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影路綾の恋(12)

「どうぞ、行ってらっしゃい」

 観覧車の扉を、トランプをモチーフにした制服のお姉さんが閉める。この観覧車は、不思議の国のアリスをモチーフとしており、白薔薇と赤薔薇がデザインされていた。

 以前乗った時は、それどころではなかったのであまりしっかり内装を見ていなかった。


 ゆっくりと昇っていく観覧車が全く怖くないわけではないが、足元はしっかりと踏みしめられるし、ガラス張りになっているわけでもない。これなら何とかなりそうだ。

「影路、大丈夫か?」

「うん。駄目っぽくなったら、目を閉じておく」

「……えっ」

「ん?」

 目を閉じれば自分が高い所に居る事を、視覚から情報を入れずに済むから一番ベターな対応だと思ったのだけど?

 何故か佐久間が顔を赤くして固まった。何かおかしなことを言っただろうか?

 分からず、ジッと佐久間を見ると、途端にオロオロとした様子で目線を彷徨わせる。


「いや。うん。悪い。今のは全面的に俺が悪い」

「えっと。ごめん。何を謝られているのかも全然分からないから説明をして貰えると助かるのだけど」

 そもそも、謝ってもらうような事はなかったと思う。

「……ここ、誰にも邪魔されない密室空間だよな」

「そうだね」

「で、俺はその、影路が好きで、影路も……えっと俺が好き……だよな?」

「そ、そうだけど?」

 改まって言われると、私も照れてしまうというか、恥ずかしい。でも少し不安そうに言われたら、ちゃんと言うしかない。

「両想いで、……その。目を閉じると言えばだ……。キスのタイミングだと思って――ああああああっ。なんか俺、恥ずかしい。ごめん。本当に、何からまわってるんだろ。まだ付き合ってないのに……」

 言われて、ああと納得すると同時に、私の顔もたぶん真っ赤になったと思う。

 すごい速さで心臓が動くのを感じる。こんな調子ではそのうち壊れてしまうのではないかと馬鹿な考えまで浮かぶ。それぐらい、今までの人生で一番動揺することが多い一日だった。


 佐久間とキスをした事がないわけではない。

 でもあの時は、義務だった。だから、理由のない……ないというのは語弊だけれど……愛情のみ、打算無しなキスは今の所ない。もちろんDクラスだった私に、これ以前の経験を確認した所で皆無だ。

 でも恋愛小説などで、そういった話は知っている。

 だから責められるのは佐久間ではない。そもそも、私も向き合わないといけないのだ。平常心を保つために自分自身を誤魔化すのはとても得意だ。だけど誤魔化したくない。


「佐久間、伝えたい事があるの」

「……何?」

 背筋を伸ばして私は佐久間を真っ直ぐ見つめる。佐久間は何処か不安そうな目を私に向ける。昔なら、Aクラスの佐久間が私の言動にいちいち振り回されたりしないと思って気が付かなかったと思う。

 勿論佐久間は、今でも私の中で物語の主人公のような存在で、憧れである事に変わりはない。でも私と同じようにこの世界で生きて息をして、隣にいるのだと今は知っている。ただ強いだけじゃない。強い面も持ち合わせている、同じ人間なのだ。だから私の言葉に一喜一憂する。

「私は佐久間と出会って、色んな事があって、ようやくクラス階級に無関心になる事ができたの」

 何から伝えればいいのか分からない。

 結論から伝えればたぶん説明はしやすいけれど、結論じゃなくそこに至った経緯も全部伝えたい。だから着地点が分かりにくい出だしとなる。

 それでも佐久間は真剣な顔で私の言葉に耳を傾けてくれる。


「一番こだわっていたのは私だった。そしてそれを免罪符にして、逃げていた。逃げて、やりたい方に行くんじゃなくて、楽な方に生きていた」

 佐久間との関係も、佐久間以外との関係も、自分自身の生き方も。

 傷つかない方に、傷つかない方に進んでいた。

「でも今は諦めたくないの。我儘に生きたい。やりたい事全部なんて、叶えられないとは思うけれど、やる前から諦めたくないの。だから佐久間、私と付き合って、遠距離恋愛して下さい」

「は、はい。もちろ――えっ。遠距離?」

 佐久間は豆鉄砲を食らった鳩のようにキョトンとしている。想像もしていなかったのだろう。


「うん。デートもしたいし、そ、その。キスもしたい。だけど、私は私の好奇心も満たしたいの。だから前に話した通り、大学に行って、そこで海外に留学して、【能力】がどういうものなのか、いろんな角度から調べていきたい」

「えっ。ちょっと待って。理解が追い付いていない。えっと、まず、影路、大学は決まったのか?」

「うん。受かればだけど、多分大丈夫。クラス階級の確認はなくなったから、純粋に試験の点数だけで合否が決まるなら、勉強すればいいだけだし」

 クラス階級の確認が入ると、Dクラスには絶望的に入りにくくなっていた。Dクラスが大学に行って何するの? と全国模試一位ぐらいの成績優秀者でなければ弾かれるのだ。でも今ならそういう確認はないので、普通に偏差値が満たされていればいい。

「いや、勉強すればいいって……いや、うん。その通りだけどそうじゃないというか……。影路、ちなみに高校のテストは如何ほどの点で?」

「如何ほどと言われると何て答えればいいか分からないけれど、どの科目も大体90点台が取れたと思う。順位はいらない諍いを起こさない為に、能力階級ごとでしか発表されないから学年でどれぐらいなのかは分からない……佐久間?」

佐久間が、俯きながら、うん。前から頭が良い事は知ってたよ。格差社会は能力だけじゃないって知ってたよとブツブツ呟いている。

「えっと。佐久間。別に自慢話をしたいわけじゃなくて……」

「……分かってる。それで大学に行くまでは分かるというか、むしろ何で行かなかったんだってレベルな事は分かったけれどさ。どうしても海外に行かないと駄目なわけ? 前にも聞いたけど、分かるように説明してほしい」

 

 佐久間は私をのぞき込むように見つめた。私の話を一生懸命受け止めようとしているのだろう。

 私だって、離れなくて済むなら、離れたくない。でもそれで我慢して、自分の気持ちに嘘をつけば、今までと変わらないと思う。

「前にも話したけれど、この国の能力研究は、能力をより伸ばすための研究が主流なの。逆に外国では、こういった能力は少ないから、どうして能力が生まれるかのメカニズム解明研究に力を入れている。だから海外で分かっている範囲の事を学んで、最終的には大和で研究をしたいと思っているの。サンプルは大和の方が豊富だから海外で研究を続けるメリットはないし」

 だからずっと海外に行くのではなく、あくまで一時的な留学だ。そこで学べるだけ学びたい。その為の留学制度も色々調べている。

「それにね。研究だけではなくて、能力がほぼない世界も見てみたい。私の能力の所為で、大和もこれから変わっていくと思うし」

 能力に重きをおいて、頼り過ぎた世界は、階級が実質崩壊したことで変化するはずだ。だからこそ、能力に頼らない世界を知っておきたい。


「……それ、もう決めたんだよな」

「うん。決めた。その……ごめん」

 本当なら、告白を待ってもらったのだから、決める前にもっと相談するべきだっただろう。佐久間が私に対して付き合いきれないという結論を出しても仕方がない状況だ。

 でもそれを覚悟しても、私は誰かの意見に左右されず、私の意志で未来を決めてみたいと思ったのだ。

「ごめんってな……」

「でも佐久間が好きなのは変わらないし、できるなら恋人にして欲しい。それが私の正直な気持ちなの。それを拒否されても佐久間の意志だから仕方がないと思う」

 佐久間は泣きそうな顔をしていた。

 ここまで待たされて遠距離なんて嫌だろう。しかも私の我儘でだ。本来なら怒鳴って、怒っていいのに、泣きそうな顔で見つめてくるところが、本当にやさしいなと思う。


「だから、もしもここで断られても、帰国後に私はもう一度佐久間に好きになってもらえるように頑張ろうと思う」

「……へ?」

「もちろん佐久間がすでに別の女性と付き合って幸せなら、その幸せを全力で応援する。ストーカーにはならないようにするから――」

「ちょっと待って。本当に待って。ストーカー云々じゃなくて、ここで付き合わなくても帰国後に俺にアタックするって事?」

「うん。だって、私が好きなのは佐久間だから」

 多分私の性格なら、今更佐久間以上に好きな相手は作れないと思う。

 だから駄目なら、もう一度好きなってもらえるように、今度は自分から積極的に頑張るつもりだ。たとえ嫌われてしまっても、佐久間が誰とも付き合っていないなら、今度は私が頑張る番だ。


 すると佐久間は、顔を手で覆って深いため息をついた。

「本当に、影路って男前……」

「……えっと、ありがとう?」

 それは褒められているのだろうか? よくわからないが、耳まで赤くなっているので、嫌みを言われたわけではないだろうと、お礼を言う。

「だったら、俺からも条件……だしていい?」

「うん」

 私ばかりの意見を言うのはフェアではない。お互い自由に言いたいことを言うべきだ。


「今日は付き合ってと言おうと思ったけれど、やっぱやめた」

「うん」

 振られてしまった。思ったよりもショックなようで胸が痛む。

 それでもあきらめたわけではないし、私も納得の上だ。だから素直に頷く。最後まで振り回してしまってごめんなさいという思いは消えないけれど、でもここは謝るべきところでもない。

「だから俺と結婚して。遠距離でいいから」

「……えっ?」

 私は予想もしていなかった言葉に、目を見開いた。

 佐久間の顔は真っ赤で、そしてとても真剣だった。少しだけ茶色がかった瞳には強い意志を感じる。


「俺だって……俺だって、影路がいいんだよ。影路が好きなんだ。影路は俺の心変わりとか心配してるけど、むしろ俺の方が影路に悪い虫が付かないか本気で心配なんだよ」

「いや、悪い虫って……」

「影路は、影路の魅力が分かってなさすぎるんだ。しかも今までは階級がとか色々あったけれど、階級なんてもう関係ないし。だったら影路の魅力がダイレクトに伝わるってことだし。しかも海外なんて、絶対影路は告られる。100%告られる」

「でも、私は今ものすごく影が薄い状態で――」

「そんなの、影路だったら、そのうちなんか対策立てちゃうだろ。俺と違って頭いいし」

 いや。うん。まあ、一生このままってわけにもいかないから、色々対策は考えてこうとは思っていたけれど……。

 佐久間に詰め寄られて私はあたふたする。


「だから、結婚して。俺を影路の一番にして」

「……もうずっと前から、佐久間は私の一番だよ」

 初めて会った時から、佐久間は特別だった。特別で自分とはまったく違うAクラスの青年。生きている世界が違うと本気で思っていた。

 でも彼は今目の前にいて、同じ世界を生きていて……私の事を特別だと思っていてくれる。

 だったら、もう答えなんて決まっている。


「うん。だから……私と結婚して、ずっと龍の一番にして。その代り私の一番は永遠に龍だから」

 告白すると全身が心臓になってしまったのではないかと思うぐらいドキドキした。今までにたくさん死ぬような目にあってきたけれど、今度こそ本当に死んでしまいそうだ。

 そんな私の前で佐久間は百面相した後に、意を決したような顔をして私を抱きしめた。

「いきなり龍って……俺の心臓止まりそう」

「だって、夫婦だったら私も佐久間になってしまうし」

 私も心臓が止まりそうだ。でも止まってもらったら困る。今は幸せだけど、未来も幸せになりたいのだ。

「本当はもっと格好つけてプロポーズとかしたかったんだけど」

「龍は十分かっこいいと思う。私の心臓が止まりそうなぐらい。これ以上格好つけられたら、本当に止まるかも」

「それは困るな。俺、綾がお婆さんになっても、こうやって抱きしめたい」

 耳元で綾と呼ばれた瞬間、私の血液は一気に熱くなる。

 本当だ。心臓が止まりそう。でも私もずっと佐久間を抱きしめたい。佐久間がお爺さんになっても、きっと変わらない。むしろ、渋い佐久間に惚れ直しそうだ。


「ありがとう龍。絶対幸せにする」

「だから、それ、俺のセリフ……。でも、だから、綾が好きだ。一緒に幸せになろう」

 私達は、いつの間にかお互い泣いていた。多分色々と感情が高ぶり過ぎたのだと思う。悲しい訳ではなくて、うれしすぎて。

 だから義務ではない、このショッパイキスは、きっと幸せの味で、これから先ずっと忘れない。


 こうして私の初めての恋は終わりを告げ、普遍的な愛へと変わった。

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