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学校の恋(5)

「影路、その手。どうしたんだよ?!」

 昨日までは何ともなかったはずなのに、影路の手にはぐるぐると包帯が巻かれていた。

「転んだの」

「へ? いやいやいや。転んだって、いつ?」

「昨日。職員室で」

 何ともないように言うけれど、どうみても影路の怪我はちょっと転んだのレベルを超えている。

 

「綾、手。大丈夫? 今日は休んでもよかったのに」

「うん。痛み止めの薬も飲んだから大丈夫。左手だけでできる事を頑張る」

「えっ? 明日香は、影路が怪我した事知ってたわけ?」

 会って早々少し驚いた俺と違い、明日香は最初から影路の心配をした。えっ? 何? 明日香はすでに知っているわけ?

「夜にメールしたら、電話がかかってきて、ボタンが押しにくいって言うからね。理由を聞いたのよ。別に佐久間に内緒にしていたわけじゃないからいじけないでよ」

「別にいじけてなんてないから。それで、手は大丈夫なのか?」

「手首が折れたんだけど、病院で【手当て】の能力の人が対応してくれたから、たぶん1カ月ぐらいでくっつくとは思う。ありがたい事に組織の人が良い病院を紹介してくれたから」

 手首が折れたって。

 何てことないように話しているけれど、なんてことなくないよな? 俺も今までに仕事で大怪我をした事はあるが、足を折った時はかなり痛かった。


「でも利き手だと中々大変じゃない? 日常生活とか」

「なら俺が――」

「それなら、僕が影路ちゃんを手伝うよ? いやいや、お礼なんていいよ。影路ちゃんが、コスプレしてくれたら、それで十分さー」

 この野郎。

 だから何で俺の言葉にかぶせて話す。

「いや、俺が影路に仕事を手伝ってもらったせいで影路が怪我をしたんだから、俺が――」

「いいんじゃない? エディは保健室でゴロゴロしているだけで暇なんだし。でも、コスプレって、とんでもない格好させるんじゃないわよね?」

「だから、俺、俺がっ!」

 俺は自己主張するため手を上げた。俺の話を少しは聞いてくれ! 何でお前らは自己主張激しく、俺の言葉にかぶせるんだ。

「佐久間は、駄目。仕事をしないと」

「影路ぉ」

 そして影路……何てクールなんだ。あっさり断らなくたっていいのに。もちろんそれが影路だと分かっているけれど、もう少し頼って欲しい。

「佐久間は実習生なんだから当たり前でしょ?」

「僕なら、大丈夫だよねー。ちなみに、コスプレは、今回は夏目ちゃん高校潜入バージョンさ!」

「って、ちょっと待て。……それは、セーラー服――あたっ。痛い、耳、耳が千切れるっ!!」

 高校潜入バージョンだと?!

 そう驚いてすぐ、明日香にぐいぐい耳を引っ張られた。無理。無理だから。耳は鍛えられないからっ!!

 

「はいはい。行くわよ。ただね、エディ。これで、ブルマ姿なんて言ったら……すぐさま赤いパンダにしてあげるから」

「わおっ。怖ーい。そんなひどいことしたらパンダさん泣いちゃうよー。でも大丈夫。そんなマニア向けなコスプレは頼まないから。佐久間は残念かもだけどねー」

「って、勝手に俺を変態扱いするなっ!!」

「あれー? 佐久間は見たくないの?」

 そりゃ、見たくないわけじゃ……いやいや。そう言う問題じゃなくてな。俺は誠実な気持ちで影路が好きなわけで。


「佐久間」

「いや。考えてないから。やましい事なんて」

 いつの間にか、すぐ近くまで影路が小走りでやって来ていて、俺は咄嗟に自分の無実を訴えた。多少……あー、本当に少しだけ、ブルマと言う言葉に反応して、そんな姿で体育をする影路の姿を幻視してしまったけれど、無実だ。俺は言われなければそんな事妄想したりしなかった。

「やましい?」

「……馬鹿」

 どうやら俺は墓穴を掘ったらしい。影路はきょとんとした顔をして俺を見つめ、明日香は隣で心底馬鹿にしたような眼差しを俺に向けた。

「えっ、いや。何でもない――えっと。影路、どうしたんだ?」

「佐久間、明日香。3年生の天野という生徒に注意して」

 影路は小さな声でそう伝えると、再び小走りでエディの方へ戻っていく。

 天野って……どの天野だ? 一人だけ生徒会長の天野という人物を知っているが……そもそも注意しろってどういう事だ?

「そういえば、影路を保健室へ連れて行ったのは、生徒会長って言っていたわね」

「えっ? そうなのか?」

 いつの間に。

 でも、注意してとはどういうことだろう。彼が、ホームページを作ったということなのだろうか? でも、どうして影路がそんな事知れるんだ? まだ生徒会長のパソコンは確認できていないのに。

 さっぱり分からないが、影路が注意しろという事は、きっと何かあるに違いない。

 俺は気を引き締めながら、今日の授業に向かった。






◇◆◇◆◇◆◇◆






「能力を使った戦闘の場合、Aクラスが有利だと思いがちだけれど、そうとは限らないんだ。そもそもAクラスの自然系の能力は威力が大きい分、使う時に大雑把になるから、細やかな制御がどこまでできるかで強さが変わってくる」

 3年生のBクラスの能力者を対象とした【能力開発】の授業で、俺はAクラスとして、実際に能力を使う時の感覚を説明していた。

 【能力開発】は普段の学級分けではなく、クラス分けで行う事が多い。ただし能力ごとに用途が大きく分かれるので、似たような能力ごとに分けられることも多々ある。ただしこの分け方だとどうしてもかぶりにくい、珍しいタイプの能力者があぶれてしまい、能力開発が進まなかったりするので色々と難しいのだ。

「例えば、俺のタイプは風を動かすのと静止させるのと、どちらが難しいと思う?」

 質問してみるが、高校生というものは小学生よりも結構シャイなので、中々手が上がらない。まあ、俺も高校生になって初めて一般の学校に通って、この温度差に驚いたけどな。

 Aクラスが通う学校は、積極的な生徒が多い。特に【能力開発】は今後に関わて来るので、かなり必死だ。もしもちゃんと自分の力が使いこなせなかった場合、周りや自分を傷つけて痛い目を見るからだったりする。さらに制御できずに卒業年齢まで来てしまうと、危険とみなされ施設から出られない。もしくは監視付でようやく外に出られる状況になるのだ。

 その点、BクラスやCクラス、Dクラスでは、能力が使いこなせなかったからといって特に困らない事が多い。ときおり問題を抱えた生徒が出てしまう事もあるが、その場合は速やかにAクラスに分類を変えて保護されるので、やはり切実感が違うのだと思う。


「じゃあ、挙手をしてくれ。動かす方だと思う人」

 周りを見ながらだが、パラパラと手が上がる。

「静止させる方だと思う人」

 こちらもパラパラだ。ただ数は若干少ない。というか、あげない奴はどっちだよと思うが、まあ、仕方がない。分からないのもあるだろうし、積極性がないのは一般の学校では普通だ。

「正解は、静止させる方だ。動かす方が威力も強くて能力をフルに使っているように見えるけれど、集中力がないとできないのは、止めたり、特定の範囲の中で空気を動かす方だ」

 実のところ、何かをふっとばすなどの力技の方が、正直楽だったりする。地味な技の方が、結構大変なのだ。

「先生質問なんですが」

「天野。なんだ?」

 生徒会長も務めている天野が挙手をした。影路がアイツを注意しろと言っていたが、とりあえず、今のところとても真面目な生徒にしか見えない。

「止める事ができたとして、どんな利点があるんですか?」

「良い質問だな。例えば、俺が炎系の能力者と戦う事になった時、風をどれだけ送っても消せずにむしろ勢い炎の勢いを増す場合がある。その時は風を止めて、逆に炎の周りの空気がどんどんなくなるようにするといいんだ。でもこっちの方が断然難しい。だから、制御がちゃんとできていなければ、相性が悪いだけで、実践では簡単に負けるんだ」

 そう説明すると、おおっとどよめきがあった。

 以外に好感触っぽい。よく考えると、Aクラスは戦闘訓練のような実践をよくやるが、Bクラスなどはあまりそういうのがない。一般の学校だと、訓練施設もない学校もある。

「でも、それはAクラス同士だけで、Bクラスじゃ、やっぱりかなわないんじゃないんですか?」

 今度は別の生徒が手を上げて質問してきた。

「例えば発火はできなくても触ったものの温度を上げるだけの能力だとする。大抵、ここまで条件がつくとBクラスかCクラスだよな。俺に勝とうと思ったらどうする?」

「えっ? えっと、道具を使う?」

「そう言う事だ。もしもかなり高温に熱することができるなら、金属の棒や鎖を振り回して当てれば打撃だけじゃなく火傷も負わせれる。人体は火傷の損傷が大きくても死ぬし、地味に痛いからな。それにそこまで高温にできなくても、俺に触って体温を上げればイチコロだ。ほら、40度以上の熱が出るとヤバいっていうだろ? つまり、40度以上に熱しさえすれば、人間の頭は煮えるからな」

 どんな能力も使い方次第という事だ。どれだけその能力を知って、コントロールできるかが大切だ。

「でもそれは攻撃型だけで、感知型だと駄目ですよねー」

「何か、話がずれてきている気がするけど戦闘の場合と言う話でいいか? そうだな。感知型だったら動揺を与えたりできるし、状況によっては相手の弱点も分かるぞ。例えば、【病視】の能力者に『アンタこのままじゃ死ぬわよ?!』って言われたら、絶対動揺するだろ? 【能力解析】なら事前に相手の能力が分かるから対策も立てやすい。Dクラスだって、やり方次第では、俺を倒せると思う」

 そう言うと、何故か生徒達が笑い出した。

 途中までは凄いという眼差しだったのに、何にウケているのか良く分からない。

「先生、冗談キツイって。Dクラスなんて、何にもできるわけないじゃん」

「……は?」

「自信をつけさせてくれるのはいいけどさ、ちょっと話を盛りすぎだよなー」

 部屋の中が笑いで包まれた。

 授業のウケとしてはかなりいいだろうし、上手く生徒をやる気にできた気はする。でもその笑いが、どこまでも胸糞悪い。Dクラスだから。それだけで相手を見下す流れが。

 きっとそれは、影路を笑われている様な気分になるからだろう。


 ああ。

 何となく分かった。影路が、どうしてあんなに自分を卑下するのか。Dクラスの人間とこれまでほとんど接点がなかったので、Dクラスというのが良く分からなかった。

 原因は影路にはないとは言わないけれど、環境が悪い。馬鹿にして当たり前。なぜならばDクラスだから。そんな世界にずっといたなら、あんな風に縮こまって、誰もいない場所で掃除をしていたって仕方がない。影路がAクラスには何をされたって仕方がないと思っていたのもその所為だ。

 そもそもDクラスの生徒は数が少ない上に、誰かとかぶる事のない珍しい能力が多い。【能力開発】ではあまり力を入れてもらえないだろうし、BクラスやCクラスなら同じ能力の先輩から効率よく能力を使う方法も教えてもらえるが、Dクラスは難しい。全ては独学だ。

 おかしいだろ。

 ただ希少なだけで、使えないだなんて。

 というか能力だけで、その人の価値を決めるなんて、おかしい。あり得ない。影路はそんなものさしで測れない、凄い奴だ。

「オッケー。オッケー。笑ってもらえて良かった。でも、俺は冗談を言ったつもりはないぞ?」

「またまた~」

「じゃあ、これから自由に各自【能力開発】をしろ。その間に、俺はDクラスの生徒を見る。そして俺がこの学校を離れる最終日に、BクラスVSDクラスの対決といこうじゃないか。これだけ笑ったんだから、少し位はハンデをくれるよな?」

 俺がそう言うと、生徒達は驚き顔をして見合わせた。

 後で先生から予定の授業と違うと文句を言われそうだけど、元々俺は実習で来たのではないのだ。少し位、予定通りじゃなくて減点されたって構いはしない。

「ハンデとして勝負の方法は俺が決める。というわけで、お前ら、首を洗って待ってろよ?」

 今回は潜入捜査で来ただけで、本気の授業をしに来たわけではなかった。でも売られた喧嘩は、勿論買うのが喧嘩早いAクラスなのだ。

 明日香にも文句を言われそうだけどこれは楽しそうだと、ニヤリと挑戦的に俺は笑った。

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