表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/121

影路綾の恋(4)

 ……これから行う事に対する事務的な説明をしているだけなのに。


 何という羞恥心っ!!

 

 どうしてよりにもよって、能力に能力を付加する方法がキスだったのか。勿論そんなの分かっている。長年積み重ねてきた記憶に基づく認識が、私の能力を多様化させる鍵なのだ。

 なんの基盤もなく、例えば『逆立ちする事で能力を付加する』という条件付けをする事は無理である。たぶん幼い頃からませていた姉に『キスは大好きって意味で、大好きだから私のすべてをあげるという意味だ』と教えられていたからこそ、そういう結果になったのだろう。

 そして、『大好きだから、私のすべてをあげる』という意味が指しているのは、『結婚式』。結婚式のキスと言えば、誓いのキス。誓いのキスと言えば――。


 ……パンダの着ぐるみを着てもらって、その上からするという方法でもいいだろうか。エディで試させてもらったことはあるけれど、あの時はまさか能力に対して付加しているなんて思ってもいなかったので、確認が全く取れていない。あっ、でも、そもそもパンダの着ぐるみはここにないのだから試しもできないわけで……、この案は却下か。

 それにしても、いきなり口にキスをしたいなんて言ったら、佐久間にドン引きされるのは間違いない。なのでキスの位置によって意味が違うから調べたいなんてそれっぽい事を言って誤魔化したけれど、いい具合に私にはまる、口以外の場所は見つかるだろうか。もしも見つからなかった場合、人命救助と同じなのだと佐久間を説得できるだろうか。

 色々不安が多すぎて、とうとう能力が一度綻び消える。慌てて復活させたけれど、本当に気を付けないといけない。


「えっと、影路さんもう一度お願いできますか?」

「この国の人が住んでいる場所全部の空気を一瞬だけで構わないから支配下に置いて欲しい」

 と、私が内心大慌てで取り繕ている状況でも、流石友人思いの佐久間は、ちゃんとやるべきことをやろうとしている。

 両想いでも今は友達のままでと私が言ったのだから、責任を持って私が守らないといけない事なのに。とにかくできるところから頑張ろう。

「いや、待って、影路さん。この国全部ってどれだけあると」

「えっと、確か一番北から一番西までが、大体3000kmぐらいだったと思う」

「よく覚えてるな……じゃなくて、待って。やってみた事はないけれど、全土ってかなり無謀だと思うぞ」

 焦って話す佐久間に、私は頷く。たしかに佐久間は凄い人だけれど、全土すべての空気をとなれば、相当大変だと思う。

「うん。だから、【倍加】の能力で範囲は広げようと思ってる。個体ではなく認識に対して無関心を使う場合は一度接触する必要があるから、空気で相手に触れる事で能力を使おうと思ってるの。この能力を使う時は1度触れればそれで継続するようだから、一瞬で構わない。確か【倍加】の能力は見えないものという条件付きで肩を叩いた回数で何倍にもできたはず。時間も10秒より短くなる事はないから、それだけあれば十分だと思う。だから佐久間はとにかく広範囲の空気を支配下に置いて欲しい」

 

 最も、これは【倍加】の能力の少年が協力してくれる前提の話なので、明日香頼りだ。もしもダメだった場合、佐久間に何度か空気を支配下に置いてもらい、さらに移動していくというやり方になると思う。その場合、どれぐらい時間がかかるだろう。もしもの時は時間を短縮する為、空間移動系の能力者に協力を仰いでおいた方が良いかもしれない。

「……かなり難しそうだけど、やるしかないんだよな?」

「うん。佐久間が頼り」

 私一人が足掻いた所でどうにもできない。だからお願いするしかない。

「お願い。私を助けて」

「当たり前だ。でも、そうなるとちょっと手元が狂ってもいいように、屋上とかの方が良いな。ここって、屋上に出られたか?」

 佐久間に言われて、首を捻った。

 病院の屋上って行けそうな気もするけれど、隔離病棟なのだし、患者の脱走や自殺に繋がりそうだから普段は行けない気がする。現に窓の方を見れば、人が通るには小さ目で、更に格子のようなものがお洒落っぽく配置され、外に体をのり出せないようにしていた。

「まあ、一階に降りてから飛べばいいか」

 

 あっさり解決案を出しているけれど、飛べばいいかって、佐久間だからこそ言える言葉だ。普通はできない。そういえば、最初に出会った時も、空から落ちて来たんだっけと思い出す。

 あの時の佐久間は、雲の上のような立場の人で、こんな風な関係になるなんて思いもしなかった。そもそも世界を変えるなんて、ただの派遣清掃員だった私が予想する事すらなかった。

 ……ただ、私は予想をしていなかったけれど、本当に誰も予想していなかった事なのだろうか。


 佐久間が偶然掃除をしていた場所に落ちてきて仲良くなり、その関係で、明日香やエディとも仲良くなった。そしてエディと仲良くなったことで、夢美ちゃんという【夢渡り】の能力の子が近づいてきて……いやでも、彼女の場合湧が関係しているか。

 だけどそもそも、湧を助けたいと思えるのは、双子だからと言うよりも鏡を通じて友人となっていたからだ。もしもあの鏡に出会わなかったら、本来会うことなく終わっただろう。

 更に偶然学校に仕事で行った事で【倍加】の能力を持つ子と出会い、エディに誘われてオタクのイベントに参加した事で階級がない社会をイメージしやすくなった。

 

 これから行う為のすべての材料が、この一年を振り返るだけで見つける事ができる偶然。それは本当に偶然なのだろうか。

 私と湧に読まれた【予言】。それは、どこまで読まれていたのだろう。

 政府が湧を隔離したぐらいなのだ。『一方の子供が世界を壊す』という情報しか彼らは知らないだろう。だけど、誰も知らないからと言って、それ以外が読まれていないとは言えない。

 もしかしたら佐久間と私が出会い、互いを好きになりこうやって行動する事も【予言】された内容なのかもしれない。【予言】は可能性がなければ読めないのだから、可能性は勿論あったと思う。でも自分で考えたと思っていた事が、全て【予言】によって選ばされていて、今持っている感情さえも誰かによってもたらされていたとしたら……。

 考え出すと怖くなる。

 

「影路、大丈夫だって。大船に乗ったつもりでいろよ」

 不安が透けて見えてしまったようだ。佐久間に励まされ、私は頷く。

 自分で考えたつもりの事が、全て誰かの手のひらの上で動かされていた事かもしれない。佐久間が私を好きでいてくれるのも、【予言】の強制力で、それがなかったらこの関係はなかったかもしれない。

 それでも、私は選んだのだ。

「ありがとう」

 例え選ばされた事により生まれた感情だったとしても、それでも私は佐久間が好きでよかった。だからその気持ちは嘘でも偽りでもない、大切な宝物だ。例えこれから何があっても、この気持ちだけは忘れないでいよう。


「じゃあ、早速練習に行ってくるな。何か決まったら、携帯に連絡してくれ」

 そう言って、佐久間が病室を出て行った。

 それを見送りながら、私も覚悟を決めて携帯電話を開く。携帯には、エディからメールが来ており、実行するタイミングをいつにするかという連絡が入っていた。どうやらサイレントモードになっていたようだ。

 できれば早い方が良いが、すべての条件が揃い次第になるので、明日香や夢美ちゃんの状況に合わせて欲しいと書き込み送る。

 そしてキスについてネットで検索をする。

「……こんなにあるんだ」

 22カ所ものキスの場所を病室に備え付けで置いてあるメモ帳に書き出しながら、きわどい単語に恥ずかしくなる。でもこれは仕事なのだから、恥ずかしがっている場合じゃない。そう自分に言い聞かせながら、手の甲とかはまだ気持ち的にしやすそうだなと思う。

 意味の内容は敬愛で男性が女性に対して尊敬し、親しく思う気持ちを表現し、プロポ―ズにも使われると書かれていた。……やっぱりちょっと違うか。

 手首の欲望とかもかなり意味合いとしてずれてきている。

 ううんと唸っていると、机の上に出しておいた携帯が光った。どうやらエディからメールが返ってきたようだ。


 そこには今日中には説得が終わる旨が書かれ、やるならまだ何も警戒されていない今夜が一番いいかもと書かれていた。確かに明日の夜までの間に、湧が何もしないとは限らない。やるなら、今夜だ。

 私が了承の旨を書きメールを送ると、すぐさま返事が返ってきた。しかしタイミング的に考えて、私が送る前にエディが送ったのかもしれない。

 もしかしたら追加で何かあるのかもと思い、メールを開く。

 そこには『僕は自分の事を後回しにして奴隷精神で人に尽くすとか嫌だからね。駄目だと思ったら、即刻中止するように。影路ちゃんの能力は、進行形で多様化しているからこそ、扱い注意なんだからね』と何度も言われている警告が書かれていた。あの時頷いたから分かったと思ったけれど、どうやらエディの中で、私はかなり信用が低いようだ。

 確かに過去を振り返ると、エディの信用を落とすような事をしていたなと思う。たぶん今回は命を削る事になるだろう事もエディは分かっているから無茶をするなと口酸っぱく言ってくるのだろう。

 読み進めながら、『分かった。死なないようにする』と返信した所でエディは納得してくれるかなと考えてみたけれどそれ以外の言葉が見つからない。そんな私の事を心配したメールを最後まで読んで――私は返信を止めた。

 そういえばエディは、私の能力を私以上に把握しているんだったと思い出す。


『僕は好きの反対の状態なんて、絶対、絶対嫌だからね』

「……私も嫌だよ」

 最後の言葉は、見ないようにしていた私の能力の副作用に対する心配だった。

 能力を使った後の世界がどうなるかなんてわからない。

 だから傷つきやすい彼に、安易な嘘はつけなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ