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学校の恋(10)

「できれば、ホームページのデータを削除して、二度と作らないで欲しいのだけど」

 

 俺がエディに影路が大変なんだと電話で伝えられて、影路と天野が入っていった部屋のドアを開けるとそんな言葉が飛び出す場面に出くわした。

「影路?」

「……佐久間」

 影路は、俺の姿を見たまま動きを止める。表情は変わっていないが、動揺をしているのだろう。まるで、俺には聞かれたくなかったかのように。

「なあ。データを消せって、どういう意味だ?」

「そのままの意味。……ごめん」

「ごめんって、どういう意味だよ」

 今回俺らが任務で学校へ潜入したのは、ホームページの制作者を見つける為だ。ホームページを消す為ではない。


「影路ちゃんは、同情しちゃったんだよねー。本来はそういうのは駄目なんだけどぉ。まあ、影路ちゃんは、元々組織所属じゃなくてお手伝いだし。まあ、もう、二度と手伝いはできないかもだけど」

「同情?」

「そう。Dクラスが関わっちゃってるしー、色々自分の過去とかぶっちゃったんじゃない?」

「……そうなのか?」

 俺が聞くと、影路はこくりと頷いた。

「ごめん」

「ごめんじゃなくてさ。えっと、そもそも、何で天野を怪しんでいた理由も良く分からないんだけど」

「佐久間には伝えていなかったけれど、先生のパソコンから、既にホームページのデータは出ているの。でも、そのホームページのアクセス時間がおかしくて、さらに私が怪我をした時の状況もおかしかったから」

 既にホームページのデータが見つかっている事にもビックリだけど、怪我をした時の状況がおかしいというのも良く分からない。というか、何故その時の状況がおかしいと、天野が怪しいんだ?

「天野に保健室に連れていってもらう時に、何か言われたりされたりしたのか?」

「違う。何も言われてない。そうじゃなくて今回窓が割れて、私はその音に驚いて、脚立から落ちてしまったの。窓が割れた原因は、石がガムテープを張った場所めがけて投げられたから。でも本当にガムテープを張った場所に石が当たったのなら、おかしいの」

「えっと、何が?」

 ちょうどガムテープが張ってあれば、心理的にそこを的にして投げたりもするだろうし。別に既に若干割れているからって、投げない理由にはならないと思う。

「音が鳴るのが」

「まあ、簡単に言えば、窓ガラスにガムテープを貼ったりして、そこを叩いて割っても大きな音はならないんだよね」

「だから、石ではなくて、もっと大きな力が加わって窓ガラスは割れたのだと思う。例えば【念力】のような。そして、石がぶつけられたと思ったのは、石をなげる人を偶然天野君が見たのと、石が職員室に落ちていたから」

「つまり天野が石を置いたって言いたいんだよな? でも何の為に?」

 ガムテープで音が消えるのかどうかは良く分からないけれど、何故窓ガラスを割らなくてはいけなかったのだろうか。

「先生たちを窓の方へ集める為。そもそも、あの職員室にいた生徒は2名。1人はすでに教師にパソコンを借りて、生徒会の書類を印刷していた。その後、その生徒に会いに来たという理由で、職員室の方へ向かっていた天野君がパソコンを使っていた生徒から離れた場所で、ガラスを割って注目を集めた。そして教師の視線が外れた隙にもう1人の生徒がそのパソコンでホームページにアクセスをしたのだと思う」

「……何の為かは、まあ、俺らがもしかしたらホームページの製作者を探しているかもしれないと思ったからか」

 シンデレラの王子の一件で、俺はかなり有名人になってしまった。それに明日香も、色んな意味で有名人だったりする。そもそもAクラスは、なんだかんだで組織に関わっていたりするので、やましい事があればそれを隠そうとするだろう。


「でも影路、今回の目的は犯人を報告する事なんだぞ」

「……分かってる」

 影路はそう言って黙る。

 何故影路がこの事件を未解決にしたいのか良く分からない。

「佐久間はさ、組織の仕事が優先事項だけど、影路ちゃんは組織の人間じゃない。そもそも、佐久間みたく犬調教はされてないんだしー、自分の感情を優先しちゃのは仕方がないと思うなー」

「エディ。犬調教ってどういう意味だよ」

「犬調教は、犬調教だよ。ご主人様に忠実的な? とりあえず、影路ちゃんも、この際佐久間に理由をゲロっちゃいなよ。もしくは、そこのBクラス君が何でホームページを作ったのか理由をしゃべってくれるでもいいんだけど。影路ちゃんがこんな事をするのは、それが理由なんだしー。それと、今更、僕じゃありませーんとか止めてね。もうちゃんと僕の方で調べはついてるんだからさ。真実はいつも1つって、じっちゃんの名に懸けて、全部まるっとお見通しだ!」

「ネタ混ぜ過ぎで意味分かんねーから」

 それと尻尾を振るって、誰に尻尾を振るっていうんだよ。

 そりゃ、組織に勤めているから上司には逆らったりしないし、仕事はきっちりやるけどさ。でも仕事をきっちりやるのは影路だって一緒だし、当たり前の事だ。犬って、失礼な。


「何故って、おかしいからに決まってるじゃないですか」

 俺がエディとくだらないやり取りをしていると、先ほどまで一言もしゃべらなかった天野が口を開いた。

「はぁ?おかしいって、何がだよ」

「この国は狂ってる。全ての価値が能力だけで決められるなんて」

「別に、そんなの決められてないだろ」

 すべての価値が能力で決められるなんて大げさだ。スポーツ選手は、純粋に体力勝負だし、勉強だってそりゃ向いている能力はあるけど、最終的に能力ではない部分で試験を受ける事になる。

「これだからAクラスは分かっていないんです。Dクラスがどれだけみじめで辛い思いをしているか。彼女の頑張りも正当に評価できない無能な、能力主義の世界しか作れていない癖に」

「何の事だよ。そもそも彼女って誰だ?」

 さっぱり理解ができない。

 というか天野が犯人という事も今知ったのだ。彼のバックグラウンドを俺が知るわけがない。確かに影路に気を付けろとは言われていたけどさ。 


「佐久間……潜入捜査の期間、何やってたのさ」

「えっ? Dクラスの能力開発の底上げだろ? あと、Dクラスの生徒とだいぶんと仲良くなったぞ」

 最初はすごく警戒されているというか、中々会話もできなかったけど、影路の時と同じで、根気よく話しかけているうちに、普通に会話できるようになったのだ。俺的に凄い頑張ったと思う。

 でも何でだろう。エディはパンダの被りものをしているから表情が見えない。でも凄く残念なものを見るような視線が向けられている気がする。

「というわけで、Bクラス君は思いっきり誤解してるみたいだけど。Aクラスはこの国の体制を作れるほど賢くはないんだよねー」

「なあ、エディ。それはフォローじゃなくて普通に馬鹿にしてるんだよな?」

「やだなぁ。パンダさんが馬鹿にするなんて酷い事するわけがないじゃないか。普通にありのままを言っているだけさ」

 つまり、ありのままに馬鹿にしているという事だな。お前が俺の事をどう思っているか良く分かった。

「あのホームページは、能力にこだわりを持って、能力の価値を誇示する人が見ると、その能力を使って暴れたいと思わせる【印象画】の能力の持ち主が作ったもの。生徒会にはその能力の持ち主がいたはず。ホームページとか、デジタルでも使えるのは初めて知ったけれど」

 【印象画】の能力者は、人を感動させる名作の絵を描いたりする。有名な画家の多くは、その能力を持っていると言われていた。

「違います。あれはただ、その人が日ごろ思っている事を、表面に出させるだけ。あのホームページを見て犯罪を犯した馬鹿は、日ごろから能力を使ってそう言う事をやってみたいと思っていたんですよ。あのホームページのデザインは、自分が特別すぐれていて、何をやったって許されるはずだと思う馬鹿だけが引っかかる」

「何でそんな事したんだよ」

 あのホームページがなければ、犯罪なんかに手を出さなかった子もいただろう。例え心の中で思っても、歯止めが効いたはずだ。


「そういう馬鹿が、花園さん達を認めないからじゃないか」

「花園って……えっと、【開花】の能力の子だよな」

 他者とかぶりにくい、かなり珍しい能力のDクラスの子だ。影路の手伝いを良くしてくれたから、結構印象に残っている。花が本当に好きらしく、【開花】の能力を使うと、花が余計な力を使って枯れやすくなるといい、自然に花を咲かせる方が好きだと教えてくれた。

「彼女がDクラスだから、それだけを理由に花の水やりや、掃除や、色んな雑務を彼女1人に押し付ける。園芸部員も、いい帰宅部代わりとして彼女を利用している。変ですよね。なぜDだからといって、馬鹿にされてこの学校の奴隷のように扱われなければならないんです? こんな常識おかしいでしょう? 僕がやった事が間違っているというなら教えて下さい」

 それはこの学校生活で天野がずっと想ってきた事なのだろうか。

 今回のホームページは、ある意味代理の復讐という事なんだろう。Dクラスだから、奴隷のように扱われるのは確かに間違っているとは思う。影路がそんな扱いをされたら、俺は黙って見てはいられないだろう。

 でもな。

「間違ってるだろ」

「……だから、Aクラスは――」

「いや。クラスとか関係なくさ。だって、花園がそんな事して欲しいと言ったわけじゃないんだよな。だったら、それは天野が考えてした事で、花園を理由にしたら駄目だろ。その子が好きなら、直接助けてやればいいじゃん」

 別に花園が復讐したいって言ったわけじゃないし。したかったのは、天野だけだ。俺なら影路を絶対独りぼっちにはしない。

「直接助けるって……Dなんてって思っている馬鹿ばかりなのに、僕一人で変わるはずない」

「えと。……変えられなくていいと思う。たぶん、花園さんは、ただ貴方と話せただけで嬉しかったはずだから。Dクラスは天野君が思うほど多くの事は望んでいないと思う」

 Dクラスの影路が言うと、説得力がある。

 確かに、影路は本当に些細な事で喜ぶ。最初から持ち合わせていない分、それがどれだけ幸せな事かを知っている。


「つまり影路は、花園を傷つけたくないんだな」

 俺の言葉に、影路はこくりと頷いた。たぶん天野がホームページを作った犯人だと組織に報告したら、天野は絶対世間に顔つきで犯罪を助長した犯人だと広められるだろう。その時、理由も公開されるかもしれない。

 それに花園は生徒会長に憧れているようなので、自分が原因だと知ったら余計にショックも大きいだろう。そして、犯人ではないのに、花園まで学校に居られなくなる可能性が高い。


 組織に報告をしなければいけないのは分かっているし、組織がしている事は絶対正しい。いつもなら報告して終わりだ。でも、それで傷つく人がいる。

「……エディ。全部の情報を綺麗に消す方法はあるか?」

 俺が犯人を見つけられなかったとしても、次の誰かがまた学校で調べるだけだ。

 だとしたら、その時、結局天野がした事だと明るみに出てしまうかもしれない。

「簡単さ。パソコン自体が物理的にクラッシュしてしまえばいいんだよ。ただ消すだけだと、もう一度蘇らせる方法はあるからね。ホームページにはウイルスを仕込んで、魚拓をとっても、データが削除されるようにすれば完璧さ」

 ……バレたら不味いよな。

 きっと、上司の小言だけでは済まない気がする。でも……決めた。隠そう。こうなったら徹底的に。それが今俺がだせる最善だ。

「なら、その方法で頼む。犯人が見つからなかった報告書は俺の方で書くから」

 それだけでも、上司からのブリザードをもらいそうだけど。

「……あの。佐久間――」

「俺はそれが一番最善だと思うから、影路も今回の事件は内緒にしてくれ」

 困ったような顔をする影路に俺はそう伝える。影路がきっかけかもしれないけれど、決めたのは俺だ。だから、影路が気に病むことはない。

「ありがとう」

 影路が笑ってくれて、俺はこの選択は間違っていないと確信する。皆が不幸になる結果が正しいはずがない。


 まあ、上司の小言は憂鬱だけど、この笑顔の為なら耐えられるはずだ。

「佐久間っ!!」

 よし、これから頑張ろうと思った矢先、突然俺は怒鳴りつけられた。

「……あ、えっ? 明日香……さん?」

 とても怒ってらっしゃいます?

 スパンとドアが開けられた向こうに、鬼のような形相の明日香がいて、俺は一歩後ろに下がった。ヤバい。なんかヤバい。

「まだ授業の途中なのに放棄して……。私がフォロー入れさせられたのよ?! そもそも、いきなりこんなわけの分からない授業始めたせいで、私の方に先生方からクレームはくるし。先生も先生で、Aクラスだからとか、なんとかって言って、全部私に言って来るし。私はアンタの保護者じゃないの? 分かる?」

「ご、ごめっ」

「ごめんですんだら警察はいらないのよっ!」

 本当にそうですね。でも俺には謝る以外の選択肢が用意されていない気がする。

「わ、分かった。授業に戻るから。じゃあ、また後で」

 俺は窓に駆け寄ると、そこから外に逃亡した。もう少し、明日香の怒りが落ち着いてから、もう一度謝ろう。


「ほら、Aクラスなんて、あんなものさ」

 後ろでエディが俺をそう評価している声が聞こえた。うっせぇ。だったら、お前が代わりに明日香に怒られてみろ。

 でも俺は命が大切なので、その言葉は飲み込んだまま、今もケイドロ中と思われる校庭の方へ走った。

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