お見合いの恋(2)
「あら。シンデレラ王子、こんにちは」
「おっ。シンデレラ王子。久々だな。学校はちゃんと行ってるのか?」
ビルに入った瞬間言われた言葉に俺はげっそりする。その言葉を言われるのは何度目だろう。
こうなったのは、先日遊園地で【戦う王子様】のシンデレラの王子役でパレードを行い、見事誘拐事件を解決した事に始まる。その時の動画がネットで流れ、更に新聞で取り沙汰されたのだ。しかし新聞記者が見出しで【の】を付け忘れ、【シンデレラ王子、お姫様を救う!】という見出しをつけたおかげで、あれ以来俺はシンデレラ王子と呼ばれている。
何だろう。この馬鹿にされた感あふれる雰囲気は。
「だから、俺はシンデレラ王子じゃなくて、シンデレラの王子役をやっただけだっての!でもって、学校にちゃんと行ってるから、中々ここに来れないんだよ」
このビルは、様々な能力者が所属している国の機関で、警察では手に負えない事件の手伝いや、偉い人の護衛などをやっている。俺は中学校卒業と同時にここに所属し、学校の合間に仕事をこなしていた。
「シンデレラ王子留年するなよ。大学には能力者推薦者枠があるが、卒業にはないんだからな」
「分かってるよ! だがら、とりあえず出席日数を稼いでるんだろ?」
小学校高学年の頃から、一般人の協力者として手伝いをしていたこともあって、ここの大人は俺の事をいまだに子供のように扱う。別にそれが嫌だというわけではないが、時折やりにくかったりする事もある。
俺は俺をからかう大人達から逃げるようにエレベータに乗ると、所属している部署である3Fへ向かった。
1Fは事務や能力者の救護室などがあり、2Fは超能力を持ったりした特殊動物系の保護場になっている。3Fは警察機関などからの要請で動く部署がありそこからの連絡通路で能力者のトレーニングルームへ向かえる造りになっていた。4Fは警察機関の要請でも殺人などを取り扱う部署で俺はほとんど行った事がない。さらに上の楷は国家機密に関わるエリートが所属するそうで、俺は足を踏み入れたこともなかった。
まあでも、俺的には今の部署で十分居心地がいいのと、適度に体を動かせる仕事が多くて満足しているので特に他の部署に興味はない。なので大学卒業後も、できれば同じ部署で働きたいと思っていた。
「お疲れ様でーす」
俺は自分の席がある場所へ向かいながら挨拶をする。基本3F所属の人は出払っている事が多く、トレーニングルームに籠る人が多いので、今日もまばらにしかいない。
「あっ。佐久間、久しぶりぃ~」
「あれ? エディ珍しいな」
俺は声をかけてきた金髪、碧眼の男の机の前で立ち止まった。エディは大和人とアメリカ人のハーフで、元々はアメリカに住んでいた奴だ。
しかし何を思ったか、大和のアニメにはまり、母親の母国だった大和に渡り住み着いてしまったという経歴を持つ。ただしアニメで覚えた大和語は馬鹿にできないレベルで、元々大和に住んでいましたと言ってもいいレベルで流暢だ。
外人とのハーフなんて女子にモテそうだが、エディは二次元が彼女と豪語している為残念ハーフでもあった。目もアニメの見過ぎで悪くなったそうで、眼鏡を着用している。なのでエディのメガネは頭がいい人タイプではなく、の○太タイプの眼鏡。眼鏡をかけている奴がイコールで頭がいいと思ったら大間違いという、いい例だ。
「今期の深夜アニメは外れが多くて、あまり見るものがないんだよねぇ。だから、ここでネットサーフィンでもしようかと」
「おいっ」
「いいじゃん。ついでに違法サイトの摘発も手伝ってるんだから。あ、僕の嫁発見!」
本当に摘発しているのかよ。
エディは嫁嫁と言って写真をクリックする。そこには1/8サイズと書かれた女の子の人形が映っていた。
「これ作った作者は神だね。見てよ、この布のよれぐあい。完璧だよ」
「あ、そう」
人形にまったくもって興味がない俺は、何がいいのかさっぱり分からない。まあ細かい造りだから時間はかかっているんだろうなと思うけれど。
「ノリ悪いなぁ。そう言えば、佐久間のあの幼女救出劇、凄い反響だよ。動画サイトで凄い何万回と見られてるし。ほら、ファンクラブまでできてる」
「マジで?」
いつの間にそんな事に。
エディが見せてくれたサイトには、でかでかと【シンデレラ王子同盟】と書かれていた。だから【の】を抜くな、【の】を。
「今年のビックサイトは【戦う王子】関係が増えそうだなぁ。元々密かに女の子達の間で人気だったけど、これで全国区で有名になったからね。【戦う王子】関係のグッツの通販も儲かっているらしいし。この勢いだとそのうち、アニメになって、漫画も売られるんじゃないかな」
「何か俺の知らないところで、凄い事になってるな」
「民事訴訟起こせば少し位お金が入るかもよ」
「いや。俺としては永遠に関わりないところでやってくれればそれでいいや」
訴訟なんてしたら、今度は黒い噂でもちきりになりそうだ。
仕事上、世間で騒がれてもいい事なんかないし、むしろそんな方法で目立ちたくない。
「そっか。アメリカだったらすぐ裁判だったのになぁ。ほらレンジで猫を加熱しちゃったとかでも説明不足だって裁判できるぐらいだし」
「それ、ジョークだってこの間聞いたぞ」
「あれ? もうばらしちゃったんだ」
このやろう。
俺がしたり顔でこの間影路に話したら、そう言われた。畜生。影路の中の俺のイメージが馬鹿になっていたらどうする気だ。
「そう言えばさ、この動画に映ってる、この青いスカートの子って誰?」
「青いスカートって……」
「何故か周りの風景に同化しちゃってる感じで、目立たないんだけど、よく見ると確かに人なんだよね。ネットで今有名だよ」
エディがパソコンの画面にその写真を見せる。
「佐久間の背中につかまっているみたいだけど、上手い事マントで隠れたりして中々気がつかれにくくなってるんだよね。スカートで飛行しているからパンチラ画像がありそうなのに、残念な事にそんな画像は一切ゼロ。鉄壁の女神だと一部で話題沸騰中。服装的に、遊園地の清掃員じゃないかという噂だけど」
「影路だよ。ほら。俺がたまに仕事を手伝ってもらっている一般人の。というか、パンチラ探すとか、お前ら暇だな」
「パンチラは男のロマン。アニメじゃ欠かせないイベントなんだよ。そっか。あのDクラスの子か。ねえ、僕にも一度合わせてよ」
「何で」
二次元が嫁なエディなら安心は安心だが、何故会いたがるのか不思議だ。
「深夜にやってる【飛べない鳥】の夏目ちゃんに似ているという噂があってさ。是非ともコスプレをしてもらいたいんだよね」
「却下だ。影路に何をやらせる気だよ」
「分かってないなぁ。あの話は結構深くて、【飛べない鳥】と【飛べない鳥 reverse】の2部構成に――」
「その作品に文句があるわけじゃないっての。影路にコスプレなんてやらせられるかって意味だ」
影路は大人しいから頼まれたら、きっと嫌だと思ってもコスプレもしてしまいそうだ。
「まあまあ。ほら。これが作中で使われている服なんだけど、結構可愛いと思わないかい?」
「これは――」
スパンスパンッ。
「いっ?!」
「痛いなぁ」
「また、つまらぬものを叩いてしまったわ。馬鹿な事してないで、ここに来たならしっかり仕事しなさい」
振り返れば、明日香が仁王立ちしていた。
その手には、どこから持ってきたか分からないスリッパが握られている。
「明日香姉さん、僕の頭が悪くなったらどうするんだい? 世界の多大なる損失だよ?」
「すでにネジが1本か2本抜けてるんだから、もう1本ぐらいなくなった方がまともになるかもね」
「俺は巻き込まれただけだってのに。ひでぇ」
「影路に不埒なことを考えたんだから当然よ。かかと落とししなかっただけ、優しさがあったと思って欲しいところだわ」
【超脚力】のかかと落としは、死刑宣告に等しいんだけど、その辺りどうなんだろう。4Fの殺人事件を扱う奴らがここに乗り込んでくるぞ。
「それと、あっちで部長がお呼びよ。貴方たち2人にやって欲しい仕事があるんですって」
明日香が指さした先では、俺の上司に当たる、春日井部長がニコリと笑って手を振っていた。うわぉ。これは、俺らがここで馬鹿やっているのはばっちり見てましたって感じだな。
俺はヘラリと部長に笑った。……どうか見逃してほしい。
「おい。行くぞ」
怖いけど、行くしかない。
行かない時の方が怖い。
「了解であります、先輩」
エディの顔も引きつっていた。そして、俺を前にしてついてくる。……この野郎。良い時だけ先輩扱いしやがって。
「しっかりと休憩は終りましたね」
「はい。終りました」
「貴方たちは遊びに来たのではなくて、仕事に来たんですものね」
「はい。当然でありまする」
声も優しいし、顔も笑顔だ。でも背後に吹雪がみえる。
春日井部長は、【雪女】の能力者だ。怒らせると、本当に寒い思いをするので、危険極まりない。
「ならいいです。今週の日曜日ですが、貴方たち2人で、お見合いパーティーに潜入調査してきて貰いたいのですが、いいかしら?」
「えっ? 日曜日に?」
日曜日は休みの予定――いや、いや。止めた。今度、代休をもらおう。
その方が良いと、俺の直観が告げる。
「えー。僕、今度の日曜日は、コミケ――むがっ」
「やらせていただきます。はい。是非とも!」
馬鹿野郎。無駄死にする気か。
俺は隣のオタクの口を塞ぐ。地獄に行くなら、1人で行け。俺を巻き込むな。
「それは良かったわ。では、よろしくお願いしますね。内容はここに書いてある通りです」
ぺいっと渡された書類を受け取り、俺は心の中で肩を落とした。部長が優しくないのはいつもの事だけどさ……。
どうやら、今週は影路と遊べないようだというのが、残念で仕方がなかった。