遊園地の恋(3)
【能力解析】
能力解析とは、相手の能力が何かを知る事ができる能力。人物を目の前にして見て分かるタイプ、写真などでも分かるタイプ、会話して初めて分かるタイプなどいくつものタイプが確認されている。また能力解析で分かるのが、能力名だけの場合、能力名と何ができるかまで分かる場合、能力名と発動条件が分かる場合など、いくつものパターンが確認されている――。
私は明日香からファックスで送られてきた資料を読みながら頭の中を整理する。
【能力解析】はそれほど珍しい能力ではない。というか、私や佐久間を含め、大和に住む誰もが大抵1回はお世話になっている。そうでないと、気が付きにくい能力というのも存在するからだ。ただ身近ではあるが、自分がその能力者ではないので、分からない事も多い。
「へぇ、能力解析って言っても、何パターンかあるんだな」
「そうみたい。具体的に能力名以外の、発動条件など細かく分かるタイプは、知る為の条件が厳しくなるのか……。私は会った事はないタイプだけど」
明日香の字で余白に、発動条件が緩くて細かく知れるタイプはBクラスだから、犯人は条件が厳しいか、能力名しか分からないタイプだと書かれていた。実際、私が知っている【能力解析者】はCクラスのおじいちゃんで、顔と名前の情報が揃った時、能力名だけが分かる能力者だった。
別のファックス用紙には、女の子の写真と、男の写真が別々に載せられている。この女の子が千春ちゃんか。髪の毛をツインテールに結んでいる可愛い子だ。しかしそれ以上に大きな特徴があるわけではない。これだと、大多数の中から探すのは骨が折れそうだ。ここの遊園地は、小さい子も結構いる。
「とりあえず、佐久間の能力はバレていると思うから、佐久間が探している事を犯人に気づかれると厄介かも」
佐久間の能力は【風使い】。正確に言えば、空気の動きを作ったり空気を圧縮させたりする事ができる能力だ。人が多い場所では一般人を巻き込んでしまう為、遊園地だと使い勝手が悪い。犯人が【能力解析】の力を持っているなら普通よりも能力について詳しいだろう。気が付かれたら最後、佐久間の対応策として、人混みに紛れ込む可能性が高かった。
「何で俺の能力がバレているんだよ」
「えっ? だって、ヒーローショーで使ったし。5歳の女の子のご機嫌取りをしながらこの遊園地にいるなら、【戦う王子様】は絶対はずせないイベントだと思うけど」
ヒーローショーはこの遊園地の夜のパレードに並ぶ2大イベントの1つだ。
3日前から連れ去らわれているなら、千春ちゃんもきっと家に帰りたいとぐずるはず。大人しくさせる為にきっと犯人もかなり苦労していると思う。
だとしたら、ショーを見ないという判断はしない。
「えっ。あそこの会場にいたのかよ」
「たぶん。もう、移動したとは思うけど。だから佐久間が犯人を捜している事は、出来るだけ隠しておきたい」
佐久間の能力対策は簡単にできてしまうし、下手をすると犯人が暴走して、遊園地にいる人を人質として、何処かを爆破をさせる可能性もある。
「いや、俺だって大々的に探す気はなかったけどさ。……そっか、俺の顔も能力もばっちり見られてるのかぁ」
佐久間は深くため息をついた。どうやら落ちこんでいるようだ。
私がヒーローショーに出て欲しいと頼んだばかりに、本当の佐久間の仕事を邪魔してしまった。これは佐久間のミスではなく私のミスだ。
ちゃんと挽回しないと。
私は事務室を見渡し、カッターを見つけると、それを手に取った。
「って、ストップ。またリストカットする気か」
「いいえ。そこまでの血は必要ないから、親指に傷をつけるだけ」
「いやいや、親指だけでも見ていて十分痛いから」
「だったら見ないで欲しい。一応【無関心】の能力を発動してやるけれど」
というか、私も自分の自傷姿を見られたい願望があるマゾではない。自分自身そういう行為を見せつけられたら思いっきり引く。佐久間に引かれるのはあまり嬉しい反応ではない。
「だから見ないとかの問題じゃなくて、俺が影路が怪我するのとか嫌なんだよ! 他に方法はないのかよ」
カッターを握る私の手を掴んだまま、佐久間が叫んだ。
その所為で、周りの従業員の方が何事だと私たちの方を見る。……うぅぅぅ。佐久間が優しくしてくれるのは嬉しいが、今注目されても何もいい事はない。流石にここに犯人がいるとは思わないが、どこで見られるとも限らないのだから。
私の能力はできるかぎり隠しておいた方が良い。
「佐久間、血を使う方法は別のもので代用できないか一度考えてみるから今回は我慢して」
しかし別の方法をすぐに考えられるほど、私は機転が利かない。私が自分の血を他者につければ、他者にも【無関心】の能力を発動できると気が付いたのは偶然だったりする。
Aクラスの佐久間の様に、積極的に能力の研究はしていない。だから私はまっすぐに佐久間を見て、今できる事を話した。
「……なんか、俺が影路を守るとか言っておいて、かっこ悪いな。でもそうだよな。それしかないもんな。ごめん。そしてよろしく」
佐久間は、困ったように笑い私に頭を下げた。
「あっ。Aクラスだから頭を下げるのはなしとか言うなよ。俺なりに頑張って納得しようと試みている所だから。ここで影路に謝られたりしたら、余計に傷つくから」
言いたい言葉を先にいわれてしまったら、私は黙るしかない。私の中では、佐久間は1番のヒーローだ。できたらいつでも明るく笑っていて欲しい。
「一度能力を発動させるから」
「おう」
明るく返事をされて、私は少し困りながらカッターを持つ手を見た。……佐久間が傷ついて欲しくないって言ったんだよなぁ。
元々自殺願望はないので、私も自分から傷つきたいとは思わない。刃物が薄い皮膚でも切り裂くのは気持ちがいいものではなかった。
すでに佐久間の能力は犯人にも知られてしまい、今日に限ってはシンデレラの王子としてこの遊園地で有名になっている。だとしたら隠れて探すのが普通。……でも、普通に探すとしても、この遊園地はそこそこ広い。
5歳の女の子が乗れる乗り物は決まっている。メルヘンを謳ってはいるが、絶叫系の乗り物の個数はとても多かった。だから女の子をあやす為にいる場所はある程度絞れるが、それでもある程度だ。
私は手に持ったカッターを机の上に置いた。
まだ佐久間が犯人を捜しているとは犯人も知らないのだ。なら隠れるだけが能ではない。
「うわっ。影路?! あれ? どこを切ったんだよ」
私が【無関心】の発動を止めると、慌てて佐久間が私の手を握り確認した。本当に優しい人。だから、私は佐久間が好きなのだ。
そしてこの世界の主人公が望む方法を考えてみたくなる。
「まだ切っていない。別の方法を考えた」
「へ? 別?」
「うん。ただ、佐久間に頑張ってもらう必要があるし、他の遊園地の方にも手伝ってもらわないといけないけれど」
私では、遊園地の人にこの案を聞いてもらえないだろう。
でもここにいるのは、Dクラスの私だけではなく、Aクラスの佐久間だ。佐久間なら協力者を得るのも容易だろう。ただし、佐久間自身がこの案に乗らなければ意味がないが。
「それにしよう! 俺も手伝うし、協力者にはばっちり手伝わせてやるから!」
「まだ何も説明してないんだけど」
「大丈夫だって。だって、影路が考えた案だろ?」
ニヤッと佐久間が私に笑いかけてきた。……私だから大丈夫って何? 私はDクラスなんだけどなぁ。でも佐久間はAクラスだから、Dクラスだからという事を気にしない。たまには気にした方が良いとは思うけれど。
「信頼はありがたいけど、ちゃんと聞いてから決めて」
私はそう言って、自分が考えた案を佐久間に伝えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ご来場の皆様にご案内させていただきます。本日4時より、【戦う王子】による特別パレードを行います――』
「えっ? 戦う王子のパレード?」
「マジで?! どこからスタートするの?!今、何時?」
「特別パレード観覧の方はこちらへお願いします」
突然流れたアナウンスに客たちが走ってく。
普段ならこの後は、暗くなってからの光のパレードだけだ。いつもはない放送に、園内に残っていた人達が集まっていく。
「ママー、私もみたい!!」
「危険ですので、歩いての移動をお願いします」
子連れは勿論、女子高生、それに修学旅行生らしき男たちも、特別と言う言葉に引かれて誘導員についていく。
この特別パレードは私が考えた突貫もので、作戦の一部だ。そう。どうせ佐久間が【風使い】だとバレている上にとても目立つなら、いっそ もっと目立ってしまえばいいと逆転の発想をしてみた。
私が予想した通り、どんどん人が集まっていく。
「きっとそろそろ遊園地に飽きてきた千春ちゃんもパレードを見たがるはず」
私は人が集まっていく方を眺めた。もしもここで、爆発が起こったら、小さなものでもパニックが起こり大変な事になるだろう。……それはさせるわけにはいかない。
パレードは佐久間に任せて、私は【無関心】の能力を発動させながら、ヒトの流れとは別の方へ足を向けた。