学校の恋(2)
「おはよー」
「おはようございます」
「おはよう!!」
生徒たちの活気にあふれた声が聞こえる。
私はしゃがんで下を向いていたが、顔を上げた。
「おはようございます」
「おはよう」
……臨時用務員の私にも挨拶をしてくれるだなんて、いい子達だなぁ。
引っこ抜いた草を袋に詰め、よいしょと立ち上がり、校門の方を見る。
ちょうど登校時間らしく校門前には、登校中の生徒であふれ、教師が挨拶をしていた。
「……影路、質問なんだけど。どうして、作業服なんだ?」
「どうしてって、これ、支給されたから?」
佐久間に声をかけられ私は振り向く。
この作業着は、服が汚れてはいけないと、学校側から支給されたものだ。胸ポケットにも、久遠学園の文字が書かれている。でもここ3日ほど、同じ姿で会っているはずだけれど。
「それとも、どうして臨時用務員でここに居るかという事? それは私の派遣会社からここの学校の用務員として清掃するように命令があったから」
そう言えば、どうしてここで働いているのかは、佐久間達に説明していなかった。
たぶん組織からの命令が私の会社を動かしたのだとは思う。そうでなければ、臨時でも私立高校の用務員の仕事はまわってこないと思う。
今回佐久間と明日香は、この私立高校、久遠学園に潜入し、今インターネットで話題となっている【新世界へのカウントダウン】というサイトの製作者を見つけようとしている。
その為、私とエディは協力者として、この高校に集められたのだ。嘘の経歴などを並べれば必ずボロがでる。というわけで、私は本来の仕事の一環として派遣され、この学校の美化に取り組んでいた。
「いや、さ。ほら。折角高校に来たならさ、もう少しその可愛い服があるというか――」
「ほら、佐久間。行くわよ! 実習生は視聴覚室に今日は集合なんだから」
明日香に引っ張られ、佐久間がずりずりと移動していく。
確かに生徒が登校している時間なら、もう佐久間達は準備に入らなければいけないだろう。
「影路! 何か問題があったらすぐに言えよ!!」
「この馬鹿じゃ不安だから、私に言いなさい」
「ありがとう」
私に大きな声をかけながら佐久間と明日香が学校の中に入っていった。
今回佐久間は【能力開発】の教育実習生として、明日香は【体育教師】の教育実習生としてこの学校に来ている。明日香はすでに大学を卒業してしまっているが、教員免許を取得するための講義は受けていたので、今回体育教師としての実習に来る事ができた。佐久間は教師としての単位取得をしていなかったが、Aクラスのみ能力開発の授業を資格なしで講義する事が可能である為、その制度を使ってやって来たのだ。
ちなみにエディは高校編入という方法を使ったそうだが、すでに1日目で登校拒否となり、時折保健室に顔を出す程度だ。以前、普通に進学してみたかったようなことを言っていたが……何かトラウマがあるのかもしれない。
「私も頑張ろう」
この仕事は組織からの斡旋でおまけのような感じで回ってきたもの。それでも学校側が私に今望んでいる仕事は、この学校の美化だ。花壇を綺麗にしたら、校庭のごみを拾いをし、電球の付け替えと廊下の掃除をしなければならない。
佐久間達の協力もしながらとなると、できるだけ手早く終わらせ、【無関心】の能力を使ってとりあえず情報収集するのが一番だ。でも仕事に手を抜くのは良くないので、きっちり手早く行わなければ。
「先生、あの、ジョウロを貸して下さい」
引き続き草抜きをしていると、大人しそうな女の子に声をかけられた。本当は先生ではないのだが、この学校では学生以外は先生と呼ばれるのが普通らしいのでそのまま流しておく。
「どうぞ」
私は立ち上がると近くに置いておいたジョウロを手に取り渡した。
「ありがとうございます」
そう言ってパタパタと小走りで女子生徒は走り去ったかと思うと、再び戻ってきた。
「あの、花壇にお水を上げてもいいですか?」
……美化委員とか、園芸部なのだろうか?
良く分からないが、まだ水を上げていない花壇なら問題はない。
「手前の花壇以外なら」
「はい」
少女は笑顔で返事をすると水を上げ始めた。
「あの、先生って、実習の先生と知り合いなんですか?」
「ええ。以前、仕事場で知り合ったから」
「仕事場?」
「デパートで清掃員をしていたから」
私が引き続き草ぬきをしていると、女子生徒は話しかけてきた。
「へぇ。でも、凄いですね。Aクラスの人と知り合いなんて」
「確かに。私も不思議な縁だと思う」
Aクラスと知り合うなんて、学生時代は思いつきもしなかった。というか卒業してからも同じだ。今でも不思議なぐらいなのだから。
「あっ。えっと、別に先生と知り合いだというのが変という意味ではなくて、その――」
女子生徒の言葉に被るように学校のチャイムが鳴った。
彼女もマズイと思ったようで、ハッとした顔をして、時計を見上げる。
「ジョウロは片づけておくから、授業に向かって。遅刻してしまうから」
「えっ。あの……ま、また後できます! 失礼します!!」
オロオロっと少ししたが、少女はジョウロを地面に置くと、頭を下げ昇降口へ走っていった。校庭にはもう生徒がいないので、間に合うといいのだけど。
「影路ちゃん、おはよー」
「エディ。今、チャイムが鳴った……、また着ぐるみ? ちゃんと制服を着ないと怒られると思うけど」
声をかけられ振り向くと、パンダの着ぐるみが目に飛び込んできた。相変わらずのインパクトだ。
「何を言ってるのさー。ほら、ちゃんと制服は着ているよー」
そう言ってエディは腕を大きく横に広げる。確かに前回と違い、今回のパンダ着ぐるみはブレザーを着ていた。ここの男子学生の制服とよく似ているというか、たぶん同じだ。……特注でわざわざ頼んだのだろうか?
「たぶん校則に、制服の下に着ぐるみを着てはいけないいう文面が増えると思うよ」
「その時はその時。大丈夫。校則が増える頃には、僕は再び謎の転校生で、転校しているさー」
確かにエディはいろんな意味で謎だろう。
突然季節外れの転校生としてやって来たBクラスのハーフの外人。それなのに1日目にして登校拒否となり、登校してきたと思えばパンダの恰好をして登校してくる。きっと、いろんな意味で謎すぎて注目されているに違いない。
学校の先生は大変だなと思う。
「とりあえず、まだ、ホームルームの途中だと思うから、教室に行ったら?」
「影路ちゃん酷いっ! 登校拒否のいたいけな男子高校生に教室に行けだなんて。僕はこれから保健室にいくよ」
保健室だと上手く情報収集できないんじゃないかな?
そうは思うが、エディがこの仕事に協力してくれただけでも、ありがたい話でもあるのだ。元々私たち3人の中にはパソコンなどに詳しい者がいない。どうしても高校に行きたくないと言ったエディとしては、着ぐるみを着て保健室に来るのが、ギリギリの妥協点という所だったのだろう。
「そう。じゃあ、頑張って」
「あーあ。影路ちゃんがクラスメートだったら、僕だって頑張れたと思うよ? 影路ちゃんはセーラー服は着ないのかい? 大和の女子高生というのは、セーラー服で戦闘するんだよね?」
「女子高生が着るセーラー服は戦闘服ではないから。それに同時期の転校生はクラスをバラけさせられると思うけど」
「そっかー。じゃあ、駄目だなぁ」
エディは残念そうに言うが、パンダの着ぐるみを着ている為、相変わらず表情などが分かりにくい。元々大和に住んでいたのだから、今のアニメネタは冗談だとは思う。
「そう言えば、影路ちゃん。大富豪のカードの四枚出しがどういう意味か分かった?」
何でもない事のように、さらりと出された内容に、私はドキリとする。
そう言えばお見合い会場以来2人きりになる事はなく、今日まで話すタイミングがなかった。お見合い会場で最初にエディに聞いた時、大富豪をやった事のない私は、それがどういう意味なのか分からなかった。その後、姉にさりげなく聞いてその意味を知ったのだけど――。
「革命だよね。でもそれが私にどういう関係があるのか分からない」
革命。
強いカードが弱いカードに、弱いカードが強いカードに変わるというものだ。それが怪盗Dがいう【王冠】の意味だというけれど、何をもって私がそんなものになるのか理解ができない。
「影路ちゃんってば、いつも鋭いのに、こういう時は鈍いんだねー。それとも鈍いふり?」
「ふりではなく、私は元々それほど頭は良くない。高卒だから」
「それは能力を気にして進学しなかっただけだよね。まあいいけどさー。交代するのは、クラスというか、この国の価値観かな。Aクラスが偉い、Dクラスが出来損ない。それをまるっとひっくり返すという事さ」
それは何となく気が付けた。
そしてその内容と、今回のホームページの内容が酷似している事にも。だけど、それを行うのが私というのがまったく理解できないのだ。
そもそも、DとAの立場がひっくり返るというのも理解しにくい。
「あれ? それは分かってたって感じだとすると、分からないのは影路ちゃんがどうして【王冠】なのかって事かぁ。Dクラスって、長年虐げられちゃったりするから、中々自分の能力の見直しができないんだよねー。うんうん。分かるよ。ただね、使えない能力という偏見の目を取っ払って見直してみると分かると思うよ。影路ちゃんの能力がどれだけ危険で、僕なんかよりも恐ろしいものなのか」
私の能力が危険で、恐ろしい?
ただ影を薄くするだけの能力が? 攻撃力があるわけでもなく、敵意などの強い感情を向けた瞬間に認識されてしまうというのに。
それとも私は何か気が付いていないのだろうか……。
「……それより、この事件と、怪盗Dは関係するの?」
色々疑問は残るが、まずはこの組織の任務を無事に終わらせる方が先だろう。佐久間達がこの学校に滞在できるのは2週間だ。長く延ばせても3週間が限度。その間に、ケリをつけなければならない。
「うーん。たぶん関係ないよ。こんな馬鹿発見器なサイトをつくるほど暇ではないだろうし……。まあ、BクラスやCクラスのお馬鹿が引っかかって笑ってはいるだろうけど」
「怪盗はBクラスやCクラスが嫌いなの?」
笑っているというのは、この手のブラックジョークが好きだからか、あるいは嫌いな相手の不幸な姿を見て楽しんでいるかの二択だ。
「……嫌いだよ。たぶん憎んでると思う」
「だとすると、Dクラスという事?」
それにしては、怪盗が使っていた能力の説明が付かない。予知能力ならBやCクラスレベルだと思うのだけど……。
「影路ちゃん、鋭いから、ノーコメント。僕は今のところどちらの味方につく気もないからねー。影路ちゃんは佐久間よりすぎるし」
「そう。なら仕方がない」
エディが大和に戻ってきて怪盗の事を言いたくないのは、きっと彼にとってそれが良い思い出であり、大切な人だからだろう。
まだにわかな知り合いである私がそこに踏み込めるはずもない。
「影路ちゃんのそういう踏み込んでこないところは好きだな。とりあえず、今回の仕事はちゃんと協力するから安心してよ」
エディを信じていいのかは分からないけれど、私にできることをやっていこうともう一度気合を入れた。




