脇役の恋(2)
とりあえずは、発症はしていない。
ただし病気には潜伏期間が存在する為、隔離病棟から出る事は出来ない。
それが今の私の現状だ。
「……はぁ」
そして体調面では特にダメージはなかったが、完璧に湧の思惑通りに動かされてしまった自分の間抜けさに精神面でのダメージが大きくため息しか出てこない。
現在、大和では発症事例の少ない感染症に感染した可能性が高い為隔離病棟に入院させられているが、湧のあの言い方ならば、たぶんこのまま発症はしないだろう。湧は私の為にこの国で再び飼い殺される選択をした。そして私を元の場所に戻す為にあえて能力使って私を引き離した。多分特殊な感染症を選択したのは、早急に組織を動かす為。インフルエンザや胃腸風邪のようなありふれた病気が発症したとしても、きっとすぐに組織へその事件が回される事がなくなってしまうから。
そして組織と合流すれば、私は組織の人に足止めをされる事になるだろう。
湧はたぶん私が独自で動いて、彼がやろうとしている事を邪魔するだろうと踏んだのだろう。ある意味Dクラスでしかない私の能力を高く買ってくれている。でも、だからこそ腹が立つ。
もしも湧を手伝ってこの国を変えるという選択を私がしていれば、湧は別のプランを選んだのかもしれない。その為にわざわざ私を自分の手元に一度は連れてきたのだとは思うから。
でも私が手伝わないという選択をする可能性が高い事も見抜いていた。湧は私の一番古い友人でもあるのだから私の性格など知っていて当然だ。だからこそ選ばなかった時に、どうやって自分が始めた事を終わらせるかも考えていたのだろう。
「こんなの望んでない」
私はこんな結末は望んでいない。私と湧の呪いのような予言が消えれば、私は湧が死んだ後でも殺される事はないだろう。でも、だからって、湧の人生を犠牲にして助かろうなんて考えてはいない。そもそも、身勝手過ぎる。それをされた時、私がどう思うかぐらい分かるだろう。
それとも、一生僕の事を忘れずに背負ってねというメッセージだとでもいうのだろうか。だとしたら湧はやっぱりとことん性格が悪い。
あまりの酷い方法にあの時は泣いてしまったが、今は腹が立って仕方がなかった。身勝手すぎる。
「男のくせに悲劇のヒロインなんて似合わない」
そもそも、男のくせに悲劇のヒロインのような状況を選ぶってどうなのだろう。腹いせに女装姿の湧を思い浮かべたけれど、微妙に似合うような気がして、首を振った。とにかく湧に関する報復はまた後で考えるべきであって、今は湧が用意したこの状況から何とか抜け出すべきだ。
それに私は、予言は成就なんてしていないと思っている。
成就したかのように思わせる事は出来たかもしれないけれど、あの方法は違う。能力を基準にしたこの世界は壊れていない。
そして、たぶんそれを壊せるのは、湧ではなく私だ。
病院について血液検査をされてからずっと暇だった為、湧にどうやってぎゃふんと言わせるかを考えていたが、ようやくその答えに行きついた。
私は予言を出した人ではない為、本当にその方法が正しいのかは分からない。でももしもそれが正しくない方法だったとしても、成就はさせられる。
ただしそのためには色々な条件をそろえた上で、他者にも助けて貰わなければならない。私の予想が正しければ、私の能力は成就の要にはなる。けれどあくまで私の能力はDクラスであるという事は変わりないのだ。これまでの経験で、色々使える幅は広がっているけれど、使い勝手が悪い事に変わりはない。
「でも誰に助けを求めよう」
ふと頭をよぎるのは、佐久間の顔。私の憧れる、とてもまっすぐなAクラスの青年。
でも私の事に対して佐久間を巻き込んでいいのか。あの時、佐久間ではなく湧に私はついていったのだから、佐久間にとっては裏切り者だろう。
もしかしたら……いや、佐久間だからこそ裏切ったとか考えずに私を受け入れてくれるかもしれない。でも佐久間は組織の人間で、どう考えても迷惑をかけてしまう。
それに佐久間にだけ助けてもらった所で成就はできないのだ。果たして、今あるクラス階級制度が本当の意味で消える事に対して納得してくれる人がどれぐらい居るのだろう。この国には、この制度がある事に対して不都合だと思っていなかった人の方が大多数なのだ。限られた時間の中でどうやって説得をすればいいのか。
そもそも私が助けを求められる人間と言うのが少ない。佐久間以外だと、姉か、父と母か、もしくは明日香か……。エディはエディの目的から外れていなければ手伝ってはくれそうだけれど――家族か、組織に関わりがありそうな人しかいない事実が辛い。
カリカリカリ。
扉からノック音ではなく、引っ掻く音が聞こえて、私は腰かけていたベッドから立ち上がるとドアを開けた。隔離病棟に行く事になると聞いていたので、監獄のような部屋から一歩も出してもらえないかもと覚悟をしていたが、意外にもトイレ、風呂、テレビ付きの個室が用意されており、個室と廊下への出入りは自由だ。食堂の隣には、簡易の売店もあり、頼めば欲しい雑誌なども取り寄せてもらえるらしい。
行動範囲は狭いには狭いが、意外に自由である。
でも自由だけれど、自由に外との出入りが出来るわけではないわけで。
「どうやって来たの?」
「みゃ!」
目の前にいるパンダは、果たしてどうやってここまでやって来たのか。
状況的に、たぶん無関心の能力をこの子が持っているというのが正しそうだけど。そうでなければ、流石に捕獲されそうだ。そもそも、パンダは私が湧の所に居た時も、ちゃっかり会いに来ていた。一体どうやって生活しているのか、そもそも組織で探されていないのか謎なのだけれど、無関心の能力が常に働いているならば、探される事もないだろうし、どこへでも自由に入る事もできるだろう。
一度、血を付けて能力を貸したのが続いているのか、それともキスをした事が影響しているのか。色々実験をしてみないと分からない部分が多い。そもそもこのパンダの能力が、実は炎ではなくもっと特殊なものだという可能性もあるのだからここで考えたところで無駄だろう。
「逢いに来てくれてありがとう」
私はパンダを中へ招き入れると、頭を撫ぜる。
彼女が明日香の体を借りて、『大好き』と言ってくれた言葉に偽りはないと思う。何となくだけど、動物は嘘をつかないイメージがある。
謎は多いけれど、悪意はない。
「みゃん」
「ただ、来てくれた所悪いけれど、そろそろ移動しようと思うのだけど、来る?」
「みゃ?」
私は湧の指示通り、あの場に残ったのだから、たぶんあの時倒れていた女性――近藤さんの奥さんも無事だとは思う。あえて私が知っている相手を選んでくるあたり、湧は本気で性格が悪い。
近藤さんは集中治療室に運ばれているはずなので、この階のナースステイションの隣の部屋だ。病気がすぐに治るとは考えにくいが、もしかしたら意識は戻っているかもしれない。
近藤さんの奥さんが偶然あの場に居て、能力を使ったとは考えにくいので、湧が彼女を呼びだした可能性が高い。だとしたら、何かかしら湧の伝言を持っている可能性がある。
たとえ持っていなかったとしても、色々相談に乗ってくれるはずだ。
私が部屋を出ると、当然のようにパンダも付いてきてくれた。ここの出入りは禁じられているわけではないけれど、少しだけ後ろめたさがあり不安だったが、誰かが一緒だというのは、結構心強い。
「できるだけ近くにいてね」
無関心の能力の範囲を意識的に広げパンダまで入れるようにする。
元々ここまで忍び込んでこられるぐらいなのだから私がパンダに対してまで能力を使う必要性はないかもしれないけれど、念の為だ。それに今までと違う使い方をして、【私】という範囲を変えていくのはいい練習となる。湧が近くにいたときはイメージトレーニングしかできなかったので、実践できるというのはありがたい。
「絶対、ぎゃふんと言わせてやる」
一人で全部背負ってすべて終わらせようとしている、私の大切な兄弟を止めるために、私は決意を新たにした。