表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/121

影路綾の恋(7)

 影路と協力して一応終わった。多分できたと思う。

 思うけれど……。

「えっと、これでいいんだよな?」

「うん。大丈夫。上手くいってる」

 変わったのか?

 実際能力を使ったのも俺なのだけど、全然やった感がない。影路の能力は目に見えないし、何かを消し去るようなものでもない。だから、余計に手応えを感じない。

「影路が言うならそうなんだろうけれど……」

 実感がわかない為、首を傾げる。能力を能力に付加しているらしいが、実質主導権が俺に渡った訳ではない感じだ。あくまで付加されただけで、おれはその能力をどうこうできるものでもないらしい。


「じゃあ、私は病院に帰るから」

「えっ。あ、いや。うん。終わったんだもんな」

 確かに終わったのだからここに残っても仕方がないんだけど、相変わらず影路の反応は淡白だ。でもこの後二次会とかしている立場とかでもないわけで。

 ……帰るしかないのか。

「佐久間、今まで本当にありがとう。佐久間のおかげで、私は頑張れたと思う」

 何だか寂しい気分でいると、不意に影路がお礼を言ってきた。

「いや。俺はそこまで何にもしていないからさ」

 唐突にお礼を言われ、俺は照れる。しかし照れながらも、何故か寂しい気分が消えない。何だろう。上手くいったのだから、良かったじゃないか。

 そう思うのに、俺は影路の手を握った。

「佐久間?」

「……なあ、遊園地だけど、いつ行ける?」


 解決したばかりで何デートに誘っているんだという気がする。いつもそれほど表情が変わらない影路も目を大きく見開いて驚いていた。

「いや。お祝いを兼ねてさ。遊園地でぱっと遊びたいっていうか、なんというか」

「うん。退院してからじゃないと行けないけど……私も行きたい」

「なら。いつでも連絡――って、携帯今はエディの奴しかないんだっけ。 エディ、しばらく――あれ?」

 見回すと、今回協力していた人が、いつの間にか解散していた。エディの姿も見えない。エディどころか、ほぼ誰も居なくなっている。

 その光景に、背筋がゾクッとなった。


「うん。新しい携帯電話は、退院してから用意するからそれまでは、エディの携帯を借りて連絡する」

「いや。えっ。そうじゃなくて。なんか、おかしくないか?」

 何で皆帰ってるんだよ。

 いや、終われば帰るんだけどさ。まだ俺達はここにいるのに。明日香なら、影路を待っているのが当たり前だと、思っていたのに、その姿はエディと同様にどこにもない。

「大丈夫。明日佐久間が組織に出社した時は、みんな普通だから」

「いや。その時は普通って、やっぱりこの状態はおかしいんだよな?」

 影路は少しだけ困ったような顔をした。

「たぶん、今回の力の影響だと思う。でも、大丈夫だから。佐久間まで置いていかれたようになってしまって、ごめん」

「いや。明日にはもとに戻るなら、いいんだけどさ」


 誰も居なくなってしまった、真っ暗な学校の校庭は、世界から切り離されてしまったかのようで不安になる。

「みゃっ」

「うん。帰ろうか」

 ふと足元から鳴き声がしたかと思えば、パンダが当たり前のようにそこにいた。

「えっと……そうだな。病院まで送るよ。途中でタクシーを拾おう」

 影路と手をつないだまま俺は校門から出る。俺が手を引けば、影路はちゃんとついて来る。

「……佐久間。本当に、ありがとう」

「何言ってるんだよ。女の子を男が送るのは当たり前だろ?」

 影路の声が何故か泣いているような気がして、俺は握っている手の力を少し強める。その手を、影路も握り返してくる。

 どうして影路が悲しそうに感じるのか。理由が分かればもっと慰めようもあるのだけど、影路は言う気がないようだ。そもそも影路は悲しいとは一言も言っていない。


「うん。でも、佐久間を好きになれてよかった」

「いや。えっと。俺も影路が好きだから……だから、影路の力になりたいんだ」

 自分で言って、何だか照れてしまう。

 まるで消えてしまいそうな影路を見て言わなければ後悔するような気がして、何度目かの告白をした俺は――この言い知れぬ不安感が分かった。

 そうだ。影路の言い方じゃ、まるでこれで最後みたいじゃないか。


「だから、影路。居なくなったりしないよな? 遊園地、本当に、本当に、楽しみにしてるんだぞ? 既にプランは練ってあるんだ」

「うん。居なくなったりしない。私は、今から病院に戻って、退院したら今までと同じアパ―トに戻る。仕事は……一度前の職場に顔を出して、また引き続き雇ってもらえそうなら、雇ってもらうつもり」

「組織で働く気は……」

「今まで通り、佐久間が私の力を借りたい時だけでいいと思ってる。今の私は組織とは少し距離を置いた方が良いと思うから」

 確かにそうだよな。ここまでの経緯を考えると、組織で働くとかちょっとためらうよな。

 俺としては一緒に働きたかったし、影路の凄さを階級がなくなったのだからどんどん周りに知らせたかった。しかし、影路がそれを望んでいないのならば仕方がない。

「それにね、やりたい事ができたの」

「やりたい事?」

 聞き返すと影路はこくりと頷いた。

「上手くできたら、教えるね。できなかったら、恥ずかしいから」

 小さく笑う影路を見ていると、次第に消えてしまいそうな雰囲気はなくなった。暗いから分からないが、顔が赤くなっている気がする。それを見ていると、今後は可愛くて無性に抱きしめたくなる。


 堪えろ俺。

 今はまだ恋人じゃない。両想いを確認しただけの仲だ。……ん? それ、恋人とどこが違うんだ?

 いやでも、うん。できればちゃんと恋人だと同意を貰ってからがいい。そして、場所は遊園地。その方が影路も喜ぶはずだ。同意なしは良くないよな。

 頑張れ、俺の理性。

「分かった。とにかくまずは、遊園地、楽しもうな」

「うん」

 俺の言葉に、影路は嬉しそうに頷いた。

 



◇◆◇◆◇◆




 影路と別れて、いつもの日常に戻った。

 いつもの……そう、本当に、つい最近までの、クラス階級が崩壊する前の日常だ。あまりにいつもと変わらなさ過ぎて、逆に俺がおかしくなったんじゃないかと思うぐらいだ。

 ニュースで連日騒がれていたDクラスについての特集。翌日の朝の段階では、やっていたが、専門家の意見もどこか気がない感じとなり、夜のニュース番組では、アイドルグループの解散報道や、高速道路の事故、芸能人の不倫報道などに置き換わっていた。

 組織内でも、全くその話に触れられる事はなく、いつも通り能力を使って騒いでいる奴をボコりに行くだけの仕事だ。その事件数も一気に減少し、いつもと変わらない程度に落ち着いている。

 

『無関心』

 まさにその言葉が正しいような状態だ。エディや明日香も特に何も触れてこない。それはあの日のできごとを隠しているからというわけではなく、会話にしようと思わない程度の事と思っているからのようだ。こっそり仕事が一緒になった明日香に聞いてみたが、確かにそんな事もあったけれど、今は目の前の仕事に集中してと怒られた。

 まあ今まさに拳銃ぶっ放している銀行強盗がいるから目の前の事に集中した方が良いのは間違いないんだけどさ。

 風を使って銃弾がこっちに飛んでこないようにしながら、明日香に犯人をノックアウトしてもらう。今回は幸いにも、人質などはなく、逃走中の犯人を捕まえるだけなのでやりやすかった。前に人質が多数いて立てこもられた時は、影路に助けてもらったっけと懐かしく思う。

……影路の力があれば、もっと仕事がしやすくなるんだけどなぁ。

 俺が助けを求めれば手伝うとは言ってくれたが、それでももったいない。影路の能力はサポートとしてとても優秀だと、今までの実績が物語っている。


 影路がやりたい事ってなんだろう。

 そんな事を思いながら、犯人の手首を縛りあげる。後は警察の仕事だ。

「佐久間、他事考えないで、しっかり仕事してって言ったでしょ?!」

「分かってるよ。ちゃんとやってるって」

 何、カリカリしてるんだか。

 確かに犯人を縛りあげるのに時間はかかっているが、風で動けなくした上で行っているから、逃げ出しようがないというのに。

「なんか、機嫌悪いけど……。あっ、もしかして女の子の――」

「違うわよ、鈍感馬鹿。告白して、振られた相手と、今まで通りの関係でいるには、それなりにこっちも気を使うのよ」

「った、あっぶねぇ。蹴りはなしだろ。蹴りは」

「ちゃんと、能力なしで蹴ってるわよ」

 能力なくても、怖いんだよ。お前の蹴りは。知ってるんだぞ。能力なしで瓦割できるって。

 寸前でかわした俺は、冷汗をぬぐう。


 確かに俺は告白されて断ったわけだけど、あれから時間が経ってるというのに、今更何で蒸し返すのか。いや、振った俺の方が言える事ではなく、あくまで告白した明日香の問題なのだけれど。

 でも、特に問題なく過ごしていた日々は何だったのか。そりゃ、影路の問題でバタバタしていて、それどころじゃなかったんだけど――。

「……なあ、個人的な事だけど聞いていいか?」

「何よ、いきなり」

「影路とアレ以来、連絡は取ったか?」

 明日香が訝しげな顔をした。その表情を見た瞬間、俺は背筋がざわざわとする。


「特に取ってないけれど?」

「毎日とは言わないけれど、今までなら、結構頻繁にメールしてたよな?」

「……そういえば、そうね」

 他人事のように明日香が頷く。

 一切、その話題に興味がないように。


「悪い。ちょっと、警察が来るまで犯人を任せていいか?」

「はあ? 何でよ」

「頼む!! 大事な用事が出来たんだっ!!」

 不機嫌そうな顔をする明日香に俺は頭を下げた。

「……いいけど。一体、どうしたのよ」

「それを言いたいのは俺だよ。影路は親友じゃなかったのかよ」

 その言葉に、明日香は目を瞬かせる。そして、困惑したような顔をした。

「ええ。そう。親友だったはずなのに……」

 

 明日香は混乱したように黙った。認識は変わっていない。

 明日香の中ではちゃんと親友のままだ。記憶も変わっていない。一緒に仕事をしていたという事実も消えていない。

 なのに、きっと明日香は俺が影路の名前を出すまで、その存在を思い出す事はなかった。『影路 綾』という存在に対して、無関心なのだ。


「悪い」

 俺は悪夢のような現場から逃げるように走ったが、どうしていいのか分からず、足を止めた。

 つまり、どういう事なんだ? 何で、『能力階級』だけでなく『影路 綾』も【無関心】になっているんだ?

 だって影路は一言もそんな事言っていない――。

「そうだ、まず、影路に聞いてみないと」

 俺は後ろポケットから携帯を取り出すと、電話を開く。影路の名前を検索する指が震えたが、何とか履歴から番号を見つける事ができた。

 そのまま通話のボタンを押す。

『おかけになった電話番号は現在使われていないか、電源が入っていない為-―』

 耳に響いたのは、影路の声ではなく、機械音だった。


 病院では電源を切ると聞く。

 でもどっちだ? 本当に、電源が入っていないだけか?

 俺は迷わず、次はエディの電話番号を探し、通話ボタンを押した。

『えー、おかけになった電話番号はー、現在使いたくないかー、電源を入れる気がありませーん。御用の際は――』

「何馬鹿な事言ってるんだよ」

 人が慌てて電話をかけてるというのに。

 変な伝言メッセージ風の音声が流れるが、どう聞いても、エディの声意外に聞こえない。というか、こんなメッセージをする電話会社嫌だ。

 

 正直、イラっとしたが、おかげで少し落ち着いた。

「なあ、エディ。影路に渡した携帯電話、解約したのか?」

『ん? 携帯? ……ああ、定期的に携帯は変えるようにしてるのさー。そこから足がつくと困る事もあるしー』

「お前、何やってるんだよ、マジで」

 影路の携帯を解約した事よりも、携帯を定期的に飼えなければ足がついて不味い事の方が気になる。やっぱりこいつは、このまま組織で監視されておいた方が、世の中の人の為になりそうだ。

「まあ、いいや。なあ、エディは影路に最後に会ってから連絡とったか?」

『取ってないよ? これでも、佐久間より結構忙しいから、そんな暇ないんだよねー』

「……本当に、忙しかったからなんだよな? 影路の事を最近思い出す事がなかったわけじゃないんだよな?」

 俺の質問に、電話口のエディが黙る。

 黙られると、俺も何と言っていいか分からない。そもそも、どう説明したらいいのか分からないのだ。だから、まずは影路に話を聞こうと思ったのに、肝心の携帯電話をエディが解約してやがるし。


 エディも影路と連絡を取り合っていないようだし、どうするべきだ?

 病院に行ってみるか? それとも、影路のアパートの方が良いのか?

『ねえ。佐久間がわざわざ聞いてくるという事は、僕が影路ちゃんと連絡をとっておかしくない間柄だと思っているんだよね?』

「馬鹿いうな。影路は、二次元じゃなくて、三次元だぞ?!」

 止めろ。今更、恋のライバルエディ登場とか、笑えない。

『佐久間って、本当に馬鹿。でも思い返すと、かなり頻繁に影路ちゃんと僕は会っているねー……。佐久間、僕、何か君に伝言を残してない?』

「は?」

『んー。正常に思考しているならー、対策の一つや二つ残してそうなんだよねー。僕のデリケートな性格的に』

 デリケートって、エディを指すような言葉だったけ?

 俺が知らない間に、違う意味が加えられたようだ。


 でも、確かに、エディは絶対危険な橋なんて渡らない。基本そんな橋からは逃げるし、逃げられないなら救命道具を持って渡りそうだ。

 だとしたら、何かこの事態を予測して対策をしていてもおかしくはない。

 でも、エディに手紙とか渡されてないぞ?

 いや。そもそもエディから渡されるなら、普通に考えてメールだろ……メール?!

「エディ、一度電話切って、もう一回かけなおす」

 俺はそう言って、エディから来たメールをもう一度読み直す。確かあいつ、後で読んでおいてとか言ってたよな?


 長ったらしく書かれたそれは、ほとんど関係ない事ばかりが書かれていた。しかし、最後の一文。それだけが、一際意味深に見えた。

『――もしも、僕がおかしい行動を取ったら、パンダマン助けてって言ってね』

 うん。さっぱり意味分かんねー。

 でも、多分それをエディに伝えれば何かが変わるかもしれないと思い、もう一度電話をかけなおした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ