とある学生の景仰
モブ視点で、影路ちゃんのその後の話です。
この大学には、才女がいる。
大和で一番の大学はどこと言われれば、必ず名が上がる大学。その大学の中でも特に【能力】に関しての研究が盛んな学校と言えば名が上がる場所だ。
【能力】というのは、大和人特有と言ってもいい、不思議な特殊能力を指す。自然現象を引き起こすものもあれば、精神感応系のもの、肉体強化系のものや、分類が難しいものまで、様々だ。人数の多い能力は研究も進んでいるが、レア系は全く研究されてないものばかりで、まだまだ研究が進んでいるとは言えない。
この能力は、大和を出ると途端に発現が弱くなったり、消えてしまったりする傾向があるので海外からも注目を集めている。
といっても、大和の研究はもっぱらどう能力を利用していくかに特化している為、何故その能力が起こっているかなどの研究は海外の方が進んでいた。
「佐久間先輩の論文、ヤバくない? 本当に凄すぎる」
「お前、本当に佐久間先輩大好きだな。まあ確かに凄いと思うよ。胎児の時に能力が既に発現している事と、その能力の方向性が母体へのストレスによって変わる可能性についての報告だもんな」
今までの大和の研究は、どう能力を利用するかに特化している為、能力の発現タイミングと、能力の種類がどうして母子や兄弟でも違うのかという事を研究しようとした学者はほぼ居ない。
能力の種類は遺伝と関係がないようで双子でも違うし、男女で何か差異があるともいえない。人間ではなく動物で能力を持つ個体もいる所為で、いまだに神様が与えてくれているという神話的な説が信じられている。特に大和は八百万の神が信じられているので、能力の違いも与える神様が違うからだろという感じだ。
なら海外で能力発現の事例が少ないのは何故か。外国人だって信仰している神様はいる。その神が一柱しかいないなら一種類の能力をまんべんなく全員が持っていなければ可笑しくないかという話だ。しかし実際にはそんな事もない。
「そうなんだよ。しかもさ、海外に留学している時も面白い研究発表をして、世界から注目を受けてるし」
「……海外のも読んだのかよ」
「あたりまえだろ。というか、あれが俺がこの大学を目指そうとした理由だからな。【電脳空間把握】の能力は海外に渡航をしても制限なく能力を使う事ができる能力の一種で、電脳空間は空間距離関係なく大和と繋がっているからじゃないかって視点で考えられていて。ほら、よくさ、神話派と科学派はぶつかるけど、佐久間先輩はそのどちらも尊重して受け入れて、昇華してこうとしているんだよ」
日本では神様が与える神話派が強いけれど、海外は目に見えない、しかも自分が信じているものと違う存在を信じないし、日本の中にだって科学力が足りず解明できないから神話というファンタジーで誤魔化しているという科学派もいる。
この二つは真向からぶつかり合うのだ。
特に神話派の中でも強硬派は、神様がお決めになっていることを人間ごときが解き明かそうなど不届きだと研究すら受け入れてはならないと思っている様な人もいる。
俺も神話派ではあるけれど、別に研究するのはいいと思う。そもそも使い方は研究するんだから、その能力の根本が何かを知っていた方が色々研究しやすいと思うし、本当に神様が与えているなら与えていると証明された方がすっきりする。
強硬派は暴かれた先にある、【もしも神がいなかったら】や【自分が特別ではない存在だったら】というのを突きつけられるのが怖いのだ。
佐久間先輩は、神話派があまりいない留学先で普通に神様がいる前提で研究をし、しかしこの神様がどうして能力を与えているのか、どう能力の種類を決めているのかなどを解き明かそうと科学的な目線から色々調べていた。とにかく思考が柔軟なのだ。
「あの人、本当に優秀だよな。でも年齢計算すると、確実に留年してこの学校に入ってきてるんだよな。俺らにしてみてば、留年しても凄い研究ができるんだって励みになるけど」
「あっ。それは俺も思って調べたけど、どうやら佐久間先輩受験せずに数年派遣の清掃業者に就職してるんだよ。先輩の学部では一番の成績で合格するぐらい頭いいのに、周り何させてるんだよ!! といいたいけどさ、多分実家の関係じゃないかなと思うんだ。ほら、お金ないとやっぱり、大学って通えないし。でも、思い直して大学受験を受けてくれて、本当に良かったよ」
「良かったって、待て。なんでそんな事知ってるんだよ。あの人、そういう事言いふらすタイプじゃないよな? どちらかというと物静かというか、目立たないというか」
「……てへぺろ?」
「うおぉぉぉい。やっぱり、ハッキングかよ。だから、お前の能力を持っている奴は犯罪者が多いって言われるんだよ。そういうのをな、ストーカーって言うんだ。今すぐやめろ」
俺の雑な誤魔化しに、友達が凄い勢いで腕を掴んできた。本当、お前、友達思いだよなぁ。
「流石にまだ、この大学のデータベースにハッキングした情報しか持っていないから」
「十分犯罪だから。本当に止めろ」
そっか。俺と同じ能力者だと、もっとエグイ情報収集している奴もいるけど、内緒にしておこう。コイツが言う通り、犯罪者が多いのも事実だし。
「分かった、分かった。それにしても、佐久間先輩、今年卒業したらどうするんだろ? また海外行っちゃうのかな?」
「企業も注目している論文ポンポン出してるし、何処かの企業に行く可能性もあるけど、どうなんだろな」
「留学してるから、海外に行くハードル低そう……。あー、一度でいいから話がしたい。付き合いたい!」
「後半お前のハードル一気に上がってるぞ。というか、佐久間先輩、彼氏とかいないわけ?」
「流石に大学のデータベースに、恋人の有無まで載ってないっての。でも毎日研究が忙しくて、海外留学もしてるんだから、恋人がいる確率は低いと思うんだよな。デートする時間もなさそうじゃん」
きっと、毎日勉学に明け暮れて、数々の素晴らしい論文を書いているに違いない。
普通は学生なんて卒業時の卒業論文を書くだけなのに、海外の有名な教授にオファーされて、色々学術誌にも書いている。
「でも大学来る前なら、ほら学校とか、職場恋愛とかあり得るだろ?」
友人の容赦のない言葉に俺は耳を塞いだ。
「あーあー。聞こえない。とにかく佐久間先輩は素晴らしい才女なんだよ。この国の宝! 俺達のアイドル!!」
「えっと……凄く褒めてもらっているところ悪いけど……、ちょっと恥ずかしいから、声を小さくして貰えるとありがたい」
大学のラウンジで講義の空き時間に喋っていると、後ろの席から、ぼそぼそと声をかけられた。
恥ずかしい? はあ? 俺の佐久間先輩愛を――と言いかけて、俺は言葉を失った。ついでに友人もフリーズしてやがる。まさか、背後に佐久間先輩がいるなんて。何で気が付かなかった、俺。というか、いつからいたんですか、佐久間先輩?!
あまりの事態に、言葉が出てこない。
「私はその……まだ、一学生でしかないわけで。運よく、友人の伝手で海外の教授と知り合えて色々論文を書かせてもらえているけれど、運が良かっただけだから」
「そ、そんな事ありません!! 知り合ったのは運かもしれないけど、あの研究はそれだけじゃ収まらないというか。もう、本当に今までの概念を超えるもので――」
「どうどうどう。怖いわ。瞳孔開いてるから、落ち着け。佐久間先輩が怖がるだろ」
ぐわっと語ろうとすると、隣で同じく我に返った友人が俺の肩に手を置き止めた。
「あ、すみません。いや、でも。本当に凄くて、その……サインください!!」
「へ?」
「あっ。俺もついでにいいですか?」
「何、お前もちゃっかりサイン強請ってるんだよ」
「はあ? 俺が憧れていないって、何時言った。お前ほどじゃない、常識的な範囲で、尊敬しているんだよ」
俺が鞄から最新号の能力学会の学術誌を取り出せば、その隣で友人も取り出した。お前も、シレっと持ってるじゃねーか。
「えっと……本当に、私は普通の学生だから」
「良いんです。お願いします。記念に一筆。ちょちょいと、この辺りに。絶対文句も言わないので」
俺が頼み込めば、佐久間先輩は困った顔をしつつも白衣に刺さっていたペンで、『佐久間 綾』と書いてくれた。崩れていない、普通に名前を書いただけだけのものだけど、いい。もうこれ、神棚に飾る。
ついでに友人も貰っているのが、何だか解せないけれど、佐久間先輩は皆の佐久間先輩だからな。
「そう言えば、佐久間先輩って、どこの学校出身なんですか? 佐久間先輩の名前で年齢が同じ人をこの国のデータベースで調べたけれど、ヒットしなくて」
「うおぉぉい。やっぱり、お前やりやがったのか。学校だけじゃねーじゃん」
「見つけられていないんだから、調べてないのと同じだって」
だって、やっぱり気になるじゃん。どうしたら、こんな才女が生まれるのか。
「あー。大学に入学する前に、苗字が変わったから」
「やっぱり、家庭に何か問題があったんですか? 名前が変わったという事は離婚ですよね? 佐久間先輩が大学に入らずに派遣会社で働いているなんて変だと思った――むぐ」
「プライベートな話を根掘り葉掘り聞くな。失礼だろ。本当に、すみません。コイツ悪い奴じゃないんですけど、何というかオタクすぎて、たまに常識なくすんです。言いたくない事は言わなくて大丈夫ですから」
失礼な奴だな。
確かにオタクだけど……まあ、ちょっとぐいぐい行き過ぎたとは思うけど。両親の離婚話なんて、普通他人が踏み込むべき話じゃないよな。
自分なりに反省していると、佐久間先輩は首を横に振った。
「大丈夫。心配しなくても、そんなに深い理由はないから。両親は離婚していないし、大学に入学できなかったのは……個人的な問題だから。私が大学に入って良かったと思ってくれているのは嬉しいけれど」
「当たり前じゃないですか。入らない方がどうかしています。それと、ぐいぐい聞いて、ごめんなさい」
俺が謝ると、佐久間先輩はやっぱり苦笑して、許してくれた。個人的な問題ってなんだろ――いや、駄目だ。ここは我慢だ。佐久間先輩だって、詮索されたくない話だから濁しているんだろうし。
「もしかして、君は【電脳空間把握】を持っている?」
「はい! 凄い。よく分かりましたね。もしかして、外見的特徴で何か分かったりするんですか?」
「流石に外見的特徴では分からないかな。ただ私の事をデータベースにアクセスして調べているし、好奇心も旺盛でオタク気質というところが、【電脳空間把握】の持ち主には多いから」
流石は佐久間先輩だ。ちょっとした情報から俺の能力を当てるなんて。
「流石です!! ちなみに、大学を出た後は、どうするつもりですか?」
「だから!!」
「嫌なら答えないだろうし、ちょっとぐらい聞いたっていいじゃん。こんな機会、二度とないかもだし」
俺が質問すると、友人が目を吊り上げた。でも気になるものは気になる。
「予定としては、この学校の大学院に進んで、研究を続けるつもり。二年院生した後は、この学校の講師として雇ってくれるっていう話も来ているから、ここか別の場所で研究をしていると思う。でも、まだしばらくは日本で活動するつもり」
「よっしゃ。絶対ここの講師やって下さい。俺、絶対受講しますから!!」
「うん。ありがとう」
ふにゃっと笑った姿は、かなり可愛かった。先輩相手に可愛いとか失礼かもしれないけれど、その笑顔を見るとドキドキする。
「何で、日本で活動するんですか? 海外の方が研究費多く出してくれるところも多いですよね?」
「何だよ。ここで講師してくれるんなら、それがいいじゃん」
「俺は純粋に気になったんだよ。それに、俺らだっていつかは進路を決めないとだろ?」
まあ、確かに。
四年後には、どこかに就職するか、院に行くか決めないといけない。
「日本で活動するのは、個人的な理由もあるけれど、まず研究対象者の数が海外とは違うから。海外は日本とは違うアプローチで研究をしているから、とても勉強にはなるけれど、対象となる人がとても少ないから、より多くのデータが欲しいなら、日本の方がいいと思う。ただし、何を研究したいかによっては海外でも問題はないと思う。資金は確かに海外の方が潤沢な場合も多いから」
なるほど。
確かに能力の発現が日本ではほぼ100%となれば、サンプルは日本の方が多い。
「佐久間先輩は、今はどういう研究をされているんですか?」
「うーん。あまり具体的な事は漏らせないけど、胎児の能力発現と方向性から、その能力を思った方向に変更可能かどうかかな? これがいいと選ぶわけではないけれど、命を削る能力はあまり発現して欲しくないというのは前々から言われているし。だからまずは多数の妊婦と胎児のサンプルを集めているところ」
そう言えば、能力が強いと、命を削るタイプがあるとか聞くな。
そんなことまで考えているんだと思うと、やはり佐久間先輩は俺らとは違う。
「じゃあ、そろそろ客が来る時間だから、ごめんね」
「ありがとうございました!」
「俺も、とても参考になりました」
俺と友人が頭を下げると、佐久間先輩は椅子から立ち上がり、ペットボトルの水を白衣のポケットに突っ込んだ。
「そうだ」
少し歩きかけた佐久間先輩は立ち止まり、俺らの方を向く。
肩で切りそろえられた髪が舞って、凄く綺麗だ。
「さっきは勝手に盗み聞きしてしまってごめんね。私の能力は【無関心】で基本常時発動だから、つい」
「【無関心】?」
「うん。だから私は目立たないの。最近私が認識されやすくなっているのは、研究者としての実績が増えて、私に付加価値が加えられたから」
【無関心】とはあまり聞かない能力だけど、言われてみると、佐久間先輩は目立たない。でも気づくと、凄く目を吸い寄せられる。
「それでね。私、恋人はいないけど、夫と息子と娘が居るから」
「は?」
「だから彼氏にはしてあげられない。さっきの……えっと、冗談だったら、ごめんね」
夫と息子と娘? は?
えっ?
「「はあああああああああ?!」」
俺と友人は、同時に叫んだ。
あれか。名前が変わったって、結婚したからか?! えっ。嘘だろ? 社会人入学だけど、佐久間先輩そこまで年じゃないというか、いつ産んだわけ? えっ?
俺達は、彼女が去る間際の爆弾発言に頭を抱えるのだった。
そして数年後研究室で再会を果たし、その息子と娘というのが、海外留学中に産んでいるという更なる衝撃の事実を知る事になるのだった。