愛い。

「そうだよー。佐久間も手伝ってくれるんだよねー」

「はあ?」

 意味が分からないんだけど。しかし、エディは俺の首に手をかけると、耳元で囁いた。

「影路ちゃんに悪い虫が付かないようにする為に、彼氏ではないけど来たなんて言える? それストーカー一歩手前だから」

 うっ。

 明日香に誘われて来てしまったが……やっぱり、そうだよな。俺の方が危ない男だよな。最初から影路と約束していたならいざ知らず、こそこそ追いかけてきたとか、色々痛い。

「はい。というわけで、佐久間も売り子決定で」

「って、俺は、コスプレなんて持ってないからな」

 そんな道具持ってきていない。というか、そもそも持っていない。

「安心してよ。絶対佐久間なら来ると思って、佐久間にしかできないコスプレ道具を、ちゃんと準備したから。1日目から、使えるなんて思ってなかったけど」

 ……こいつ、最初からオレも頭数に入れてやがったのか。きっと明日香に誘われなくても、エディからきっと影路が危ないとかなんとか適当な事を言われて呼び出されていたのだろう。

 その一言で来てしまいそうな俺も俺だけど。


「じゃあ、早速。シンデレラ王子、いってみようっ!」

 エディが元気よく、拳を上に振り上げた。  

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