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影路綾の恋(11)

 なんという事でしょう。

 いつもズボンっだったあの子が、なんとスカートに。

 そして地味な色の服を好んで着ていたのが一転、ピンクのスカートを身に纏い、とても明るい雰囲気になっています。

 そして、こちらを見てはにかむ笑顔――これはいつも通り可愛いな。ビフォーアフターは要らない。うん。


 俺は今とても幸せです。


「佐久間。この半透明な幽霊、どうやって演出しているんだろうね。光の屈折とかかな?」

「影路って、幽霊、怖くないんだな……ひっ」

 ……俺、幸せだよな?

 遊園地のアトラクションで、小さな悲鳴を上げたのが俺だというのが、この幸せに水を差す。しかも、影路はいつも通りの塩対応。

 今俺がいるアトラクションは、乗り物に乗って移動するタイプのお化け屋敷なので、恐怖に足がすくんだとしても強制的に外へ出る事ができる。なので影路と一緒に乗ったのだけれど、残念な事に影路には想像と違う楽しみ方をされてしまった。うん。いいんだ。いつでもぶれない影路も可愛いから。ビフォーアフターなんていらない。

「うーん。こちらに害意がないなら特には……。この遊園地で呪い殺されたという話は聞かないし。あるのは、元々持病がある人が倒れたというぐらいで、お札も都市伝説――」

「ストップ。ほら、影路。出口。出口だから」

 世の中知らない方が幸せな事もあると思うんだ。都市伝説系の話は知らない方が絶対幸せだと俺は思う。


 怯える影路に男らしい所を見せたいな作戦がまったく上手くいかなかった俺は、幽霊話から話を逸らす事にした。なんで俺が不利な土俵で戦ってしまったのだろう。花畑な妄想男だった数時間前の俺と膝を突き合わせて話し合いたい。

 だけど、影路が楽しめないのは嫌だから、無理に高い所へ行って怯えさせるとかは却下だしなぁ。

 影路は高所恐怖症な為、高い場所は苦手だ。ジェットコースターなど一瞬だけ高くに行くものは目を閉じていれば大丈夫だそうだが、長時間高い場所をぐるぐる回るブランコなどはNGらしい。

「佐久間、少し休憩しよう? お腹もすいたし」

「そうだな。何食べたい?」

「折角だから、食べ歩きできるものをつまみたいかな。この、白雪姫マンとか、シンデレラマンとか食べてみたいかも」

 影路がパンフレットに書かれた飲食店を指さす。童話をモチーフにしている遊園地な為、童話のキャラにマンをつけたあんまん、ぴざまん的なものだ。マンをつけるだけあって、包み紙にはそれぞれ王子をデフォルメしたイラストが描かれているらしい。

 ……シンデレラの王子だけは食べるのを止めておこう。黒歴史が蘇りそうだ。


 ちなみに、お値段、一個500円。色々ぼったくっている。

「あと、花の国のレモネードも飲みたいかな。温まりそう」

「いいな。俺はその近くの、チキンも食べたいな。とりあえず、王子マンの店に行くか」

 お化け屋敷から比較的近い、王子マンの店へ向かう。

 途中、不思議の国のアリスをモチーフにした衣裳の清掃員とすれ違い、なんとなく懐かしく思う。懐かしいといっても、影路がその衣裳を着てから、まだ一年も経っていない。

「あー。あの制服の影路、写真に撮っておけば良かった」

「私は佐久間の写真、持ってるよ」

「えっ。いつの間に?!」

「いつの間にというか、新聞とか、週刊誌とかに載ってたから。切り抜きしておいたの」

 

 確かにあの時、新聞に載ったなと思い出す。

「……あれ? でも、何で切り抜きをして……えっ。も、も、もしかしてだけど、そんなに前から俺の事好きだったとか?」

 俺は時系列的なおかしさに気が付き、確認を取る。なに。頭脳派ではなく、肉体派な俺の考えだ。恥ずかしい勘違いの可能性MAXだ。分かってる。そんな期待はしない。

 今両想いである、この奇跡だけで十分だ。

 しかし、俺は内心、否定される心の準備をしていたというのに、影路は顔を赤く染め、こくっと頷いた。

「うん。実は……」

「嘘だろ?!」

 えっ。

 つまり、なんだ。俺は、この一年、ずっとからまわっていて、本当ならいつでも影路と付き合えただと?!

 過去の俺、馬鹿だろ。何で、気が付かない。むしろ、なんで告らなかった。


「あっ。でも。どちらかというと、憧れが強かったから、ファンと言った方がいいのかも。佐久間とは住んでる世界が違うと思っていたから」

 そういえば、影路は卑屈だったもんなぁと思う。そのわりに、俺が振り回されていた気がするけれど。

「でもこの一年で、沢山佐久間の事を知って、私自身、少しは変われたと思う」

「馬鹿な事ばかりしてたから、幻滅されてないか心配だな」

「ううん。もっと尊敬して、好きになったよ」

 す、好き?!

 影路。ここでそれ言うの?! 告白タイムですか?!


 突然の不意打ちに俺は慌てたが、影路はいつも通り影路だった。特に何か気にする様子もなく、王子マンの列に並んだ。えっ、告白タイム終了? と慌てたくせに、若干残念に思いつつも、影路だけだと抜かされたりしてしまうので、隣にならぶ。

「何がいい?」

「シンデレラマンと白雪姫マン、あと人魚姫マン」

「了解」

「あと、入場料を払ってもらったから、ここは私が出す」

 財布を準備されてしまったので、俺は苦笑いしつつ俺を言った。デートと言ったら男が驕るものだと思っていたが、影路としては割り勘の方が気が楽らしい。

 順番が来たところで俺が注文をし、影路がお金を払う。せめてと、買った食材だけは俺が運びながら、空いている席に座った。

 座ったところで、何を話そうか迷う。今さら蒸し返して告白は、俺的になしだ。もう少しロマンチックなところがいい。

「そういえば、あれからやっぱりパンダは帰ってきてないのか?」

 人魚姫マンと言う名の魚介が入った肉まんを食べながら、ふと中華繋がりでパンダの事を思い出した。ずっと影路について回っていたパンダだったが、俺が影路の家に行って以来、帰ってこなくなったと影路からメールを貰っていた。

「うん。賢い子だから、大丈夫だとは思うけれど。でもパンダだから……」

「元々、何食べているのか分からない、パンダっぽくない奴だったけどな」

 見た目はちゃんとパンダだったけれど、行動は普通のパンダではなかった。


「そうだね。私の事を心配してついて来てくれたみたいだし、あの子がどこかに行ったのは、役目が終わったからなのかも」

「役目?」

「うん。私が、無事に予言を成就できるように」

 予言が成就できるようにって、それじゃあまるで神様みたいだ。しかし、影路は冗談を言ったような顔をしていない。

「でも、予言は、予言された時点で決定した運命なんだろ?」

「決定はしているけれど、予言された言葉が曖昧なら、本来予知されたものとは違う未来に繋ぎなおせるのだと思う」

 影路がなんだか、難しい話をし始めた。

 

「えっと、つまり?」

「例えば、私がシンデレラマンを買って食べると予言されているとする。だけど、シンデレラマンをどう食べるかは予言されていない。だから、一人で食べる事もできるし、佐久間と食べる事もできる。それどころか、一口食べた所で落としてしまうという結末でも食べた事には変わらないと思う。つまり、言葉にしていない部分は、変更可能だという事。といっても、あくまで可能性の話で、確認のしようがない話なのだけど」

 ……だよな。

 これは考えても答えが出ない話な気がする。でも、もしも影路の仮定が正しいとするなら、パンダは一体何者だったのか。神の使いとでもいうのか。

「そういえば、佐久間の上司さんは……その。元気?」

「ああ。春日井部長は、超元気。いつも通り、冷静沈着にたくさん仕事をくれるよ」

 聞きにくそうなのは、春日井部長が影路の本当の親だからだろう。影路にとって親は育ての親だと思っているので、春日井部長の事を気にするのは、どこか遠慮がある。そんな事気にするような家族ではないと思うけれど、影路がどう感じるかはまた別の問題だ。

 一時的に春日井部長は上部に拘束されたが、一連の予言が成就された事と、影路兄が大人しくしている事で釈放され、元の現場に戻された。……というか、今更だけれど、この人もよくそのまま同じ場所で働こうと思うよな。ちなみに、生まれてすぐに影路が乳をもらった事で、キスの条件はそろったらしく影路の能力は利いていない。その為、余計に春日井部長が考えている事は謎だ。


「あと、この間、影路兄にも会った」

「えっ。本当?! 元気にしてた?」

 影路兄は、Dクラスが起こした騒ぎの罪を全て背負う気でいた。最初から自分の能力を政府にゆだねる事で、色んな条件を国に飲ませる予定でいだようだ。確かに影路兄の能力は、悪用すれば恐ろしいものとなり、逆に使い方次第では多くの命を助ける事もできるものだ。それだけの価値はあるだろう。

 もっとも、影路の能力で世間が無関心になった事もあり、かなり影路兄に都合のいい条件で物事を進められたらしい。

「まあ、相変わらずだったな」

 嬉しそうに影路が聞くので伝えたが、正直色々イラっとさせられた。それでも影路に影路兄と会った事を話すのは、黙っているとあいつに負けた気がするからだ。

「相変わらず?」

「……シスコンを拗らせたモンスターペアレント」

その言葉に、影路は首を捻った。


「シスコン?」

 ええっ。まさか、影路、自覚ないのか?! 

 俺は、影路との温度差に、慄いた。



◇◆◇◆◇◆



「シスコンを拗らせたモンスターペアレント」

 その言葉を佐久間から聞いた時、一瞬何のことを言われているのか分からなかった。その為最初の言葉を繰り返す羽目になったのだけれど……湧がシスコン。

 私達には他に兄弟がいないはずなので、対象物は私という事になるだろう。

「そう……。能力が効かなかったんだ」

 連絡が付かない状況だったので、分からなかったけれど。私も赤子の時に唇が触れたかどうかなんて覚えているはずがない。そもそも唇が触れただけでキスとしてカウントしていいものなのかも良く分からない。この辺りは色々今後確認したいところだけれど、あまりやれない行為でもあるのが中々に難しい。

 

「ああ。そっち。まさかの無自覚かと思って、焦ったわ」

 流石にあそこまでされて、自覚がないとは言わない。私のために矢面に立って捕らえられたのだから。といっても、自分はまだ兄弟だという感覚は薄かったりする。むしろ妖精さんというか、妖怪さん的な立ち位置の相手だったのだから、友達という感覚が強い。

 でも友達だからこそ、元気そうにしてくれるのは嬉しい。

「教えてくれてありがとう。いつか、直接会いに行って、文句を言おうと思う」

 どれぐらい先になるか分からないけれど、多分湧だってこれから先、ずっと引きこもっているつもりはないはずだ。頭もいいのだから色々な条件突きつけて政府を悩ませているに違いない。

 それなら、無関心の能力が続いている私も、上手く会う機会を作れるはずだ。


「あっ、このシンデレラマン美味しいよ?」

 半分食べた所で、佐久間に手渡すと、佐久間はとても困ったような顔をした。しかし受け取り、意を決したように食べる。シンデレラマンはゲテモノ系ではなくただの肉まんなのだけれど、何か勘違いしたのかもしれない。

「……人魚姫マンも結構いけるぞ。不思議な感じだけど」

 人魚姫マンは、エビや魚のすり身が入っているようだ。……確かに、人魚姫を食べている様な気分になるかもしれない。そう考えると、シンデレラマンは――。グロ系十八禁になりそうな妄想を、私は首を振って飛ばした。確かに、佐久間が微妙な表情をするのも分かるかもしれない。ただ単に包み紙が、そのキャラクターの絵になっているだけなのだけれど。

 私はその辺りを気にしないようにして食べ始める。温かい食べものはほっと癒される。


「あ、あのさ。この後どうする? パレードがあるみたいだけど」

「見たいけれど……場所取りが難しそう。遠くからでもいいけれど、はぐれるのは嫌かも」

 パレードがはじまると、移動の規制がかかるぐらい混雑する。場所取りはかなり早くからされているから、既にいい席はとられているだろう。でも折角フリーパスで入ったのだから、色々乗り物を乗りたかったのだし、満足だ。

 むしろ混雑する場所に行って、佐久間とはぐれた場合の方が困る場面が多い。基本私は誰からも無関心な存在になっているので、中々相手に気が付かれないのだ。最近何とか、至近距離で目を合わせ、大きめの声で話しかければ気が付かれるようになったけれど、あまりに至近距離な為、相手に驚かれてしまう。


「だったらさ、観覧車とかどうだ? パレードも見えるし――、あっ。でも高い所は苦手だったよな」

 私に気を使って、佐久間がしょんぼりとする。でも、確かにパレードが見たくて人混みを避けたいなら持ってこいの場所だ。

「観覧車なら、何とか大丈夫だと思う。でも、タイミングよく乗れるかな?」

 前に一度乗った事はあるけれど、乗っている最中はそこまで気にならなかった。あの時は誘拐犯と一緒だったからというのもあるけれど、たぶん大丈夫だと思う。それにさっき佐久間もお化け屋敷に付き合ってくれたのだ。今度は私が頑張る番だ。

 それに、個室というのもいい。

 私はこれからの事を佐久間に相談したい。


「あっ。そこは大丈夫。前に、シンデレラの王子をやった時のお礼で好きなタイミングで載せてもらえる事になっているんだ」

「最初から頼んであったんだ」

「あー、影路が高所恐怖症だってことをすっかり忘れていて、その時は乗れたらいいなって思ってさ」

 佐久間は能力的に高い場所から見下ろすなんて日常茶飯事だけれど、きっと遊園地は別腹みたいなものなのだろう。確かに、観覧車は名物でもある。

「うん。なら、折角だし乗ろう」

 食べ終わったところで、佐久間の手を握ると、佐久間が赤くなった。……あっ、そっか。うん。

 両想いで手を繋いだら、そういう感じか。

 勿論、そういうというのは、恋人という言葉であり、現在は曖昧な状態だ。はぐれないようにという意味で手を掴んだので、耳が赤いのを見て私も顔に血がのぼるのを感じる。掴んだ手を放そうかと思ったが、逆に強く握り返されてしまう。

「……まだ時間があるし、もう少し腹ごしらえしてからにするか」

「うん」


 そのまま、めぼしい店を周り、食べ物を買い、食べ歩く。

 特に変わった事をしているわけではない。それなのに、自分の心臓が馬鹿みたいに鳴り響いている。つないだ手から意識が離れない。今までじっくりと観察したことがなかったけれど、私よりもずっと大きな手で、とても暖かい。

「影路、疲れてないか?」

「大丈夫」

 手に気を取られて、少しだけ無口になってしまった為、佐久間に気遣われる。煩悩の所為なのだとも言えず、私は短く答えた。しかし、佐久間の眉がへにょんと下がった気がして、私は首を振る。嫌なわけではないのだ。ただただ、意識をすると恥ずかしいだけで。

「あ、あのね。私、誰かと付き合った事がないの」

「へ?」

「だから……意識して手をつなぐのも初めてで。慣れてなくて……。だから、緊張をしてしまって――」

 話している途中で、突然佐久間が笑いだした。嫌な感じの笑いではなかったので、多分年齢イコール恋人なしなのを馬鹿にされているわけではないとは思うけれど……。

「ごめん。俺も同じ」

「えっ?」

「年齢イコールどう――恋人なしだからさ。めっちゃ緊張してる。むしろ、手汗で影路が引いてないかドキドキしてた」

「手汗? えっ? 何で? 佐久間モテそうなのに?」

「……何でだろうな」

 

 私の素直な疑問に、佐久間は明後日な方を眺めている。きっと、佐久間がAクラスだったから、皆遠慮してしまったんだとは思うのだけど。私も、自分が佐久間と両想いになれるなんて思ってもみなかったわけだし。

「そろそろ、観覧車に行こうか」

 佐久間はそう言い、私の手を引っ張った。


 

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