12 一週間の逢瀬の約束
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『美しくあればいい』と、そう言ったロランドールの表情は綺麗で透明だった。
普段の彼がニコニコと笑顔を貼り付けている時と同じ、何の感情もない表情だった。
それでも、時折見せる寂しそうな表情には彼の本来の心が見え隠れする。
「ロランドール様が笑えなくなってしまったのは、いつからですか?」
「レシィちゃんは変な子だな〜、ボクはいつも笑っているじゃないかぁ」
また、色の無い笑顔でにっこりと微笑む。
どうせわたしは、この国からはいずれ去る異物の人間だ。だから、私情に口を挟む必要はない。
そう言い聞かせても、ロランドールの笑顔を見る度に、心がギリギリと軋む音がした。
わたしはあの笑顔を知っている気がする。
幼い頃、両親に褒められたくて無理に頑張りすぎて体を壊した日の夜に、自分が偽った笑顔と似ていた。
やがて、体だけではなく心までもが壊れて自分を見失ったあの暗くて寂しい夜と。
だからだろう、頭で制御しても、心の衝動までは抑えられずに彼に踏み込んでいた。
「ロランドール様は、どうしたら笑ってくれますか?」
「うん?さっきから、どうしたの?」
「どうしたら、ロランドール様は寂しくなくなりますか?」
「………!」
ロランドールの顔に張り付いた笑顔が消えて、綺麗な瞳が動揺に揺れた。
時間としては一秒にも満たなかった表情に、確かに彼の心を感じた。
慌てて平常心を装ったロランドールは、控えめに微笑む。
その時の表情は、色のない笑顔ではなく、時折見せる寂しそうな笑顔をしていた。
「…それなら、レシィちゃんに一つお願いをしてもいい〜?」
「はい、なんでしょうか?」
「明日から一週間でいいから、毎日ボクに会いに来てよ」
「毎日?それはなぜですか?」
「う〜ん、ミア兄さんがいるから毎日部屋から抜け出すのは大変でしょ?だから、それくらいしてくれるのなら、ボクもレシィちゃんの話を聞こうかな〜って」
『どう?』と楽しげにお願いを投げかけられた。
それからまた色のない表情でニコニコと笑って、返答を待たれていた。
確かに毎日部屋から抜け出すのは難しい。
万が一、リブラミアに他の男に会いにいっていることがバレたら……、そう考えただけで背筋に冷たい汗が流れる。
それでも、ロランドールの寂しげな表情が、心を締め付けて離れなかった。
その時のわたしに断る選択肢はなかった。
「わかりました!明日から一週間、毎日会いに来ます」
「ほんとに〜?ボクは大体この庭園か図書館にいるから、期待しないで待ってるね〜」
「期待して待ってて下さい!」
「ええ〜、わかったよ。そんなにボクが気になるのー?」
「はい、気になります」
「ふうん、そうなんだ。………あ、いいところだけど、後ろにお迎えが来ているよ」
「え…!?」
(もしかしてリブラミア様が来た!?この状況はどう説明したら!?)
焦りながらロランドールの視線の先に振り返ると、数十メートル離れた場所から、長身の青髪の男性が歩いて来るのが見えた。
落ち着いた表情の彼に、ほっと息を吐く。
「ゼス兄、どうしたの?」
「使用人から、お前が女性を連れてどこかに行ったと聞いて来てみれば……、ここで何をしている?」
「なんか〜、誰も王宮を案内してないみたいだったから、ボクが案内してたんだよ〜!それで、ここにも立ち寄ってみたんだぁ」
「案内を、していたのか……。忘れていたな…、感謝する」
「ええ〜!?ゼス兄に感謝されるなんて、くすぐったいな〜」
「だが…、場所くらいは伝えておいてくれ。最近魔物が多い……何かあったら危険だ」
「は〜い、わかりましたー。それじゃ、ボクは退散するからまたね〜、レシィちゃん」
ロランドールはファーゼスとの会話をそこそこにして、手をひらひらとさせながら駆けて行ってしまった。
庭園でファーゼスと二人きりになり、沈黙が流れる。
不思議と落ち着くこの静かな空間に、ファーゼスと過ごす時間にも随分慣れたものだなと笑みが溢れた。
隣に立つ彼をちらりと盗み見ると、庭園に咲き誇る花々を優しい顔で見ていた。
(ファーゼス様って、花が好きなのかな?)
無愛想で長身で、お世辞にも花が似合うとは思えない男性だけれど、花を愛でる姿は何だか可愛らしかった。
柔らかな風が流れる静かな空間で、ふいにファーゼスがぼそりと呟く。
「お前と、花を見るのは……悪くないな」
「え…?」
「いや……、何でもない」
「庭園のお花、綺麗ですね」
「花が好きか…?」
「はい!もちろんです!」
「………そうか。また来るか?」
「庭園にですか?ここには明日も来るつもりです!」
「ずいぶんと……気に入ったんだな。ここが」
「あ、えっと…、ロランドール様と毎日会うと約束をしまして…」
「は!?………毎日?なぜだ?」
「上手くは言えないのですが…、どうしても気になってしまって…」
「………………………」
「あ、ごめんなさい!何言ってるか意味分からないですよね?」
「いや…、別にいい。それは…、二人だけで会う約束か?」
「いえ!特に二人だけとは…」
「なら、……俺も居てもいいか?」
「多分大丈夫だと思いますけど…、どうしてですか?」
「………っ…」
(ファーゼス様は毎日花を見に来たいのかしら?でも、それなら一人で好きに見にくればいいのでは?)
顔を背けてしまったファーゼスから、疑問に対する回答は返ってこない。
横を向いてしまった彼の正面に立ち、背の高い彼の表情を下から覗き見ると、顔は赤く染まっていた。
真っ赤な顔のファーゼスと視線が合うと、覆い被さるようにすっぽりと体を抱き込まれる。
突然の出来事に面食らっていると、ファーゼスの顔がレシアーノの肩口にすりすりと擦り付いてきた。
それから暫く経った後、風に掻き消されるほど小さな声が耳元に届く。
「ロランドールが気になるのか……?」
「はい、心配というか何というか………」
「心配…か………」
「そうです」
「………………………」
「え?ファーゼス様…?それと毎日ここに来るのと、何が関係あるのですか?」
「……………………」
「ファーゼス様?」
「…………っ…。………………俺にも、……構え」
「えっ?」
耳を疑う発言が聞こえた気がして、ファーゼスの表情を確かめようと肩口に擦り寄る顔に視線を向けた。
彼は言ってから恥ずかしくなったのか、更にぐりぐりと顔をレシアーノの肩口に押し付けて、顔を上げてはくれない。
大きな獣にすっぽりと抱き込まれた気分になりながら、子供をあやすように頭をそっと撫でてみる。
すると、ぐりぐりと押し付けられていた顔の動きが止まり、今度はレシアーノの髪を指先で梳きはじめた。
髪に視線を送るファーゼスの横顔は、まだ赤らんでいた。
髪を梳く優しい手先は止めないまま、またぼそりと彼は言葉を吐いた。
「お前が好きだ………。俺が、一番でなくても…」
低く落ち着いた声に、風の音よりも静かに、それでも確かに、愛を囁かれていた。
赤らんだ顔に似合わない無表情で、それでも髪に触れる不器用な手先は、ひどく優しかった。




