プロローグ
朝日が学園の木々にしたたる朝露を照らし、裏庭全体が輝いている。しっとりとした空気が辺り一面に立ちこめる中、裏庭には私と、学園の王子、というか私的には皇帝がいた。
普段はやわらかいまなざしをしている蒼井様が鋭いまなざしを私にむける。まるで汚いものを見るかのように眉にしわを寄せ嫌悪を隠さない。あまりに強くまっすぐな負の感情をむけられたのは生まれて初めてで私はたじろいでしまう。しかも、そのような顔を向けられる理由もわからないのだ。
「ねえ、いい加減にしてくれる。」
普段の穏やかなほほえみと優しい声しか知らない私は、今聞いた地を這うような低い声が蒼井様の声だとは思えなかった。
「前々からうるさいとは思っていたけれど、害はないとおもってほうっておいた。けどね、限界。二階堂さんはもっと賢い人、いや、何が自分のためになるかだけは計算できる人だと思っていたよ。それも思い違いだったみたいだけどね。」
そう言って目をほそめた。
「もし今後ちかづいたら、生活できないようにしてあげる。」
一歩、また一歩と私に近づき目の前でとまる。逃げたい。そうおもったけれど体が全く動かなかった。あつい訳ではないのに汗が背筋を流れる。彼の手が私の首筋に軽く触った。
「よろしくね。」
そういうと彼は薄く笑い去っていった。
意味が分からない。私の何が蒼井様を怒らせたのか。
蒼井様が去った後、震える足が体重を支えきれなくなり裏庭の芝生の上にすわってしまった。湿った感触が気持ち悪いがしょうがない。もうしばらくここにいるしかないだろう。
そもそも私は蒼井様と接点なんてほとんどないに等しい。遠くから友人と穏やかに話している様子をときどき見かけるくらいである。にもかかわらず彼が私を知っているということは、つまり
「蒼井様ファンクラブの存在を知っているということでしょうね。」
そして私がそのトップだということを。私はそっと息を吐き出した。