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影路綾の恋(6)

 すべての準備が整った。

 ……整ってしまった。


 時間は夜の11時。すべての人が寝静まっている時間ではないけれど、病院は静かだ。佐久間とパンダと一緒に屋上へ続く階段を上る。

 本当は1階から出たいところだけれど、防犯カメラなどの機械を通せば私の能力は効果が薄れる。今は私への監視の目も強まっている事を考え、屋上から外へ出て、エディ達との待ち合わせ場所である高校へ向かう事になっていた。決行時間は夜中の12時。日にちを跨いで行う手筈だ。

 電気をつけていない為、階段を照らすのは非常灯のみだ。その為とても薄暗く、私達の足音と息づかいだけが余計に強調されて聞こえる。元々薄暗い場所は、仕事の関係で慣れているはずだ。

 いつだって誰もいない場所で清掃の仕事をこなしてきた。むしろ……学生時代は、誰もいない場所に行きたいと思っていたぐらいだ。だから誰とも会う事のない静かな夜は私にとって怖い場所ではない、当たり前の世界だ。


 それなのに今は普段いる世界から違う世界へ向かっているような気分になる。静かな階段をのぼりきり扉を開くと、佐久間が大きなため息をついた。

「やっと、屋上だ」

「確かに5階分上るのは、少しキツイね」

 佐久間も疲れたのだろうと思い見れば、屋上の扉の前に付けられた電気に照らされた佐久間の顔が赤い。そして隠すように背を向けた。

「いや、そうじゃなくて。その……。暗いのが苦手でさ。影路が居てくれたからなんとか大丈夫だったけど。えっと、情けなくて悪い」

 そういえば、佐久間は幽霊とかが苦手なんだけ。

 私の能力が心配で無言で廊下を歩いていたのかと思ったけれど、もしかしたら怖かったのかもしれない。それなのに手を繋ぎながらも私を守るように前を歩いてくれた。


「ありがとう佐久間。次は私が苦手な場所だから、力を貸してくれる?」

「任せろ」

 パッと笑顔になった佐久間に、私は安心する。

「おいで」

 私がパンダに声をかけると、パンダは私の足元に寄ってきた。私は一度しゃがむと、パンダを抱き上げる。

「重くてごめん」

「ぜ、全然重くないから」

 パンダと私の重さはかなりのものだと思うけれど、佐久間は抱き上げた。佐久間はやっぱり男の人なんだなと改めて思うと何だか動悸がして能力が途切れそうな気がしたので、目線を空に向けて気をそらす。

 夜でも電気が全て消える事のない町なので、見える星の数は少ない。でも見えなくても多くの星がこの国を見下ろしている。

 まるでこの国の神様のようだ。八百万の神は、私達に能力をくれる。でも私たちは、彼らを見る事はできない。……この国は、どんな風に見られているのだろう――。

「ぐっ」

 唐突に感じた浮遊感。

 胃の中身がひっくり返りそうなそれに、私は目を閉じる。……考え事をして意識をそらしてみたけれど、恐怖は誤魔化しきれなかったようだ。


「到着っと」

 地面に足が付いた瞬間、生きている事を実感した。さっきの佐久間もこんな気分だったのだろうか。

「大丈夫か?」

「……うん。ありがとう」

 流石、佐久間だ。怪我はない。でもドキドキと心臓がなり続ける。これは屋上から飛び降りた所為か、それとも佐久間に抱きかかえられている所為か――。

「影路ちゃん、ソレ、吊り橋効果だから。恋愛フラグじゃないから」

「は? 何だよそれ」

 

 病院の駐車場に佐久間は降りたようで、既に待っていたエディが声をかけてきた。……どうやら移動中に【無関心】の能力が途切れてしまったようだ。

 昔ならこんな失敗は絶対しなかったのに……。もっと気を引き締めないと。


「それより、佐久間。ちゃんと、僕のメール読んだ?」

「は? メール?」

「まあ、いいけどー。でもこれが終わった後でいいから、ちゃんと読んでよね。ぷんぷん」

「ぶりっこするな」

 パンダの着ぐるみを着ていないエディは、かなり可愛い顔立ちをしているので、ぷっくりと頬を膨らませてもよく似合っている。


「それより、早く行こう? 明日香姉さん達が待ってるし」

 ガチャリとエディが開けた車は誰も乗っていなかった。……どうやら、今回もエディが車を運転していたらしい。

「あれ? エディって、免許持ってたっけ?」

「フフフ。僕が住んでいた国では小学生でも免許が取れるのさー」

「マジで?! スゲーって、騙されるか。そんなわけないだろ」

「まあ、小学生は嘘だけど、16歳で免許が取れるのさ。だから、大丈夫」

「へえ。そうなのか」

 ……佐久間、それダウト。

 前に車に乗せてもらった後ちょっと考えてみたけれど、大和にいる以上大和の法律が基準となるので、いくら国際ライセンスを持っていたとしても、18歳以下の運転は違法となる。

 でもここでその話をしても、埒が明かないし、エディが運転してくれたおかげで車で移動できるようになったのだから良しとする。

「佐久間、エディ、乗って。私が運転するから」

「うん。流石影路ちゃん」

 運転できる事を褒められたはずなのに、何となく私が違法と知っていながら黙認した事を指している気がした。……まあ、仕方がない。今日ぐらい神様だって見逃してくれるだろうと思い、空を見上げた。



◇◆◇◆◇◆



「綾っ!!」

 学校の校門前に車を横付けして車から降りると、校門前で待っていてくれた明日香が手を振った。

「大丈夫? 佐久間に何もされてない?」

「おいっ」

「うん。何もないよ?」

「……チッ。ヘタレね」

「何が言いたいんだ畜生」

 明日香なりの、佐久間と私への気遣いに苦笑する。

 明日香は佐久間にあえて喧嘩を売っているようだけれど、たぶんわざとだ。元々喧嘩っぱやい性格なのは否定しないけれど、何もなくても喧嘩を売るなんて事はない。

 きっと、自分はもう佐久間に気はないのだと伝えてくれているのだろう。


「でも告白はしたよ。私も佐久間が好きだって」

「それで、どうなったの?」

「とりあえず現状維持で、友達関係継続中」

「本当に、ヘタレね」

「俺だって都合ってものがあるんだよ!!」

 明日香が冷たい眼差しを向けたため、佐久間が叫んだ。友達関係継続は私がそれをお願いした所為なので、申し訳ないなと思い伝えようと思ったが、明日香に抱きしめられた。

「良かったわね。おめでとう」

 どうやら、両想いになっている事は分かったようで、小さな声でそう祝福してくれた。その言葉に、私は頷く。

「明日香と友達になれて嬉しい。ありがとう」

 同じ人を好きになってしまって、私だけが報われてしまって。本当なら裏切り者扱いされても仕方がない状態なのに……明日香は本当に優しくて素敵な女性だ。


「……あの。いつ頃始めるんでしょうか?」

 明日香と抱きしめ合っていると、恐る恐るといった様子で、声がかけられた。

「ああ。ごめんね。綾は知ってるわよね。彼が【倍加】の能力の子。話をしたら、了承してくれたわ」

「なあ、本当に話し合ったんだよな? 頭突きとか拳でとかじゃなくて」

「私の事を何だと思ってるの? そんなことするわけないでしょ。加川君とは、お互いの利益の一致というやつよ。ね?」

「は、はい」

 ……どんな取引だったんだろうなぁ。

 怯え気味ではあるけれど、それは何となくAクラスやBクラスの人に囲まれているからみたいな気がするし、多分無茶な事はしていないと思うけれど。


「こっちも、ちゃんと巫女達に連絡とったんだから、今更できませんとかやめて下さいね」

「うん。大丈夫」

 夢美ちゃんに言われて、私は頷く。

 今更できませんはあり得ない。すべての準備は整ったのだから。

 ちゃんと、私と能力階級がイコールになるようにイメージトレーニングもした。それでも不安はずっと私の中で渦巻いてる。

 でも失敗なんてさせない。例えその結果がどうなろうとも、この呪いのような予言の鎖は今日断ち切るのだ。

「みゃううう」

 悲しげな声を出すパンダが私を見つめる。

「大丈夫だよ」

 私はしゃがみこみ声をかけながらパンダの頭をなでた。その言葉は自分自身に向けての言葉でもある。少し瞑想し、覚悟を決めた。携帯の時計は夜の12時を示している。……決行時間だ。


「佐久間、やろう」

「おう。っていっても、どうやって――」

 私は佐久間の所へ駆け寄ると、そのままの勢いで唇にキスをする。1秒にも満たない、触れるような口づけ。

 私は、佐久間に能力を渡すとそのまま一歩離れる。

「かかかかかっ?!」

「佐久間、広げて。私もこのまま集中するから。加川君は佐久間の説明に従っての能力を【倍加】して。できるだけ早く」

「は、はいっ」

 恥ずかしいとか、そういった感情を全て消し、私は能力に寄り添うようにただ瞑想する。


 佐久間が力を使い始めたのが、意識して能力をリンクした為、伝わってくる。体から何かが抜け出て行く感覚がする。力が抜けるという感じがしないので、これが命を消費するという事なのだろう。

 でも大丈夫なはずだ。私が死ねば、いくら佐久間に渡した能力とはいえ、消えてしまうだろう。だから、どれだけ命を消費したとしても、私が死ぬのはずっと先だ。

 予言が読まれている限り、私の寿命は少なくとも、能力階級を知らない子供達が大人になって、能力階級を知っている人達が半数以上亡くなるまでは必ず持つと踏んでいる。


 私が何もしなくても、いつかは能力階級によるいがみ合いは消える。法律的にすでにそれはもうなくなってしまったのだから。能力階級を知っている人が死んで、その子孫が何代も変われば、わざわざ教科書の歴史で勉強しなければ知らないような話になるはずだ。

 だから私がやろうとしているのは、その時の流れを早めるだけの行為。

 この世界に能力階級があった事は誰もが知っているけれど、その事に対して誰もが無関心になる。それまでの事がなくなったわけではない。でも積極的にそれを頭に浮かべる事はなくなるのだ。そして思い浮かべなければ、人は忘れていく。

 決して能力がなくなるわけではない。

 それでも、この国には今すぐに忘却が必要なのだ。この国自体が壊れてしまわないように。


 そういう事ですよね、神様。


 私は大切な人の為に、用意されていた【忘却される】道を自分で選んだ。

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