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怖い話

真夜中の来訪者

作者: 腹黒兎
掲載日:2026/08/08


 ピン、ポーンと玄関のチャイムが鳴ったのは平日の昼過ぎだった。

 誰だろうと不思議に思いながら「はーい」と返事をした。すぐに「変な勧誘だったらどうしよう」と自分の迂闊さを悔いたが、返事をしてしまったからには居留守は使えない。そっと玄関ドアの覗き穴から外を見れば警察官が立っている。

 慌てて鍵を開けかけたが、先日夫と話した犯罪の話を思い出した。偽物の警察官や宅配便を装った強盗もいるから、私一人の時は玄関を容易く開けないようにと心配されたばかりだった。

 鍵に触れかけた指でドアチェーンをかけてからドアを少しだけ開けた。

「はい。……なんでしょうか」

「お忙しい時に申し訳ありません。私、南森交番の沢渡と申します」

 ドアの隙間に顔を出した警察官は警察手帳を見せてニコリと笑う。ドアを開けようかと渋る私を見て「あ、そのままでけっこうですよ」と笑ってくれた。

「昨今は物騒ですから、そのぐらい警戒してるほうがいいぐらいです。管内でも空き巣が増えているので戸締りは忘れずにしてください。何か不審な事があれば交番や警察署にご相談してください。緊急の時は迷わず110番をお願いします」

 防犯の注意喚起のためにパトロールをしているという警察官は防犯のチラシを渡して帰って行った。

 もらったチラシも疑った私は、載っていた警察署の電話番号や住所を調べて、ようやく本物だったと安心した。

 空き巣か。高層階だと安心して鍵をかけずに空き巣に入られたとかよく聞く。こんな、アパートの2階なんて楽々侵入してくるのかもしれない。留守ならともかく、運悪く鉢合わせなんてしたら下手すれば殺されるかもしれない。

 想像しただけで身震いした私は慌てて家中の鍵を確かめてようやくひと息つけた。


 少し早めの夕食を終えて、戸締りをもう一度確認してカーテンも閉める。

 こんな不安を吹き飛ばしてくれるはずの夫は昨日から出張で、帰ってくるのは明日の夜になる。電話しようか迷ったが、電話ができない場合もあるからメッセージを送ることにした。

 なんて書こう。「今日警察官が来たよ」なんて書いたら不安にさせてしまうかな。それよりもお土産頼もうかな。そんなことを考えていたら夫から電話がきた。

「もしもし」

『もしもし。いま電話しても大丈夫?』

「うん。お仕事お疲れさま」

 今日は暑かった。こんなお店があった。そんな取り留めのない話の合間に「そういえば、今日ね……」と警察官が来た話をしたらすごく心配されてしまった。

「ほら、前に防犯について話したじゃない。あれを思い出してチェーンをかけて応答したら『そのぐらい警戒したはうがいい』って言われちゃった」

『空き巣が増えてるんだろ?物騒だよな。戸締りは厳重に、な。明日は時間通りに帰れると思うけど、何かあったら電話しろよ?』

「うん。ありがとう」

 通話を終えたら一気に寂しくなった。いつも見ているバラエティ番組もどこか上の空で楽しく感じない。

 今日は早く寝てしまおう。

 もう一度戸締りを確認して、早々に布団に潜り込む。いつもは並べている布団が無くて、夏なのに少し肌寒く感じてしまう。

 早く明日になればいいのに。


 ガシャンッと何かが割れるような音で目が覚めた。

 慌てて携帯電話を手にすれば、丑三つ時とも言われる真夜中。音は寝ていた足の向こうから聞こえた気がする。つまり、ベランダ。

 部屋の南側には、洗濯が干せる程度のベランダがある。

 誰かがいるのか、確かめるのが怖くて、ゆっくりと布団から抜け出てキッチンへと通じるドアに身を寄せる。

 大丈夫。鍵はしているし、カーテンも閉めている。でも割って入られたら?……外に逃げた方がいいかもしれない。

 音を立てないように慎重にドアを開けて、滑り込むようにキッチンスペースへと移動した。シンクの横には玄関ドアがある。ドアを開ければすぐ外だ。

 ベランダから人が入ってきてもすぐに逃げ出せる。

 わずかに開いているドアの向こうを注視しつつ、ジリジリと玄関へ近づく。


 ガチャン


 音が響いたのは背後だった。

「ひっ」

 慌てて口を塞いで振り返れば、玄関のノブがうるさい音を立てながら小刻みに回っている。

 夫の帰りは明日だ。さっき電話したばかりだから間違いない。だから、夫のはずがない。

 ドアを開けようとする音と一緒に鍵を差し込む音までする。

 誰かがドアを開けようとしている!?

 恐怖に身がすくむ。歯の根が合わず、ガチガチとした音が私の中でより一層響いた。

 ガチャガチャとノブを回す音が止まり、諦めたのかと息を吐いた瞬間、ガンッとドアを蹴られた。直後に怒鳴り声が聞こえた。何を言っているのか分からないが、怒鳴るような声がドアの向こうから聞こえる。

 隠れようと目に入ったトイレに入り鍵を閉めた。

 どうしようと震えていたら、お守りのように握りしめていた携帯電話に気がついた。そうだ、夫に…………ダメよ。夜中だし、遠方だし、すぐに帰って来れない。そう、警察に電話しなきゃ。警察……昨日来た南森の交番の番号って何番だった。

 ドアをガンガンと叩く音が聞こえてくる。合間に聞こえる男の怒鳴り声がさらに恐怖が増した。

 ようやく思い出した三桁の緊急番号にかければ、すぐに繋がった。半泣き状態で今の状態を伝え、聞かれるままに名前と住所を伝えた。

『すぐに警官が駆けつけますから、そこから出ないで待っていてくださいね』

「はい……はいっ」

 祈るように両手を組んで待っていたのはどれほどの時間だっただろうか。永遠のように永くも感じたし、あっという間だったのかもしれない。

 外が騒がしくなったと思い顔を上げれば、ドアを蹴る音がなくなっていた。そして、通常のチャイムの音がした。

「すみません。南森署の鳥井といいます。ご無事ですか?」

 トイレから出ると、騒ぎの治ったドアの向こうから女性の声がして安心から涙が出た。震える手でチェーンをつけたままドアを開けると、女性の警官が隙間からニコリと笑って警察手帳を見せてくれた。

「南森署の鳥井といいます。お怪我などありませんか?」

 彼女の優しい声に頷くと、チェーンを外して詳しい事情を聞いた。

 ドアの前で騒いでいたのは隣の部屋に住む男性で、かなり酔っていたらしく部屋を間違えたらしい。ちょうど奥さんが旅行でいなかったのだが、それも忘れて締め出されたと勘違いしたようだ。

 後日、菓子折りを持って平身低頭で謝ってくれた男性は優しそうで温和な見た目だったので、お酒でああも人が変わるのかと驚くことになる。

 事情聴取が終わった後、私は鳥井さんにベランダで音がしたことを告げて見てもらうことにした。

 部屋の明かりをつけてもベランダは薄暗いので、鳥井さんが懐中電灯であちこちを照らして検分していく。

 ベランダに置いていた植木鉢が割れて、花が折れて土が流れ出ていた。

「ここに足跡がありますね」

 そう教えてくれたのはベランダの手すりだった。念の為に確認されたが、そんな場所に足を置いたことなんて一度もない。

 改めて鑑識の人たちがやってきてベランダを調べてくれたところ、おそらく誰かが侵入しようとして植木鉢を割ったり玄関で騒ぎがあったことで逃げたのではないかと推測された。

 ただ、このアパートのベランダ側は高い崖になっていて人が出入りできるようにはなっていない。かろうじて人ひとり分は通れる幅があるため、翌日警察の人が一通り調べてみたものの人が通った形跡はなく、アパートの他のベランダにも足跡などは見つからなかった。

 夫の転勤で半年後にアパートを出ていくまで不思議なことは起きなかったが、ベランダの足跡の謎だけは終に分からないままだった。

 

お読みくださりありがとうございます

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― 新着の感想 ―
投稿感謝です^^ 解明済みな恐怖と謎なままの恐怖の対比に面白みを感じました。 恐怖体験の原因が未解明のままというのは実生活では珍しくはありません(※恐怖体験自体早々するものではありませんが^^;)が…
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