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脇役の恋(5)

「すみません。組織から来た者ですが、回転寿司チェーン店で起こった感染病について調査に来たのですが」

 明日香は名刺を取り出し、病院の受付のお姉さんに説明をする。ここは感染症の隔離病棟となっているので、すぐに会わせろと言った所で患者との面会は無理だ。申請後【退魔】の能力者に能力で一時的に病気にならないようにしてもらう必要があった。

 隔離病棟では【退魔】の能力者の配置義務がある為、協力者探しから始める必要はない。しかし、【退魔】の能力は、制約が多い能力でもあるので、すぐに能力を施してもらえるとも限らないのだ。


「こちらに名前と理由を記入して、しばらくお待ち下さい」

 面会者登録名簿を出され、俺は明日香の隣から覗き込む。流石に感染症の隔離施設なだけあって、訪問者は逐一チェックをするようだ。【退魔】の能力があればよっぽどうつる事はないけれど、万が一という事もありえるので、念のために追跡調査ができるようにしているのだろう。

「組織に患者の情報を聞くから、先に書いておいて」

 明日香に書類とペンをスライドされ、俺は自分の名前と住所、生年月日、携帯電話の番号、勤め先などを記入する。

「ほら、お前らも書けよ」

「ええー。面倒だなぁ」

 エディは唇を尖らせながらも、俺からペンを受け取る。

「こういうのってさ、個人情報じゃん。あんまり好きじゃないんだよねー」

「後ろ暗い事してるからじゃないの」

「夢美には言われたくないよ」

 お互い、言いたい事を言いあったからか、一応エディと夢美ちゃんは、冷戦状態から話せる様になったようだ。

「ほら、病院で騒ぐなって」

 冷戦状態で居られるのも困りものだが、いちいち喧嘩されるのも困りものだ。喧嘩するほど、仲が良いというやつな気もしなくはないが。


「どう言う事?!」

「なんで明日香まで騒いでいるんだよ」

 いつもだったら、騒ぐのは俺で、怒るのが明日香だ。いや、能力に関して言えば、明日香の方が色々と騒ぎを大きくしている節はあるのだけど。

「分かりました。はい。失礼します。……私達とは別で、組織から既にここへ来ている人がいるそうよ」

 少しすると電話を切った明日香は、中々書こうとしないエディからペンをひったくり、書類の空いている部分を凄い勢いで埋めていく。

「既にって……、この案件は俺らに回されたんじゃないのか?」

「そうよ。丁度非番だったし、現在地も近かったから。でも別件で動いている所があったみたいなの。だとするとできるだけ早く、綾に会った方が良い気がするわ。エディの部分も埋めたから、夢美ちゃんも書いて。電話番号は孤児院の番号でいいから」

「あ、はい」

「横暴だよー」

 文句を言うエディを無視して、明日香は夢美ちゃんにペンを渡す。

 エディは文句を聞いてもらえない為か、不貞腐れた様に頬を膨らませながら椅子に座ると、スマホをいじりはじめた。

「病院で携帯は――」

「あれ? この事件、ニュースになってないんだ」

「――そうなのか?」

「うーん。ツイッターとかもないみたいだし、電脳系の能力者が色々やってるかなぁ? これだけ情報制限してるなら、夢美が言う通り、本当にアイツが何かやっているっぽいねー」

「ちょっと、僕の話信じてなかったわけ?!」

エディの言葉に、夢美ちゃんが噛みつく。しかしエディは、シレッとした態度でスマホを弄る。

「当たり前じゃん。夢美の意見は、あくまで一つの仮説だしー。だから情報を貰う為にここまで来たんだしー」

「ムカつくぅぅぅぅ!!」

 仲が悪いを通り越して、二人がただじゃれているように見えて来るから不思議なものだ。むしろ、エディはあえて構って欲しくてムカつくような言い方をしている気がしなくもない。

 でも時と場合を考えてくれ。マジで。


「だから騒ぐなって。エディは黙ってろ」

「はーい」

 一応素直に返事をして、エディはスマホを弄る。これ以上エディに構うのも面倒なので、病院での携帯電話の使用に関しては無視する事にした。たぶん本当に使ってはいけない場所では使えないようになっているはずだ。

「それで、誰が先にここに来ているんだよ」

「土方さんと、他部署の人みたいよ。近藤さんが長期欠勤している上に、タイミングよく今回近藤さんの奥さんが感染に巻き込まれたから、念の為の内部調査という所かしら」

「えっ。近藤さんが? にしても、土方さんかぁ」

 あの人、マイペースでやりにくいんだよなと思いつつも、まだ土方さんで良かったと思う。部署が違うと、中々意志疎通が難しかったりするのだ。

「だから、早めに動かないと、私達の仕事がなくなるわよ」

「へ?」

「綾と最短で会うには今しかないの。ここで、土方さんがもう聞くことはない、終ったって上に報告したら、私達の派遣は中止よ。この病院は普通の病院とは違うのだから、簡単には面会許可も下りないでしょうし」

 確かに目的は違うが、同部署に二重派遣はあまりない。特に最近は能力関係の事件が多発している為、人手が足りないのだ。

「そんなの困ります」

「そう思うならさっさと書いて。土方さんに会う前なら、適当に誤魔化せるから――」

「おや。そこに居るのは、残念王子じゃないか?」

「誰が残念王子だ」

「ん? 確かに何か違うな。何か残念な感じだった気がするが」

 真面目に考えるな。そして、俺の名前はそれじゃない。


 振り向けば、エレベーターで一階へ降りてきたらしい土方さんがこちらへ向かって歩いて来ていた。……何ってタイミングだよ。

 まさに噂をすれば影なタイミングで現れた土方さんに舌打ちしたくなる。

「あら、奇遇ね」

「明日香嬢とヘタレ王子が一緒という事は、もしかして感染症の件で来たのか?」

「……ええ。丁度、非番だったからまわされたの」

 明日香は少し迷ったようだが、嘘をつく事は得策ではないと考えたようで、正直に話した。……俺の名前が明らかにオカシイが、この空気の中ツッコミを入れる事は流石にできない。

 とりあえず、この状況をどうするんだと明日香を見る。

「なら入れ違いにならなくて良かった。丁度自分も同様の件を調査しに来て、今近藤さんの奥さんから話を聞いた所なのだよ。奥さんに渡航歴はなく、何かかしらの能力が関係した類の感染症だったのは間違いないが、彼女は何も知らないようだ」

「そうなのね。だとすると、店の中に居た他の誰かが何か知っている可能性があるのかしら?」

 なるほど。

 あくまで土方は近藤さんの調査がメインなのだから、他の人から話を聞いていない可能性が高い。俺らも急いでここに向かったのだから、何時間も前に土方さんが来ているとは限らないのだ。


「他の人は、簡易検査で誰も感染していない事が分かっている。潜伏期間などを考えると、もしかしたらこの後発症する可能性はあるが、今回は奥さんが狙われたと考えて間違いないだろう。それが近藤さんを脅す為かどうかは、今後も引き続き調査する予定だ」

「念には念をという事もあるでしょう?」

「人手が足りないのだから、そこまでする必要はないと思うが? 奥さんが倒れてから、特に類似事件も起きていないのだし。偶然だったのか、必然だったのかは、自分の方で調べておこう。報告書は自分の方で出しておくよ」

 これで仕事は終ったとばかりに言われてしまい、俺は追加で何か調査をしなければいけない理由を探す。そうでなければ、この事件が始まってもいないのに終わってしまう。何かないだろうか?

 何か――。


「ふーん。じゃあ、僕らの仕事はもうないんだ?」

「おや。エドワードが外に居るなんて珍しい」

「偶々、佐久間と一緒に遊んでいたからね。折角の休みなのに、やになっちゃうよー」

 そう言って、エディは肩をすくめた。

「連絡の行き違いが起こって悪かったね」

「まあ、いいけどー。所で、一応は店の中に居た人達も見てきたんだよね? 何か引っかかる人とかいなかったわけ?」

「良ければ被害者リストを渡すが、特に気になる者は居なかったぞ? エドワードの能力で、更に詳しく調べてくれても構わない。何か面白い情報があればこちらにも回してくれると、なおいいな」

「了解。土方さんにとって有益な事が分かったら教えるねー」

 エディは紙だけ受け取ると、ひらひらっと手を振った。


「では、シンデレラ王子失礼するよ」

「って、ちゃんと名前を覚えてるじゃないか!! つーか、俺の名前はそれじゃねぇ!!」

「病院では静かにしないと、後でクレームが来ると忠告しておこう」

 誰の所為だ、誰の。さっきまで俺がそれを周りに注意してたんだよ、畜生。

 しかしそのまま病院の外へ出て行ってしまった土方さんを見て、俺は振り上げた拳を下した。……調査終了を言い渡されちまったけど、これからどうすればいいのか。

「……エディ。何でもいいから、調査続行の理由が見つけられそうか?」

 エディが受け取ったリストの中に、理由を作り出せそうな誰かが居ればいいのだけれど。影路を名前として上げる事は出来るが、あまり注目はさせたくない。

「必要なくないかなぁ。エディさん、報告書を作るのもめんどうだしー」

「はあ?!」

 面倒ってなぁ。

 影路に折角会えるチャンスだってっていうのに。今を逃したら、このまま会えなくなることだってあり得るのに。

 なんて薄情な奴だ。


「佐久間、もう少し小さな声で話して」

「影路。だって、エディが影路と報告書を天秤に――」

 ん?

 エディの隣に座っている黒髪の女性に注意されて俺は自分の正当性を訴えようとしたが、何かがおかしいと気がつく。

 えっ? あれ?

 俺は影路に会いに来て病室に行こうとしていたはずだ。なのに何で――。

「影路?」

 どうして、ここに影路が?

 いつの間にか違和感なくエディの隣に座っていて、俺は呆然と見つめた。

「えっと。久し振り」

「みゃ!」

 影路は普通なら悪目立ちしそうなパンダと一緒に、ごく自然に椅子に座って俺を見上げていた。

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