第二話╋召喚
◇◇◇
赤い彼は暇だった。
この暗黒世界に来たときは、自分が歩く度に周りに炎が生まれて、結構楽しかった。
その生まれた炎は、自分が思った通りに動くし、大きくも小さくもなった。
自分が触っても全然熱くないので、危険もない。
だからテキトーに遊んでいたのだが、ずっとやっていると何か虚しくなって、ついさっき止めてしまった。
「………優奈」
妹の名を呟いた。
優奈が恋しくなった。
生前、いかに優奈が心の支えになっていたのかが、よく分かる。
「天国で、幸せにしているか…?」
俺は疫病神。
だから天国ではなく、この暗黒世界にいる。
でも優奈は違う。
優奈は疫病神なんかじゃないし、自分にとって光そのものだった。
天国に行かずして、何処へ行く?
「でも、兄ちゃん寂しいな。優奈が居ないと」
そんなの望めない事は分かっている。
それでも優奈が、優奈が居ないと寂しい。
たった一人の家族。
唯一の、自分の味方。
他の"モノ"は要らないんだ。優奈を傷付けるモノも、俺たちを殺したモノ達も……すべて。
「……嗚呼、とうとう頭がキテしまっ――っ!?」
自分の思考回路が可笑しくて、笑おうとしたその時、突然足元が光り出した。
赤く、紅く、朱く輝く光が型どり始める。
ソレは、魔法陣だった。
自分を中心に描かれた円の中に、星と文字。文字は日本人の彼にとっては読めない字、の筈だった。
ふにゃふにゃの、ミミズのような文字。
だけど、何故か彼には理解できた。読めはしなかったが、頭の中に直接流れ込んでくる。
その内容とは……
「――っ、召喚?」
なんだ、ソレ?
そして彼は魔法陣と共に忽然と姿を消した。
少し時は遡り、暗黒世界にて赤い彼が炎で遊んでいる頃。
【ジークside】
今日はとても大切な日。
この孤児院に住む俺達にとって、とても大切な。
特に、六歳になった俺達にとっては。
院長がいつもそう言っていた。
ジーク達、六歳児はある一室に集められた。
一刻経ったとき、ジークは院長に呼ばれた。
「ジーク、次は君だ」
「は、はい」
ジークは院長の後について行く。そしてたどり着いたのは、真っ白い部屋だった。
こんな部屋あったっけ?と思いつつ、ジークは大好きな院長を見上げた。
院長は顔をしわくちゃににして優しく笑った。
「さぁジーク。あの赤い円の中に入ってごらんなさい」
院長はジークの背中をトンっと押す。
ジークは何の疑いもなく、真っ白い部屋の中でとても目立っている、床に描かれた赤い円に足を踏み込んだ。
「院長さん、お星様があるよ!」
赤い円の中の大きな星を指差しながら、ジークは満面の笑みを浮かべた。
「さて、ジーク」
「?」
「今から儂が言った言葉を真似て言いなさい」
「うん、わかった!」
「……我は契約す」
「われはけいやくす」
「生涯を共にする精霊と、血の契約を」
「しょうがいをともに……するせいれいと、ちのけいやくを?」
「汝よ」
「なんじよ」
「我が剣となり、盾となりて」
「わがけんとなり、たてとなりて」
「我を守り通せ」
「われをまもりとおせ」
「姿を見せよ!」
「すがたをみせよ!」
「精霊召喚!」
「パートナーリコール!」
ジークが叫んだ瞬間、赤い円――魔法陣が、眩いばかりの光を放った。
それと同時に、嵐並みの風が大きく吹き荒れる。
院長は壁に叩きつけられた。ジークは被害が少なかったため、足に力を入れ、踏ん張っていた。
吹き飛ばされた方が、いっそのこと楽かもしれないが、何故か、こうしなければいけないと感じていた。
そんな中、ジークの目の前に、何処からか赤い光の塊が降りてきた。
ジークはそれに触れる。
「うわっ!?」
それはピカッと視界を赤く染めたかと思うと、すぐに光は収まった。
「…………」
ジークは目を開いた。
一度、閉じる。
そしてまた開く。
次は自分の頬をつまむ。
痛みを感じる。
夢では、ない。
「…………」
目の前に、人(?)がいた。真っ赤な人が。
紅い髪に大きな黒い尖った耳、全体的にヒラヒラとした、何処かの民族衣装のような赤と黒の服。
首からは、白い勾玉の首飾りを提げている。
赤い人が、閉じていた瞳をゆっくりと開いた。
やっぱり、紅かった。
ジークは動いていなかった。否、動けなかった。
こんなに綺麗な色をした人を見た事がなかった。
それに、分かってしまった。これは召喚だったということ。
召喚は六歳から出来る。生涯を共にする精霊を呼び出し、契約する。
一度契約すると、どちらかが死ぬまで契約が切れる事はない。
ジークはこれを知った時、とても興奮した事を覚えている。
自分はどんな精霊を召喚するのだろう?格好いいかな?強いのかな?
その答えが、目の前にいる赤い人――いや、精霊だ。
「ねぇ…精霊さ――」
「縛!!」
ジークが精霊に話し掛けようとするが、それは院長のつんざくような一喝に遮られた。
「…くっ!!」
精霊が苦しみだす。
ジークはそれを見て、院長のもとへ走り寄った。
「院長さん!精霊さんに何をしたの!?」
「なに、ちょっと危ないから大人しくしてもらっているのさ」
「痛そうだよ!?精霊さんをはなしてあげて!」
「……ゴチャゴチャ五月蝿い餓鬼めが…早めに殺されたいか!!」
「ひっ!」
……いつもの、院長さんじゃない。
あの優しい院長さんじゃ、ない!
ジークは怖くなって、後退りしながら助けを呼ぼうとした。
しかし、誰も居ない事に気が付き、泣きそうになる。
前には変貌した院長、後ろには苦しみに足掻く精霊。
……味方は居ない。
「ふふふ…ふふっ、ジークはいい子だなぁ。」
院長はニタニタと笑う。あのふんわりとした、しわくちゃの笑顔ではない。優しさが無くなっている。
「こーんな大物を召喚してくれて……。
人型、しかも属性神ときた!まぁ、"黒神化"してはいるが………こりゃあたんまり儲かるなぁ」
「……なに、いってるかわかんないよ!」
ジークは頭の中がぐしゃぐしゃになって、ワケが分からなくなった。
"大物" "人型" "属性神" "黒神化" "儲かる"
ジークには、その言葉の意味は分からないけど、院長がいけない事を喋っている事は分かった。
「さぁて…次は証拠隠滅だねぇ、ジーク?」
「…こ、来ないで!!」
院長さんは好きだ。
でも、今の院長さんはとても怖い。お化けと同じくらい怖い。
ジークは肩を震わせた。
院長が、懐から大きな刃物を取り出したからだ。
院長が迫る。
でもジークは動けなかった。
足はガクガクと震えて力が入らないし、声を出そうにも緊張と怖さで喉がカラカラになっていた。
たとえ声が出せたとしても、外には誰も居ないので、助けが来る事もないだろう。
「サァ………、逝け」
「――――っ!!」
ジークは声にならない悲鳴を上げ、目をギュッと瞑る。ついでに耳も、両手で塞いだ。
そして院長が刃物を振り下ろす。
赤い鮮血が宙を舞った。
「………?」
それは、ジークのものではなかった。
いつまで経っても来ない痛みに、不思議になって瞼を上げると、目の前では予想外な事が起こっていた。
血を流しているのは自分じゃなく、院長だった。
院長は血の流れる右手を押さえながら、部屋の入り口を睨んでいた。
ジークはその視線を辿り、目を見開いた。
そこには、一人の男を中心に、たくさんの兵士がいた。
この国の紋章の旗を掲げた、国家軍隊だった。
「ナーバス・バルザ!
孤児院の子を使い精霊を召喚させ、オークションで売却しているとの情報が入った!!
よって、貴様をここで捕縛する!」
一際目立つ男が、剣先を院長に向けた。
「チッ…国の犬めが」
院長はそう小さく呟くと、いきなり魔法陣の元へ走った。
そこには、ジークが召喚した精霊がいる。
「"コレ"は貰っていく」
院長がパチンと指を鳴らした。その一瞬で、院長と精霊は忽然と消えた。
「ちっ、移動用の魔法陣も練り込んでいたのか。仕方ない、此処をくまなく探せ!何か見つかるかもしれん!!」
男の一言で、隊が動き出した。
◇◇◇
軍に保護されたジークは馬車に乗せられ、移動していた。
「おい坊主、まーだ膨れてんのか?」
「……」
さっきまで、軍隊を指揮していた男――ライヴァと一緒に。
「聞いてんのかよ坊主」
「坊主なんかじゃない」
「じゃあ名乗れよ」
「ジークだよ」
「んじゃ、ジーク」
「……なに?」
「悔しいか?」
「うん」
「自分の精霊を盗られて、アイツが憎いか?」
「…うん」
「みんな殺されて、自分だけ生き残って、心が痛いか?」
「うん」
「アイツをぶん殴りたいか?」
「う、ん――」
「いい子だ」
ライヴァに抱き締められる。乱暴だけど、優しく、強く抱き締められる。
その時初めて気付いた。自分が泣いていた事に。
「ジーク、お前はこれから俺の家族だ」
「…うん」
「お前を強くしてやる」
「うん」
ジークはすがりつくように、ライヴァの茶色い長髪の中に顔を埋めた。
そして、心の中で誓う。
絶対に強くなると。
強くなって、院長をぶん殴って、殺されたみんなの仇を討って、精霊を取り返す、と。
絶対に
主人公セリフ少なっ!
後半とかうめき声だけだし(笑)
えー、ご感想等お待ちしております。
たぶん次話は一気に時が経ちます。
……十年後くらい、かな|( ̄3 ̄)|
更新遅いですが、受験生なんで許してください!
読んで下さった皆様、今後とも宜しくお願い致します!