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俺は男と結婚したくないのになんで公爵令嬢で聖女なんだよ!  作者: 本郷カキツバタ
失格作戦

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第十四話 祈らない聖女

 俺ことセレスティア・レーヴェルには重大な問題がある。


 治癒魔法が使えないわけではない。人を助ける仕事が嫌なわけでもない。


 それは、聖女として神様への信仰心がないということだ。


◇


 六月十六日。

 王都大神殿の礼拝堂に入った俺は、祈る人々の背中を見て、改めてその事実を噛み締めていた。


 神様が実在することは知っている。話したこともある。毛並みも知っている。もふもふだ。


 猫神様を疑う余地はない。与えてくれた加護の力もこの前の一件で実感した。


 ただし、神様を信じていることと、神様を拝みたいことは別問題だ。


 俺は猫神様の顎の下やお腹を存分にモフりたい。なんなら許してくれるなら吸いたい。


 これ、信仰心じゃなさすぎるだろ……。


「セレスティア様。お加減でも?」


 隣でユリウスが声をかけてきた。


「……いいえ。ただ、皆様、とても熱心でいらっしゃるな、と」


 猫神様を吸いたいと考えていました、なんて言えないだろ。


「今日は聖女様のご来訪もありますから。普段より参列者が多いのです」


 そうか、俺を見に来た人もいるわけか。なんせ八十年ぶりの聖女なんだ。


 前の席では、子供が母親の手を握り直している。その横にいる老人は、祈りの言葉を静かに唱えていた。


 誰も俺へ何かを要求してこない。


 俺だけが、場違いな気がしていた。


◇


 礼拝が終わり、大神官長とユリウスに儀礼の説明を受けた。


「聖女として参加する場合、決まった祈りを唱える必要はございますか?」


「儀礼ごとに定められた言葉はございます。ご一緒に唱えるものもあれば、立ち会っていただくだけのものも」


 ユリウスは手元の冊子を開き、該当の頁を示した。


 読み上げる文なら覚えられる。式典の手順も同じだ。公爵令嬢として、人前で決められた挨拶をすることには慣れている。


 問題は、その先だ。


「その、失礼を承知で伺いたいのですが」


「何でしょう?」


「私は、神様の存在を疑ってはおりません。実際に会ってお話もさせていただきました。ただ、皆様のように祈ることに、まだ馴染みがないのです。それでも聖女として務めてよろしいのでしょうか」


 神様と直接話した人間が、神官に信仰相談をしている。

 冷静に考えたら順番がおかしくないか?


 大神官長は驚いた様子もなく、俺の話を聞いていた。


「神託を受けた方が、皆と同じ心のあり方になるとは限りませんよ」


「そうなのですか?」


「私たちは祈りを大切にしています。しかし、何を感じるべきかまで、人に命じられるものではありません」


 ユリウスも頷く。


「儀礼の手順なら、お教えできます。信仰の仕方は、セレスティア様ご自身のことですから」


「ですが、私が祈らないことで、皆様のお気持ちを損ねてしまうのでは……」


「礼拝される方を軽んじなければ、まずは十分です。聖女であることを理由に、信心があるふりをお願いするつもりはありません」


 大神官長の返事は穏やかだった。


 それなら助かる。祈っている人を軽んじる気持ちなんて、これっぽっちもない。


 猫神様には感謝している。あの子が助かったと教えてもらった時だって、腕を治せたときだって本当に嬉しかった。

 でも、祭壇の前で祈ろうとすると、頭の中の猫神様が腹を見せてくる。

 ……今度は肉球も触らせてもらおう。


「何か、気にかかることでも?」


「いえ。安心いたしました」


 まさか「祈ろうとすると肉球が浮かびます」とは言えない。


 ユリウスが儀礼の冊子を閉じた。


「本日の予定は、このあと隣の孤児院へご案内します。子供たちも楽しみにしております」


「ええ。私も、お会いするのが楽しみです」


 儀礼の説明よりずっと気が楽だ。子供と話す分には、祈りの文句を一つ飛ばして慌てる心配もないしな。


◇


 孤児院は救護院と中庭を挟んだところにあった。


 案内役の女性が俺を迎え、子供たちのいる部屋へ通してくれる。


「皆さん、こんにちは」


「「「こんにちは、聖女様!」」」


 元気な声が重なった。おおう。思わず圧倒される。


 奥で黙ったままの男の子が、一人だけいるな。


 俺は子供たちと目の高さを合わせた。


「今日は皆さんにお会いできて嬉しいです。何をして遊んでいらしたの?」


「絵を描いてました!」


「こっちは紙で鳥を作ったの」


「見てください、ちゃんと飛ぶんです」


 さっきまで黙っていた男の子が、折りたたんだ紙を差し出す。


 投げると、紙の鳥は俺の手前で失速した。


「……今日は、飛びませんでした」


「きっと、少し緊張しているのね」


「鳥が?」


「私が、です」


 子供たちが笑った。


 つられて俺も笑う。


 紙の鳥を拾い、前世でよく折った紙飛行機の形へ、少しだけ折り目を整えた。男の子へ返すと、今度こそ遠くまで飛んだ。


「飛んだ!」


「ええ。今度は上手でしたね」


「聖女様が直したから?」


「直したのは、ほんの少しですよ。飛ばしてあげたのはあなたでしょう?」


 男の子は、嬉しそうにもう一度紙を投げた。


 別の女の子が、俺の袖をそっと引いた。


「聖女様は、いつもお祈りしてるの?」


 いきなり来た。


 さっきの疑問が、こんなに早く戻ってくるとはな。


「いつもではありませんよ」


「じゃあ、どうして聖女様なの?」


 悪意のない、まっすぐな質問だった。どう答えたらいいんだ、これ……。


 返事に迷っていると、女の子は続けた。


「わたし、聖女様ってお祈りが上手な人がなるんだと思ってた」


「……そうですね。私も、そういう方は素敵だと思います。でも、お祈りが上手だから選ばれたわけではないの」


「じゃあ、何が上手なの?」


 猫を撫でることです。

 ……それは確かに得意だが、今ここで答えるものじゃない。危なかった。


「怪我をした方を、治すお手伝いができます」


「すごい!」


「ただ、何でもできるわけではありませんけれど」


「じゃあ、鳥は?」


 女の子が、自分の紙の鳥を差し出した。翼の先が、くしゃりと折れ曲がっている。


「それは、自分で練習した方が楽しいと思います」


 女の子は「うん!」と勢いよく頷いた。


 よかった。紙の鳥の治療依頼は回避した。


◇


 子供たちと中庭へ出ると、植え込みのそばで何かが動いた。


 灰色の猫だ。


 子供たちは慣れているらしく、「あ、来た」と手を振るだけで追いかけない。


「聖女様、こっちに座って!」


 女の子が長椅子を指した。


 俺が腰を下ろすと、猫が石の縁を降りてこちらへ歩いてきた。


 これはまずい。


 いや、まずくない。猫は何も悪くない。


 ただ、今は子供たちと話している途中だ。聖女が猫に夢中になってどうする――。


「どうしたの〜。こんなところで日向ぼっこしてたの?」


 出た。自分でも驚くほど自然に出てしまった……。


 指を差し出すと、猫が匂いを嗅いだ。顎の下をひと撫ですると、猫は長椅子へ飛び上がり、そのまま俺の膝に乗った。


 ……おい。お前、初対面の人間の膝にそんな簡単に乗るのか。


 猫は答えず、足を折りたたんで丸くなった。喉まで鳴らしている。いいのか? いいんだな?


「いい子ねえ。ふふ、ここが気持ちいいの?」


 ああ、ここか。ここなんだな。


「ええっ! その子、私の膝には乗ってくれないのに!」


 女の子が目を丸くした。


「聖女様、猫とお話ししてる!」


「猫ちゃん、返事した?」


「ううん。でも、ご機嫌みたいねえ」


 子供たちに答えていると、背後から声がした。


「アウレスト殿下から聞いておりましたが、本当に猫がお好きなのですね」


 ユリウスだった。


 ……いつからいた。というか、レストは何を伝えているんだよ……。


 いつもの令嬢の顔へ戻ろうとした。だが、膝の上には猫がいる。立てない。


「ええ。その……あの、猫は小さい頃から、好きでして」


 恥ずかしい……。


「よく懐いていますね」


「……そうでしょうか」


 そうでしょうか、じゃない。というか、この子はもう俺の膝を寝床にする気満々じゃないか。


「私が近づいた時は、逃げてしまうことが多いのですが」


「ユリウス様は猫がお嫌いなのですか?」


「いいえ。ですが、好かれている自信もありません」


 ユリウスは大真面目だった。


「手を出して、向こうから来るのを待っていらっしゃるとよいかもしれません」


「神託の記録より、難しそうですね」


 そう言ってユリウスがしゃがむと、子供たちが我先に猫との接し方を教え始めた。


「追いかけちゃ駄目!」


「じっとしてるの」


「目を見すぎても駄目なんだって」


 神託院の職員が、孤児院の子供たちに囲まれて猫の授業を受けている。

 ユリウスが「なるほど」と頷いた。

 その間、猫は俺の膝の上で眠ってしまった。

 ……ちょっと待ってくれ。俺だけ猫の授業の終わりに帰れないじゃないか。


◇


 帰りの馬車で、今日受け取った予定表を開いた。


 礼拝への立ち会い、救護院での相談、来月の儀礼についての打ち合わせ。


 以前なら、神殿での予定を見るだけで疲れそうだった。今は、それぞれの仕事をしている人の顔が浮かぶ。


 ユリウスは儀礼と記録を整え、マルタは患者を診ている。俺も、自分にできることなら手伝いたい。


 気になるのは、予定が少しずつ増えていることだ。


 ここへ公爵家の務めが入る。王宮の行事もある。もちろん、王太子妃としての教育も。


 そして、婚礼準備。


 婚礼準備。


 指先が、予定表のその欄で止まった。


 ……待て。


 聖女の仕事がもっと増えたら、婚礼の準備なんてしている暇がなくなるんじゃないか?


 俺は予定表を閉じた。


 猫にも好かれた。婚礼から逃げる案まで見つかった。

 よし。第四の作戦は、これで決まりだ。

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