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脇役の恋(7)

「今までと、だいぶんと能力の使い方が違うみたいだねー」

 私の説明で上手く伝わってるかなと不安になっていると、エディがそう声をかけてきた。

「えっ。あ、うん」

「使い方変えないといけない事があった?」

 珍しく着ぐるみを着ていないエディが、探るように青い瞳を私へ向ける。

 別にやましい事をしようとしているわけではないのだけれど、微妙に落ち着かない目だ。それでも、私はその通りなので頷く。


「やりたい事があって」

「まあ能力の変化なんてそんな理由だろうけどー。影路ちゃんはその能力の使い方に後悔はないわけ?」

 後悔?

 ちょっとエディの言っている意味が分からず、首を傾げる。使い方を変えただけで、特に問題はないように思う。ただ自分の範囲を広げたぶん、ちょっと今までと扱いは違った。元々の使い方は、私を見ても無関心でいるという能力なのだけれど、見る事のできない概念を無関心にしているので、対象者を絞って無関心になるように念を送った状態に近い。

 その点が前と違うけれど、元々の使い方もできるので特に支障はないように思う。

 少し考えて、もしかしたら以前近藤さんが言っていた事の事かなと思いいたる。

「えっと。もしかして寿命が縮むとか思ったなら、たぶん大丈夫だと思うけれど」

「寿命が縮むのか?!」

「縮まないから大丈夫」

 私の言葉に、佐久間がギョッとしたように叫んだので、私はもう一度否定の言葉を口にして首を振った。実際のところ、絶対縮まないとは言えないけれど、近藤さんの話だと寿命が縮まっているのが、感覚で分かるような言い回しだった。だとしたら、たぶん私の寿命が、この能力の使い方で縮まるという事はないと思う。

 ただし寿命と言うのは、目に見えないので、あくまでたぶんでしかないのだけれど。


「たぶん、寿命が削られるのは、大きく常識を捻じ曲げる様な時だと思う。その範囲が何処で決まるのかは分からないけれど。それに私の場合は、欠点があるから」

 どのレベルで、寿命が削られるような能力となるのかは分からないけれど、たぶん自然の流れを大きく変えてしまうような規模の能力ではないだろうか。でもこれに関しては、研究をしているわけではないので、分からない。

「欠点って何?」

「私の能力は、他者の能力の上塗りはできないみたい。……正直に話すと、実は土方さん達に、私の存在は一度目撃されてしまったの」

 正確に言えば、土方さんともう一人の組織の人、それと看護師だ。

「えっ?」

「以前、【無効化】の能力を先にしていた湧達には【無関心】の能力が効かなかったし、【魂替え】の能力をかけられていた明日香にも効かなかった事があったから、それと同じ現象だと思う。たぶん【退魔】能力に邪魔をされたのかと」

 その時の状況を思い返すと、今でも心臓が縮こまる思いだ。不意に能力が使えなくなって、初めて今までどれだけ自分が能力に頼りきりになっていたのか分かる。

 事前に、自分の能力が効かない場合がある事を知っていたから良かったものの、そうでなかったら、どうなったか。いや、あの場合は運が良かっただけかとも思いつつ、私は病室でのことを佐久間達に話した。




◇◆◇◆◇◆



「休んでいる所ごめんなさい。実は組織の人が今回の病気の件で話がしたいそうなんですけれど、体調はどうですか?」

 入ってきた看護師さんは、マスクをしていたが、私と同じぐらいの年に見える人だった。茶色の髪をした少しだけつり目の女性だが、口調は柔らかい。【無関心】の能力を使っているので気がつかれはしないだろうと安心しきって観察しているいる時だった。看護師の後ろから顔をのぞかせたスーツ姿の男女が、私を見て驚いた顔をしたのは。

 間違いなく、後ろの二人は私を見ていると気が付いた瞬間、サッと血の気が引く。

 何故、どうしてと混乱してしまった事が良くなかったのだろう。ちゃんと【無関心】の能力が効いていたはずの看護師まで違和感に気が付いてしまったようだ。

 不意に私の方を見て、訝しげにした後、大きく目を見開いた。

「ここは面会謝絶なのに、どうして入っているの?!」

 優しげな雰囲気だった看護師が、一転してキツイ目をさらにつり上げて私を睨んだ。

 その事で、確実に私は能力のバランスを崩したと、自分でも自覚する。幸いパンダはベッドの影になるところに移動していたのでまだ気がつかれて居ないようだけれど、でもこのままではどうなるか分からない。

「あ、あの」

「今は近藤さんの病状は落ち着いていますし、貴方も発症していないですけれど、病気には潜伏期間というものがあるのよ! 勝手に入ってどう言うつもり?! もしかしたら今後発症して他の人にうつるかもしれないよ?! 責任とれるの?!」

「す、すみません」

 看護師が怒った為、組織から派遣されたのだと思われる2人は廊下から中には入らず、事の成り行きを見守ってくれた。それでも生きた心地がしない。どうしたらいいのか分からず、私はとにかく謝る。

 

 組織の人は、私が湧と兄弟だという事をもう知っているのだろうか?

 だとしたら、このままだと私は絶対見動きがとれなくなってしまう。そうしたら、何もかもが手遅れになる可能性が――。

「すみません。彼女は私の知り合いで、心配で見に来てくれたんです」

 青ざめている私の隣で、近藤さんの奥さんがそう伝えた。

「貴方も看護師なんでしょ?! だったら――」

「はい。看護師ですので、病室に戻るように伝えました。丁度そのタイミングで来られてしまったので。他の方もびっくりされますから、もう少し声を落としてもらってもいいですか?」

 近藤さんの言葉で、若い看護師さんは少し気まずげな顔をして、小さく息を吐く。

 そしてもう一度私を見たが、今度はそこまで怒った様子はなかった。もしかしたら、私が緊張と不安で青白い顔をしていたからかもしれない。

「……私も言いすぎたわ。でも、本当に今後こういう事はやめて下さい。私達は退社前にこの病院の【退魔】の能力の方に病原菌を弾いてもらうのでいいですけれど、患者全員に対応できるほどの能力者は居ないし、発症してしまったら【退魔】は効かないので」

「そうですよね。私の勤めている病院には、【退魔】の能力の人は一人もいませんでしたし、【退魔】は制約も多いですから。だからね、心配してくれるのは嬉しいけれど、無茶をしては駄目よ」

 近藤さんは私の方を見てそう誤魔化してくれた。近藤さんの気づかいに、私もそのまま乗っからせてもらう。

「はい。すみませんでした」

 近藤さんのおかげか、それとも私が素直に謝ったからか、気がつくと看護師さんは仕方がないかという顔になっていた。


「所で、後ろの方は特別【退魔】の能力を使ってもらえるんですか? マスクもしていないようですけど」

「それなら、こちらの彼が【退魔】の能力者で、既に能力を使って予防しているんですよ。ご挨拶が遅れました。自分は組織から来ました土方と言います。旦那さんにはいつもお世話になっています」

 組織から来たという土方さんともう一人の人はどうやら既に【退魔】の能力を使っているようだ。その事を聞いて、ようやく私は今の状況を理解した。

 つまり、【無関心】の前に【退魔】の能力がかけられている為、能力が効かなかったのだ。あまりこういう事がない為驚いてしまった。

「さあ、貴方はそろそろ自分の病室に戻りなさい。もしも体調で少しでも変化があったらすぐにナースコールで呼んで下さいね」

「あっ。そう言えば、影路嬢も、確か組織で働いていたね」

「えっと」

「シンデレラ王子――あー……、佐久間と居たところ見かけた事があるのだよ」

「そうでしたか」

 私はそう答えながら、彼女は私をどこで見かけたのだろうと思うと同時に、私の名前を知っているという事にギクリとする。私はここでは一度も名乗っていないし、会話もせずに記憶に残るほど私は特徴的な外見はしていない。

「後で、是非君の意見も聞きたいのだけどいいかな?」

「……私で役立てるか分かりませんが」

 やっぱり初めから、私もここに運ばれた事を知っていた可能性が高いだろう。そして、私が警戒をせずに話せるよう、その事を伏せて話をしている。


「できれば全員に証言を貰いたいところなんだ。協力を願いたい」

「分かりました」

 土方さんがどこまで私の裏事情を知っているか分からないけれど……でも、私が居る事を事前に知っているなら、既に調べられていてもおかしくはない。このままだと、確実に足止めをされてしまう。

「彼女は一度病室に戻らせてもいいですか?」

「ああ。こちらから出向こう。その方が、影路嬢も話しやすいだろうから」

 ここでは喋れない事を話すと言われた気がして、私は次の瞬間、とっさに近藤さんに抱き付いた。

「近藤さん。絶対元気になって下さい!」

 演技力が私に備わっているとは思えないので、出来るだけ嘘ではない気持ちを出して大きな声で話す。近藤さんの奥さんは、巻き込んでしまった事もあり、本当に申し訳ないと思っているので、元気になって欲しい事はウソではない。

 そして、小さな声で私は彼女の耳元で囁いた。

「私が外に出たら、【退魔】を無効化して、すぐに【無効化】の能力も中止して下さい」

 きっと全然意味が分からないと思うけれど、【無関心】の能力を彼らに使うにはこれしかないのだ。どうか頷いて欲しいと思っていると、ポンポンと背中を叩かれた。

「分かったわ。私も頑張るから、影路さんも病気に負けては駄目よ」

「はい」

 

 私は近藤さんから離れると、土方さん達の隣で会釈をして、素早く廊下に出た。そして室内から私が見えなくなるよう、すぐに角を曲がる。

 色々動揺したけれど、状況が理解できたならもう動揺する必要はない。

 そう自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせると、少し遅れて出てきた看護師の視界に入る前に【無関心】の能力を使う。

 彼女は少し首を傾げたが、特に何事もなかったかのように、私の前を素通りした。ちゃんと能力が通用している事にほっとする。

 たぶん私の予想が正しいなら、組織から来たという二人にも同様に【無関心】の能力が効いているはずなので、病室に残したままのパンダも何とか見つからずにすんでいるだろう。

「……でも、見つかった方がいいのかな?」

 むしろパンダ的には野良でいるより保護してもらった方がいいのでは?

 でも隔離病棟の中に居たとなると、見つかった後が厄介そうなので、やっぱりこの中では見つからないようにした方が無難かと思う事にする。


「この後、どうしよう」

 【無関心】が効いているなら、私は彼らに見つからずにすむとは思う。でも、話を聞きに行くと言われてしまったからには、話をしない限り帰ってはくれないだろう。

 いっそ、今回の事件に関して無関心になってくれたら――。

「……【私】という概念を、肉体じゃない部分にしたら――」

 ふと、今まで考えていた自分の能力の別の使い方が思い浮かんだ。でも肉体ではないとなると、どういう風にしたら上手く行くだろう。

 今までは、肉体や目に見えるものを【私】としていたので、それを見た時に意識が働かないようにするという使い方だったのだ。今回使いたいのは、目に見えない意識部分の認識を変更して無関心になってもらうという方法。

 壁際でやり方を考えていると土方さんが病室から出てきた。その事に動揺しかけたが、すぐに頭の中で落ち着けと言葉を繰り返す。さっきと同じ状況になるのは避けておきたい。

 一応見つかった時の言い訳も考えていたが、どうやら今度はちゃんと能力が効いているようで、私が居る事に無関心のようだ。彼女がこちらを見る気配はない。

 それにしても、もう中での話が終わってしまったのだろうかと思ったが、どうやら電話だったらしい。電話を耳に当てて何やら話している。

 とにかくやってみるだけやってみよう。やれなければ、そこまでなのだ。私は当たって砕けろの覚悟で、土方さんに近づいた。

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