表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/121

脇役の恋(1)

「お兄ちゃんと出会ったのは、僕がまだ小学生の頃だったんだ。エディは知ってるよね?」

影路が居ると連絡を受けた国立感染症病院へタクシーを使って向かう途中、夢美ちゃんは今回の病気と関係があるらしい人物の話をしてきた。

「えっと。ちょっと待ってな。その、お兄ちゃんが感染症と関係があるって事でいいんだな?」

 俺らが組織の人間だからか、何でも知っているかのように夢美ちゃんが話し始めた為、俺は慌てて確認する。まだ俺らも、影路が感染力の高い病気に罹った女性の近くに居たとだけしか知らない。一応その病気は珍しく、今までに大和では確認されていない病気らしい事と、その女性に渡航歴がない事から何らかの能力が関わっているのではないかという事は明日香が電話の後に教えてくれたけれど、そこまでだ。

 組織だって万能ではないから、こうやって俺らが地道に色々調べていたりするわけだし。


 しかし俺の質問に対して、夢美ちゃんは大きく目を見開いた。何で知らないの? という顔をした後エディを見る。エディは確かに俺より頭がいい奴だけれど、別に今回俺が犯人などを知らないのは、頭が悪いからではない。若干へこむのでエディと比べないで欲しい。一応、エディの方が年下なのだから。

「エディ、話してないの?」

「何の事?」

 エディは窓の外を見ながら、恍ける。

 ……でもその様子に、既にエディは何かを知っているのだと確信した。こいつ、また隠し事か。そう思うが、エディのこの性格は今に始まった事ではない。

 

「意外にエディは頑固だから、喋りたくない事は喋らないわよ。知っているとは思うけれど」

「喋りたくない事……一応、僕の事をまだ兄弟だと思ってくれているんだ」

「ノーコメント」

 夢美ちゃんはそう言うととても難しそうな顔をした。喜んでいいのか困っていいのかというような微妙な表情である。

 しかしエディは知らん顔を貫き通している。それなりに反応はしているので、聞いていないわけではないだろう。

「なら初めから話すけれど、僕は怪盗Dであり、怪盗Dの一番の協力者でもあるんだ。そして、たぶん今回影路さんの近くで倒れた女性に【疾病】の能力を使ったのは、僕がお兄ちゃんと呼んでいる人物で、もう1人の怪盗D」

「は?」

 怪盗D?

 この子が?

 俺はマジマジと夢美ちゃんを見た。怪盗Dとは何度か会った事があるけれど、顔をや体格を隠していたし、喋りもしなかったので、性別すら分からなかった。

 いや、そもそも2人怪盗Dが居るってどう言う事だ?

 

「夢美っ!」

 エディが鋭く彼女の名前を呼ぶと、青い目でギロリと睨みつけた。喋るなと言うかのように。

「あのさ。僕の事を思ってエディが何も言わないでくれた事は、正直に言えば嬉しいよ。エディが僕にした事を怒っていないわけではないけれど、同じように僕は今でもエディを家から追い出してしまった事を後悔してるから」

 夢美ちゃんは、凄く困った顔をした。最初に出会った時は、エディに殴りかかるぐらい怒っていたはずだけれど、今は落ち着いて話していた。

「あの時、エディがDクラスじゃなくなって、養子の話が出た時、僕はまだ子供過ぎて裏切られたと思って――」

「実際僕は裏切ったんだよ。僕一人だけアメリカに行って、この国から逃げたんだ。それでいいだろ?」

「エディは、僕の施設が継続できるように行くしかなかったんじゃない。……少し話はそれてしまうけれど、僕とエディは同じ孤児院で育った仲間なんだ」

 内輪話をされて、話についていけていない俺達に気が付いた夢美ちゃんは、俺の方を見るとエディとの関係を説明してくれた。

「エディは【電脳空間把握】の能力で、元々はDクラスに分類されていた能力だったんだ。でも途中で能力の見直しが行われてBクラスになった」

 そういえば、パソコンが普及してきた頃に能力改定が起こったと聞いた覚えがある。インタネットが生活の中心となっていったにも関わらず、そっち関係の能力者達が野放しになっていた為にサイバー犯罪系が増えた。そしてその頃の組織では、彼らを捕まえる事ができなかったと授業でも習った記憶がある。結局のところパソコンのウイルスをいとも簡単に作れる奴を捕まえられるのも同じ能力者のみで、Dクラスでは協力が得にくかったので、強制的に全員Bクラスに昇格させたという背景があったはずだ。

「それが理由か、偶々タイミングが同じだったのか分からないけれど、ある外国人の富豪がエディを引き取りたいって言って、エディは皆から裏切り者と言われながら施設を出て行ったんだ。その後で僕は孤児院にその人が多額の寄付をしてくれて、そのおかげで存続できたんだって知ったんだけどね」


 なるほど。

 そこで一度エディと彼女の間に溝ができてしまったという事だろう。でも、最初の夢美ちゃんの様子だと、一方的にエディに怒っていた気がする。

 この話を聞く限り、夢美ちゃんはエディに対して罪悪感みたいなものを感じている気がするんだけど。

「あの人が寄付をしたのは気まぐれだよ。それに僕は逃げ出したかったから付いて行っただけだし」

「逃げ出したくなったのは、僕の所為でしょ?」

「……あのさ。とりあえず、【僕】っていうの止めてくれない? アイツと話しているみたいで気分が悪いからさー」

 そういえば、女の子にしては変な一人称だよな。

 子供の頃は俺の周りにも、自分の事を僕という女の子は居たけれど、高校生ぐらいになれば、そういう子はほとんどいなかった。夢美ちゃんは多分エディと同じぐらいの年ではないだろうか?


「アイツって誰なの?」

「……糞怪盗」

 エディは明日香の質問にすごく嫌そうに答えた。まるで口にするのもはばかられるぐらい嫌いだと言っているかのように感じる。

「夢美ちゃんと怪盗が似てるのか?」

 もう1人の怪盗が夢美ちゃんと同じ女性なら――あれ? ちょっと待て。影路は怪盗Dに付いて行ったんだよな? 何か俺は勘違いしてるのか? 怪盗Dは一体何人いるんだ?

 なんかこんがらがってきて俺は頭から煙が出そうな気分になる。

「佐久間ってば本当に馬鹿だよねー」

「おいっ」

 心の底から言われた気がして、俺はエディを睨む。話についていけてないのは多分俺だけじゃなくて明日香もだから、別に俺が馬鹿というわけじゃないと思う。

「アイツとは佐久間も会っただろ? 影路ちゃんのお兄さんが、怪盗D。夢美はアイツの口調を真似してるんだよ。体を貸した時に周りに変に思われないように。だから夢美も体だけで見れば怪盗Dで合っては居るけれど、極悪の本体はアイツなわけ」

「体を貸す?」

「夢見の能力は【夢渡り】。他者の夢と繋がって、精神を行き来できるんだ。そして、自分の体の方へ他者の精神を引っ張りこむ事もできる。それが体を貸すという状態。僕が知っている頃は、同時に夢へ呼べるのは2人ぐらいが限度だったけれど」

 夢美ちゃんの能力は俺は聞いた事がなかった。

 たぶんDクラスだから同じ様な能力者がほとんどいないのだろう。


「今は両手の人数は呼べないけど、片手ぐらいならなんとか。でも呼べば呼ぶほど出来ない事もあるかな。1人だけなら丸っと体を貸せるけど、増えれば増えたぶんだけ色んな体の機能が使えなくなるみたい。前に屋根の上で佐久間さんと追いかけっこをした時は、声と味覚と視覚がなかったって聞いてるから。あの時は、逃げれば絶対捕まらない【逃走者】の能力の人と【予知】の人と登録者の声を経由出来る【チャット】の能力の人とお兄ちゃんが中に居たんだ」

 予知だけは聞いた事があるが、残り2つは聞き覚えがないので、やはり夢美と同じDクラスなのだろう。

 にしても、【逃走者】の能力と【予知】の能力の合わせ技ってなんだかすごくズルイ気がする。屋根の上を走った俺は見事に老朽化したショッピングモールの屋根を踏み抜いて落っこちたのだから。

 まあアレがなければ影路と出会わなかったから、ある意味良かった気もするけれど……。

「それって、綾と佐久間が出会った事件の話よね?」

「えっ? 違ったのか?」

 その時の事を話されているんだと思って聞いていたけれど、明日香の言葉に違ったのかと驚く。

 いや、それだって言われたわけじゃないけど、怪盗屋根の上の追いかけっこと言うと、それが一番印象深いのだ。

「ううん。佐久間さんが思っている通り、影路さんと佐久間さんが出会った事件の時の事」

「その時、貴方の中に【お兄ちゃん】は居たのよね」

「うん」

「そして【予知】が出来る人も仲間に居るし、そもそも箱庭組の方には【予言】まで出来る人がいるのよね」

 明日香の質問の意図が上手く分からず俺は大人しく話を聞くが、確かに何かが引っかかる気がする。何だろう。


「つまり、お兄ちゃんは綾があのショッピングモールに居て、佐久間が追いかけてこれば、2人が出会う事を知っていた可能性があるのよね?」

 知っていた?

 その言葉で、不意に引っかかりが何かが分かった。

 ……あの場所に、影路と俺と怪盗Dが居て、それからずっと腐れ縁と言うか因縁と言うか、俺らは微妙に関わり合って、今回の革命の中心に俺らは居る。

 影路と俺が出会ってからの1年間が、まるで誰かを中心にした物語であるかのように、今回の革命へ繋がる偶然が凄い勢いで重なりあっている。

 それすら偶然なのかもしれないけれど、でもなんだか怖くなるぐらい、色々出来過ぎている気がするのだ。

「うん。……多分、あの時からすでにお兄ちゃんの計画は動いていて、僕らはお兄ちゃんの物語の登場人物として配置されたんだと思う。ううん。もしかしたら、もっと前からかも。でもあそこが、始まりで、お兄ちゃんは影路さんを守って、最小限の犠牲……自分を犠牲にして物語を終わろうとしてるんだと思う。でも、そんなの僕は嫌なのっ!!」

 涙を目に浮かべながら、夢美ちゃんは耐えきれないとばかりに叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ