お見合いの恋(9)
「そういえば、近藤さんの奥さんの話はどこまでが本当なんですか?」
佐久間からお礼を言われ、有頂天になりそうだった私は、自分の気持ちをクールダウンする為、近藤さんに確認をした。
佐久間の役に立てたのはとても嬉しいけれど、エディが近藤さんを見つけてくれなければできなかった方法だし、佐久間がこの任務が嘘の任務だと気が付かなければ、私では分からない事ばかりだった。この程度で浮かれていては駄目だ。
「1番目の妻と死に別れているのは本当だよ。2番目の妻は今もとても元気だけどね。ちなみに手当の能力があるのは本当で、病気や怪我が分かるようになったのは、1人目の妻が亡くなった後かな。おかげで今は保険に中々加入ができないんだ」
どうやら近藤さんは途中で能力の変化が起こったタイプらしい。
元々知らなかった能力が見つかる事もあれば、能力事態が変質するなど、こういう事はまれにある。私自身、血を介して能力を他者に付与できる事はある時偶然見付けた能力だ。それに今回唾液を介しても若干の付与が可能な事も分かった所だ。……まあ、ずっと私の近くに居なければいけないなど制約が大きくてあまり使えそうもないけれど。
「さて。一応今回の査定は、これで終わりだ。折角お見合いパーティーに来たんだから、もう一度参加しに行って楽しんで来い」
「もう一度……」
「楽しむ……」
「えー、僕は、もう十分だよぅ」
どうやら私たちの気持ちは全員一律に揃ったらしい。その理由は様々だろうけれど、佐久間もエディもあまりお見合いパーティーに参加したくないと思っているのが分かる。
まあ私の場合は、姉の手前、途中リタイアなんてできないのだけど。
「若いんだからそんな浮かない顔をするなよ。出会いは大切だぞ。俺も2人の妻とであったが、どちらも最高の女性だ。というわけで、俺はここで帰らせてもらう。こんな場所で女性と喋ったら、妻にやきもちをやかれてしまうしな」
本当にどちらの奥さんの事も好きなんだなぁ。
こんな風に大切にされている奥さんはとても幸せだろう。人と自分を比べても仕方がない事とは分かっているけれど、少しだけ羨ましい。
「影路ちゃんも、俺が教えたテクニックで頑張れ。アレは特に能力もいらないから」
頑張れと言われてもなぁ。近藤さんに教えてもらったテクニックであるマッサージを考えて少しだけ困る。
突然マッサージをすると言ってもやらせてくれる人なんていないだろうし……仲の良い佐久間だってびっくりするはずだ。ただ今の職場が首になってしまった場合、こういうマッサージの仕事を勉強して、新しい道を探すこともできる事は分かった。勿論、近藤さんみたいな能力者の方が重宝されてしまうので、中々大変な道ではあるだろうけど。
「テクニックって何だよ?!」
「それは、影路ちゃんのみが知るだな。まあ、とにかく、さっさと会場に戻れ」
近藤に背を押され、佐久間とエディが廊下へ放り出される。私もいつまでもここに居るわけにはいかないだろう。
「影路ちゃん。アイツは馬鹿だし、もっといい男はいると思うぞ」
……どうやら私の好きな相手は、近藤さんにはバレバレだったらしい。隠しているわけではないけれど、エディにも気が付かれているし、このままだと佐久間にもバレてしまうかもしれない。しかし私が佐久間の事が好きだと知ったら、佐久間はきっと今後私と付き合いにくくなると思う。佐久間は優しいので、気を使ってしまうだろう。
「好きでいるのは自由だから」
いい友人でいたいなら、佐久間にはバレないようにしなければ。近藤さんも私ではあわないと思っての助言だろうし、しっかりと受け止めよう。
「まあ、好き嫌いなんて、おじさんが言って簡単に変わるるような感情でもないけどな。アレがいいというなら、頑張れ」
頑張るも何も、現状で満足しているのだけど。それとも現状維持をする為に頑張れという事だろうか。分からないが、私は頭を下げた。
「失礼しました」
「またね、影路ちゃん」
近藤さんに見送られながら私は佐久間達の方へ向かった。
「仕方がない、行くか」
佐久間が深くため息をつく。
私や着ぐるみを来たエディとは違い、佐久間は女の人にモテていたのに何が嫌なのだろう。……もしかしたら、あまり結婚願望がないからかとか? 佐久間はまだ学生なので、確かにそう言う意識が低くてもおかしくはない。
そして居る女性の多くは、結婚願望が強い為合わない可能性はある。
「佐久間はあまり結婚願望がないの?」
「えっ。いや、ないわけじゃないけどさ。俺的には、お見合いとかではなくて、普通に恋愛をしたいというか……」
佐久間はそう言って、私の方を真面目な顔で見た。
佐久間はお見合い否定派だったのか。確かに、不自然な出会いを嫌う人はいると姉からも聞く。私としては、姉が勤めている会社という事もあり、そういう風に考えた事がなかった。出会いは出会いだと思うし、お見合いの出会いだって1つの運命だ。
「俺は――」
『ピンポンパンポン』
佐久間の声を打ち消すように、放送のチャイムが鳴った。
『佐久間様、佐久間龍様。受付まで至急お越し下さい』
「俺は――」
『繰り返します。佐久間様、佐久間龍様。受付まで至急お越し下さい』
「佐久間、呼ばれてるよぉ?」
「あ、佐久間。まだいたのか。ドアを佐久間が壊した事は今、連絡しておいたからなぁ!」
救護室から顔を出した近藤さんがそう大きな声で伝えた。……ああ。それで呼ばれているのか。先ほど佐久間がドアを壊してしまった為、救護室は風通しが良い状態になっている。
佐久間はAクラスなのでそれほど御咎めはないと思うが、事実確認は必要なのだろう。
「……畜生っ!!」
佐久間はそう叫ぶと、走って受付に向かっていった。大変だなぁ。無駄に力が有り余っているのも。私だったら逆立ちしても壊せないものが、佐久間達は気をつけないと壊してしまうのだから。
「えっと。エディ、戻ろうか」
佐久間が半泣きで走っていった背を見送りながら、私はそうエディに声をかけた。
「うん。そうだね」
佐久間が走り抜けていった道を私はパンダの着ぐるみと一緒に歩く。一応【無関心】の能力は発動し続けているから着ぐるみを脱いでも問題ないと思うのだけど、やっぱり何かこだわりがあるらしい。
「そう言えば、影路ちゃんは、僕が言ったメールが罠だって気が付いていたのー?」
「変だとは思ったけど、佐久間を裏切らないか試されているとは思わなかった」
あそこで、もしも怪盗の手を借りるを選択していたら、佐久間に迷惑をかけるところだったので危なかった。やはり悪い事はしてはいけないという事だろう。
「変?」
「以前怪盗に会った時は、怪盗の一人称は【僕】だったから。でもメールは【私】だったし」
勿論その時は、嘘のメールをエディが見せる理由が分からなくて、変だと思っただけだったけれど。ただもう一つ疑問に思っている事がある。
このメールがエディの嘘ならば、余計に不思議に思う事。
「そっかぁ。僕としたことが、失敗しちゃったよ」
「ただ、エディ」
「ん? 何だい?」
「どうして、私が、怪盗に【王冠】と呼ばれている事を知っているの?」
あのメールが本当にエディではない別の人物――そう、怪盗の仲間から送られてきただけだったら問題なかった。
でもエディがあのメールを偽装したなら、あのメールはおかしいのだ。
「私が【王冠】と呼ばれた事を知っているのは、佐久間と私だけ」
あの場に居たのは、私と佐久間だけだ。だから知りえる情報ではない。
「佐久間に聞いたのさ」
「本当に?」
「話の中で出ただけだから、佐久間は覚えていないかもしれないけどね。もしも影路ちゃんが僕と怪盗と繋がっているのではないかと思っているなら、それは考えすぎというものさ。僕が大和にやって来てから怪盗と接触なんてしていない事は、組織の人も証言してくれるよ」
そう言って、エディは肩をすくめた。
たぶんエディが言うように、大和に来てからは接触なんてないと思う。わざわざ、毎年査定をするほどきっちりと管理をする組織なのだから、スパイなどの行為も中々難しいはず。
「でもその前は?」
「えっ?」
「元々大和にいて、アメリカに渡ったなら、大和にいた時に接触がなかったとは言えない」
私は言うかどうするか少し迷ったが、エディにやはり直接聞く事にした。
「間違っていたらごめん。でもエディが怪盗と繋がっていて、それが佐久間の害になるなら、私が予測した事を佐久間に伝えようと思う」
Dクラスの過去は、あえて思い出したり話したくない事が多いと思う。私もあまり話したくはないのだから。でも聞かない事で佐久間や、明日香に何か災いが降りかかるなら、私は2人を守る方を選ぶ。
「どうしてそう思うんだい? 僕はずっとアメリカに住んでいたと言ったよね?」
「春になると、普通に進学すればよかったなと言ったから。アメリカの進学時期は9月や10月が多いと聞いた事がある。春入学の学校もあるかもしれないから、一概には言えないけれど。でも一度調べてもらえば嘘かどうか証明もできる」
絶対とは言えない。でも引っ掛かりは覚える。ならば調べるのが一番早い。毎年査定をするような組織なら、問題ある人物かどうかを調べることに対して二の足を踏んだりはしないと思う。
もしもただの私の思い過ごしならば謝ればいいだけの話だ。
「……本当に影路ちゃんは、夏目ちゃんみたいだ。鋭いなぁ」
エディはパンダの着ぐるみを着ているので、表情の変化は分からない。でも、声はとても困ったもののように感じた。
「本当に僕は大和に帰って来てから、怪盗には関わっていないよ。ただ影路ちゃんが予想した通り、僕は怪盗の正体を知っている。だから独自に色々調べていて、彼らが何をしたとか知っているんだ」
「正体を知っているなら、どうして伝えないの?」
パンダの着ぐるみの所為で、表情からはエディが嘘をついているのかどうか見る事はできない。それでも何か情報を落とした時に見逃さないように、じっと見つめる。
「中立の立場だからさ。僕は怪盗の気持ちが分かる。でもBクラスになって佐久間のようなAクラスもいると知ってしまったからね。だから僕は怪盗がやろうとしている事を止めはしないし、かといって怪盗の事を手伝う気もないよ。今のところ」
本当だろうか。
表情からは分からないが、話にも一応矛盾はないように思う。
「僕が嘘を言っていない事を証明はできないけれど、一つだけいい事を教えてあげるから、今日のところは見逃してくれないかな。今後は、影路ちゃんが僕の事を観察して決めてくれて構わないから」
「良い事?」
「何で、影路ちゃんが【王冠】と呼ばれるのか」
たまたま私が王冠を盗ませないようにしたからではなかったのだろうか?
しかしエディの言い方だと違うように感じる。
「分かった」
エディを観察してもいいのならば、怪しい動きをした時にいつでも佐久間にはその事を伝えられる。だからここは従った方がいいだろう。
私はエディからの提案を飲む事にした。私もできるなら、佐久間の友人であるエディが悪い人だとは思いたくはない。
「影路ちゃんはカードゲームの大富豪のルールは知っているかい?」
「やった事はないけれど、一応」
小学校の時、大富豪というトランプゲームをしていた子達はいた。だから、参加はしていなくても、どういうものなのかは知っている。確か大富豪、富豪、貧民、大貧民に格付けされるようなゲームだったはず。
「【王冠】はね、怪盗にとって、4枚の同じカードを出す事と同意義なんだよ」