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学校の恋(9)

「何だこれ? 『上を見ろ?』」


 クラブ塔と呼ばれる、プレハブ小屋が並ぶ場所にやって来た4人のBクラスの生徒が張り紙を見て、訝しみつつ上を見た。

「はい。お疲れ様です」

「「「えっ?」」」

 ポンポンポンと3人が肩を叩かれ、何が起こったのか分からないBクラスの生徒がキョトンとした顔をする。


 先ほどまでBクラスの生徒の1人がいた場所には、Dクラスの女子生徒が立っていた。

「すみません。牢屋までご一緒お願いします。愛梨、そっちは大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ!」

 クラブ塔から少し離れた木の影からBクラスの生徒と一緒にいる花園さんは手を振る。

 今回能力を使ったのは、花園さんではなく、一緒に行動している【位置交換】の能力者の女子生徒の方だ。どうやら上を向いた生徒と同じポーズをとり、場所を交換し、花園さんと協力して捕まえるという作戦のようである。

 罠事体はいくつか校内に用意してあり、その近くに生徒が来ると、【超聴力】の生徒から連絡を貰うようにしているらしい。


 今回私は、【無関心】の能力を発動したまま、この2人を尾行している。今回のルールは能力を使って相手に攻撃はしてはいけないというものだ。Dクラスの生徒は数が少ないので、協力してくれている教師たちは、基本的にDクラスの能力者を気に掛けるようにしている。

 その中で私は花園さんと板井さんを担当しているというわけだ。

 今のところ捕まったBクラスの生徒は悔しがりはするものの、能力を使って暴力をふるったりはしていない。

「おっつー。今回は4人かぁ」

「だいぶんと増えてきたね」

 4人のBクラスの生徒たちと牢屋となっている丸い円が書かれた場所に戻ると、そこには既に10人ぐらい捕まった生徒がいた。

 全部でBクラスの生徒は32名。おおよそ半分弱は捕まった計算になる。


「さてと、まだまだ行きますか」

「頑張ろうね」

「今度は、桜の木の近くみたい」

 携帯でメールが届いたようだ。確認してから再び走っていく。

 2回だけだけど、Bクラスの生徒を捕まえられたのが、自信にも繋がっているようで、かなりやる気があるようだ。

 走っていく2人を私も追いかける。


 この勝負は別のクラスや学年の生徒も気にしているようで、校舎の窓からしきりに視線を感じた。特に3年1組のAクラスのみが集められたクラスは、授業そっちのけで窓からこちらを見ているようだ。

 Aクラスの生徒はDクラス並みに数が少ない。だけど1組に全て集められ、あまり他の生徒と関わりがなかった。

 Aクラスが一般の高校に入るのは、勉強の為というより今までAクラスしかいない保護機関で生活していて、【普通】から少しずれてしまっているので、それを矯正して社会に馴染めるようにする為とされている。大体その馴染むまでの期間が3年で、高校という場所を使うのだ。その為、学校によってはこうやってAクラスのみを1クラスにまとめたりする場所もあった。

 その後大学などではAクラスだからといって別授業という事はないそうだ。私も大学には通っていないので、実際のところどうなのか知らないけれど。


「じゃあ、桜を咲かせるから、知恵ちゃん見ててね」

 2人は走るのを止めて、桜の木のあたりを回りを気にしながら歩いているBクラスの生徒を木の影から見ていた。

 そして花園さんが目を閉じ手を合わせた瞬間、突然木の時間が進む。突然青々としていた桜の葉が紅葉し、地面へ散る。そして木は再び蕾をつけ、ピンクの綺麗な花を咲かせた。

「何?」

 勿論、突然花が咲いた事で、Bクラスの生徒が足を止め顔を上げる。

 桜の花弁ははチラチラと季節外れの空を舞った。そんな不思議な光景は、Bクラスの生徒が、一瞬だけでも警戒を解くには十分だった。

「はい。お疲れ様です」

 再び、板井さんがBクラスの生徒の1人と入れ替わり、背中にタッチをする。

「すみません」

 同じタイミングで、花園さんもBクラスの所為との肩を叩いた。ばっちりのコンビネーションだ。計画通り、上手くいっている事で2人は笑いあった。


「あのさ。今の無効だよな」


「えっ?」

 花園さんが肩を叩いた手を叩かれた男子生徒が掴みなおす。いきなりの事に、花園さんの笑顔が消え、怯えたような戸惑ったような表情になる。

「というか。Aクラスの先生が言うから付き合ってやってるけどさ。正直、こんなかったるい事に、なんで付き合わなくちゃいけないんだって思ってるんだよ。なあ? お前らだってそうだろ?」

「……そりゃ」

「まあ……」

 板井さんに触られた男子生徒もまた、お互いに顔を見合わせながら、頷く。

「BクラスがDクラスに負けるとか、遊びでもあったら駄目なんだよ」

 男子生徒は、そう言うと花園さんのお腹に蹴りを入れた。突然の事に、花園さんは身構える事もできずにまともに蹴りが入ったお腹を押さえ、膝をつく。

「こんなの、茶番だ。世の中攻撃されない何てことあり得ないしー。だから見逃してくれない?」

 そう言って男子生徒は手を離す。

「というか、Dクラスに触っちゃったよ。うわー、Dクラス病がうつったらどうしよう? なんちって」

 ケラケラと笑いながら話すと、板井さんの方にいた生徒たちも笑った。板井さんは顔を青ざめさせて、固まったままだ。

「あー、そう言えば。同じクラスの板井さんだっけ? 影薄いから分かんなかったけど。板井だし、痛い目みる?」

「あっちゃん、今のは寒いしー」

「……わ、私……」


「確かに、ルール説明で能力を使って攻撃をしてはいけないと言い、今は能力を使っていない。けれど捕まった後の暴力行為は、そもそも失格対象」


 私は【無関心】の能力を解いて、前へ出た。私に気が付いた生徒たちは、ゲッと言って顔を歪める。

「って。用務員で、アンタもD――」

「それが? Dクラスである事とゲームには一切関係ないと思う。大人しく、今回はこのゲームに従うなら今回の事は特に大きな話にはしない。嫌なら、しっかりとこの件は先生に話す。ちなみに……明日香の蹴りは、本当に死人が出るから」

 虎の威を借る狐のようだが、明日香の蹴りネタは、彼らの脳裏に深く恐怖対象として認識されていたようだ。一瞬で彼らを顔面蒼白にさせる。

「やる。普通にゲームに参加するから!」

 今、この場で私を攻撃するのはたやすいが、その後起こるだろう事に対する想像力はあったようだ。彼らだって、ゲームごときで、自分の人生に終焉を迎えたくはないだろう……。いや、明日香も、流石に命までは取らないと思うけど。

「板井さん、彼らと一緒に牢屋に行って。花園さんは一度保健室に行こう」

 私はお腹を蹴られた花園さんの手をとり立ち上がらせる。

 渾身の蹴りという感じではなかったので、痛いには痛いだろうが、驚きと心的ダメージが大きくて、上手く動けないようだ。

 私が佐久間や明日香のように、攻撃性に優れた能力者だったら、こんな怖い思いをさせなくても済んだのかと思うと、心が痛む。どうしてもBクラスやCクラスの人の中には、格下のクラスには何をしてもいいと思っている所がある。

 だからあのまま私が裁けば、きっと彼女達は残りの学校生活で、彼らの苛めの対象になる可能性があった。できるならこれまで波風立てずに過ごしてきた彼女達の生活を脅かしたくない。その為こういう対応になったが……自分の能力の低さが嫌になる。

「すみません、天野君。花園さんを支えるのを手伝ってもらえる?」

 私は近くに居た生徒に声をかけた。

 たぶん、彼なら大丈夫だろうと思って。


「あっ。はい」

「えっ?せ、生徒会長様?! いや、あのっ!!」

 どうやら天野君の事を花園さんは心の中で【生徒会長様】と呼んでいたようだ。まるで、本当にアイドルに会った一般人みたいだなと思う。

 花園さんが言った通り、憧れというのは間違いないのかもしれない。若干、恋愛よりの憧れ。

「歩けます。大丈夫。自分で。あのっ」

 花園さんは顔を真っ赤にして、慌てている。自分でも何を言っているのか分かっていないかもしれない。とりあえず、恐怖<生徒会長様になったようだ。

 怖いという思いばかりが残るゲームでは彼女も辛いので、これで少しはトントンになるといい。

「無理はしなくていいよ。……ごめんね」

「いや、ごめんなさいは。私の方で。あの。えっと」

「できたら、そのまま抱き上げて保健室まで連れていってくれるとうれしい。私は手が折れていて上手く支えられないから」

「影路先生?!」

 花園さんは悲鳴のような声で私の名前を呼んだが、私は聞かなかった事にする。天野君も特にそれに対して異はないようで、ひょいと花園さんをお姫様抱っこして歩き始めた。

 その為見事に花園さんの石像が一体出来上がる。


 花園さんは石化中で、私と天野君は特に喋る事もなく、無言で保健室に向かう事になった。

「あれー? 影路ちゃん、お帰りー」

 保健室には、いつも通りエディと保健室の先生がいた。

「先生。花園さんがお腹を打ったので、少し見て下さい。それと、天野君。少しだけ話す時間をもらえないかな?」

 私は花園さんを地面に下ろした天野君に声をかける。

 この学校の生徒会長であり、Bクラスの生徒であり、花園さんの想い人であり……そして、さっき、私が生徒を止めに入ろうとした時に、たぶん能力を使おうとした生徒。あれはきっと、花園さん達を守る為に使おうとしたのだろう。

「いいですけど」

「ありがとう」

 そろそろ、実習も終わってしまう。そうしたら、私たちはこの学校を出なければいけない。

 だから、私は答え合わせをする事にした。 

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