脇役の恋(8)
「つまり【無関心】は他の能力が使われている時は効かないけれど、先に使ってしまえば後から他の能力を使っても無効化されないという事かしら?」
明日香の言葉に、私は頷く。
「何も能力が使われていないという前提条件で【無関心】は初めて発動するの。ただ、私が使いたい対象者を認識した上で先に使えば、その後に能力を使われても効果は継続できるみたい。後、今回初めて成功したばかりだけれど、相手に触れるという条件を付ける事で、【私】と認識している情報を無関心になるようできたかな」
血を付ければ、その物体は【私】という認識に変わり無関心の対象にできる。相手に触れれて能力を発動すれば、【私】と認識している情報に対して相手は無関心になる。
今のところ上手く自分で条件付けできたのはこの二つだ。後者は、もっと練習をしなければ、色々失敗してしまいそうなので、今回は偶々上手くいったという方が正しいけれど。
「……なんか、凄いな」
佐久間がぽつりとつぶやく。心底感心して出たような言葉だったが、私は首を横に振った。
「まだうまく使いこなしているわけではないから、あまり自慢できるものじゃない。それにもっと他の使い方もできる様にしないと意味がないから」
今までより使い勝手は良くなったとは思う。あまり使いどころのない能力だった事を思えば、一つでもできる事を増やせたのは大進歩だろう。でも新しい能力の使い方は明らかに練習量が足りなさすぎるし、この使い方だけでは、湧を助ける事は出来ない。
「確かにある情報に対して無関心にさせるというのは凄いですけど、相手に触れないといけないんじゃ、あまり意味のないものですよね」
夢美とエディに呼ばれていた女の子が少し咎めるように言ってきたが、もっともだったので私は頷く。正しくその通りで、これだけでは使えない。
「だから、佐久間に協力して欲しい」
「えっ? 俺? あー、能力開発の授業は受けていたけど、俺と影路じゃ能力の種類が大分と違うし、どこまで力になれるか……。いや、手伝わないとか、そういうんじゃなくて、どうしたらいいか俺も分からないんだ。でも、もちろんできる事なら、協力する」
佐久間は私のお願いに困った顔をした。しかし否定していると思われたくないらしく慌てて協力すると言葉を付け足した。
その態度が本気で私に力を貸そうとして、色々考えてくれているからだ分かるから、泣きたいぐらい嬉しくなる。こんなに佐久間に甘えてしまってもいいのかと申し訳ない気持ちはあるけれど、それでも彼のやさしさで不安が和らぐ。
やっぱり私は佐久間の事が好きで、彼を好きになれて本当に良かった。
「勿論、佐久間がAクラスとして能力の事で学んできた事があれば教えて欲しい。でも、そうではなくて、私の能力と佐久間の能力を上手くかけ合わせられないかと思っているの」
「えっ? 能力の掛け合わせ?」
「そう。今のところ能力を混ぜる事ができたのが、パンダの【炎】の能力と私が持っていた鏡に使われている【空間を繋ぐ】能力だけで、偶然の産物に近いけれど」
ただし、パンダとのやり取りで何となくこうしたらいいのではないかという方向性は見えてきていた。
「待って、影路ちゃん。掛け合わせって、具体的にどんな状態になったの?」
何故かエディが誰よりも慌てた様にたずねてきた。
「偶然の産物だから上手くできたというわけではないけれど、パンダの【炎】の能力は発動時に一時的に無関心になるみたい。でも攻撃性が高すぎる所為で、一瞬反応が遅れる程度だけれど」
相手に攻撃するというのは、全く害意なく使うのは難しい為、すぐに【無関心】の能力は消えてしまう。それでも一瞬だけ能力が発動する為、能力が使われていると相手が認識するまでに時間が開く。その為、突然炎が空間に現れたと感じ、反応が遅れるのだ。
箱庭でパンダが本当に行った行動は、自身の手のひらに炎を宿らせ、投げるというものだった。しかし気がつくタイミングが遅れる為、炎が突然空間の中に現れた様に皆が思った。
「鏡の方は、常に空間を繋ぐ能力が常に継続されている所為で、一緒に【無関心】が発動してるみたい。だから誰も鏡に気がつけないようになっていた。どちらにも共通するのは、私から離れた時点で、能力の発動は相手の能力の発動時になるみたい」
今のところできているのは、能力発動時に同時に発動し、その使用対象を隠す程度の事だ。それは私が元々持っていた【無関心】の能力の使い方そのものである。
でも、私は自分の能力の使い方の範囲をもっと広げられるように変えていっている。
「今のままでは難しいけれど、私が上手く使いこなせれば、この国の能力の階級制度に対して誰もが無関心になれると思う」
「は?」
佐久間が疑問を声として出したが、ぽかんとした表情で私を見ているのは佐久間だけではない。ここに居る全員が佐久間と同じような顔で私を見て居た。たぶん想像していたような言葉ではなかったからだろう。少しだけ伝えるのを躊躇うけれど、私に思い浮かぶ最善の方法はこれなのだ。
「私の能力は【無関心】だから階級制度をなくすことはできない。でも無関心にすることはできると思う。DクラスとかAクラスがあった事が消えるわけではないけれど、積極的に思い浮かべる事がなくなれば、その枠組みは風化していくと思う。実際、既に階級制度は撤廃されているのだし」
湧が行ったことにより、制度は消えた。でもより濃くクラスの違いが浮き彫りになってしまった。元Dクラスは犯罪者だと今まで以上に差別を受け、元Aクラスはその大きすぎる力を制御できないままに施設から出てきてしまうのではないかと皆が恐れて区別をされる。
「私の能力は【無効化】ではないから、能力を消せるわけでもない、些細な力だと思う。でもたぶん、そんな些細な力だから私が予言の対象者として選ばれたんだと思う。この国を少しだけ変えるように」
能力を消してしまったら、この国は成り立たない。この国は能力に頼りきっていて、実際にその能力は生活を豊かにしてくれている。
階級制度も完璧な悪というわけではない。確かに差別がそれによって起こり、傷ついた人もいる。で、Aクラスの人は能力制御を集中的に学べる環境にいられた事で、大切な人を傷つけずに済んだ。
だからなくすわけではない。でも積極的に皆が階級制度を思い浮かべる事がなくなるようにするだけだ。思い浮かべなければ、それを理由に差別する事はない。
「階級制度に対して無関心になったとしても、私はDクラスだった子に対しての差別はなくならないと思います。それでも、世界は変わったと言えるんですか?」
夢美の言葉に私は頷く。
「階級制度がなくなっても、差別がなくなるわけではないと思う。でも、今はあまりに能力に振り回されすぎている気がする。たぶん能力というのは、足が速いとか記憶力がいいとか、絵が上手とかというのと同じ線上にあるものなんじゃないかと思うの。だからほんの少しだけ、今よりも能力に対して誰もが【無関心】になれたらいいと思う」
ある種の職業に向く能力というのは勿論あるけれど、その能力がなければできない仕事なんて本当はない。だから、絵に関する能力がなくても絵描きになれるし、医療関係に関する能力がなくても看護師になれる、そんな世界に変わっていけばいい。
私にできるのは、たぶんその切っ掛けづくりなのだと思う。
「……本当にそんな事ができたら、確かにいいね」
「ごめんなさい。綾が凄い事を言っているのは分かっているけど、正直あまり想像ができないわ」
エディは少し考えた様子だったが肯定し、明日香は申し訳なさそうに謝った。でも明日香の言う通りだ。実際に能力や階級に対して無関心になるような状態を体験した人は誰もいないのだから。
「俺も能力に対して無関心になるという状態が想像できないけど……」
佐久間に否定されるのは堪えるなと思ったが、佐久間は私を見るとニッと笑った。
「でも、影路がその方が良くなるって言うなら信じて力を貸すだけだから、いつもと何も変わらないって事だろ? 早くこの騒ぎを終わらせようぜ」
いつもと何も変わらない信頼の眼差しに、まだまだ問題が多い状況なのは変わりないにも関わらず、私はきっと何とかなると思えた。