お見合いの恋(6)
「こんにちは」
私が声をかけると、38番の番号札を付けた男ははっとしたような顔をして私の方を見た。【無関心】の能力を私が解けば全員が私の姿に気が付く事ができるが、同時にエディに付加した【無関心】も消えてしまう。
色々考えた結果、私は能力を発動させたまま話をする事に決めた。
男は、私の能力が発動している事を知らないので、たぶん周りから視られていると思うはず。だとすればおかしな行動は慎むだろう。ただ少しでも私から意識を逸らせば、また私の存在に気が付かなくなるので少し面倒ではある。
会話し続けている限り大丈夫だろうが、下手に能力の発動と停止を繰り返せば、変だと気が付いてしまう可能性があった。
「あ。ああ。こんにちは。えっと。お嬢さんは……」
「影路綾といいます。Dクラスの能力者です」
「そうか。俺は遠藤選だ。能力はCクラスで、【手当て】だけど、きっと資料を見て声をかけてきたのだし知ってるかな」
「ええ」
とりあえず、見た限り普通の男の人だ。悪い人が、いかにも悪い人ですという顔をしているとは思わないが、普通すぎて油断しそうになる。
「実は手を怪我してしまったので、【手当て】をしていただけないかと思いまして」
怪我してしまったというより自分で親指の腹を切ったのだけど、そこは内緒だ。実際に【手当て】の能力者なら治してくれるだろうし、難しいなら拒否を示すはずだ。ただ問題があるとしたら、私がDクラスなのでその事を理由に断られた場合、ただ単にDクラスが嫌いという可能性も捨てきれないところか。
「悪いが俺は病気専門なんだ。怪我は専門外だからね、ここのスタッフに絆創膏をもらうといいよ」
「そうなんですね。マッサージ師をやられているので、怪我を治されるのかと思って」
私は背中で手を組んだまま話す。
エディには、私が背中で組んだ手を見せて、もしも私の方から至急に助けを求めたい場合は、背中で手を開いて合掌するという約束になっている。
あまり深入りするのは危険だけれど、とにかく近づかなければ情報も得られない。
「ああ。体の痛みは病気から来ている事があるからな。それと俺の仕事はマッサージ師というよりも理学療法士という方が合っているかな。まあ、じーさん、ばーさんのマッサージが最近は多いけれど」
「そうだったんですね。お仕事大変そうですね」
「休みが少ないのが辛いなぁ。水曜日は半日しかもらえないからね。でも遣り甲斐はあるよ」
なんだか就職懇談会な雰囲気になってしまったなと思いつつ、どうやって話せば怪しまれないかを考える。
流石に遠藤もここへ就職懇談会にきたわけではないだろう。
かといって、何を話せばいいものなのか。
「君にような若い子がどうしてお見合いパーティーに参加しているのかは知らないが、Dクラスだからといって、バツ2のおじさんに声をかける必要はないと思うぞ?」
「……そんなつもりでは――」
どうやら、私が声をかけてきた事に対して何やら勘違いをしているようだ。否定しかけて、そのまま肯定した方が話がスムーズだと気が付く。
確かにお見合いパーティーに来たのだから、普通に考えたらそう言う意味で近づくだろう。
「――傷つけたなら、すみません。私は……その。貴方が寂しげに1人でいたので、一度お話してみようと思って」
「寂しげ?」
「はい。女の人ともあまり話をしないようでしたし」
あまり大きな嘘はつきとおせる自信がない為、私は遠藤の印象を正直に言葉にする。見ていて思ったのだが、この男もまた私と同じように、見合いを望んでいるようには思えなかった。
そもそも部屋の中ではなく庭先に出るのは、基本的に2人きりで話したい人が多い。遠藤の様に1人で外にでて、誰とも話さずにぼんやりしている人はほぼいなかった。
「君は、美紀……最初の妻と同じことを俺に言うんだな」
「そうなんですか?」
最初の妻。
佐久間達の情報からすると、病死した妻の事だろう。……そう簡単にいい情報を出してくれるとは限らないが話を聞いておいて損はない。
「奥さんはどんな方だったんですか?」
「気の強いけれど温かな太陽のような女だったよ。妻とは職場で会ったんだ。少し仕事をしていて、思う事があって、悩んでいた時に声をかけられたんだ」
これは惚気られているのだろうか。惚気られているんだろうな。
やはり最初の妻との死別は、普通に病死だったのではないだろうか。なんとなく多額の保険金をかけたら、偶然病死をした。そして次の妻も同じ。もしかしたら、前の妻が死別だったから、お互いに保険金をかけようとしたのかもしれない。そうしたら再び妻が病死してしまった……絶対ないとは言えない。
……ただ、能力を偽っているのは間違いないようなので、問題はこの点がどう関与するかだろう。すべてを偶然と言ってしまっていいのか、それでも――。
「まだ、奥さんの事が好きなんですね」
「そうだね。ただ、周りがいつまでも独り身でいるのは……というからね、今回は参加したんだよ。君はどうだい?」
もう少し詳しい遠藤の情報を佐久間達から聞いておけば良かったと思う。情報が少ないため、彼が言っている事が本当かどうかが分からない。2番目の奥さんとの死別がどのタイミングかで、また変わってくる。
「私は姉に心配されて。一応一人でも生きていけるよう、今準備中なのですけど、今回は参加することにしたんです」
たぶん結婚なんてできないと分かっているので、私はできるだけ自分一人でできるようにしている。飲食店に一人で入れない女子は多いが、その辺りも克服済みだし、将来設計の為お金も溜めている。年金があてにできるかどうか分からないので、ためたお金で将来老人ホームに入居できるようにするつもりだ。
「確かにDクラスは結婚する人は少ないけれど、こういう場に参加する勇気があるなら大丈夫だ。ちなみに、私の妻もDクラスだったからね」
「そうなんですか?」
どちらの妻がDクラスだったのか。ただこれも嘘かどうかも分からない。妻との共通点を並べて、自分は君に好意的だと思わせ、油断させようとしているというのも捨てきれない。
「最初の妻の方がね。次の妻はBクラスだったよ。同クラス同士が結婚する事が多いが、俺のようにそうでない場合だってある」
「へぇ」
何だか、今度は人生相談風になってきた。やはり10歳以上の年の差は大きいからなのか。
そして、明らかに私をそういう対象者とみなしてはいないんだなと思う。私もみなされても困るので、それはいいのだけど、こうやって話し相手をされると、そんな悪い人に感じない。むしろ、面倒見のいいおじさんだ。
「よし。折角妻と同じことを言ってくれたのだし、おじさんが妻を落としたというか、落されたテクニックを教えてあげよう」
「テクニック?」
「君にだって好きな人ができるかもしれない。まあ付き合えるとは限らないが、仲良くなるきっかけにはなると思うから聞いておいて損はないと思うぞ」
仲良く――という部分でぽんと佐久間が頭に浮かんだ。
先ほど喧嘩をしてしまったが、できるなら仲直りをしたい。
「テクニックはどんなものですか?」
「うーん。ここじゃ教えられないからなぁ。少し別の場所に移動しようか」
にこりと笑いかけられ、私は少し考えたがうなづいた。
エディは私の方を観察しているはずなので、何か危険が及べば助けてくれるはずだ。先程までの色気の全くない話から考えても、それほど危険はないだろう。
もしかしたら、もう少し能力に対して解析も出来るかもしれない。
「何処に移動するんですか?」
そう言うと遠藤は顔を耳元に近づけた。
「いいところだよ。気持ちいいからおいで」
……うん。多分大丈夫だよね?
アダルティーな雰囲気で囁かれ、少しだけ心配になりつつも、女は度胸と心の中で唱えて、遠藤の後ろをついていった。