脇役の恋(3)
「つまり貴方達のボスは、これだけ周りを振り回した上で、最終的に罪を一人で被ってすべてをまくる収めようとしているという事でいいかしら?」
夢美ちゃんの話を聞いていた明日香が最終的にそうまとめた。
彼女の話が正しければ、影路の双子の兄でもある怪盗は、自分が再び箱庭で飼われるという選択をする事で、全てを丸く収めようとしているらしい。そして、政府に顔がバレていない人とは縁を切って
最初から関わりもなかったと振る舞っているそうだ。
「アイツがそんな殊勝な事するわけないじゃん」
「エディッ!!」
「だってアイツが捕まって、法的にはみんな無罪放免になったとしてもさ、この国でDクラスが生きにくいって事には変わりないしー。どんなけこれから政府が取り繕ったって、この国の人はDクラスを嫌う事はやめないよ」
夢美ちゃんと目を合わせないように、窓の外を見ながらエディは鬼な事を言う。実際俺も、アイツ一人が捕まったとして、この騒ぎが収まるか疑問ではあったのだけど、自分の為にしてくれていると思っている女の子に直球で言わなくてもいいのにとも思ってしまう。
「それでも。僕達の為に動いてくれたのは、お兄ちゃんだけなんだよ?!」
「馬鹿じゃないの。アイツの動機がそこにあるわけないじゃん。もしも本当にそうしたいなら、エディさんなら、絶対こんな全員を巻き込んだ馬鹿騒ぎなんてしないしー。アイツはあえて派手に動いたんだよ」
「あのね、エディがお兄ちゃんの事を嫌っているのは知っているけど、いい加減にしないと――」
「はい、ストップ。私が運転をミスして事故りたくなかったら、車の中であまり喚かないで。それで、エディは彼の目的が別の場所にあると思ってるの?」
バックミラー越しにエディ達をチラ見しならが、明日香が喧嘩をストップさせる。一応明日香は安全運転をしているが……そう言えば、あまり明日香が車を運転している姿を見た事がない。大丈夫だよな?
「佐久間に聞いて」
「えっ? 俺?」
「何の為に、僕がミッションを出したと思っているわけ?」
ミッションって……あっ。
影路に会うまでの間、無駄に色々調べ回された時の事か。あの時は、影路の事を色々調べさせられて――。
「エディ。佐久間に何かを聞く方が馬鹿ってものよ」
「あっ、そっか。てへぺろ」
「お前ら、人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ。あれだろ、あれ。えっと、予言」
「予言? 何よ、それ」
すぐに答えられなかったからって、勝手に馬鹿扱いするんじゃないと思いつつ、俺はあの時調べ事を思い出す。
「影路とその双子の兄に読まれた予言が今回起こったんだろ? えっと、一方の子供がこの世界を壊すとかっていう物騒な予言」
「それで?」
「いや、それでって……それだけだけど。実際に、階級制度が壊れたんだから似たようなものだろ?」
「予言だから今回の騒ぎが偶然起こったって言いたいわけ? それ、全然僕の言いたい事じゃないんだけどー」
どーと言われても。
確かに今回の事件はあえて起こした事であって、予言に導かれて偶然起きた事ではない。目的自体が、予言そのものの成就のようなものだ。でも、成就して――何かいい事はあるのか? 自分自身は再び飼われる事を選ぶなら、アイツにとって階級制度がなくなるという事はそれほど重要な事ではない気がする。
「……結局のところ、予言は起こったんじゃなくて、起こしたんだよ。アイツの目的はそこ。階級制度を無くすことは手段で、目的は予言の成就なんだよ。だからアイツは夢美達の目的を上手く利用する事にしただけ」
小さくため息をつきながら、エディが説明を加えた。相変わらず窓の外を見たままだが、黙秘は止めたらしい。
「例え利用だとしても、お兄ちゃんは僕らの為に――」
「そもそも、僕らの為という部分が不正解。アイツが予言を起こした理由はそこではないし、捕まりに行った部分も同じだよ。アイツはただのシスコンで、影路ちゃんの為だけに動いているんだよ」
「は? シスコン?」
唐突に出てきた単語は……まあ、エディの口から出るならさほど違和感はないのだけれど、シリアスな説明には不向きな単語な気がした。
「しかも重度シスコン。一緒に住んでいたら、18禁バッドエンドだったね。影路ちゃんも別々に住んでて良かったよ」
「普通に妹思いの優しいお兄ちゃんってだけだもん。お兄ちゃんはそんな事しないよ」
「絶対するね。例えしなくても、小姑の様に、影路ちゃんの恋中を邪魔する兄として君臨していただろうし」
……あ、シスコン部分は夢美ちゃんも否定しないんだ。
「予言が成就しないまま先にアイツが死んだら、影路ちゃんが今度は檻に入れられるだろうし。判定がDクラスだから無害だと思われていたけれど、でも予言は絶対起こるって言われているからね。そしてDクラスな影路ちゃんは色々立場も悪いし、下手したらこの国に消されるかもと考えたんじゃないかな?」
「消されるって何よ」
「殺しちゃえって事。利用価値がないなら、その方が早いしー。まあそれを見越して、僕らの上司様である春日井部長も、殺される以外の選択肢を作る為に影路ちゃんの階級の見直しをさせようとしてたんだろうけど。Bクラス程度にして組織に飼われていれば、すぐに消しちゃえの方向にはいかないだろうし」
クラス階級の見直しを勧めていた記憶はあったけれど、そういう理由があったのか。
「って、それで行くと、怪盗は死ぬのか?」
「今すぐじゃないだろうけど、それほど長生きはしないと思うよー。箱庭で成人している人の割合は極端に少ない傾向にあるからね。あれでも長生きな方じゃない? 僕的には影路ちゃんの事がなければ、さっさとクタバレって思うしー」
「エディッ!!」
「僕の名前を呼んでも、アイツの寿命は変わらないよ」
つまり自分の寿命を悟って、影路が生き残れるように色んな事をしてきたというわけかよ。
俺は何だか敗北感を感じてため息をついた。
怪盗にいい思い出はないし、どちらかというと嫌いだけど、でも全てが影路の為だったと聞くと憎めない。
「そしてアイツは、今度こそ影路ちゃんに手を出させない事を条件に入れて、もう一度政府と取引するだろうね。おまけで、今回関わった人も無罪になるようにするぐらいはしそうだけどー」
「……いい奴なんだな」
シスコンなんていうと色々表現が悪いけれど、妹思いの良い兄貴という事なのだ。
妹を助ける為に犠牲になるだなんて、じんわりと熱いものが胸にこみ上げる。
「馬鹿じゃないの?」
「へ?」
感動している俺に対して、エディは水をかけるように冷たい言葉をぶつけた。
「アイツは自分勝手なんだよ。超がつくほどの自分勝手。そんな自分勝手なシスコンが、影路ちゃんを簡単に手放せると思う?」
「は?」
いや、だって。手放すも、何も、自分が箱庭で過ごす代わりに、影路を自由にしたんじゃないか? いや、条件に出すので手を出させないって事だけだっけ?
「共同生活して、やっぱり妹は二次元がいいって言いだぜばいいけど、影路ちゃんはいい子だからね。数週間一緒に暮らしただけだとたぶん普通にもっと一緒にいたいって欲が出るよ。元々怪盗なんて、他人から欲しいものを盗む人の事を指すんだし」
「えっと、つまり?」
今の話は兄妹の良い話じゃなかったのか?
「つまり、影路ちゃんにはこう言うだろうね。みんなを無罪にする為に政府と取引したけれど、その代り僕と綾は一緒に監視されないといけなくなったんだ。僕の寿命が尽きるまで一緒にいてくれないか? 必ず僕が綾を自由にしてあげるから――ってね。影路ちゃんは人がいいから、自分の為に自分の兄が動いてくれて、再び捕まってしまったって後ろめたさもあって絶対断れないだろうし」
「何それ」
「どうせ、アイツの事だから影路ちゃんが同情するように情報を小出ししてるだろうし。あえて今回事件を起こして、影路ちゃんを組織にあずからせるのも、影路ちゃんが無茶をしないようにする為の保険と、居場所がすぐに分かるようにする為って所かな」
何それ怖い。
「えっと。それは、あくまでエディの推理なのよね?」
「まあね。信じるか信じないかは自由さ」
あくまで……あくまで今の話はエディの推理にすぎないけれど……何だか怪盗への同情より、得体のしれない怖さの方が俺の中で上がった気がした。
「でも僕はアイツはヤンデレ系の異常者だと思うけどー」
「お兄ちゃんは、ずっと会えない妹の事を大切に思ってきただけでしょ?! 勝手な推理で酷い事言わないでよ!」
果たして夢美ちゃんが正しいのか、エディが正しいのか分からないが、明日香が運転する車は、病院の駐車場へ着いた。