遊園地の恋(4)
園内にパレードの音楽が流れ始めた。
音楽はヒーローショーの時に流れる音楽と同じだ。後は、夜のパレードで出る人達も【戦う王子様】と一緒に練り歩いているはず。
私は流れる音楽を聞きながら、目の前を確認する。
「おーじさま、どこかなぁ?」
「たぶんこの下も通るはずだから、そのうち来るさ」
うん。そのうち来ると思うよ。
そう思いながら、目の前に座るツインテールの女の子と、おじさんを観察する。ぱっと見は親子に見える。だからまあ、周りにも怪しまれんかったんだろうけど。いや。意外に何らかの関係があるのではないだろうか?
ただ攫っただけにしては、とてもツインテールの女の子――千春ちゃんが犯人に懐いているようにも見える。もう少し、明日香から2人の関係性についても聞いて置けばよかったと思いつつ、ちらりと外を見た。
大分と上空高くに上がってきているので、ここから落ちたら、まず無事は済まないだろう。
私は今、観覧車の中で、誘拐犯の男と千春ちゃんと相席をしている。
もちろん普通なら観覧車の相席なんてありえないない。この観覧車の1周回る時間はおおよそ25分と長めだ。そんなに長いのに、他人と一緒だったら誰も乗らないだろう。
ならば、何故私が相席しているのかといえば、【無関心】の能力を使っているからだ。犯人も千春ちゃんも、私がいるという事は何となく分かっているので、こちら側に座らない。しかしまったく私に関心がなく、普通の光景としてとらえているのだ。
どうして犯人たちと相席をしているのかといえば、犯人が本当に爆弾又はそれを遠隔操作する何かを持っているのかどうかを確認する為だったりする。
現在佐久間の協力で、特別イベントとして、【戦う王子様】のパレードが行われていた。ちびっこから、大きなお姉さんまで大好きな【戦う王子様】に加えて、特別イベントという事で、かなりの人がパレード見たさに集まっている。きっと携帯電話の動画とかで撮影しようとしているのだろう。
勿論、千春ちゃんも例にもれず【戦う王子様】のパレードを見たがるはずだ。
しかし犯人は自分がこの遊園地にいる事が警察側にばれており、探されていると現在思っている。だとしたら、心理的に人混みに入りたくないと思うと考えた。
千春ちゃんが見たがるパレードが見え、なおかつ誰もいない密室空間でいられる場所となると、選ぶ場所はおのずと観覧車となる。その為私は観覧車のチケット拝見場でじっと待機していたのだ。そして私の予想は当たり、犯人と千春ちゃんは無事に表れた。
とりあえず、足元に置いた犯人の鞄をいそいそと物色したが、特に変なものはなかった。中に入っているのは、千春ちゃんと遊ぶための道具などである。
体に爆弾のボタンを身に着けている可能性がないわけではないが……胸ポケットなど特定の場所以外まで念入りに探そうと思うと、いくら【無関心】の能力を発動していても、無理が生じる。どこまで大丈夫かの実験をしていないので、できるなら人の命に係わる危険な伴った場面で一発勝負はしたくない。
「佐久間。とりあえず、ボタンは確認できなかった」
『了解。今影路がいるのは、赤色の観覧車だったな』
「そう」
携帯電話で佐久間に情報を伝えながら、私は2人を観察する。
千春ちゃんに直接話をして、犯人との関係を聞いてみたいが、それをしたら流石に【無関心】の効力も消えてしまうのでできない。この辺りが、この能力の融通が利かない場所だ。
「佐久間。千春ちゃんと犯人の関係って知ってる?」
何でだろ。
千春ちゃんがおびえていないからか、目の前の光景はとても不思議に見えた。
『いや。あれから、明日香にも連絡とってないし分かんないけど。気になるなら聞いてみようか?』
気にはなる。
気にはなるけれど、たぶん今は佐久間もパレード中だ。周りに手を振りながら、イヤホンを使って私と会話してくれているのだろう。だとしたらこれ以上の負担はかけられない。
すべてが終われば分かる事だ。
「大丈夫。佐久間はそのままパレードで観覧車の方へ向かって」
私はそう言って、携帯電話を通話状態にしたまま下ろす。
千春ちゃんは見つけた。一応、このまま順調にいけば、千春ちゃんの奪還は確実に行えるはずだ。ただ問題は、犯人がもしも本当に爆弾を使ってこの園内にいる人達を人質にしようとしていた場合である。
観覧車に乗ったという事は、この観覧車に爆弾は仕掛けられていないのだろう。
でも他の場所は分からない。犯人にできるだけ何の感情も向けないようにしながら観察をしているが、特におかしな行動もしない。
爆弾のスイッチを持っていたら、時折気にする仕草があってもよさそうなものだけど。
……そもそも爆弾はないのだろうか?
でも園内にいる不特定多数を人質にするとしたら、他にどんな方法があるだろう。
「ケホケホ」
「千春、大丈夫か?」
「うん」
咳いた千春ちゃんの背中をさすりながら、犯人は心配そうに千春ちゃんを見る。
そう言えば、いまこの遊園地の従業員の間ではインフルエンザが流行っているのだった。冬ならまだしも、乾燥もしていない春に流行るというのは珍しい――。
「佐久間」
私はもう一度携帯を手に取った。
「何だ?」
「ヒーローショーでは火薬を使った爆発ってあった?」
「勿論。お約束だしな。火薬は使っていないけど、似通った演出はあったよ。何? パレードでも取り入れた方が良かった?」
「ううん。大丈夫。後、たぶん犯人は爆弾は持っていないから、心配しなくていい」
3日間、犯人は千春ちゃんと一緒にこの遊園地に通っていたのだろう。
犯人が何をしたかったのかは知らないけれど、ずっと一緒に遊んでいたに違いない。様々な方法で。
「えっ? 爆弾ないの?」
「うん。絶対とは言えないけれど……おそらくは。だから作戦通り、普通に千春ちゃんをここから連れ出して」
問題なのは、犯人ではなく、千春ちゃんの能力の方だ。
千春ちゃんの能力は【気化】。湿度……つまり、水蒸気を操る能力に近いのではないだろうか。その範囲がどの程度のものかは分からない。だから犯人もこの3日間を使って調べたのだろう。
「ふーん。まあいいや、後で説明しろよ」
「分かった」
佐久間は私を信頼して、2つ返事で了承してくれる。……だからどうか、私の予想が当たって欲しい。
私は観覧車から下を見下ろす。
するとパレードがすぐ近くまで来ているのが分かった。どうやら光、もしくは電気を操る能力者がパレード内にいるらしく、パレードが通るたびに、園内の街灯に電気が灯り、光の道が出来上がっていた。周りが徐々に薄暗くなってきている事もあって、幻想的だ。
「わぁ、すごい! パパ見て! おーじさまがきたよ!」
……パパ?
私は弾かれたように目の前の2人を見た。
パパだと? 犯人がパパだと? あまりに気が動転しすぎて、タイミング良く犯人の男と目が合ってしまう。マズイ。
「えっ? ……ええっ?! な、何だ君は?!」
突然私の存在に気が付いた男は、2度見した後に、叫んだ。……まあ、普通そうだよね。
これが別のアトラクションだったら相乗りもおかしくないが、観覧車だけはあり得ない。そして【無関心】の能力は一度破られて、認識されてしまったら、すぐにもう一度というわけにはいかないのだ。ガン見されていれば、いくら影が薄くてもばっちり見られてしまう。
「パパ、パパッ!! おーじさまがきたよ」
「こんばんは。お姫様」
やっちゃったなと思っていると、タイミングよく観覧車のドアが開いた。ドアから風が中に入り込んでくる。
「よろしければ、俺と一緒に、夜の遊園地の舞踏会に来てくれないかな?」
佐久間が身に着けた赤色のマントが風で揺れ動く。まるで本物の王子様のような光景に、千春ちゃんの顔は満面の笑みになった。
「うん。いく!」
千春ちゃんが佐久間の手を握ると、佐久間はそのまま千春ちゃんをお姫様抱っこする。
「そちらのお姫様も、私と夜の舞踏家へ」
佐久間に言われて、私は能力をもう一度発動し、佐久間の肩につかまった。そしておんぶされるような形で観覧車から飛び降りる。犯人に【無関心】の能力が効かない以上、ここに居るのは危険だし、佐久間にも迷惑が掛かってしまう。
自分には空を飛ぶ能力なんてない。それでも佐久間なら、きっと私を落とさずにいてくれると信じて。
「どうですか、お嬢様がた」
「たのしーよ! パパー!!」
お姫様抱っこされた千春ちゃんは、上機嫌で犯人に手を振っているようだ。
しかしそんな姿を私は見ることなく、力の限り佐久間にしがみつき、目を閉じた。何とか上手くいったらしいが、今の私はそれどころではない。……どうやら私は、高所恐怖症だったらしいと、この時になって初めて知った。