序章
ある吟遊詩人の物語 序章
「父さん・・・行って来る。」
娘は私の頬にキスをする。いつもの挨拶だ。もう何年だろう。そしてこの家出この挨拶をするのは・・・何世代もの間、この行われた日課・・・。この家・・・アパート・・・このアパートに住んでもう・・・何世代になるのか。走って学校に向かう娘の姿を見ながらこの古ぼけたアパートを見つめる。自分の書斎へとあるくと、忙しそうな妻の様子を見ながら・・・気がぎしぎしとなる足音を聞きながらいつものように聞いていた。このような光景を我が家は何百年続けて来たのだろうか。何百年も一家が住み続けたこのアパートはある意味・・・我が家の誇りである。又この町で仕事がある私にとってこの町もまた・・・誇りではある。自分の書斎を明け、本が壁一面の本棚に詰まった書斎を見つめる。このアパートに住んでこの部屋が私にとって・・・誇らしいが・・・その本棚を見つめる。私も買っているが・・・父さんや爺さんほどではない・・・。部屋の真ん中にどっしりと置かれた昔ならではの机を見つめる・・・。
「あ・・・。」
よみかけの小説が・・・見当たらない。今日は休みでせっかくよみかけの小説が読みたかったのに・・・。こげ茶にすすけた机に引きだしを開けてみる。ここは・・・あれ?・・・ここか?・・・あれ?・・・ここか?あるとは思えないが・・・あれ?
「これは?」
まるで突然現れたように古ぼけた・・・いや・・・妙に立派な装丁の古そうな本を見つめる。かなりの手垢もある。誰かが熱心に読んだだろうが。気になって本を取り出してみる。この本・・・。表題が無い・・・。埃の多く積もった本で、手で払うと汚れが手に付くが・・・本を開けてみると手書きで書かれた・・・メモなのか?数多くの文章がある。古い字体ではあるが・・・。めくって一ページを見つめると・・・自分の苗字と同じなのが・・・。これは爺さんのか?いやこの名前は・・・もっと古いのか?もう一ページをめくり、その力強く書かれた最所の一ページ目を読んでみる。
「私はこの家に来るにさまざまな地域を渡り歩く物語の伝承者・・・吟遊詩人である。だがその役目の終りを感じ、この地に落ち着いた。そして今、ここで夕暮れを迎える。だがその中において、いや妻や子供たちに残せるものとしてここに、私が今まで方って来た物語やその背景について記すものとする。もしかしたらこの物語のいくつかは私が語ったり、他の吟遊詩人が語り、もう周知のものがあるかもしれないが、これらはずっと人気がある話であり、これらは財産になるであろう。これを子孫のために残し、家族への愛とする。愛するべき子供たちへ。」
その言葉を読み、その太い本をパラパラめくる。紙も厚く、ページ数も多い。父さんや爺さんはどう思っていたのだろうか・・・。本を閉じると、キッチンに私は向かって逝った。この本を読むべく飲み物を用意するためだ。・・・この本を読む自分こそが今必要とされると思って・・・。