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遊園地の恋(1)

 この世界に生きる人間は神様から一つだけ能力をもらって生まれる。その能力はA~Dに分類され、能力の高さによってその価値が決められていた。


「影路?! どこだっ?」


 ちなみに私はDクラスで【無関心】と呼ばれる、ひたすら影を薄くする毒にも薬にもならない能力だった。つまりは無駄能力。

 そんな私は休日を満喫している親子づれや恋人たちの邪魔にならないように、【無関心】の能力を発動して清掃活動にいそしんでいたのだが、自分の名前を呼ばれて能力の発動を止めた。その瞬間、私の姿を突然認知した人達がチラチラと私を見て通り過ぎていく。

 名を呼んだ人を見れば、いまどき風に髪を茶色に染めた青年の姿があった。良かった。ちゃんと来てくれた。

「佐久間、ありがとう。来てくれて」

 私は突然呼び出すことになってしまったAクラスの【風使い】の能力者であり、友人でもある佐久間にお礼を言った。貴重な休日なのに、Dクラスの私のお願いを聞いてくれるなんて、本当に佐久間はいい奴だ。

「いや、別にいいんだけど……所で、影路さん? その格好はどういうことかな?」

「どういうって……ここの清掃員の服装だけど?」

 何かおかしいだろうか。

 水色のエプロンドレスに青と白のシマシマのハイソックス。頭に着けたリボンはハイソックスに合わせて青色だ。エプロンドレスにはハートやクローバーなどのトランプ柄が入っている。……確かに私の年齢だと、若干痛いかもしれないが、これが制服なのだから仕方がない。

「もしかして佐久間はここの遊園地は初めて? ここは童話をモチーフにしたテーマパークだけど」

 テーマは童話。おかげで従業員の服は男女全てファンタジーなものになる。

「いや、小学生の時の修学旅行で来たことはあるけどさ……え? あれ? これ、デートの誘いっていうか、遊びの誘いじゃなかったわけ?」

「メールにも書いたけど、それは仕事の後。遊園地の館長もフリーパス券くれると言っていたし」

 どうやら私のメールの書き方が悪くて上手く佐久間に話が伝わっていなかったらしい。


 全ては私が臨時で遊園地の清掃員として派遣されたのが始まりだった。

 清掃員の仕事といえど、夢のあふれた遊園地。普通なら私のようなDクラスの能力者には絶対まわってこない仕事だ。

 しかし今回、遊園地の職員が季節外れのインフルエンザに罹り、欠員が多く出てしまった為、私にも仕事が回ってきた。

 いつもと違う仕事に少し浮かれ足になりつつ行くと、ヒーローショーの主役まで欠員が出てしまったと言われたのだ。その為身体能力の高い能力者を探していて、誰か知り合いはいないかと館長に尋ねられ、今回佐久間を呼んだ次第だ。

 ヒーロー=Aクラス=佐久間という安直な考えで。

「もしも佐久間がそういうのは苦手なら、明日香に頼んでみるけれど」

 携帯のメールを確認している佐久間に私は別の提案をしてみる。

 明日香というのはBクラスの能力者で、佐久間の仕事仲間であり、私の数少ない友人の1人だ。能力は【超脚力】。身体強化系の能力で、ジャンプをすれば2階ぐらいならぴょんと飛び越えられるし、かかと落としをすればコンクリートに穴を開けることもできる。

 女性だから、ヒーローでは失礼かと思ったが、佐久間が嫌と言うならば、お願いするしかない。

「いや。やるよ。終わったら、影路と遊園地を回れるんだよな?」

「うん。私は3時で仕事上がりだから」

 なので仕事の後は、自由だ。館長からもヒーロー役を見つけたら、それからはフリーパスでいくらでも遊んでいってもらって構わないと言われている。

 ……若干それにつられて、佐久間を紹介した部分もあるので、少し心苦しいのだけど。Dクラスは偏見の目で見られる為友人が少なく、恋人はおらず、給料も激安だ。その為まったくといっていいほど遊園地とは縁がない。なので、館長がチラつかせた餌は凄く魅力的に感じてしまったのだ。


「よし。だったら、仕事をさっさと終わらせような!」

「ありがとう」

 何ていい奴だろう。私の仕事まで心配してくれるなんて。

「ヒーローショーは、【戦う王子様】だから。関係者入口まで案内する」

「……えっ? 戦う王子様?」

「そう。シンデレラの王子様と、人魚姫の王子様と親指姫の王子様、後いばら姫の王子様に、ああ、そうだ。白雪姫の王子様が悪い魔女率いる悪者と戦う」

 5人の王子様が姫の為に戦う【戦う王子様】だ。ちなみに大きなお姉さんにも人気のショーである。私的にはどうしてそれを混ぜたというぐらい、キャラが濃い気がするが。

「影路……顔は隠して覆面だよな? 全身タイツ的なヒーローだよな?」

「佐久間、それはヒーローとは言わない。ただの変態」

 覆面の全身タイツって、どう考えても変態じゃないか。

「い、いやいやいいや。5色のカラーリングで、ヒーローなんだって」

「戦う王子様も5色のカラーリング。服装はもちろん王子様。ちなみに佐久間は、シンデレラの王子様で、赤色だから」

 佐久間の王子様姿はカッコイイだろうなと思う。

 清掃の仕事がある為覗きに行けないので残念だ。勿論、【無関心】の能力を使えば仕事をさぼって見に行く事もできるけれど、この能力は神様から頂いたものだから悪い事に使ってはいけませんと両親からそう教えられていた。

 それにもしも何かのはずみでサボりがバレてしまった時、もう二度とこの遊園地の仕事は回してもらえない可能性もある。それどころか、信用第一の清掃派遣の仕事だ。他の仕事もできなくなると、佐久間から時折回してもらう臨時バイトだけでは生活できなくなってしまう。

 Dクラスの能力者の合言葉は、謙虚堅実モットーだ。やっぱり仕事はきっちりやるべきだろう。


「関係者入口はここ」

 私は特設ステージ横にある建物に案内した。アトラクションの裏手にもなっていて、あまり目立たない。

「いや。影路。いきなり本番というのは……」

「大丈夫。基本はアドリブだけで動くし、まだ時間もあるから若干練習もできると思う。周りも助けてくれると言っていた」

 ど素人でもいいという事は、そう言う事だ。

 カンペも用意してあるだろうし、セリフは多分少ないのではないだろうか。

「シンデレラの王子は、周りの貴族の女性が信じられなくなって人間不信になっていたけれど、シンデレラに会って再び人を信じられるようになった青年。軽い感じの王子様だけど、その陰ある設定が人気」

「……影路。結構詳しい?」

「人気だから」

「えっと、人気というか、実は好きだろ」

「そうだけど」

 あの設定、嫌いではない。

 子供用でシンプルに分かりやすいストーリー構成はされているが、意外に練られた設定が大人でも楽しませるのだ。

「ちなみにシンデレラの王子は、影路が好きなキャラクターなのか?」

「わりと」

 こちらもやはり嫌いではない。

 少しちゃらちゃらしすぎだと思うが、何となく佐久間を彷彿させる。カッコ可愛い感じで、若干のウザさにも目をつぶれる。


「よし。やる。こうなったら、完璧なシンデレラ王子を演じてやる。だから、影路、見ててくれよ」

「仕事時間だから無理」

「影路ぉ……」

 拳を握ったままがくっと肩を落とす佐久間を見て、やはり観客は必要なのかと思う。でも私がいなくてもこの遊園地のヒーローショーはかなり人気だから問題はない。

「ただ仕事が終わったら見に行くから、着替えずに待っていて欲しい」

 佐久間の王子様姿。

 これは結構なレアものだ。明日香にも写真で見せてあげないと。きっと喜んでくれるに違いない。

「分かった。終ったから必ず来いよ」

「うん。じゃあ、仕事に戻る」

「あ、それとさ。多分その格好、宣伝の意味もあるから、あんまり【無関心】の能力発動させない方が良いぞ。いや、影路のスカート姿はレアだから、ちょっと見せるのは勿体ないんだけど」

「……それほどレアではない。2年前は制服を着ていたから」

 2年前は私も女子高校生だったわけで。

 その後、Dクラスの私が大学へ行ってもよい就職先に恵まれるわけではないと考え、さっさと就職する道を選んだ次第だ。清掃員の仕事は大抵がズボンだから、確かに久々といえば久々だ。

「くっ。2年前の影路に俺は会いたかった」

「じゃあ、佐久間。また後で」

「おーい。少しくらいツッコミか、恥じらいをくれよ」

 佐久間と話しているのは楽しいが、このまま話し込んでいたら、それこそ職務怠慢だ。

 私は【無関心】の能力を発動して外へ移動した。……自分の姿を見下ろして、確かに宣伝目的はありそうだと考えたが、まあいいかとそのまま掃除を開始する。業務内容に客寄せは入っていない。

 遊園地の仕事には心惹かれたが実のところ私はここの制服は恥ずかしい。強制的に王子姿を皆にさらすことになる佐久間に、佐久間なら似合うと思うからと、心の中で謝罪した。

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