引退屋
「一体…一体何がしたいんだ、あんたは!」
「貴方から謝罪をいただきたいだけです」
「もう…いいかげんにしてくれ…。ちゃんと謝っただろうが」
「被害者気取りですか?事を荒立てたのは貴方だ。他人を傷つけておいて、口先だけで謝ればすむと思っている、その性根が気に入りませんね」
「…どうしろっていうんだよ!何が欲しいんだ、言ってみろよ!」
「不幸になってください。これ以上はないってくらい、不幸になってください。どん底で苦しみぬいてください」
「なあ、何が欲しいんだよ、アイテムか?ギルか?どうせそれが目的なんだろう?」
「私はそんな卑しい人間ではありませんよ。自分が卑しいからといって、他の人間も同レベルだと思い込むのは浅はかですね。貴方のような見下げ果てた相手から、何か貰おうなんて思っていません。失礼にも程がありますよ?」
「失礼なのはオマエだろう!? 毎日毎日…いいかげんにしてくれ!」
会話を続けている、相手は目の前にいない。
オレはモルダダスの町のはずれで、木陰に立って『標的』にマンツーマンチャットを送っている。ゲームによっては、TELLとかウィスパーと呼ばれているものだ。お互いがゲームにログインしてさえいれば、いつでもどこにいても送ることができる代物。実に便利だ。
コイツ、そろそろ遮断してくるかな。もう一押しか。
「毎日毎日、実りの無い会話を続けていなければならないのは、貴方のせいですよ? 何度も同じ事を言わせないで下さい。他人を傷つけておいて、そ知らぬ顔で楽しくゲームしていられると思ってるんですか? その神経が信じられませんね」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ、だから!」
「不幸になってください、と、申し上げてます」
「具体的に言えよ、何をどうして欲しいか!」
「不幸になってください。毎日どん底気分を味わってください」
「………………オマエ、狂ってるよ」
「ああ、又そうやって人を傷つけましたね。貴方の存在そのものが他人を傷つけるんですよ。そんな事も理解できずに、よく今まで生きてきたものだ。貴方の周囲は、貴方を恨んでいる人で一杯ですね」
ダメ押しの一言で、遮断がきた。
今回は案外楽に行きそうだな。
「お疲れ様でした」
アシスタントの杏美ちゃんが、コーヒーを淹れてくれていた。
事務所(といっても賃貸アパートの一室だが)のソファにドサリと座り込んで、熱いそれをゆっくりと流し込む。淹れたての、口の中を少しだけ焼く感じがいい。
スタッフの一人、新井が一区切りついたらしくこちらへやってきた。キッチンへ向かい、サーバーから自分でコーヒーを注いで持ってくる。ソファーセットの、俺の斜め前に座ってコーヒーを啜る。
仕事場にしている奥のリビングでは、まだあと二人がパソコン画面に向かっていた。
「どう、新井ちゃんの方は」
「しぶといですね」
難航しているのか。まあ、我慢合戦のような仕事だからな。
「スケ入れるか?」
助っ人のことだ。一人で手を焼く相手には、複数でかかったほうが効率がいい事も多い。
「もうちょっと粘ってみますが、今夜いい感触出なかったらお願いします」
新井はこの道百戦錬磨のつわものだが、いつも上手くいくわけじゃないのが世の中の仕組みだ。仕方が無い。
「うわ、やべえ」
仕事場から、声が上がった。新人スタッフの村上だ。どうした。
「チーフ、これやべえかもしれねー。リアル死んでやるとか言い出したよ」
なんだ、そんなことか。
「杏美ちゃん、村上の依頼主に電話。村上はタゲをログアウトさせないように話を引っ張れ。路線はかえなくていい」
依頼主の連絡先は、常に実行パソコンの横にメモしてあるので、即電話。依頼主が電話口に出たところで俺が変わる。
「お世話になっております、アイエージェンシーの浮田です。ご依頼の件ですが、担当スタッフが奥様を第五段階寸前まで追い詰めたようです。打ち合わせどおりお願いいたします」
電話を切って村上の向かうパソコンの画面を覗き込む。会話ログはマンツーマンチャットのログで埋め尽くされている。
「依頼者と連絡がついた。ガンガン追い込め」
村上にそう指示を出し、しばらく一緒に成り行きを見る。うん、なかなか上手く追い詰めてる。これならそう長くはかからないだろう。
俺がこの商売を始めたのは半年前。
正直、人が使えるほどになるとは思ってなかった。
当初の業務内容は「ネトゲ復讐屋」で、『あなたの憎い相手、あなたに変わって復讐します』というのが売り言葉だった。適当にレンタルブログを借りて簡単なHPを作成し、複数の大型掲示板にサクラ投稿を繰り返す程度の宣伝活動を展開。ちょっとたちの悪いジョークのようなつもりでもあった。本当に商売が成り立つなんて思ってなかった。価格設定だって、1ターゲット10万なんて馬鹿みたいな設定だったし、正直ネタのつもりだった。
しかし、実際に依頼は来た。それも、目的が少々異なる依頼人から。
最初の依頼人は、三十代半ばの主婦だった。本人はネットゲームなぞ一切やっていない。ネトゲをやらない人が何故ネトゲ内のプレイヤーキャラに復讐を?と思ったが、話を聞いてみると、実に納得できる動機があった。
彼女のターゲットとするキャラクター、そのプレイヤーは実はネトゲに入れ込んでいる彼女の夫。平日休日問わず、家にいるときにはパソコンの前から動かない。父親にかまって欲しくて甘えていく子供ですら、疎んじ始めている様子。最近では仮病を使って会社を休んでまでやるようになってきた。このままでは先行きが不安なので、何とかネトゲを辞めさせたいが、言っても聞かない。なので、ネトゲ内で余程いやなことが起きれば考え直すのではないか、と。
そういったご依頼であれば、一度や二度の嫌がらせでは大した効果は期待できず、徹底的にやる必要があるでしょうから、お値段は少々嵩みますよとふっかけてみたら、かまわないと言う。
かくして、最初の依頼からして、「復讐屋」ではなく「引退させ屋」のようなニュアンスでスタートすることとなった。
以来、口コミのような形で続々と「ネトゲを辞めさせて欲しい」依頼者が増えていった。ターゲットは家族であることが多く、妻だったり夫だったり、息子だったり(不思議と娘が、という以来はこない)、交際中の彼氏だったりする。
成果のほうはというと、ノウハウの無かった最初のうちは、それなりに難航もした。だが、すぐにコツはつかめた。元々PKや各種のトラップには長けていたから、ターゲットを殺したりゲーム内通貨や装備品などを巻き上げる嫌がらせも難なく出来たが、しかし、そういったことでは引退にまで持ち込むのは難しい。
色々試してみた結果、最も効果の高いのが「粘着」だった。
まず、ある程度いい人を装い、ターゲットに近づき、一定レベルの「友人」になる。これにまず1〜2週間程度を費やす。その後、ころあいを見計らって何がしかの「トラブル」を起こす。これは、ターゲットの言動を誤解した形をとるのが一番すんなりいく。「オマエに傷つけられた」と言い張って不気味な粘着マンツーマンチャットやゲーム内メールを繰り返して送り、間に嫌がらせのPKなどを挟む。一旦は友人だった相手からの行為だというのは、見ず知らずの相手からの行為より数倍心に効く。ネトゲに入れ込んでいる人間は、現実とゲームの境が曖昧になってしまっているから、ゲーム内でキャラクターが遭遇した出来事がそのまま自分の体感になってしまう事も多い。始終付きまとわれて心身共にヘトヘトになっているとき、現実の家族からの優しい言葉や態度に救いを求めてそちらへ流れていく…。コレまでの依頼者は、例外なくこの方法で引退まで持っていけた。そして業績は上がる一方だ。
「投了しました〜」
そう言いながら、村上がキャラをログアウトさせた。
もう一度電話確認して、ターゲットがアカウントを削除した旨、依頼主から確認を取る。料金は前金で入金済みだから、依頼終了確認書類に捺印してもらえればこのケースは終わりだ。
「ご苦労さん。一休みしたら、次のケースにかかってくれ」
「了解っす。あ、飯行って来ていいスか?」
「なんだ、まだだったのか。いいよ、レンガ屋で好きなもの食ってくれ。領収書貰ってきてな」
村上が出て行くのを見送って、俺は自分のパソコンで新着の依頼をチェックする。
「おや、またこの人か」
うちへの依頼はこれで7回目になるお得意さんがいた。この人、今までの6回で五百万近く落としてくれている。別に、うちの仕事が不完全だったから再依頼してくるわけじゃあない。毎回きちんと完璧に依頼はこなしている。ただ、この依頼人のターゲット…引きこもりの息子だが、ひとつのネトゲを辞めてもすぐに別のネトゲに手を出してしまい、結局何度も依頼を重ねてしまっているのだ。こういう例は少なくない…どころか、一回で依頼が終了したケースの方が稀だ。
今やネトゲは星の数ほど種類があり、お得意様は固定化されてきつつある。ウチではターゲットごとにカルテを作って対処している程だ。個別のカルテを見れば、過去どのゲームでどんなキャラを作り、どんな遊び方をしていたか、そしてどんなやり方で追い詰めて引退させたかが一目でわかる。それを参考に、新しい依頼の方針を決めていく。
「なんで懲りないんでしょうかね〜」
杏美ちゃんが細い指をあごに当て、不思議そうに首をかしげる。
「そりゃだって、根本的に何も解決してないもの」
「そうなんですかぁ? でも、一度は嫌になって辞めてるのに、すぐ又別のネトゲに手を出すのって、わかんないなぁ」
杏美ちゃんは不思議そうだ。
だが俺は不思議でもなんでもないと思っている。
そもそもが、ネットにハマって抜け出せなくなるような人間は、現実の自分又は環境に問題を抱えている場合が大半なのだ。現実での問題を上手く処理できなくて、ストレスからネットに依存して現実逃避を計っている。
それをネットから引き離してみたところで、根本的な現実での問題は何も解決してないわけだからな。申し分なく上手くいってる夫婦だったら、家庭だったら、家族がネットに引きこもることなぞそもそも起きなかったはずだから。一回で依頼が途絶えたケースは、その後新聞で経過を知る事になった。ターゲットだった亭主が依頼主だった妻を刺し殺して実刑、ってオチだった。
彼らはネットの中でしかくつろげなくなってしまっているのだろう。現実では厳しい事ばかりで、現実の自分は理想とも周囲の期待とも違うばかりで、居場所がなくなっていくのだろう。現実では彼らの言葉に耳を傾けてくれる人はいないのだろう。
だが、俺は依頼があればそんな連中を精魂こめて叩き出す。
楽しく遊んでいたそのネトゲが、彼らにとって嫌な思い出としてしか残らないくらい、容赦なく。
悪評をばら撒き孤立させ、不気味なささやきを繰り返して追い詰め追い立てる。
逃げ回る彼らは、いつか気がつくことがあるのだろうか?
いつか誰かに、それを言う日がきたりするだろうか?
貴方を追い詰める悪魔は、実は貴方の隣で貴方をじっと見つめているのだと。