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オロチノモノガタリ Chapt 9



*ガエとジーナと……*



 話は時を遡る。場所はウィタリ南部の都市ナポリターナ。ここは古くからの港町でウィタリでも有数の大都市だが、数十年前にラペステと呼べれる病気が大流行し人口が激減した。黒死病とも呼ばれたその病気はナポリターナで猛威を振るい30万人とも言われた都市の人口が半減してしまうほどの被害だった。末期には血を吐き、手や足の先が黒くなって壊死していくこの病気を人々は恐れ忌避していた。人々は自らの未来に絶望したが神に祈りを捧げることで僅かながらの心の安寧を得ようとした。我先にと神殿に人々は集まり祈りを捧げた。ナポリターナは信心深い者が多い都市でかなりの神殿数があったが、祈りを捧げに来る民衆の余りの数に礼拝堂は溢れ、礼拝堂に祈りを捧げられない民衆が集まり、集団となり、神に祈りを捧げながら方々で行脚する行列が幾つも見られた。…それでも祈りの甲斐もなく人々は黒死病にかかり命を落としていった。黒死病の死者が増えた地区にはラペステペステ医師と呼ばれる全身黒ずくめで鳥の嘴の様な突起物が付いた仮面をかぶった者が現れた。人々はその姿も相まってラペステ医師を死神の象徴として恐れた。

 そんな時代にガエは育った。子供のころから体が大きい方で病気一つしたことが無い。10歳になる前から父親の職業である船大工を手伝いだした。ナポリターナはエウロペとオットマン帝国に挟まれたマレノストラムと呼ばれる内海のちょうど中間地点にあり、古くから海上貿易が盛んな港だ。漁船も含めて毎日ひっきりなしに船の往来がある。この町での船大工の需要は非常に高くガエの父親は、腕の立つ職人と言うこともあり、仕事は切れなかった。父親は職人気質で寡黙な男だったがガエに仕事を教えるときにはとても丁寧に教えてくれた。ガエの子供にしては大きな体と器用さもあり、2~3年もすると他の船大工に比べても遜色ない程の腕前になった。ガエの成長により受けられる仕事の種類や量も増え収入に余裕もでき、ささやかな幸せを享受していた。

 …そんな時に突然黒死病が猛威を振るいだした。最初は町のスラムと呼ばれる貧民街で人が死に出している、手足の先が黒くなり血を吐いている、黒死病じゃないか?と町のうわさになっていたがあっという間に町中に広がって行った。毎日無数の者が死んでいく。かろうじて生きている者も痛みを訴え血を吐くほどの咳をし、動けなくなっていった。当時ウィタリでは神殿の地下や敷地内に遺体を埋葬するのが主流だったがあっという間に死体の処理が間に合わなくなった。処理しきれない死体は海や川に投げ捨てられたが、それでも処理しきれない死体が腐り、腐敗し、悪臭を放った。神殿には神に祈りを捧げるものが大挙し、溢れ、神に祈りを捧げながら練り歩く行列が見られるようになった。それと…ラペステ医師と呼ばれる黒ずくめの者が現れるその様はこの世に具現化した地獄だった。

 …そんな中ガエの両親も黒死病を発病した。最初は発熱だけであったがやがて両親とも首まわりが腫れ上がり強烈な痛みを訴えるようになった。一日中咳をするようになり、その咳に血が混じるようになるのにも幾ばくも掛からなかった。自分達夫婦の運命を悟った父親はせめて息子は巻き添えにしたくないとガエを近づけないように押しとどめ


『ガエ、俺たちはいい。お前まで死神の贄にされてしまう。祈れ、神に祈るのだ、俺達も祈る。せめてお前だけでも死神に連れていかれないように……』


そう言ってガエを制した父親の掌は黒ずんでしまっていた。母親は弱り目を開くこともできなかったが父親の言うことにずっと相槌を打つように頷いていた。ガエは泣きながら神殿に行き祈りを捧げようとしたが生き残った市民たちで神殿は溢れかえっていた。その神殿にも入れなかった者たちが列になって祈りを神に捧げながら町中を行進していた。その光景がまだ若いガエには異様に見えた。ラペステ医師達の存在も相まって冥界に向かう亡者の行進の様に見えたのだ。そしてガエはその行進に加わることはせず船大工の能力を駆使して見様見真似で小さな祭壇を作った。この方が自分の祈りが神に届くような気がしたのだ。そして父、母の元に食べ物を届け自分も僅かながらの食事をする以外の時間はその手製の祭壇で神に祈りを捧げた。毎日気絶するように眠りにつくまで。…しかし、ガエの祈りが報われることなく両親は死に至った。最後は苦しむほどの体力もなかった。ガエは泣いた。これほどの涙が出るのかと言う量の涙を流した。一晩が過ぎ真っ赤に腫らした目で既に冷たくなった両親の遺体を見つめる。このまま放置すれば外の山積みの死体の様にやがて腐敗し、強烈な悪臭を放ち、蛆や蠅がたかることになる。そんな両親の姿だけは絶対に見たくなかった。少し考えたガエは父親とガエの仕事場だった港近くの作業場、そこを目指して母親の遺体を背負って歩き出した。軽かった。冷たくなった母親の遺体は軽かった。次いで父親の遺体も担いで作業場まで運んだが、やはり元気だった頃の面影がまるでない父親の遺体も軽かった。二人は最後は食事もまともに取れないくらい弱りやせ細っていたのだ。そして作業場直ぐの海に母親、父親の遺体を流した。最後にまだ枯れ切っていなかった最後の涙を流しながら。両親の姿が波間に消えた時にガエの信仰も完全に彼の中から消え去った。

 ガエは生まれ育ったナポリターナの町を出る事にした。両親との楽しかった思い出が今の地獄の様な光景に塗り潰されるのが我慢ならなかったし、その原因の黒死病からも逃れたかった。もちろんあてがあった訳ではない。海沿いの街道を進みトカレゼと言う小さな、町にも満たない集落の様な村にたどり着いた。村人達は最初は黒死病が蔓延しているナポリターナからやってきたガエを白い目で見、訝しんだ。しかし過疎の村にありがちなものでこのトカレゼにも若い男の働き手は少なかった。ガエは既に180センチを超える巨躯とも言っていい体だったので警戒されつつもトカレゼの村に溶け込んでいった。それに船大工の技術を持っているガエは海に面しているこの村にも貴重な人材だった。ガエにとってもトカレゼはナポリターナに戻る気はないが、かと言って両親と育った地から遠く離れたくは無いという信条に合う丁度良い場所だった。家は村外れに自分で建てた。自分一人で住むだけなのでシンプルな作りでよかった。やがて近所に住むジーナと言うガエより二つ年下の娘がガエに懐いて家に出入りするようになった。好奇心旺盛でガエの船大工の仕事や合間の野良仕事、家の増改築まで手伝いたがった。ガエもこの顔面一杯で笑う少女を憎からず思うようになった。そしてとても…とても自然に二人は夫婦になった。

 ジーナと夫婦になってガエがトカレゼに住むようになって30余年がたった。ナポリターナが黒死病の蔓延と言うこれ以上無い様な凄惨な状態だったのも今や昔の事。すっかりナポリターナは以前と同じ、いやそれ以上の復興を成し、その近郊であるトカレゼも以前より住民の数も遥かに増えて町の様相を呈していた。ガエもすっかり大人、と言うよりは初老の年となり今やトカレゼの相談役の様な立場となっていた。この30余年言葉にするのは簡単だが色々な事があった。まだ世間が黒死病の影響から不安定だった頃は時たま盗賊や強盗、凶賊などが出た。その度にガエは自ら先頭に立って戦った。巨躯のガエが船大工用の大斧を振り回すさまは正に凄まじく、”トカレゼの剛斧ごうふ”と呼ばれ街道一帯、いやナポリターナまでもその名は轟き、悪党共もナポリターナで悪事を働いてもトカレゼでだけはやめておけと囁かれるほどだった。ガエとジーナの生活も安定し何不自由無いと思われがちだったが…子供だけは出来なかった。二人とも健康だったが何の因果か、はたまた神を捨てたガエに対する報いなのか…それでも二人は十分幸せだったが。

 あるとき、トカレゼの町の北に位置するベスヴィオ山に何か得体の知れないものが住み着いたとの噂が立つようになった。…それは人でもなく獣でもない、人狼ワーウルフではないかと言うのだ。最初は皆、何を馬鹿なエールを飲みながら話を面白おかしくしたのだろうと気にもかけなかったがある時点から街道を行き来する者達に被害が出だした。それも強盗どころではない、皆殺し。最初は海沿いの街道を通る者が襲われ殺された。ガエも急を聞きつけ現場で検分を行ったがどうにも異様だった。死体に明らかに獣に噛まれた痕などはあるのだが喰われた痕は無かった。なのにその者が持っていた食料は食い散らかされていた。その上で持っていた金には手を付けていなかった。まるで興味が無いかの如く。獣に喰い殺された場合は羆にしろ狼にしろ食料として喰われるのが普通である。しかしその死体にはとどめをさした痕はあっても齧り、引き千切った後は無かった。そんなことが何件か続いた後、決定的な事が起こった。6人の護衛を付けた商隊が雇い主含め8人皆殺しにされた。明らかに異常事態。こんな事は羆にも出来るものではない。首を咬まれた死体は全て首の骨が折れ、中には嚙み切られて転がっている頭もあった。…そしてその証拠のすべてがベスヴィオ山を指していた。

 ガエは至急ナポリターナに応援要請をし、大掛かりな山狩りをすることにした。ベスヴィオ山は火山で有名な山だが標高はせいぜいが1300メートルほど。ふもとの森もそれほど深いというわけでもなく、山の中腹以上は木も生えていないのでそれほど困難な山狩りにはならない…はずだった。要請を受けたナポリターナでは兵士を20人ほど出兵してくれた。トカレゼから見てベスヴィオ火山の裏手に見えるナポリターナから東に向かう街道でも同様の事件が頻発していたらしい。ナポリターナにも名前が通っていた”トカレゼの剛斧”ガエが出ると言うので渡りに船とばかりに協力的だった。マスケット銃と言う当時最新式の銃を装備したものが10名。それに長剣を携えた兵が10名。トカレゼからはガエを含めて5名。総勢25名の屈強な男達で構成された討伐隊だった。明け方からベスヴィオ山の南側にある海に面した街道沿いから山に向かって山狩りが始まった。…ただ、ウィタリには珍しく雨雲が立ち込め霧も出ていた。ウィタリは九月ごろから冬にかけて雨が増える。ちょうどそんな時期にかかっていたのだ。ガエはしばし逡巡した。この天気ではマスケット銃が役に立たない可能性が高い。自分達トカレゼの者達だけなら中止にして引き返すところだが、それにはナポリターナから来た兵の隊長格の者が異を唱えた。来週からナポリターナではサン・ジナロの祭りに入るのでもうすでに各地からナポリターナに向けてウィタリ中の人間が集まり出しているらしい。そんな時にこんな獣を放置しておけない、噂になるしナポリターナの権威にもかかわるというのだ。そう言えばそんな時期だ。とガエは思った。自分の信仰はとうに捨ててしまっていたが妻のジーナが毎年この祭りに行きたがる。ガエも祭りの雰囲気は嫌いではないので二人でサン・ジナロの祭りに行っていたのだ。ガエは隊長格の男の意見も最もだと飲み込むことにした。一抹の不安はあったが、小雨が降り出した時にマスケット銃を持っている兵が銃口の先に剣を装着して、まるで槍の様な見た目にしていた。なるほど、こういう使い方もあるのかとガエは感心した。船大工として船の技術は最新のものまである程度理解していたが、武器、特に銃器に関してはまるで知識が無かったのだ。あの形状なら槍兵として数えることが出来る、とガエは自分に言い聞かせた。足元がぬかるみ始めたベスヴィオ山の麓に入ると思ったよりも遥かに見通しが利かなかった。それほど高い木があるわけではないが人間や大型の獣を隠すには十分すぎる程の樹量があった。五人一組となって横に広がりベスヴィオ山の南の森から探索に入る。ガエを含むトカレゼ組は中央のグループに。皆緊張の面持ちで足元を泥だらけにしながら探索した。時折猪や鹿などは出るものの猛獣の様な生き物は見当たらなかった。

 …しかし、昼頃になって休憩がてら軽食を摂っていた時にそれは起こった。突然の悲鳴とそれに続く怒号、その後入り乱れて戦闘になる音が。皆が騒めきたち即座に音のする方に駆け付ける。ガエがその場に到着すると兵士の一人が首の後ろから頸椎をかみ砕かれて絶命していた。その側にもう一人顔面を引き裂かれた兵士が一人。そちらはかろうじて息があるが、どう見ても致命傷だった。残る三人の兵が森の中を逃げる何かを怒声を揚げながら追いかけていた。何を追っているかはガエの位置からは見えなかった。ガエ達もすぐに後を追う。小雨で足元の悪い中それでも必死に駆けていくと兵士たちは振り切られてしまったらしく周りを探っていた。…ただ、それが何だったかと口々で言い合いになっていた。ある者は羆だと言い、それを他の者が狼だと。もう一人は狼が二本足で走るものか、ありえない、と。ガエもその言い分を聞きながら今まで釈然としなかったものが頭の中で疑念と共にある形になっていく。それにこれだけ人数がいる中何故正確に背後から攻撃できるのか……。普段なら対応出来なかったかも知れないがその時最大限に高まっていた緊張感と長年の経験がガエの命を救った。頭上から僅かに聞こえた小枝の折れる音。ガエは頭上を見るより先に右手に持っていた愛用の船大工用大斧を頭上に向かって一閃する。大斧に手応えを感じたのとガエがそれと目が合ったのは同時だった。輝く金色の虹彩を持つ目。憎悪の炎に揺れる瞳。…それに毛むくじゃらの顔に頭の上に三角の耳が。そしてその生物は全身に体毛が。その顔の造形は羆ではなく明らかに狼だったがガエの大斧が突き立ったのは明らかに右前足ではなく右腕の形状をしていた。その存在はガエの骨まで断つほどの攻撃を右腕に受けながら怯むことなく、いや、より憤怒を増して”五本指”の左腕をガエに向かって振り下ろす。ガエが上半身に付けていた革製の鎧を軽々と引き裂いて凶悪な四本の溝をガエの身体に刻み込む。圧も凄まじくガエの巨体が吹っ飛ばされた。周りにいた兵士たちは皆驚愕し、口々に人狼、ワーウルフと戸惑い、恐れも見せたが流石に兵士だけあって敵として認識し、攻撃を加える判断も早かった。ガエが致命傷とも言える負傷を与えた効果もかなり大きい。その人狼にしか見えない生き物は体高2メートル近くありそうだった。二本足で立ち右腕はガエの大斧の一撃で骨まで断たれ、肩の先からぶら下がっている状態。それに右胸にも大斧によってかなりの深手が。そこへ兵士達が各々の剣や銃剣で切り込む。数回明らかに効果がある攻撃が人狼の毛むくじゃらの皮膚をえぐる。たまらず人狼は人間達の囲みを破って駆けだした。方向はベスヴィオ山の火口に向かって駆けあがっていく。先程より速度は落ちていそうだがそれでも人間達より早い。兵士たちは全員人狼に止めを刺すべく追走する。胸をえぐられ吹き飛ばされたガエはあばら骨も2~3本折れている感覚があった。思わずうずくまる。そこへトカレゼの仲間が二人駆け寄りガエを介抱する。二人とも口々に目の当たりにした人狼の脅威を口にし、それに致命傷を与えたガエの手腕を褒め称えた。ガエも追撃に加わりたかったが猛烈な痛みからさすがに走るのは無理だった。それでも簡単な血止めをし仲間二人に気遣われながら追走している兵士達を追いかける。ベスヴィオ山は中腹より上は樹木が生えていないので遠目に追走している兵士たちがまだ見えていた。そしてそれは追走隊が山稜から山影に入り、ガエ達の視界から消えた時に起こった。猛烈な爆発音。空気だけでなくベスヴィオ山全体が震えるほどの爆発だった。とっさにガエ達三人はベスヴィオ山が噴火したのだと思った。ウィタリでは地震や火山はそれほど珍しいことではないので爆発に対する驚きはなかったがタイミングが悪すぎる。それに爆発があったのは兵士達が人狼を追いかけて行った方向だ。それにトカレゼはベスヴィオ山の麓とも言える場所にあるので噴火の規模によっては町に戻って町民を避難させなければならない。その判断をする為にも爆発の状況を確認しなければとの義務感からガエは爆発のあった山頂を目指す。トカレゼの二人は噴火に怯えていたし正直町の様子も気になったので町に向かうように指示を出して自分は痛む胸に顔を歪めながら追撃隊が消えた山頂を目指す。幸いなことに爆発は一回きりで火柱や溶岩の様な物も見当たらなかった。…が、山の稜線を越えてガエの眼下に広がった光景は正に壮絶だった。100メートル四方に渡ってナポリターナの兵士達の残骸が飛び散っていた。吹っ飛ばされた衝撃で見るも無惨な姿になっている者、四肢がバラバラになっている者、動いているものはただの一人もいなかった。しかし、そこにも火山の噴火の痕跡はなく、溶岩も出ていなかった。可燃性のガスにでも引火したのだろうか?そして恐らく爆心地に一番近かったであろう人狼はかろうじてその痕跡がわかる、と言うくらいの状態だった。あちこちの岩に体毛付きの肉片がへばりついているから推測出来る事だった。…しかし、それよりガエを驚かせたのは爆発の中心と思われるところに…まだ、生まれたばかり?…と思われる赤子が座っていた。泣いているわけでもなくただキョトンと座っていた。赤髪の癖っ毛が特徴的な女の子だった。

 この事件の後処理はかなり大変だった。何せナポリターナの兵がみな死んでしまったのだ。それにあの人狼。いくら説明しても無理だろうと思ったガエはバラバラに吹き飛んだのを逆に利用してとても大きな羆だったと言う事にした。ナポリターナからは検死を含めて何人もの兵士が来たが、状況が壮絶だったので説得力があった。それと女の赤子の存在はナポリターナには報告しなかった。人狼以上に説明がつかない。あの壮絶な爆発があったおそらく中心地に赤子がいたなんて。ガエ自身疑問や疑念もあったがガエとジーナ夫婦に子供が無いこともあり赤子はガエが引き取ることにした。ジーナも最初は驚いたが五十に近いこの年齢で子供を持てることを素直に喜んだ。ドゥーエと名付けたその女の子は良く笑う子だった。ガエも子供とはこんなに可愛いものかと思うようになった。ジーナとの生活に不満があった訳ではないが毎日のようにすくすくと育っていくドゥーエを見ていると、子供を持つと言うことは未来が出来ると言うことなのだとしみじみ思った。ドゥーエが三歳ごろになるとよく歌を歌うようになった。それも子供が歌うような歌ではなく聖歌のようなものから交響曲の様な物まで幅広く歌うことが出来た。ナポリターナは音楽も盛んだったので買い出しやお祭りなどに行くたびに聞いていたのだろうが、それにしても3歳を過ぎる頃には10歳を超えるような年長の者と一緒に歌っても遜色のないくらいの歌を歌うようになった。…その頃くらいからガエの家の周りで育てている菜園に変化が現れだした。ガエとジーナが夫婦になり一緒に住みだした頃からジーナが趣味がてら家の周りで野菜を育て出し、ガエが仕事の空いた時にちょっと手伝うと言うくらいのもので、ほぼジーナが一人で世話している畑なので本格的な物ではない。種類もナス、トマト、カボチャ、ズッキーニなど自分たちが食べる足しになるかどうかのものだった。それが、明らかに異常ともいえる豊作になるようになった。育てている野菜どれもが今までの収穫量の倍以上収穫でき、しかもどの野菜の状態も今まで育ててきたものと同じ種類とは思えないぐらいの良い出来の野菜となっていた。その上育ちも早く今までよりかなり早く収穫できる。ジーナは素直に喜んでいたがガエは”ある疑念”がぼんやりと、だが確実に自分の中で濃くなっていくのを感じ出していた。ガエの家の菜園の状態は最初は近所の者達も驚いていたがそのうちその近所でも同様に育てている野菜が豊作になるようになった。そしてその恵みの輪はガエの家を中心に放射状に広がって行きやがてトカレゼの町中が豊穣の恵みを得ることとなった。


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