お見合いの恋(7)
「いや。だから。俺は、結婚はまだ考えていないんだってっ!!」
俺は次から次へとやって来る女達に聞こえるように大きな声で叫んだ。いい加減にしてくれ。
影路がエディ――いや、着ぐるみのおでこにキスをしたので、それを注意したのだが、影路に納得をしてもらう前に、俺は女に囲まれ、影路はフェイドアウト。気が付けば1人取り残されていた。何だこれ。
というか、どうしてキスをする相手がエディなんだ。いや、着ぐるみを着ていたからだよな。うん。そう言う事にしておこう。というか、そうでなければ、付き合いの長い俺ではなく、さっき会ったばかりのエディにキスをするはずがない。
でも影路は自分の魅力に対して無関心すぎると思う。2次元を愛し、3次元は糞だと言い切るエディだって一応男だ。万が一という事だってある。
「お客様、少々よろしいでしょうか?」
「はい?」
女の子の集団をかき分けるように、このパーティーの従業員らしい女性がやって来た。
ドレスが多い中、パンツスーツを綺麗に着こなしている。それでいて、フリルやリボンで、女性らしさは忘れていない。派手ではないのに目立つ、かなりの美女だ。胸元には、上垣内と書かれていた。
「お召し物が汚れてしまったようですので、こちらへ」
「あ、はい」
そう言えば先ほどジュースを女性にこぼされたのだった。それを理由にまとわりつかれたけれど、別に大丈夫と言った気がする。よく見れば、借り物のスーツに染みができていた。……これ、あまり汚すと怒られるのか?
「何この人ー」
「すみません、お客様。染みになる前にお着替えをしていただきますので、少し通していただけますか?」
周りの女達が、文句を言ているが上垣内はにこりと鉄壁の営業スマイルを崩さず、ずんずん進む。俺はその後ろをついていった。とりあえずここから逃げ出せるならなんでもいい。
パーティー会場から出て、受付があった廊下へやって来ると、上垣内はくるりとこちらを向いた。
その顔は、やはり鉄壁の営業スマイル。……笑顔なのに、何でだろう。とても怖い。
「お客様、ここはお見合いのパーティーです。例え結婚のご意志がなくても、参加される以上、最低限のマナーとして女性には優しくし、結婚を考えていないなどという発言は謹んでいただきたいのですが」
「あっ。すみません」
そう言えば、組織からの依頼でここに来たのだけど、このお見合いパーティー事態は、組織が仕組んだものではなく一般のものだ。確かに最初に貰った誓約書に、相手が不愉快になるような話は会場内では慎むことと、結婚する意志がなくてもそれを会場内では言わないなど書かれていた。前者は円滑にパティ―を進める為、後者は他の方まで結婚する意識を低下させない為の配慮という説明も受けていた。
ただ俺が断っているのにその俺の意志を無視した方には御咎めなしかよとも思う。何だか女だけ狡い。
「勿論、ジュースをかけて話題をつくるなどという手荒な方法をとったお客様にも、別のスタッフが注意をしておりますので、痛み分けという事にして下さいね」
俺の顔に不満という文字が出ていたのだろう。
上垣内はそう説明を付け加えた。ただ、何だろう。お客様と丁寧に扱われているのに、上垣内の方が強気な気がする。『して下さいね』と半命令形な言い方がそうなのか、それとも鉄壁の営業スマイルがそう思わせるのか。
「そして、お客様。ここからは個人的なお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「えっ? 個人的な話? 別にいけど」
この人もAクラスに目がくらんで、俺と付き合いたいとか言い出さないよな。
確かに美女だけど、俺には影路という裏切れない子がいて――。
「うちの綾に近づく害虫は貴方で間違いないわね?」
突然胸倉を掴まれたかと思うと、今までの丁寧な言葉を取り払って上垣内は俺に話しかけた。えっ? 綾って……。
「綾って、影路の事か?」
「そうよ。影路綾。私の世界一可愛い妹の名前よ。妹の近くに【佐久間】というAクラスの害虫が頻繁に出没する事はすでに調査済みなの。貴方の事で間違いないわね?」
「えっ? 妹?! 上垣内さんじゃ……」
「私の旧姓は影路だけど、結婚して上垣内に変わったの。ふっ。まだ、家族の事も話してもらえてないなら大したことないわね。でも私の妹にちょっかいを出されるのはとても迷惑なの。貴方ならどれだけでも女の子は選び放題でしょ? 綾を巻き込まないでちょうだい」
まさか、この目の前の美女が、影路姉だと?!
突然の家族の出現に俺はビビる。そう言えば、影路がここはお姉ちゃんの会社だとかなんとか言っていた気が……。だとすれば、必然的にスタッフに影路姉がいてもおかしくないわけで。
「お、お姉様――」
「貴方に、お姉様呼ばわりされたくないわ!」
俺の言葉を遮って、お姉さまがビシッと言い放つ。あまりの迫力に俺は固まった。本当に、この人は影路姉なのだろうか。影路より全然押しが強い。
「――って、一度言ってみたかったのよねぇ。あ、でも今の言葉は本心でもあるから。貴方にお姉様扱いされる気はないわ」
一度言ってみたかったのくだりで、影路の姉に間違いないと認識する。
影路もあれで結構好奇心が旺盛だ。そうでなければ、影路は俺の仕事を手伝ってくれず、ひたすら謙虚堅実モットーなんて言って、掃除の仕事ばかりをやっているだろう。
「えっと、じゃあ、上垣内さん。俺は真剣に影路の事が好きなんだ」
「……それ、私に言う言葉じゃないでしょ」
「うぐっ」
ごもっともです。
影路と出会って好きになってから結構経つが、俺は今だに影路に告白できていない。というか、影路に隙がないため、どうにもタイミングが合わないのだ。
「綾に対しても言わせる気ないけど。私はねAクラスの人間が大嫌いなの」
「大嫌いって……。でもそれ、俺が嫌いということじゃないという事だよな?」
Aクラスの人間が嫌いというのは、俺自身が嫌いなわけではない。
「当たり前でしょ。私は貴方とは、今ここで初めて会ったんだもの」
「だったら、俺を見て判断してくれよ。俺はAクラスという名前の人間にはなったつもりはないから」
たまたま俺が神様から貰った力が【風使い】で、それを周りがAクラスと名づけただけだ。俺自身は、Aクラスなんていう名前ではない。
Aクラスの事が何故嫌いなのか知らないけれど、それだけで判断されたくはなかった。
「……綾に告白する前に、姉に告白する、順番を間違えたヘタレ馬鹿という事は良く分かったわ」
「ごもっともです」
二度目の駄目だしに、ごもっともです以外の言葉が浮かばない。
影路に告白する前に、姉の方に、俺が影路の事が好きだというのがバレたのだ。……大失敗である。しかも影路に認められる前に姉に認めてくれって、順番が確かに違う。
「まあ、貴方については保留にはしておいてあげるわ。多分認めないけど。でもなんで綾の事が好きなのに、こんな場所でお見合いなんてしてるのよ。もしも二股なんて考えていたら、今から私が貴方を呪って、永遠に結婚できないようにしてやるから」
「……マジっすか?」
「まあ、そんな力はないのだけどね。でも、貴方が本命とは絶対結婚できなくするぐらいはできるわよ」
どこまで本気なのだろう。
俺は影路姉の能力を知らないので、その言葉が本当か嘘かは分からない。ただ下手に逆らわない方が良いと思い、俺は慌てて首を横に振った。
「二股なんかしていない。これは仕事で、潜入しているだけで」
「仕事?」
影路姉の目が胡乱というか、全然信じていないように見える。
「本当だって。ここに参加しているある男が【能力虚偽】をしているんじゃないかという事になって調査に入って――」
「……嘘をつくならもう少しマシな嘘をつきなさいよ。確か貴方の能力は【風使い】よね? 能力虚偽を調べるなら、普通に考えて【能力解析】の能力者が対応するでしょ。それとも、そいつが凶悪犯で貴方はその護衛とか?」
影路姉に言われて、俺も改めてこの仕事のおかしさに気が付いた。
そうだ。俺の能力は【風使い】で、エディの能力は【電脳空間掌握】。どちらも【能力解析】ではない。
【能力解析】の能力も万能ではないが、Bクラスの能力者なら、相手の能力を深く知る事もできるはず。……人手不足だったから俺達に回ってきた? しかし居場所まで特定しているなら、1日ぐらい【能力解析】の能力者をこちらの仕事へ回す融通は利くはずだ。
本当に調べたいなら、俺は【能力解析】の能力者と俺はペアを組んでこの仕事にあたっていた――。
「佐久間っ!!」
突然名前を叫ばれて俺は振り返った。
すると、どしどしとパンダの着ぐるみがこっちへ走って来ているのがみえる。エディだ。
「大変なんだ、影路ちゃんが――っ!!」
俺はその名前を聞いた瞬間、慌ててエディの方へ走った。