影路綾の恋(10)
「それで、いつから二人は付き合っていたの?」
しまった。……先手を取られてしまった。
お茶を出し終り、早速色々説明しようと思った所で、姉が先に質問をしてきた。
「正確には、まだ付き合っていないよ」
「出会った時から好きでした――えっ?」
私の言葉と佐久間の言葉が重なり、佐久間が驚愕の表情で固まった。
「……影路? 俺の事好きじゃなかったのか?」
「いや。……好きです」
傷ついたような顔をされれば否定なんてできるはずもない。しかし、なんという羞恥心。
「つまり、二人は両想いなのね。でも、付き合っていない……。うちの子の、何が気に入らないの? 何? 元Dクラスだから?」
「め、滅相もない。気に入らない所なんて、何もないで――あれ? クラス階級の事覚えているんですか?」
襟首を絞められた慌てる佐久間だったが、はたりと変な状況に気が付き尋ねる。
「覚えてるって、この間まで普通にあったんだから忘れるわけないじゃない。馬鹿にしているのかしら」
「お姉ちゃん。落ち着いて。佐久間も。説明をするから」
私が割って入れば、パンダ――もとい、エディが佐久間を引き離してくれた。お姉ちゃんは、お母さんがどうどうとなだめている。
「お母さん、エディありがとう。えっと、たぶんエディは全部分かっていそうだけれど、私の【無関心】の能力は、キスをした事がある相手には無効化されてしまうみたいなの」
現状を考えるとそういう事なのだろう。事前にそう考えて動いていたわけではなく、結果的にという所だけれど。
「だから、今回佐久間に協力してもらって行った、能力階級に関して無関心になるという事も、無効化されてしまっているの」
能力への譲渡。それは一時的ではなく永遠に行われるものだ。そして、先に何らかの能力がかかっている場合、私の能力は利かなくなる。それは、私がかけた能力でも適応されたというわけだ。
「えっ。じゃあ、エディにもしたのか?! ……あれ? でも、エディも電話前は影路に対して無関心になっていたような?」
「それは僕が、パンダマンという、正義の味方になっているからさー。パンダマンは影路ちゃんのキスで変身するーー」
「私が以前、パンダの着ぐるみにキスをしたから、中途半端な状態になっているんだと思う」
「影路ちゃん、ネタばらし早すぎるよー」
悪戯心で、引っ掻き回そうとしているのがありありと分かるエディに先手を打って、私は佐久間に話した。着ぐるみにキスをした時は佐久間も一緒だったが、結構昔の事なので忘れているのだろう。
できればスムーズに説明してしまいたいとエディに目で訴えると、彼はパンダの着ぐるみの目の辺りを押さえた。
「ううっ。影路ちゃんの目線で心が抉られるぅ。機転を利かせて佐久間を影路ちゃんの所に連れてきてあげたのは僕なのに」
「ありがとう」
「そこは、どうやってとか、聞いてよー。僕の神の手が……はーい。分かったよ。真面目にやる。たださ、影路ちゃんが冷静過ぎるからさー」
「エディは、私の家の住所とお母さんの職場を調べてくれたんだよね。迷惑かけてごめん」
母と一緒に帰って来たのは、すれ違いにならない為だろう。アパートに私がいないなら、実家に身を寄せている可能性を考えていそうだが、必ず誰かが家にいるとも限らない。
なので、ハッキングなどを駆使して、母の職場の情報を手に入れたに違いない。
「迷惑ってほどじゃないけどさー。でも、迷惑かも。もうちょっとさー、周りを頼ってくれてもいいと思うんだよねー。特に、僕みたいな頭脳派なら、色々対策案も出せたわけだし」
「……ありがとう。ただ、一つ訂正させてもらうと、私もあまり冷静ではなかったから、適切な判断ができなかったんだと思う。別にエディ達が頼りないと思ってやったわけじゃないよ」
自分が周りから【無関心】になっているのだと気が付いた時、私は思っていた以上に動揺していたのだと思う。だからちょっとづつミスを重ねて、手詰まり状況になったのだ。
それ以前に、馬鹿な双子の兄の事とか、予言の事とか、佐久間の事ととか、色々ありすぎて冷静さを欠いていた。元々誰かに相談したり助けを求めなれていないのも、ホウレンソウが上手にできなかった要因だろう。
「私はまだまだだから」
「うん。冷静過ぎて嫌になる回答ありがとう。これじゃあ、文句言いにくいじゃん。ぷんぷん。それで? さっきの外国で勉強したいという話も、冷静さを欠いたから出てきたわけ? 今の状況だと、この国にはいづらいだろうし」
「あっ。それは考えていなかった」
「ちょ、どういう事だよ?」
エディの言葉に、私はポンと手を打ったが、佐久間には上手く伝わらなかったようだ。私とエディをせわしなく見ている。
「私達が無関心の能力を使ったのは、大和を対象にしたものだったから、海を越えた海外では私の能力が届いていない可能性が高いの。だから、外国では前と変わりない状況かもしれない」
「えっ。だから、影路は外国に行くのか?」
「そもそも、その件は今エディに言われて気が付いただけ。別に能力を理由に海外に行きたいわけじゃない。それに研究をするなら、やっぱり大和の方が都合もいいし」
能力者の数は、大和を出ると激減する。
その理由ははっきりとは分かっていない。でもそういうわけなので、多くの能力者の観察を行っていくには、大和以上に適した場所はないのだ。
「へ? 研究?」
「その事をこれから話そうと思う。私はこの一年多くの能力に触れて、私自身の能力の開発も行っていく中で、どうしてこんな能力があるのか不思議に思うようになったの。能力は胎児の状態から発現している様だけれど、遺伝するわけでもない。だけどこの国の研究は、今までにどういう能力があったのかと、能力をどう扱ったらいいかという事だけに力を入れていて、どうして能力があるのか、何を使って能力は発動しているのかなどはほとんど研究されていないの」
使いこなせなければ、命にも関わる。だから扱う為にどうしたらいいのか、扱えなかったときはどう能力を抑えたらいいのかに力を入れるのは分かる。
でもそこしか見ていないから、私達は能力に振り回されたのではないかと思うのだ。
「その点、外国では超能力という名前で呼んで、特別扱いするぐらい例が少ないの。その所為か、違う観点からの研究も多い。だから一度別視点でも能力について学んでから、日本で研究職についたいと思ってる」
「影路ちゃんは研究して、どうしたいの?」
「深くはまだ考えきれていないけれど、もっとうまく能力と付き合える社会にする助けになればと思っている。能力に助けられる事もあれば、能力の所為で傷つく人もいる。私の双子の兄がいい例だと思う。使い方によって、救世主にも災害にもなりえるものだから。その上、寿命にも影響するみたいだし」
本人が望んでいるならいいけれど、箱庭に居た人が全員望んでいたとも思えない。
「上手くいえば、能力を変えられるかもしれないと思う。全てを変えられなくても、もっと無害なものにできるかもしれない。色んな可能性があると思うの」
どんな可能性があるのか。それも研究してみなければ分からない。全て手探りの分野なのだ。
「だから、まずは私は大学に入学しようと思う。奨学金制度を使えば、お金の方も何とかならないかと思って――」
「綾、お金の事は心配しなくていいわよ。ちゃんと、貴方名義で通帳を用意してあるから」
ずっと黙っていた母が、私の言葉を遮った。言われた言葉は、想像もしていなかったものだったので、キョトンとしてしまう。
「えっ、でも。私はもう働いて――」
「お父さん、泣くわよ」
「えっ」
……父が泣く? あの、父が?
あまり喋らない、無口で厳つい父を思い浮かべて私は固まった。泣く姿は想像できない。というか、想像したくない。
「綾が進学ではなく就職を選んだ時も、落ち込んでいたのよ。綾は小学生の頃から勉強が得意だったから、勝手に期待して貯金するように私に言っていてね。だから使ってあげなさい。それが親孝行というものよ」
「……期待されていたんだ」
そんな事思ってもいなかった。
父や母が自分を疎んじているなんて思っていないけれど、期待は想像していなかった。だって、Dクラスだから。
生きていくだけで精一杯だと思っていたから。
「当たり前でしょ」
……どうしよう。
何故か涙が出て、慌てて目を擦る。
「ごめん……なさい。勝手に、卑屈に……なってて。ありがとう……ございます」
私はなんて幸せ者なのだろう。そして、なんて馬鹿だったのだろう。自分で自分を厄介者なのだと思い込んでいた。言われて初めて、勝手に思い込んでしまっていた自分の薄情さに気が付く。そんな私を、両親はどう思っていたのだろう。
ぎゅっと胸が締め付けられ、俯いていると誰かに抱きしめられた。
「良かったな。影路」
「……うん」
佐久間が一緒に喜んでくれて、私は小さく頷いた。
「って、なにいい感じになっているのよ。今は、家族愛のシーンでしょ」
「いや。こんなかわいい影路見て、抱きしめないなんて選択肢は俺にはないっ!」
「離れなさい! 私の妹なのよ」
「それを言ったら、俺は未来の彼氏です」
姉と佐久間のやり取りを見ていたら、涙はすぐに引っ込んだ。
「未来の彼氏って、何よ。そもそも、両想いで付き合わなかった理由を聞いていないわよ」
「それは色々あってですね。でも付き合うのは時間の問題なんです! いい感じの場所で、もう一度告白してですね――」
……どうしよう今度は恥ずかしくなってきた。佐久間の説明に、私は当事者としてどう反応していいのか悩む。うん。やる事は終わったのだから、今日から付き合っていますでもいいのだけれど、家族の前で話すのは憚られる。
「というか、佐久間。この話をいい話だー(・∀・)イイ!!って感じで終わらせると、影路ちゃんは海外に数年行く事になるけれど、いいの?」
「あっ」
どうやって言い争うを止めようかと考えていた時だった。エディの発言に、佐久間は間の抜けた声を上げた。
◇◆◇◆◇◆
何だか、落ち着かない。
人生初の遊園地デートだ。
服は、白いハイネックセーターに、ピンクのスカート。淡い茶色のコート。……全て姉と明日香のコーディネートだったりする。
明日香は【無関心】の能力で私の存在に対して無関心になっていたが、試しに頬に口づけをしてみたら、元に戻った。……どうやら、付与の能力の方が上という事らしい。まるで魔法が解けたかのように私を見て目を丸くし……その後ものすごく怒った。
実の所、結構怖かったのだけれど、私の事を思って怒ってくれているも分かっていたので、甘んじて受けいれた。
そして怒り尽くした所で、遠くで見守っていた佐久間とエディがやって来たのだけれど、二人の様子を見て、再び明日香が怒ったのは仕方がない事だ。私が明日香にキスをした事で、童話のお姫様と王子様みたいだねとエディが言って場がさらに混沌としてしまったのはいい思い出だという事にしておく。
「……明日香とお姉ちゃんが選んだ服だから、間違いはないと思うけれど」
着なれない服な為、似合っているのか、似合っていないのか良く分からない。唯一の救いは、佐久間以外は私に関心を持っていないので、全く似合っていなかったとしても、誰かに後ろ指をさされる事はないという事っだ。
今日やってきたのは、以前アルバイトをした事もある、童話をモチーフにした遊園地だ。前の時はほとんど遊べなかったので、楽しみだけれど、とても緊張している。あの時は仕事だったから佐久間といてもそれほど恥ずかしくなかったけれど、今日は正真正銘のデートなのだ。
「影路っ!」
名前を呼ばれて、私は佐久間の方を見た。
佐久間はいつも通りかっこよくて、そんな佐久間が駆け足て私の方へ来てくれる。それだけで、もう胸がいっぱいになった。
こんなに幸せでいいのだろうか。
時折、そんな風に思ってしまう。
「ごめん。待たせて」
「大丈夫。そんなに待っていないから。それより、中に行こう?」
遊園地の乗り物は待ち時間が長い。沢山のアトラクションに乗りたいなら、効率よく回るべきだ。
「乗りたいものにできるだけ効率よく乗れるように調べてきたから、任せて。佐久間が乗りたい物は、今日、全部制覇しよう」
私が遊園地のガイドブックを取りだすと、佐久間がギョッとしたような顔をする。その表情を見て、何か失敗してしまったかもしれないと戸惑う。
「……あっ。ごめん。今日が楽しみ過ぎて、調べてしまって」
「違う違う。流石、影路って思ったんだよ。俺の方が調べておかなくちゃいけないのに、中に入ってから考えよとか思っていたからさ」
デート慣れしていない私は佐久間と違い、こういった経験がない。だから何が普通で何が普通ではないのかも分からない。
やはりこういう時は男性に任せておいた方が良かったのか。
少し落ち込みかけると、佐久間が私の手を握った。
「じゃあ、影路案内してくれるか? 折角だからたくさん乗ろうぜ」
佐久間に引っ張られ、私は中へ向かった。