自称壁のメイドから見た奥様と旦那様の話。
うちの旦那様というのは、成り上がりの田舎者でさらにおっさんで、顔もふつーである。
そんな旦那さまが、金で嫁を買った。
普通ならドン引き案件だが、我が家は快哉を叫んだ!
それというのも、旦那様が昔、家庭教師していた相手であるお嬢様をである。倫理的にどうなのというところもあるが、ご家族から冷遇、借金の形のような形で売り出し中となれば頑張らないわけもない。少々悪評があるのが気になるところではあるが、そこは目をつぶるべきだろう。
傷があるからかろうじて貴族の血は引いているが継承者でもない旦那様でもうっかり買えちゃったのかもしれないし。
努力と幸運とお金様の賜物だ。
周囲のあまりの喜びっぷりに当の旦那様のほうが、お、おうとちょっと引き気味だった。
さて、そのお嫁さんは即日配送されたらしい。手持ちなし、使用人もなし、持参金ももちろんなし、支度金は巻き上げられたという状況らしかった。
その状況でやってきたのにもかかわらず、美人だった。そっけないグレーのワンピースすら似合う気だるげな妖艶美女。
聞いた話と違うなぁと思っていたところで旦那様を見るなり、子どもみたいに笑った。
使用人一同が心を撃ち抜かれた瞬間である。
「ちゃんと、迎えに来てくれたんだ」
その泣きそうな声に、もらい泣き。
だというのに、旦那さまは優しく慰めるでもなく、棒立ちのままだった。え、俺が泣かせた? なぜ、嫌なのかと止めどなく流れるネガティブ。
そこを執事がどーんと背中を押した。
いまこそ、抱きしめて慰めるんです!という言葉に、は、はい?と返事をしながら、ぎこちなく奥様の肩に手を置いた瞬間抱きつかれた。
うんうん、これからは二人で熱い夜をと思って、我々は退散したのである。そのくらいの甲斐性はあるだろうと信じて!
触れずにわたわたと手を上下させていた、ということで察することができたならばと後で悔いることになる。
夕刻、さすがになんやかやは終わったであろうと様子を見に行った時、奥様は旦那様の膝枕で眠っていた。
旦那様は優しげに見守る、ではなく、途方に暮れていた。
「あのさ、白い結婚だとかそういう話はどのタイミングで言えばいいんだろ」
「はぁ!?」
「ほら、若い子には若い子じゃないか? 良い人がいれば離婚して再婚してもらえばいいだろうし、そうじゃなくてもしたいことがあればしてもらいたいし。
そういうの、うまく伝えてくれない?」
「旦那様、お断りします。
慕われてるのに断るとか贅沢です」
「刷り込みとか、そういうのじゃないかな……健全じゃない気がする」
「新婚で! 何いってんです! むしろ俺にメロメロになれよ! そうなるべきです」
「……えぇ……」
困ったと途方に暮れたが合わさった情けない表情は、絶妙にかわいそかわいい。皆に仕方ねぇなとやる気にさせる顔だ。ただし、本人は知らない。
もうほんっと、私がいないとだめなんですから! と副商会長がにやにやして、執事が澄ました顔でこんなこともあろうかとと言い出し、料理長がおいし~もん作って待ってますねぇという。
そういう感じに男にもてる男。なお、女性にもモテる。ただし、恋愛的にはモテない。恋人とか旦那にはしたくないというのはわかる気はする。
一言でめんどい。
詳しく言うと周囲が、めんどい。
さて、言葉を尽くして説得すべきかと考えた時になんとなく視線を感じた。
「……まあ、ひとまず、奥様とお話されてはいかがですか?」
「え、あの、君のことは愛してないとかいうの?」
「一発殴っていいですか?」
「や、冗談だって!」
「それならよろしいですけど」
多少は好意があるのだから、金貨の雨を降らせてきたんだからそこは自覚してもらいたいところだ。
「う、ぅん」
小さな声に私は黙ることにした。ときに喧しいが、黙るときには壁のように静かになれる女。それが私。
さーっと壁際に控えて無表情を保つ。旦那様のえ、あーという視線とか無駄な手とかは無視である。使用人の正しいあり方は家具。助けは期待しないでほしい。
ついでに、楽しいのやってほしい。
そうしている間に奥様は起き上がり、あたりを見回して現状を把握したように見えた。
「旦那様? すみません、お膝を借りてしまって」
「い、いや、ゴツゴツして寝にくくなかった?」
「いえ、落ち着きました。
旦那様のそばはやっぱり」
そう言ってもじもじしているところが大変愛らしい。少々のあざとさがあるが、年頃のお嬢さんがマスターしていても良い技術だ。
旦那様がその愛らしさをスルーしているのが悪い。
そこ、拾うとこ!
「疲れただろうから部屋で休むといい。
ちゃんと別室だからあ、」
「一緒がいいわ」
最後まで言わせず、ゴリ押し。奥様のほうが上手で力押し。旦那様が籠絡されるのも明後日くらいかも。
「体を労って、それに、あの、その、お披露目もしてないし……」
しどろもどろにお断り。取ってつけたような、断り文句。
「せんせ、こわいからいっしょに。ね、昔みたいに」
「むりっ! ってーか、昔から一緒に寝たことないじゃないかっ! 外聞の悪いっ」
びびった旦那様、ちっと舌打ちをした奥様。
……大変、分が悪いですよ。旦那様。
「今日は、ダメ。ちゃんと休むこと!」
そんなこと言って旦那様は逃げた。そりゃあもう脱兎のごとく。
「……ほんと、どうしてくれようかしら」
そうつぶやいた後、部屋を見回してぎょっとしたように私を見た。
「い、いたの!?」
「いました。どうぞ、壁だと思ってください」
「か、かべ?」
「貴族の使用人、家具のようなものとお聞きしたので」
「そ、そう言うところもあると思うけど……なんか意味が、違う気が」
「どうぞ、お気になさらず、旦那様攻略してください。微力ながら、応援しております」
「あ、ありがとう?」
困惑したような腑に落ちないような顔で言われた。
「奥様にお願いがあります」
「なにかしら」
「旦那様、部屋の鍵を忘れることがありまして、防犯上よろしくないのでご注意していただけると大変うれしいです。
就寝時間は夕食後三時間後と決まっております。では、私はこれで失礼いたします。
必要に応じて馳せ参じますので、お気軽にどうぞ」
「え、あ、鍵……」
なんとなーく伝わったようでよかった。
作戦決行されるのは何日後なのかちょっと楽しみであった。
それから一か月後、夜中に悲鳴を聞いた気がしたけど私は知らない。
それもこれも、あなたとは白い結婚です(キリッ)とかやった旦那様が悪いのである。
2/10 追記
こちらどこかで見たご夫婦と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、 続きそうで続かない短編倉庫にいます。
https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/1498578/
ep.2 そのお金は誰が稼いだのでしょうか?
ep.24 悪役令嬢を助け損ねたのに嫁になった。
ご興味ありましたらどうぞ。詳細はちょっと違います。




