脇役の恋(4)
「こんにちは」
「みゃっ!」
病室に入り込み声をかけると、ベッドで横になっていた女性は驚いたのか、ギョッとした顔をしていた。先ほどまで看護師が一緒に居たので、私は能力を発動したまま話しかけずずっと様子を観察していたので、それが原因だろう。
「えっ? パンダ?……あっ……えっ? あと、影路さんよね?」
「はい。お久しぶりです」
いや、原因はパンダの方か。
大人しく私に付いてきたパンダもまた、看護師に見つからないようにずっと黙っていたのだ。中身はもう明日香ではないけれど、本当に賢い子だ。
それにしても、私は能力を使わなかったとしても影が薄い方なので忘れられている可能性もあったが、近藤さんの奥さんは私の名前を呼んでくれた。それだけでも、ほっとする。
「……ここにいるということは、もしかして同じ店にいたの?」
「はい」
運ばれた時は気を失っているようだったが、目が覚めた後に看護師からここが隔離病棟だということと何が起こったのかの説明を受けたのだろう。
パンダについては、とりあえずツッコむのを止めたようだ。私自信聞かれても、何故ここにパンダが居るのか分からないので答えられないからある意味助かる。
「ごめんなさい。私が変な病気にかかったばかりに、貴方まで隔離されてしまうなんて……」
近藤さんの顔には瘡蓋が転々とあった。
湧は約束通り、彼女の病気を消しさったと思うけれど、病気によってできた傷跡までは治せないだろう。顔中にできた瘡蓋が跡として残らなければいいけれど、こればかりはどうなるか分からない。湧もあえて女性を選ばなくてもいいのにと思う。彼女は既に結婚をしているけれど、だからといって傷跡が残ってもいいというものでもない。
「いえ――」
むしろ巻き込んでしまったのは私の方だと思う。湧はあえて私があの場から逃げられない状況を作ったのだろうから。
その事を正直に言うべきか言わないべきか。
「――むしろ巻き込んでしまったのは、私の方です。すみませんでした」
少し考えて、私は正直に話すという選択をした。恨まれる可能性は高いけれど、もしもこの先協力を願いたいなら、隠し通す事は難しい。恨まれた事により、自分の目的への道のりが遠くなるかもしれないけれど、その時はその時だ。
私は湧の分まで謝罪が出来るように頭を深々と下げる。
「どういう事かしら?」
「話すと長くなりますが、今回近藤さんが病気に罹ったのは、私の双子の兄の能力が原因なんです」
「影路ちゃんのお兄さん?」
「はい。私を足止めする為に、【疾病】の能力を使って脅してきたんです。私があの場に残るなら、自分が罹らせた疾病を治すと言って」
湧の能力は【疾病】であり、【疫病】ではない。あえて伝染病を選んだのは、一度留まったら最後、しばらくの間隔離病棟で足止め出来ると考えてだろう。その後は組織関係で足止め……本気で性格が悪い。
「えっと……ごめんなさい。影路さんのお兄さんがどうしてあの店でそんな事を?」
「それは――」
どこから話すべきか迷い、私は言いあぐねる。
一言では言えないぐらい、色んな事がありすぎていて、隠したい訳ではないけれど、どう話せば正確に伝わるのかが分からない。
「偶然なのか分からないけれど……私はメールであの店に呼びだされたの」
「……メールですか?」
「ええ。旦那の事が知りたければ来るようにって。彼、実はずっと家に帰っていなくて」
そういえば、近藤さんは良く湧が準備したアジトに来ていたけれど、半監禁状態の私は近藤さんがどこで寝起きしているのかを知らなかった。
普通なら家に帰るのだろうけど、世間に見つかってはいけない場所を毎日往復しなければならないとなると、リスクから考えてそうもいかないだろう。それに彼は箱庭に住んでいた人達の健康管理も行っていたような気がする。
基本的に皆元気そうには見えるのだけれど、あそこにいた人が能力を使う度に寿命を削っているならば、昼夜問わずに能力関係にも強い医療知識がある人が常在するべきだ。
となれば、あの場所の何処かで近藤さんも間借りしていた可能性が高い。
「……近藤さんは元気です」
「やっぱり。あの人が居る場所に影路さんも居たのね。お兄さんが能力を使った事にも関係しているのかしら?」
奥さんに、私は頷く。
やっぱり近藤さんの奥さんに関しては、湧が呼びだしていたのかと思う。いつの間に連絡をとったのだろうと思うけれど、案外最初から回転寿司屋で事を起こす計画にしていて、私をデートに誘う前に連絡していた可能性も高い。
本当に性格が悪いと怒りたくなるが、どうせ今は鏡にも出ないだろうからぶつける事もできない。
「湧はDクラスではないのですが、Dクラスが色々能力で暴れまわっている事を先導していました。クラス階級を壊す事を目的として」
「影路さんもそうなの?」
「いえ。私は湧のやり方に賛同できなかったので何も……。だから、今回湧に置いていかれた形です。近藤さんは、湧が私を脅す為に疫病に罹る事になってしまいました。本当にすみません」
やったのは私ではない。
でも原因は私だ。だから、怒られる事を覚悟して頭を下げる。
「うちの人は……」
許すとも許さないとも違う言葉に、一瞬何の事か頭が付いていかなかったが、すぐに近藤さんの事だと理解する。
「皆さんの健康管理をしているだけだと思います」
実際に近藤さんが何をしているのか、本人に確認をした事はない。でも能力などを考えれば、騒ぎを起こす可能性は低いだろう。
私自身、近藤さんには体調面で色々気遣われていたと思う。
「そうなのね。頭を上げてちょうだい。私が巻き込まれたのは、影路さんだけの所為ではないと思うから。私が選ばれたのは、あの人がそちら側に居た事も原因でしょうし」
顔を上げると奥さんは、少し疲れたような顔で苦笑していた。
「まったく。困ったものね。自分勝手なんだから。ちょっと、聞いてくれる? うちの人ったら、何度メールを送っても全然返信しないのよ。『ごめん。今は連絡できない』とか一方的に送ってから、一度もよ」
「そうなんですか」
苦笑していた奥さんの目が、だんだん座ってきているいる気がする。
「こっちがどれだけ心配すると思ってるのかしら。どうせ聞いても巻き込まないようにする為に仕方がなかったんだとか言い訳するのよ。十分こっちは巻き込まれているっていうのにね」
「そ、そうですね」
特に強い口調で言われたわけではないが、怒気のようなものを感じて、私は肯定する。ここで否定などしようものなら、火に油を注いでしまうようなものな気がした為に。
「返ってきたら、この間目をつけておいたペンダントを買ってもらうわ。話はそれからね」
……近藤さん、大変だな。
奥さんはかなり激怒していますと伝えてあげたいが、連絡手段がないので心の中で無事を祈っておく。
ただそれでも、奥さんは近藤さんがちゃんと戻って来ると信じているようだ。……それとも、信じたいだろうか。
「私の能力じゃ役立たないかもしれないけれど。でも本気で守りたいなら連れていくべきだわ」
彼女の能力は【無効化】だ。
比較的多い能力だけれど、私の能力に比べれば、ずっと使い勝手もいいし、現役看護師なのだから役立たないなんて事もないだろう。
だから普通に、巻き込みたくなかったというのが近藤さんの本音に違いない。
「……なら、手伝ってくれませんか?」
「えっ?」
「いえ。手伝うというか……知恵を貸していただきたいというかなんですけど。この騒動が終われば、近藤さんも家に帰れると思うんです」
既に巻き込まれてしまってはいるけれど、巻き込みたくないと近藤さんが思っていた人を近藤さんをだしに更に巻き込もうとしている私も、湧に負けず劣らず性格が悪いと思う。でも私はそうするしかない。
「その代り上手くいった時には、この国の階級制度は消えてしまいます」
階級制度で不満があるのはDクラスだけで、他のクラスは多分現状で落ち着いている。それを消すという事は、いい事ばかりとも限らない。能力や階級がアイデンティティの人もいる。それが消えてしまった時、その人がどうなるのかも分からない。
階級制度の存続を望む人もいるだろう。
「どういう事?」
「実は――」
喋りかけた所で、扉がノックされた。
この部屋には面会謝絶の札がかかっていたので、看護師だろう。私は一度話を止めると、壁際に寄った。奥さんも私が【無関心】の能力を使ってここに居る事は分かっているので、こくりと私に頷く。
「どうぞ」
「休んでいる所ごめんなさい。実は組織の人が今回の病気を調べに来られたんですけれど、体調はどうですか?」
もう、組織の人が来たのか。
驚く私の隣で奥さんの病室に訪れた、若い看護師はそう伝えた。