お見合いの恋(4)
「実は私があまりに男っ気がない為に、お姉ちゃんが心配して私をこのパーティーに参加をさせたの。だからお姉ちゃんの手前あまりお見合いから外れた行動を取ると怒られる」
お見合いパーティーなんてとんでもない場所で影路に出会った俺は、影路の話を聞きながら内心ほっと胸を撫で下ろす。
良かった。もしも影路がお見合いに前向きに取り組んでいたとしたら、俺は仕事どころではなくなっていた所だ。それにしても……。
「もしかして、髪を切ったのはお姉様に言われて?」
「うん。お姉ちゃんの仕事場でもあるから、身ぎれいにしなさいって。服もお姉ちゃんのおさがりで。碌な服を持っていないからくれるって言われたの」
グッジョブ、お姉さま。
俺は心の中で、影路姉に拍手喝采を送る。
影路の私服は、何というか動きやすさと安さを追求したような服が多いのだ。そして基本的に清掃の作業着姿で会う事が多い。
だからこんな風に、ワンピースなんていう可愛らしい恰好をした影路に出会うのは久々だった。茶色系で纏められたコーディネートは大人っぽさもあって、またいつもと雰囲気が違う。髪も伸ばしっぱなしのような長い髪型から一転し、ボブになってる。何というか、いつも以上に可愛い気がする。
「すごく似合――」
「そうなんだ。あ、ほら。これがさっき言っていた夏目ちゃんなんだけどさ。どう? 今度コスプレしてみない? ちょうど夏目ちゃんも同じぐらいの髪の長さだからさ」
「エディッ!!」
なんで俺の声にかぶせて話すんだ。
影路もエディの空気を読まない動きにタジタジしているじゃないか。
「ん? 何?」
「お前はもう少し、空気を読め」
「空気は吸うものだよ? 日本語って難しいなぁ」
くそう。分かって言ってるだろ。いい時だけ外国人のフリをしやがって。お前が少し前まで、KYって言葉を使っていたの知っているんだからな。
確信犯でやっていそうなエディは本当に手に負えない。コイツは、アニメを見る為だけに大和に住み着いたぐらいの自由人なのだから、何でもありだ。
「えっと。それで、問題の男の人は?」
「あっ」
「あっ」
そういえば、今どこにいるんだ?
このお見合いパーティーの会場に入って以来、女の子がどんどんやって来て、気が付けばそれどころではなくなっていた。
「今日の僕は皆から避けられてるからさぁ。中々対象者に近づけないんだよ」
だよなぁ。
エディの周りには俺とは反対で人が集まらないというか、一歩引いたところで皆が見ている感じだ。人だかりに近づくと、さっと道ができる。
「とりあえずエディ。服を変えて来い」
「嫌だよ。顔出したら、僕ハーフだからモテるしぃ」
「お前の残念中身を知れば100年の恋も冷めるから安心しろ」
「中身を知る前の事を言ってるんだよ。佐久間だって、女の子にキャーキャー言われて、デレデレしてたから見失ったんだろ?」
「してない。してないからな!」
何だろう。
影路の顔はいつも通り無表情に近いのに、呆れたような目で見られている気がする。そんな気がするのは俺の心の問題……だけであってほしい。
本当にデレデレなんてしてなかったのだから、影路にそんな目で見られるのは心外だ。むしろ気が付いたら、女達に囲まれていて怖かった。断っているのに、全然断っていると思ってもらえないあの肉食獣の目は恐怖をさそう。
「だとすると、まずはその人を探すところから……」
「あ、それなら大丈夫だよー。佐久間、背中のパソコンとって。あ、影路ちゃんは僕の腕を引っ張って」
……この背中の鞄はノートパソコンだったのか。
なんだか着ぐるみの背中についているなぁとは思ったけれど。でもその手では絶対背中には届かないだろうし……何で背負ってしまったのか。
エディは本当に紙一重だ。
「……抜けた」
影路がパンダの手の部分を握りながらギョッとした顔をしている。
流石の影路も、着ぐるみのパンダの手がとれるとは思わなかったらしい。というか、普通に考えたら当たり前だよな。俺だって想像つかなかった。パンダの着ぐるみから人間の手が生えている光景は。
「って。手が抜けるなら何で最初から抜かないんだよ」
「抜いたら、子供の夢が壊れるじゃないか。これは最終手段なんだよ」
「すでに着ぐるみが喋っている時点で壊れてるよ。そして、ここには子供はいないからな」
「なんだい。ノリが悪いなぁ」
俺のノリが悪いのではなくて、エディのノリが斜め上に突き抜けているだけだと思う。
「仲がいいね」
「あれ? もしかして妬いちゃった? 安心して、僕はホモじゃなくて、2次元の女子が好きなだけだから。あ、佐久間はどうか知らない――」
「俺は、お前と違ってアブノーマルじゃないんだよ!」
むしろ好きなのは、目の前にいる影路なのだから。
エディは、人を驚かせたり、嫌がらせした時の相手の思わぬ反応が好きだというから困る。本当に厄介な性格だ。
「えっと、影路ちゃんは僕の能力を見るのは初めてだよねー。ちょっと待ってよ。今パソコンを起動させているから」
俺のツッコミをスルーするなら、最初から変なボケをするなよ。
切り替えが早いというか、興味がある方向にしか動かないというか。エディと仲が悪いとは言わないが、仲がいい判断されるのもなんだか間違っている気がする。コイツにとって三次元はただのオモチャだ。
エディが生きているのは二次元の中である。
「僕の能力は知ってる?」
「【電脳空間掌握】と資料には書いてあったけど、初めて聞いた」
「うん。数年前は下手するとDクラス扱されるような能力だったからねぇ。聞き覚えがないのも仕方がないと思うよ」
「Dクラス?」
影路がすごく不思議そうな顔をしてパソコンを覗き込む。
多分自分と同じクラス名が出たからだろう。
「ほら、パソコンを含めた電子回路は昔はなかったからね。この能力者が生まれだしたのも僕の年齢ぐらいからだし。簡単にいえば、コンピューターを意のままに操る事ができる能力かな? もう少し具体的に言えば、パソコンなどの言語を勉強してなくても理解できるから、簡単に命令を書き換えたりする事ができる感じかな。じゃあ、今から無線を使って、ここの防犯カメラをハイジャックするよ。はいっ!」
エディがノートパソコンのキーボードを叩くと、パッと画面にいくつもの動画が現れた。
「で、ここに犯人のつけている名札の番号を探す命令を加える」
話しながら、エディはさらにキーボードで何かを打ち込む。パソコンなんてネットサーフィンぐらいにしか使わない俺には何をしているのか分からない。でも、多分今エディは今言った事をパソコンを通して命令しているのだろう。
しばらくすると、カメラに38番の番号をつけた男が頻繁に映るようになった。
「後は番号じゃなくてこの男の方を認証させて、男が動いた方へカメラも動いていくようにすると……はい。これで、即席の追跡カメラの完成というわけ」
「この能力がDクラスだったの?」
男が必ず何処かのカメラに映り込むようになると、影路は目を見開いていた。
確かにいつもながらエディの機械を操る能力は鮮やかだ。初めて見た影路が驚くのも良く分かる。
「だって、パソコンやパソコンと連動している電子機械が存在しないと何もできない能力だからね。昔はこんなにパソコンも普及していなかったわけだし、無能と言われていたんだ。だから僕は、Dクラスだから全てが劣っているというのは変だと思うんだよね。要はこのランク付けは時代背景に向いているか向いていないかだからねー。あっ。なんか今の僕、カッコよくない? まいったなぁ。僕に惚れちゃダメだよ?」
多分最後の言葉がなければかっこよかったんだと思うぞ。
そう思いつつも、実際素で二枚目なセリフを吐けるエディにグッジョブとも思う。影路はかなりクラス分けをコンプレックスに感じているのだ。
エディの言葉にコロッと惚れてしまう可能性もある。
「さてと、男の場所はこれで特定できるけれど、この防犯カメラは録音まではしてないみたいだからどうしようかー。近づけないのは変わりないし」
そう言って、ちらりとエディが探るように影路を見た。
エディに詳しく影路の能力を喋ってはいないが、【無関心】の能力がどういうものなのか、若干分かってはいるのだろう。そして影路の性格だと次の反応は決まっている。
「なら、今度は私の能力を使う」
ほらやっぱり。
影路がそう名乗り出た。
影路の能力なら、相手に気が付かれずに近づいて観察する事は可能だろう。ただし、影路一人で対象者に近づくというのは心配だ。
かといって、影路が怪我をしてまで俺達の存在感を消すというのも嫌だ。
こういう調査の時に影路の能力はとても頼りになるが、影路は一般人なので心配も大きい。
「佐久間、大丈夫」
「大丈夫?」
「今、血を使わない方法を研究中だから」
マジで?
俺がこの間言った事を覚えていてくれた上に真剣に考えてくれていたんだ。その事にジーンと感動する。
「凄いじゃないか」
「まだ上手くいくかどうか分からないから、試しだけど。エディ、屈んでくれる?」
「うん? いいよー」
影路のお願いにエディーは屈んだ。
どうしても着ぐるみは顔が大きいため、影路よりかなり大きくなってしまう。しかし屈んだ事によりだいぶんと影路の身長に近づいた。
影路は屈んだエディの頭に手を置くと、背伸びをする。そして――。
「か、影路っ?!」
俺はとんでもない光景に叫ぶ。
影路がエディというか、パンダのおでこにキスをした。