第三話
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あれから何とか食事を終えたレシアーノは、リブラミアに案内された客間のソファーに座っていた。
「ところで、リブラミア様。いまは何時ですか?」
「十六時だが」
「もうそんな時間なのですね!?」
「ああ、そうだが。それがどうしたんだ?……まさか、帰るとか言わないよな!?」
リブラミアが急に青ざめた顔をして、手首を掴まれた。
加減はしてくれているみたいだが、それでも痛い。
「いえ、帰ろうとしているのではなくて、私が家を出たのは朝でしたので、もうそんなに時間が経ったのかと思っただけです」
「そうか、……良かった。今日はこの部屋に泊まってくれ。明日の昼頃に、母上のところに一緒に行こう」
「母上って、わたしが女王様に会うのですか!?」
「そうだが?仮とはいえ、私と婚約をしてくれるのだろう?それの挨拶に行く予定だ」
あ………、完全にそれを忘れていたわ。
そもそも、わたしはこの国から出られれば、危険に晒されることはないのでは?
でも、この様子だとリブラミア様に帰る方法を聞くことは出来なそうだわ…。
それに、暫く帰らないつもりで家出をしたのだから、少しくらいはこの国に居てもいいわよね?
仮の婚約なら、帰る時に破談にすれば問題ないよね?
この国に入国してから何回したかわからない脳内会議で、今後の方向性を確認した。
「わかりました、今日はこちらでお世話になります」
「うん、もちろんだよ。私がいない時は、決して部屋から出ないでね?それから、誰も部屋に入れないでね?他の男に貴方を会わせたくない」
真剣な顔で釘を刺された。かなり心配されているみたいだ。
「はい。わかりました」
「うん、約束だよ。あ……、ここに来る前にお茶を用意しようと思っていたのを忘れていた。用意してくるから、レシアーノはここで待ってて」
「え!王子様にそんなことさせるわけには…!わたしが取りに行ってきますよ!」
「レシアーノ、私の話を聞いていたかい?この部屋を貴方が一人で出たら危ない。それに、お茶を受け取るにも男の使用人と話さないといけないよね?」
鋭い視線がレシアーノに刺さる。
「ご、ごめんなさい…。ここで待っています」
「そうしてくれ。すぐに戻ってくるから」
「はい……」
大人しく待つしかなかった。
***
ほどなくして、リブラミアが客間に戻ってきた。
「レシアーノ、持ってきたよ。誰も来てないよね?」
「はい!来てないです!」
「よかった。レシアーノはハーブティーは飲めるかい?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。ゆっくり飲むといい」
リブラミアは手に持って運んできたトレーから、二つのティーカップをレシアーノの目の前に置いた。
それから、レシアーノが座るソファーの前に立ち、当然のように真横にぴったりとくっついて座った。
「あの、リブラミア様。向かい側にもソファーがあります」
「そうだね」
「そちら側に座ったほうが、広く座れると思いますが…」
「私は貴方のとなりが良い」
「……………………………そう、ですか」
頑固な彼の態度に諦めて、ハーブティーをいただくことにした。
***
結局一日中、レシアーノの側をリブラミアは離れなかった。
流石に湯浴みの時には着いて来なかったけれど、人払いをしているから早めに済ませてくれと言われた。
そして今は、ベッドが置かれた来客用の宿泊部屋に案内されていた。
「本当はこのまま一緒にいたいけど、未婚の女性とは夜は過ごせないから…。また明日の朝に迎えに来るね」
そう言うと、不安そうな顔がこちらを見た。
「はい、わかりました」
「絶対に誰が来ても部屋を開けてはいけないからね?」
「はい」
「使用人だとしても駄目だからね?」
「わ、わかってます!」
「心配だ…。それじゃ、また明日、すぐに来るね」
「は、はい。お待ちしてます」
最後まで不安そうな顔をして、名残惜しそうに部屋を出ていった。
あの様子だと、早朝にこの部屋に来てしまいそうだ。早くわたしも寝なければとベッドに座る。
ーーと、
レシアーノは浴室に、大切なネックレスを忘れてきたことに気がついた。
どうしよう………、あれは………
ネックレスを取りに行くのは明日にしたいところだが、一日置き去りにするのも不安であった。
リブラミア様はわたしが湯浴みをする時に、人払いをしていると言っていた。
まだそんなに時間は経っていないはず……
レシアーノは思い立ってすぐに部屋を出た。
そして、浴室まで小走りで向かっていると、通路の曲がり角で何かにぶつかった。
「………っ!?」
小走り走っていた反動で、盛大に後ろに倒れた。
(わたし…何にぶつかった??)
恐る恐る、顔を上げると………
そこには長身の男性が唖然として立っていた。
褐色肌で癖のある青髪、肩までの長さの髪は顔の真ん中で分けられている。
紫色のやや垂れ目がちな目元が色っぽく、リブラミアにどことなく似ていた。
身長はリブラミアよりも高く、体格も良い。着ている服は胸元が惜しげもなく開いている。
(もしかしてこの人も……王子様?)
「…………………………」
目の前の男性はまだ唖然としていて、無言でこちらを見ていた。
倒れた拍子に尻もちをついたまま、男性に声をかける。
「あの…、ごめんなさい。怪我はしていませんか?」
「……………………」
返事はない。まだ、戸惑っているようだ。
もう一度、声をかけてみる。
「あの………」
「…………………………………お前は…?」
漸く言葉が返ってきた。
そして、彼の言葉にここは王宮であったことを思い出し、焦りながら言葉を返す。
「ごめんなさい!今日ここに泊めてもらってる者です!不審人物ではありません!!」
「ああ……………人間の……。そうか……」
「そ、そうです!この国に迷い込んでしまって!お世話になってます!」
「………………手を…」
男性はレシアーノに向けて手を差し出した。
床に座ったままのレシアーノを心配してくれたみたいだ。
(言葉数は少ないけど、悪い人ではないのかも…?)
差し出された手に、自分の手を乗せた。
すると、ぐいっとほどよい力で起き上がらせてくれた。
改めてお礼を言おうと男性に向き直る。
彼はその様子をじぃーっと見ていた。
「ありがとうございました!」
「…………………」
「あの…、どうかなさいましたか?」
「…………………」
「…………………」
男性は無言のままこちらを見ている。
見つめ合ったまま二人は黙り込んでいた。
レシアーノは彼がどこか具合が悪いのかもしれないと思い至り、意識が別の方に向いていた。
そのせいで、ふいに近づく男性の顔に対応が遅れた。
逃げることを忘れていたのだ。
その間に男性の顔が接近して…
ちゅっ
レシアーノの唇に柔らかいものが触れた。
………………………。
………………………。
………………え!?!?!?!?
いま何が起きたの!?!?!?!?!?
慌てて目の前の男性を見ると、レシアーノよりも驚いた顔をしていた。




