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影路綾の恋(3)

「--佐久間?」

 おっと、どうやら白昼夢を見たようだ。目の前で火花が散る。

 思い出せ、俺。このタイプの流れで本当にキスされると思うか? いや、ない。

 今までの経験上、あれだろ。キス(魚)とか、キス(木酢)とか、キスじゃなくて、キズ(傷)とかキッズ(子供)なんだろ。ん? なんか2番目の読み方違う気がするけど、まあいいや。

 とにかくだ。まだ友人関係とはいえ、影路に好きだと告白をされたのだ。これ以上高望みはいけない。下手に勘違いして、『佐久間サイテー、キモイー』とか言われるのだけは避けなければ。影路はそんな事は言わないと信じているので、エディの声で脳内リプレイされ続けるが、絶対ないとは言いきれない。


「佐久間大丈夫?」

「ああ。悪い。えっと、それで影路の病室は何処なんだ?」

 うん。再度聞き返すのは止めておこう。

 これは問題から逃げたわけではない。戦略的撤退であって、断じて現実逃避ではないのだ。それに、病室にはいかないといけないし。

「ミャァ」

 何だかパンダまでが呆れた目で俺を見て居る気がするが、気のせいだと思いたい。


「とりあえず、エレベターに乗って」

 影路に言われて、俺はエレベーターに乗った。エレベーターはベッドごと乗れるようにする為かとても大きい。でも、何だろう。このわざわざ壁紙を木目調にした、こだわりあるエレベーターは。なんだか、病院にいる気がしない。

 チンと音が鳴り開かれた廊下は、この間受付をしていた病院と大きさはそれほど違いはなかったが、ところどころに高そうな花瓶や絵画が飾ってあり、ちょっと雰囲気が違う。

「……そういえば、トイレも部屋にあるって言っていたよな」

「ついでに言えば、お風呂もついてるし、テレビや冷蔵庫もある」

 なんだそのホテル仕様な病室は。

「ここが私の病室」

  がらりと扉が開かれた先にあったのは、普通の部屋だった。普通の病室ではなく、まさしく普通の部屋なのだ。


「入院は初めてだけど、個室って凄いよね」

「いやいやいや。俺、患者のふりをしたけど、こんな部屋じゃなかったぞ」

 明らかにこの部屋は特別室だ。しかも感染症の疑いの為、国による強制隔離なので、入院費は国持である。

「……やっぱりここしか空いてなかったではなくて、やっぱり勇が何か手をまわしたのかな。豪華になると看護師の巡回が増えるとか、何かあるのかも。能力を発動させ続けるからよっぽどいいとは思うけれど、お互い気を付けよう」

影路をここに入院させる事で、影路の足止めをしたのは、影路兄である。そしてたぶん、純粋にアイツは影路が不便しないようにこの部屋にさせた気がする。じわじわ感じさせるシスコンっぷりに俺の血の気が引いていく。まさかのエディ説浮上? いやいや……流石にそれは……ないよな? どちらにしても、影路兄の計画は壊す予定なのだから、影路監禁エンドは迎えない。うん。頑張ろう。


「そこの椅子に座ってもらっていい?」

 影路は俺が、影路兄のシスコンの片鱗に慄いている事に気がついていない様で、いつもと変わらない様子で椅子を指さす。

 食事用らしい椅子は客を予定していないこの部屋には1脚しかなく、影路はベッドに腰かけた。

「話は戻るけれど、さっきの能力に能力を付加する方法は大体わかってはきているけれど、まだまたどの形が一番いいか分かってはいないの」

「どの形?」

「以前血以外の方法で何とか能力を他者でも使える様にならないかと考えていた時に、姉からアドバイスをもらったことがあって。確か手の甲は忠誠の証、髪は思慕、額は友情とか祝福、頬が親愛、唇が愛情と言っていたと思う。他にもあるかもしれないから色々調べたかったけれど、中々ネットを自由にできる環境ではなかったから……。でもエディに借りた携帯があれば調べられると思うの」

「えっと、手の甲が忠誠ってなんの話だ?」

 いきなり出てきた話についていけず、たずねる。

 手の甲とか髪に何か意味なんてあたっけ? と思うが、知識が足りなくて良く分からない。女の子なら知っている話なのだろうか。花言葉的な。


「えっと。ごめん。誰がこれを決めたのかは分からないけれど、キスの位置によって意味が違ったりするの。たぶんキスが挨拶の習慣である外国から入ってきたものだとは思うけれど。それとお姉ちゃんに昔、キスは大好きという意味で、私のすべてをあげるみたいな話を聞いていたから、その認識で能力に能力を付加するという能力になったんだと思う――佐久間?」

「あ、いや。大丈夫。続けてくれ」

 影路に声をかけられ、俺は真っ赤になっているだろう顔をうつ向いて隠しながら、大丈夫だと手を上げる。

 ……まさか、まさかの、白昼夢じゃなかった!!

 ここまで具体的にキスの話が出て、能力への付加がキスでないなんて事はないだろう。良かった。これで『佐久間、キモイー、ヘンタイー』なんて言われる事はない。


「とにかく、キスの場所と意味をしっかり調べてから取捨餞別して練習をした方がいいと思うんだけど、どう? ……えっと、佐久間?」

「おっ、あっ、いや。その。いいと思う」

 真面目な話なのに浮かれてしまってすみません。影路にこれからの話をされたところで、俺は慌てて煩悩を押しやる。今影路は、凄くまじめな話をしているんだ。ここで恋愛的に浮かれているなんて知られたら、嫌われるかもしれない。

 うん。影路と俺は今はまだ友達なんだ。よし、堪えろ俺の理性。


「えっと、その間俺は何をしようか――、あ、メールが来たみたいだ。悪い」

 ヴヴヴヴと突然携帯のバイブが震えたので、ポケットから携帯電話を取り出し、緊急性があるものではないかを確認する。

 組織からだったら基本電話なので、違う相手のようだ。

 メールの件名は『エディさん情報!』だった。アドレスは知らない所からだったので、普段使っていない携帯か、何か裏技で送ってきたのだろう。

 メールを開くとそこには『体力が有り余っていると性欲が増えるらしいから、とにかく死ぬ気で働くといいよ。リア充爆発しろ――』と書いてあった。

 ……何を送ってきてるんだ。馬鹿野郎。

「何か至急のだった?」

 影路の言葉に、俺はあわてて携帯電話をポケットへと隠す。あの始まりで緊急性のある用件には思えない。後でこっそり読んだ方が無難な内容だろう。きっとエディの事だ。俺が二人っきりで浮かれて舞い上がっているだろうと考えて、わざわざ釘を刺してきたのだろう。まあ、でもある意味助かった。

 ちょうど今、俺の理性が試されようとしているところだったのだから。


「いや、大丈夫。それで、俺がやる事だけど」

「それなのだけれど、佐久間ってどれぐらいの範囲の空気を自分の支配下に置ける?」

「へ?」

「佐久間の能力は【風使い】だけど、正確には空気を支配下に置いて自分の意志で動かす能力だと思ったのだけど」

 影路から言われた事は今までの俺が能力と向きあってきたものと少し違うので驚いたが、あながち間違ってはいない。

 俺の能力は、空気を動かして風を作ったり、逆に空気の動きを止める事ができるというものだ。ただし、俺が今までやって来たのは空気を動かす速さをどこまで早められるかや、その風でどれぐらいの重さ物まで動かせるかなどを調べてきていた。だから有効範囲がどの程度かなんて考えた事はない。

「あってるけど、範囲は全く調べた事がないな。遠くで風を起こすとしても、目の前の空気を動かして風を起こして移動させるという方法を取っていたし」

「風は起こさなくてもいい。でもできるだけ広範囲の風を支配下においてほしいの」

「広範囲って具体的には、どの程度なんだ?」

 支配下っていうのは、要するに意識を伸ばせる範囲の事だよな。ただ感知するぐらいだったら、ある程度は広げられそうな気はするけれど、やってみない事には分からない。

「最終的には、大和全域」

 ……ん?

 今凄い無理難題を言われた気がする。


「えっと、影路さんもう一度お願いできますか?」

「この国の人が住んでいる場所全部の空気を一瞬だけで構わないから支配下に置いて欲しい」

 ……エディ。安心しろ。性欲なんてこれっぽっちも残んねぇよ。

 これかがやる事の壮大さと大変さを聞かされて、俺は安請け合いしたことを少しだけ後悔した。

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