嘘つきロートレック 後編
嘘つきロートレック 後編
「今晩・・・一晩泊めていただけませんか?」
私はこの村の村長の所に挨拶に来る。山間部を渡り、旅する吟遊詩人にとって夕暮れに見る村は命の灯火にも見える。言うまでもなく私はその明かりの元を訪れる。
「狼が来たぞー!」
その叫び声が突然村中に響き渡る。目の前の村長は焦りを覚えた顔でこちらを見つめる。
「お主・・・タイミングが悪い時に来たな。こちらへ。」
そう言うと村長は私の手を力強く握ると、近くの倉庫まで連れて行く。近くには子供達が怯えながら頭を竦ませ、周囲を見渡す。
「お主・・・戦闘経験はあるか?」
村長の震える手がその恐怖を物語る。
「一応・・・は・・・。」
吟遊詩人は頷いた。護身術程度は持っていなければ強盗などが跋扈するこの世の中では生きてはいけない。腰の短刀を抜く。背中のギターでは・・・物を殴りたくはない。殴ってもいいが、その後の調律に一日以上はかかる。だが・・・しばらく・・・耳を澄ますが・・・。子供の震える振動音が聞こえる。声は流石に漏らす事はない。大人達は子供の盾になるべく身を盾にしていた・・・。子供達の震えの音が聞こえたまま・・・。しばらくすると何かをする音が聞こえる。村長達は更に硬直するが、私はその音の違和感に気が付き、外に出る。そこには体をぼろぼろにした少年の姿があった。驚いて硬直している私の後ろに気配を感じ振り向くと、心配で見つめる村長達大人の姿があった。
「ロートレック・・・。狼は・・・。」
村長はおそるおそる聞いてみる。
「あれは・・・。」
ロートレックと呼ばれた少年は地面にどかっと座る。何か・・・力尽きかけたような感じでじっと・・・長い空白・・・じっと村長達を見つめていた。
「あれは・・・。嘘だ。」
「嘘・・・なのか?」
村長は少年のぼろぼろになった衣装を・・・そろそろ夜の闇が迫り・・・。
「ああ。」
「その怪我は?そのぼろぼろの格好は?」
「ん・・・ああ・・・これか・・・転んだ。」
しばらく・・・ロートレックは自分の体を見つめるが・・・。ぼろぼろな着物を気にした様子はなかった。
「遅いからな。怪我は・・・。」
「・・・ここに来るまでに・・・勢い付けてころんじまった。唾でも付けておけば治る。」
「・・・これからは嘘をつくではない。お前も寂しいのは分かるがな。」
「ァ・・・ああ、爺ちゃん・・・分かった。」
村人は気が付いていないのか。私は驚いた顔でその少年を見つめる。その傷はどう見ても獣の・・・いや狼の牙や爪の傷だ。しかもかなりの重傷だ。だがそんな様子を見せるわけではなく立ち上がると、よろよろと山手側の小屋に歩いていった。
「あの少年は?」
「ああ。あの子はロートレックと言ってな。孤児だよ。両親を狼に襲われてな。かわいそうに。」
「そうですか。」
「お主・・・狼がいるかも試練から一応は泊まって行きなさい。食事は・・・。」
「簡単な物でもあればお願いします。」
ここで食事を断るような私ではない。寒い山中を渡るという竈の飯は本当にそれだけでもごちそうだ。
「儂も独り身でな。あの子もこればいいが・・・。」
「一曲・・・。」
「いやいい。今日は聞く気分ではないですだ。さ・・・皆も家に帰りなさい。」
村長の言葉に全員が頷くと、解散していった。この村長の家には煉瓦作りの頑丈な貯蔵庫があり、避難所となっているようだ。そこから十数名がでて、各自の家に戻っていった。老人は手招きして中に入れる。慌てて逃げ出した為か、建物の中の暖炉の火がくすぶって、焦げ臭い匂いがした。老人がその暖炉の上にある鍋にスプーンをつっこみ、小麦粥を器に注ぐ。小麦を煮た物だが・・・腹はふくらむ。私の前にチーズの切れ端と小麦粥の器が並ぶ。山間部の農村では一般的な食事だ。
「急に来たもので・・・これぐらいしかありませんが、お食べください。」
目の前の老人も同じ食事である。私は口を付ける。ほどよい練り具合と柔らかさであり・・・暖かいだけでも相当旨い。
「ありがとうございます。」
そう言い、粥を黙々と腹にかき込みながらも・・・あの少年の事が頭から離れなかった。
「あの少年はいつもああなのですか?」
「いつもああ・・・と言いますと?」
老人は不思議そうにこちらを見つめる。
「いつもあんな感じで・・・怪我しているんですか?」
「ああ・・・まあな。ああ見えて結構いつも怪我が多いのでな。見慣れてしもうた。」
まるで何も気に掛けていないように老人は粥をすする。
「後であの子の家に行ってもいいでしょうか。」
「ん・・・。構わないが・・・。」
老人は外を見つめると、もうそこは夜で・・・真っ暗だ。各家には火の明かりが灯るが、真っ暗なのは変わらない。私は器を持つと、手に持ったスプーンで器の底にたまった粥の部分を口の中に押し込んだ。
「あの子の所に行ってもよろしいでしょうか・・・流石に心配でして。」
私はじっと老人を見つめると・・・老人は呆れた顔でこちらを見つめる。
「確かに・・・。あの子の家はこの村の一番上の家です。まあ・・・行ってあげて話の一つでもすれば気が休まりましょう。ただ夜遅くにはならないようにしてください。狼は夜行性ですからな。」
「あ・・・はい。」
確かに狼は夜に活動する時もあるが、飢えた狼ならば昼夜関係なく生き物を襲う。ただ・・・数が多かったり、相手が強ければすぐにでも退く冷徹な面を持つ獣である。村長の家をでると一番上の家を目指す。そこには明かりが小さい物の大きな家が一軒並ぶ、周囲に柵があり・・・どうも羊飼いみたいだ。側に寄り見てみると少ないが、羊たちがいて、羊毛もふかふかである。その近くの戸を軽く叩くしばらくすると戸がゆっくり開く。
「・・・。」
戸を半開きにしたそこには先程の少年がいた。頬の傷が生々しい。
「少し・・・いいかな?」
「あんた・・・村長の所にいた・・・。」
「旅の・・・吟遊詩人だ・・・。」
「・・・珍しいな。祭りはまだ先だぜ。」
少年は苦々しく口を開く。確かに吟遊詩人と言えば、お祭りとかに来て、祝い事に花を添えるのも仕事の一つではあるが・・・。その言葉に戸を閉じようとするのを足を無理矢理ねじ込んで戸をこじ開ける。
「な・・・なんだよ。」
「やっぱり。」
中腰になってロートレックの顔を見つめると、その傷の一部か牙でえぐられている。確かに・・・少年の動きは緩慢で・・・傷ついている。私はじっとその傷跡を見つめる。
「どうして嘘をついた?」
「・・・。よそ者のあんたにわかるかよ。」
私はじっとその顔を見る。その顔は意地を張っている男の子であって・・・嘘を楽しむ少年の顔ではない。
「狼なんか来なかったんだよ。・・・それでいいじゃないか。」
その言葉に後ろに隠そうとした腕を無理矢理眼前に引き出す。
「狼は来た・・・そうだろ?」
「・・・。」
「でなければこんな怪我はしない。」
「・・・転んだんだよ。」
私は顔を上げると周囲を見渡すと・・・手頃な椅子を見つけ・・・そこまで歩くとギターと一緒に持っている腰の袋を開く。
「こっちに来て・・・。」
袋の中に入っている擦り傷の薬を取り出す。旅で怪我したときのための予備ではあるが・・・これぐらいしか薬はないが・・・生傷には効果があるはずだ。座って少年を見つめる。
「それは?」
「薬だ。薬草をすってある。こっちに来なさい。例え転んだとしてもその怪我だ。痛いだろうし。」
「・・・わかった。」
ロートレック少年は・・・素直に私の側にある・・・自分の椅子に腰掛ける。私は薬を手の平で広げると塗りやすいように練り上げる。その様子をじっと少年は見つめていた。
「ほら・・・傷口出して・・・。」
「ああ・・・。」
そして少年は傷口のある所をそっと傷口にこすりつける。顔は痛みに歪むが・・・声は出ていない。
「いい子だね。」
「子供じゃない。」
それからしばらく・・・二人は黙っていた。少年は痛みに食いしばり、私は黙々と傷薬を塗り込んでいた。又・・・薬は買っておかないと・・・。
「・・・どうして・・・わかった?」
「・・・。」
その小さい声に傷口を向いていた私は顔を上げる。その瞬間、ロートレック少年は顔を背ける。
「昔・・・野宿していた時に襲われた時があってね。」
「そうか。」
「どうして・・・。」
私はその疑問をつい口に・・・無意識に出てしまう。
「この村はさ・・・幾度となく狼に襲われてきたんだ。もし・・・狼が群れdでこの村を狙っている事が分かれば・・・。又あの時みたいに・・・。」
「何があったの・・・。これでいいよ。」
わたしは傷薬をしまうと少年に向き帰る。
「昔・・・この村は一度飢えた狼に襲われたんだ。それ以来この村の人間は狼に恐れを持っている。だから・・・。」
「一人で追っ払った・・・。」
「だってそうしないと村のみんなは・・・。」
「・・・。」
つい・・・私は少年の顔を見つめる。それはもう・・・大人の男の顔に・・・私には見えた。
「だったとしても一人でやる必要はないさ・・・。大人に素直に言えば・・・。」
「それに・・・俺はあの狼たちが憎い。家族を食いちぎったあいつらが憎い。あいつらを見ると・・・俺は・・・抑えられない。」
その言葉に少年の顔を見つめる。もうそれは大人の顔である。いや・・・階段を踏み外した復讐に駆られた男の顔である。
「俺自身抑えられない・・・。あ・・・。まあ・・・。」
何かに気が付いて少年は詩人の顔を見る。
「いや・・・ある程度は村長から聞かせて・・・。」
「それはいいけど・・・この事は・・・。」
「わかったよ。」
私は大きく頷いた。その顔は大人に見えた少年の顔であるが・・・。言いしれぬ何かを感じていた。
私は村長から収穫祭の話を聞き、一年後にこの村を訪れる事を約束して・・・。それから一年たったある日、私はあの村を訪れた。約束通り、収穫祭の時に音楽を奏でる為に。
「本当に来ていただけるとは・・・。」
村長の老人の顔は明るい。今日は一年に一度のごちそうを皆に振る舞う日であり、皆は酒に溺れていた。
「いえいえ。あの時は助かりました。・・・そう言えばロートレックは・・・。」
「あの嘘つきか?」
一瞬・・・村長の顔が歪む。
「どうかしたんです?」
「あの子・・狼がこっちまでこないのに狼が来るとか言っていましてな。流石に私でもああいつも嘘をつかれては・・・。」
「結構困ってらっしゃるのですね。」
真実をしる私にとってそれは複雑な気分だった。本当に・・・本当にそう思っているのだろうか・・・。
「すいませんでした。一曲・・・明るいのでもいかがですか。」
私はギターを構えると高めの音を弾く。詩人になって以来、明るい詩の要望は多い為、幾つか知っている。その内の一曲を弾く為に近くに置かれた小さめの木の椅子を見つける。その上に乗ると、ギターを掻き鳴らす。
「今日はお祝いだそうなので、私も一曲行かせて貰います。」
おおー。歓声が響く中、私はギターを弾きつつ少年を捜す・・・。
「みんな今日は明るい祭りの日―。みんな唄って騒ごうー。」
私の歌声に会わせて、村人達が手拍子を叩く。その中にあの少年の姿はない。
「むしゃくしゃばりばり、むしゃくしゃばりばり、今日はどんだけ食っても怒られない。何て楽しいお祭りの日―。」
「お祭りの日―。」
村人の声も合唱になる中、一瞬の隙をついて、村にある見張り台の法を見る。そこに・・・人影がある。
「これだけ騒いでもー。俺たちゃ海賊じゃないけれどー。騒いでいいのさ!お祭りの日―。」
「お祭りの日―。」
少年に話を聞きたい衝動に駆られるものの、この様子では離れるわけにはいかない。
「もうイッチョおまけに乾杯だ!やれ食え!飲むぞ!今日は最高に楽しいお祭りの日―。」
「お祭りの日―。」
私は明るく声を上げながらも・・・心の中では少し焦っていた。
流石に訓練された喉を持つ私でも、流石に3時間ぶっ通しでギターを弾き続けるのに離れず・・・いや皆も酒に飲まれてか・・・ほとんどの人間が動かなくなってきていた。私は近くにある食べ物と葡萄酒を持つと、今いた席を立つ。その様子に気が付く者はいない。私は見張り台まで来ると、パンをポケットに入れ・・・酒を片手に梯子を登る。そこにはずっと村の入り口を見張るロートレックの姿があった。
「よう。」
「・・・吟遊詩人のおっさん・・・。」
「どうした?」
「今日も見張りさ。連中は祭りだろうと関係ない。」
見張り台の中を見ると・・・木の棒が一本・・・長いのが置いてある。かなり年季が入った棒だ。
「歌は・・・聞こえたか?」
「ああ。」
「・・・食べるか?」
「・・・。」
私が差し出したパンと葡萄酒を掴むと無言で口の中に押し込む。その様子に少し寂しさを覚える。村の方を見ると・・・
「・・・あれからずっと・・・あのままなのか?」
「・・・まあな。」
「いいのか・・・あれで?」
「あれでと言うと・・・?」
そう言いながらも、視線は村の外から外そうとはしなかった。
「村長とか・・・怒っていたぞ。本当の事を言えば・・・。」
「今更信じてもらえない。それにもう・・・慣れっこだ。」
その言葉にある程度・・・心は開いてもらってはいるようだが・・・。ロートレックが急に立ち上がると・・・。周囲を見渡し始める。
「奴らか?」
その言葉に私も見張り台から身を乗り出すが・・・。それらしい音も聞こえなければ・・・いや・・・かなり遠い所に黒い点が幾つか見える・・・。だがこれだけでは・・・。判断が付かない。ロートレックは近くに立て掛けてある年季の入った傷だらけの棍棒も持つとじっと点の方を見つめる。
「そうか?」
私の目では判別は付かない。
「ここ最近狼の動きがおかしい。狼も飢えているらしい。だから中々引き上げないんだ。この状態で・・・もし今襲われたら、村はひとたまりもない。」
少年の瞳が狩人にも見える。
「すまない・・・おっちゃん。」
「ん?」
「村の連中に避難するように伝えてくれ。俺は追っ払ってくる。数が多いかも知れん。」
「あ・・・ああ。」
そう言うと棍棒を持った手では死後をまるで転げ落ちるような早さで降りると、一人村の外へ掛けだしていった。私もその後を追うように梯子を下りると、村長の下へ走っていった。
「村長さん。狼が来るみたいだ。避難した方がいい。」
「ん・・・誰がそう言った?」
「ロートレックだ。一応。」
「奴の言う事何で信用しなくて・・・いい。今日は祭りだからな・・・。第一・・・狼なんて来るはずはない。」
「狼が来ているのかもしれないのだぞ!」
「だから来た事がないのだから・・・避難する必要はない。」
この言葉に私は呆れてしまった。確かにそうかもしれないが・・・念のために行動するのが、村長の役目ではないのか・・・。周囲を見ると酔いつぶれた者も多く・・・動ける状態じゃあない。これは・・・身の危険が・・・体全体を伝う・・・死の予感・・・。周囲を見渡すと麦を刈り取る刈り取り鎌と・・・タライが使えそうだ。その二つを抱えてる。
「村長・・・。借りていくぞ。」
「あ・・・ああ。」
私は一目散に走っていった。実際、狼の恐怖を知るものにとってこの状況は・・・一番まずい。私は全速力であの時見た黒い点に向かって走っていく。走っていくと・・・村はずれの小高い丘が見える・・・そこを越えた先・・・。時々打撃音と低いうなり声が聞こえる。小高い丘を越えた瞬間私は足を止めて・・・驚嘆してしまう。そこには見渡す限りの狼たちの・・・もう群れというちっぽけな数ではない狼たちがいる・・・。そこに立ちはだかるロートレックではあるが顔色が悪い。数も多いがそれ以上に・・・。
「いつもなら・・・。」
そうつぶやきながら・・・ロートレックは時々棒を振り回しつつ、相手を窺う。確かに様子がおかしい・・・。私は狼たちをじっと・・・見つめる。目は赤く爛々とし・・・口から泡を吹いている・・・。普通の状態ではない!これは!
「逃げるぞ!」
声を小さくして、私は相手に気取られないようにロートレックに話すが、ロートレックはその場を動こうとしない。いや背を見せれば・・・飛びかかられて死にかねない。
「奴らは狂っているんだ。」
「狂う?」
確かに・・・今動けば狼たちが飛びかかりかねないが・・・。少しずつ距離を取ろうとするが・・・向こうも少しずつ距離を縮めようとしている。この状態にロートレックも少し・・・恐れが・・・焦りが・・・顔に出る。
「病気みたいな物だ。いつもならある程度すると逃げるんだが・・・あの状態になった狼は死ぬまで・・・逃げる事はなくなる。そして人だろうと何だろうと襲って・・・食いちぎる!」
その言葉にロートレックは改めて狼たちを見つめる。確かにアワをふいてる狼たちがいて・・・いつもの狼たちと様子は違う・・・今襲われれば村は・・・。
「でも・・・どうする・・・。」
「どうするもない。村人達は酒宴でのびて・・・動ける状態じゃない。しかもこんなのが村の中に一体でも入れば・・・。」
「分かっている。」
ロートレックの焦りの声もあるが・・・横の一体の狼がいきなり飛び出して・・・それを棒で横殴りに撃ち払うとその狼は勢い良く狼の群れの中に弾き飛ばされていった。確かに追っ払うのは手慣れているようだが・・・。
「多勢に無勢か・・・。」
向こうがひるむ様子もない。向こうも流石にロートレックの顔を覚えているのか・・・恐れているのか・・・中々手を出しては来ない。
「助けを呼んでくる・・・それまで行けるか?」
私は慎重に狼を睨みつつ、ロートレックの側による。
「おっちゃん。」
「行けるか?このままだとお互い助からない。」
「それしかないんだ。このままだと・・・俺も・・・村も・・・。」
「分かった。お前も・・・。」
「いや・・・俺はここで抑える。・・・おっちゃん。」
「・・・。」
「ありがとう。」
その言葉を聞いた瞬間・・・私の体に何か突き抜けるものを感じた。その時の感覚はこうして後々に・・・冷静になった今でも・・・忘れる事の出来ない何かだ。その言葉に押されるように私は両手に持った物を捨てて・・・全力で村まで走っていった。・・・それしかできなかった。後ろで獣の叫び声と・・・鈍い打撃音が・・・聞こえた気がする。
「村長!」
「何だ。」
急いで戻ってくると・・・相変わらず・・・村人達は酔いつぶれたりしていた。私は肩で息をし・・・軽く深呼吸して息を整える。
「村に・・・狂犬の群れが・・・。」
「そういえば・・・お主・・・ロートレックの方を・・・。」
村長はうろんな・・・いや・・・酔った目つきでこちらを見る。
「・・・。」
私は怒りやら何やらがこみ上げる。ロートレックは今でも
「お主も・・・ロートレックに言われていったかもしれんが子供の嘘につ・・・。」
「黙れ!」
私の怒号が・・・宴会していた場の全てに響き渡る。村長は驚いた顔でこちらを見つめる。
「何も見ていないくせに!何も知らないくせに!・・・来い!」
そう言うと、村長の腕を掴み・・・無理矢理引っ張る。
「ちょ・・・お前・・・」
力一杯引きずると・・・村長を無理矢理・・・途中からは一緒に走って現場に向かう。後ろを時々見ると村の人の内・・・数人の大人も付いてきている。
「放せ!歩ける!」
その言葉に村長の手を私は離し・・・全速力で走る。言いようのない不安が・・・私の心の中に宿る。腰の短刀・・・いや背中のギターを手に持ち帰る。狼相手ではリーチの差は絶対だ。・・・狼のうなり声が・・・。その音に村長の足が止まる。だが私は全力で走る。あの・・・小高い・・・山の向こうから一匹の狼が飛び出す。本来なら身構えるべきだが・・・両手に持ったギターで狼の顔面をぶん殴る。吹き飛ばされた狼を見て・・・後続の村人達に動揺が走る。私は・・・涙が出ていたのだと思う・・・しょっぱい味だけを覚えていた・・・全力で小高い丘を越えると・・・何かを囲む・・・狼の群れがあった。そこで私の中の何かが弾けた。
「おおおおおおお!」
実は書いている私自身・・・この時の事は覚えてはいない。ただ無我夢中で暴れ・・・最後に残ったのは・・・ロートレックと呼ばれた・・・人間の残骸だった。周りにいくつもの狼の死骸があったかもしれないが・・・覚えていない。それを村人達と見下ろしている所だった。
「狼・・・。」
「狼だ。」
口々に言葉を漏らす。
「今まで嘘をついていた報いだ。今まで狼が来るとか言っているか・・・。」
もう・・・この時の事を私は後悔していない。振り向き様に全力で村人の顔面をブチ殴っていた。
「お前らに何が分かる!」
その泣き声というか絶叫にも近い声で私は喋っていた。
「こいつは・・・お前らの為に一人で!一人で!狼に向かっていって!追っ払ってきた!村の人を愛しているから!心配掛けまいと嘘をつき!そして・・・お前ら大人は守られた!それを侮辱するのは・・・侮辱するのは!」
私はそこまで言って虚しさで喋る気力がなくなった。何を言っても無駄だという無力感が体を覆った。
「・・・・・・詩人殿・・・・・・すまない。」
村長の・・・消え入るような声が私に耳にも届いたが・・・それに返答するだけの気力は今の私には・・・残されていなかった。
私は夜が明けた夜に・・・飛び出るように村を出て・・・それからはこの村に寄ろうとも思わなかった。あの苦い思い出が頭の中をよぎるからだ。それからその村を見たのは数十年後の事だった。その時は村に寄らず・・・通り過ぎようとしたが・・・その村を遠巻きに見て・・・人の姿が見えなかった。・・・それがあの村との最後の思い出だった。そしてこれが私の持っている詩の中でも・・・辛い思い出で・・・余り・・・語る事ない詩“嘘つきロートレック”になったのだ。
元は・・・確か私の記憶が確かなら・・・グリム童話か何かに似た話があります。只・・・話の一箇所だけが違う形です。ですけども意味合いは違います。もし・・・その違いを感じていただければ・・・幸いだと思います。