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影路綾の恋(9)

「エディ、パンダマン助けてって意味分かるか?」

 俺の電話に、無言が返ってきた。うん。そうだよな。俺も意味が分からない。

「言っておくけれど、エディがメールでそう書いたんだからな」

 何馬鹿な事言ってるのさー。パンダに中の人なんていないんだよーという、馬鹿馬鹿しい言葉のやり取りが来るのを未然に防ぐために、一応付け加えておく。

 今は冗談を言っている気分じゃない。


『了解』

 しかし予想に反して、エディは短い返事をした。その後、ごそごそと物音がするが、移動しているのだろうか。

「おーい。エディー」

 呼びかけるが返事はない。もしかしたら受話器から耳を外しているのかもしれない。

 エディが何かやっているなら声をかけても仕方がないとぼんやりと待っていた時っだった。

『佐久間、エディさんの協力が欲しいなら、ちゃんと話しかけ続けていてよー。結構厄介な事になっているみたいだからさー』

「なんだよ。その我儘」

 返事もないのにしゃべり続けろって、何を話せって言うんだよ。

『気を抜くと、やる事を忘れそうなのさ。あれなら、影路ちゃんの事を話し続けていて』

「はあ?」

 気を抜くと忘れそうって、老人かよ。……でも、あれか。影路の能力の影響か。それなら、仕方がない。

「……分かったけどさ。何話せばいいんだよ」

 俺はポリポリと頬を掻く。しかし俺の質問に、エディは答えない。たぶん聞いてはいるけれど、色々やる事が多いからだという事にしておく。


「俺が影路と初めて会ったのはショッピングモールで、影路が深夜で一人掃除をしている所に、俺は落ちたんだ」

 初めて会った時、俺は屋根から落ちて、影路は掃除をしている最中だった。あまりに冷静な反応をする所為で、影路が何を考えているのか良く分からなかった。

「普通に考えれば怖いよな。突然人が落ちてきたら。でも、影路はすげー冷静でさ、仕事を続けているんだぜ。その上、部屋のシャワーまで貸すし。俺が悪い男だったらどうするんだって思うんだよな。まあ、貸してくれたおかげで助かったんだけど」

 その頃の影路はクラス階級をとても気にしていた。そして、Dクラスである自分を無価値だと思っている様だった。

「そんでもって、俺はその頃から既に影路の事が好きになってたんだよな」

 いつからといわれても、良く分からない。初めて会った時は、何という仕事の鬼だと思っていたのだから。それでも警戒心が強い猫みたいな反応がなんだか可愛くて、なんだかんだ言いつつ助けてくれる優し所に引かれて、そして色んな有能な能力を尊敬して――Dクラスだからという理由だけで、自己評価がとても低い影路に苛立った。


「影路は本当に凄くてさ。頭も良いし、とっさの判断力もあるし、銃を持った犯人がいてもひるまずに人質を助けられる度胸もあるし――」

 この一年で数え始めたらきりがないぐらい、影路の凄さを俺は知った。

 そして何より凄いのは、心の強さだと思う。教育実習で、Dクラスの生徒と会って、孤児院を見て、Dクラスというだけで我が子を捨てるという選択がある事を知って……よく、誰も恨まなかったなと思えた。

 影路の事をちゃんと理解してくれる家族が居たから、影路は恵まれていたかもしれない。無関心という能力を持っていたから、直接的な虐めを受ける事もなかったのかもしれない。

 でも能力重視の世界では、影路の努力は認めてもらえないのだ。それはどれだけ辛い事だろう。だから出会った当時、影路がクラス階級を理由に色々諦めていたのも今なら理解できる。


 だけど影は誰も恨んでいなかった。

 自己評価は低くて、色んな事を諦めてしまっていたけれど、それでも人に、Aクラスの俺にすら優しくできる強い人なのだ。

「――影路は強いよ。強くて、とっても優しい。俺の助けなんて、本当は必要としていないかもしれない」

 影路は自己犠牲っぽい行いを良くするけれど、ちゃんと自分がどこまでできて、何ができないは見極めていたと思う。だから今回の事も、影路は大丈夫だと判断したに違いない。

「でもさ、俺が影路の力になりたいんだ。影路が平気でも、俺は影路を独りぼっちにしたくないんだ」

 影路が犠牲になって、めでたしめでたしなんて終わりなんて、俺は到底納得できない。そして納得できなければ、ごねるだけだ。

 

「たぶん俺は、正義の味方じゃなくてさ、影路の味方でいたいんだよ。俺は影路が好きだから――」

「それ、僕に言っても意味なくない? 佐久間って、本当に馬鹿だよねー」

「はっ? うえっ?!」

 背後から馬鹿扱いされる言葉を投げかけられ、振り向いた先にパンダの顔があって、俺はビビった。パンダと言っても、中の人がいる、着ぐるみだ。そして、こんなアホな恰好をする心当たりは一人しかいない。

「な、何でエディがここにいるんだよ」

「呼ばれて、飛び出て、じゃじゃじゃーん★ 良い子の味方、パンダさんだよ」

「エディ、何やって――」

「パンダさんだよ★」

「あー、うん。分かった、パンダさん」

 どうやら、相変わらず中の人はいない設定らしい。まあ、わざわざ来てくれたのだ、その点はエディの意見を尊重しよう。


「それで、良い子の味方って事は……誰の味方なんだ? 俺?」

「まっさかー。佐久間の味方になっても、なんの得もないしー」

「ハンバーガーぐらいならおごってやるぞ」

「うわー。ダレトクじゃん。見た目で判断しないでよね。ぷんぷん。ポテトとジュースとナゲットもつけてよね」

「食うんじゃねーか」

 うん。いつものエディだ。

 影路に対して無関心になっている事を除けば。本当にいつも通りだ。


「報酬はありがたくいただくけど、僕は影路ちゃんの味方さー。さあ、影路ちゃんの家にレッツゴー!!」

「は?」

 本当に、いつも通りだったエディのマイペースな発言に、俺は目を見開いた。



◇◆◇◆◇◆



「というわけで、綾。しばらくは家に居なさい」

「というわけと言われても……」

 私が反論しかけると、姉がとてもいい笑顔を向けた。ちなみに、この有無を言わせない笑顔は、私が実家を訪ねてから何度も目にしている。

「現在無職。しかも存在感が激薄で最就職が困難な高卒。どう考えても実家暮らしに決まってるでしょ」

「で、でも。引っ越しにもお金がいるし、私ももういい大人だし」

「いい大人が、後先考えず、こんな無謀な事しないわよ。まったく。私達まで、綾の事に関心がなくなってたらどうする気だったのよ。そんな事になったら、あの馬鹿佐久間、血祭りにしてやっていたわ」

 ……私に対して無関心なのだから、佐久間を血祭にすることはあり得ないと思うけれど。

 そんな感想が浮かぶが、私は黙った。私だって、姉がそんな頓珍漢な事を言うぐらい心配していたのだというのは分かっているのだ。

「ごめん。でも、血祭は止めて」

「そうね。私が犯罪者になったら、綾の面倒をみれないしね。適度にいびるぐらいにしておくわ」

 そういう心配をしているわけではない。

 しかし自分が悪いのだと分かっていると、どうにも反論しずらかった。


 私が実家に電話をした時、姉は私の能力にかかってはおらず、一向に連絡が取れない上に、アパートに行っても留守、警察に連絡してもすぐに忘れられる現状にかなり神経をすり減らしていたらしい。本来なら嫁ぎ先に居る姉が実家に居たのはその為だ。

 ついでにいえば、現在仕事に出かけている母と父も私の能力にかかってはいなかった。私に会うと涙を浮かべ、これまで何をしていたのか逐一聞かれた。

 ここに来て、私はこの能力の無効化方法というか、一番の欠点に気が付いた。事前に何らかの能力にかかっていた人も能力がかからないが、同様に能力に付与をした事がある人、つまりはキスをした事がある人にも意味がないのだ。

 

 父、母、姉には、頬などにキスした事がある。勿論今ではない。まだ私がとても幼い頃の話だ。この能力の使い方に気がつく前の事である。

 私も記憶の彼方にやってしまってた事実だが、そう考えると辻褄もあう気がする。時間があればもっと実験していきたいところだけれど、今のところ私がキスをしても問題ない人物がいないので保留だ。外国とは違い、大和の挨拶はキスではないのだから仕方がない。

「今はお世話になっているけれど、やっぱり私は自分の力で生活したいの」

「綾は、私達と暮らしたくないの?」

「そういう意味ではなくてっ」

 私は悲しそうな顔をする姉の言葉を否定する。そういう意味ではないのだ。家族が嫌なわけじゃない。例え、本当の姉妹ではなかったとしても、私にとって姉はやっぱり姉で、親は親で、家族なのだ。

「うん。ごめんね。分かってるわ。綾は、一人暮らしをすることで、私達を安心させたいし、自信をつけたかったのよね。でも、それはもう少し落ち着いてからにしましょう? 今やらなくてもいい事だと思うの」

 姉が言っている事はもっともだ。もっともすぎて反論しずらい。


「お姉ちゃん。……私、やりたい事ができたの」

「やりたい事?」

 私の言葉に、姉は驚いたような、誤魔化しているんじゃないわよねと疑っている様な目を向ける。……やっぱりそうだよね。今のタイミングで話せば、誤魔化そうと思っているととらえられるよね。実際、少し話題をそらしたいという思惑もあるし。

 でもやりたい事があるのは嘘ではない。

「私、研究がしたい」

「はっ? えっ、研究?」

「そう。能力についての研究。だけど、まずは勉強が先だと思う。私は外国の視点で研究された能力について学んで、その後いろんな角度から能力の研究をしていきたいの」

 私はあまりに能力の事を知らなさすぎる。だから今回、色々振り回されてしまった。でもそれは私だけではない。この国全てが能力に振り回されている。

 階級制度がなくなっても、危険視される能力が消えたわけではない。それに、そもそも能力なしではこの国はもう回らない。数千年付き合ってきたものなのだ。

「この国は、施設という場所で、能力を扱う事に関しては研究が進んでいるけれど、そもそも能力がどうやって身に付くのか、どうして命を削る事もあるのか、何も分かってないの。神様に貰ったからで完結してしまっている。でも、だったら神様とコンタクトはとれないのかなと思ったの。神様がどんな存在なのか知りたい」

 八百万の神といわれるように、この国は他国のように絶対神という概念はない。沢山の神様がいて、それぞれが能力を与えている。だから様々な能力がこの国にはある。

 私のようなDクラスとして分類された能力も、Aクラスのような人が扱うには危険性が高い能力も、突き詰めて元を知れば、もっと扱いやすくなるかもしれない。

「だから、その為に大学に入学して、そこから海外の大学に留学して――」


 ガチャンッ。


 突然背後で物が落ちる音がした。

 振り返れば、困った顔をした母と、着ぐるみと佐久間の姿がそこにあった。……いつの間に、というか、どういう組み合わせ? パンダはエディだよね?

 私は目を瞬かせる。

「影路、捨てないでくれ」

「……ん?」

 真っ青な顔で佐久間に叫ばれて、私は首を傾げる。

「無関心の能力の所為で、この国で生きにくいのは分かるけれど、だからって、何も海外に行かなくてもっ!! その前に、俺を頼ってくれよっ!!」

「……えっと」

 話が見えない。

 何か勘違いされてしまっているらしい。首を傾げ、まずは何から話し始めればいいか混乱していると、佐久間が私の前まで距離を詰め抱きしめた。

 好きな人に突然抱きしめられたら、恥ずかしい。しかも家族の前だ。

「佐久間、ちょっと、待って」

「俺は、影路の味方だから。ずっと、ずっと、味方だから。だから、俺まで影路に無関心だなんて思わないでくれよ」

「佐久間。待って、何か勘違いして――」

「離れなさい、害虫っ!!」

 パシン。

「いってぇ!!」

 気持ちがいいぐらいの音が私の近くでなった。姉は丸めた雑誌を持ち、佐久間が悲鳴を上げたという事は、姉が佐久間を叩いたという事だろう。

「お姉さん。俺は、本気です」

「誰がお姉さんよ。私は貴方の姉じゃないわ!! とにかく、私の可愛い綾から、離れなさい!!」

「嫌です。俺らは両想いなんです。駆け落ちだって、待ったなしな関係なんです!! 離れませんっ!!」

 ……そうだっけ?

 確かに両思いである事の確認はとったし、遊園地デートの約束もしたけれど、そんな関係だったっけと私は首を捻りたくなる。

 まあ、そこまで思ってもらえるのはありがたい話だ。


「佐久間、放して」

「影路ぉ」

「これ以上ややこしくしたくないから。お姉ちゃんにも、佐久間にも説明したい。お願い」

 そういうと、佐久間は私から離れた。その表情は、しぶしぶといった感じだ。佐久間がここにいる理由は私を心配してだろうから、申し訳ないけれど、このままでは話が進まない。

「お姉ちゃん。一度仕切り直しで、お茶を入れようと思うけれど、いい?」

「あんたって子は……。何で渦中の人物なのに、一番冷静なのよ。……いいわ。とことん、話しましょう」

 呆れたような苦笑いをされたが、了解はとれた。なので、私はお茶を入れる為、一度席を立った。

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