笹倉高校
一週間で手続きは全て行われ、俺は都会に引っ越して来た。
「お父さんの残してくれた保険金。全部使おう!駆のために残してたんやから。今しか使う時、ないやろ」
「せやな」
「治療したら治るんやから」
「せやな」
引っ越した次の日に病院に向かう。
服薬だけで何とか通常の生活を送れるようにしましょうと先生は言ってくれた。
先生の説明によると、手術は範囲が広すぎるからできないらしい。
ただ、抗がん剤治療はする方がいいと進められた。
だけど、俺は拒絶した。
先生はめちゃくちゃ困っていたけれど、いろいろ考えてくれて服薬だけにしてくれたのだ。
「駆、治療せーへんつもりなん」
「したって死ぬんや」
「死ぬかわからへんやろ!だから、治療ちゃんとしよ。お母さんがもっかい先生に話すから」
「いらん、必要ないわ」
お母さんが泣いている。
今まで、泣かしたことなんてほとんどないのに……。
それでも、曲げられなかった。
俺は、お父さんみたいにお母さんの負担にはなりたくない。
治療するってことは、入退院を繰り返すってこと。
あの日みたいにお母さんがやつれていく姿を見たくない。
幸いなことに痛みのコントロールはできていた。
これなら、学校に通える。
何かわからないけれど。
今になって、普通の高校生を味わいたくなった。
だって、家にいたらお母さんが毎日泣いてるから。
俺にバレないように押し殺して泣いてる姿を見るだけで、苦痛だった。
ーー転校初日
「しっかり挨拶しーよ」
「関西弁は話さないようにするわ」
「サイズ大きかったなーー。せやけど、駆の身長にはこのサイズの制服なんよね」
「大丈夫、大丈夫。俺がちょっとスマートなだけやから。ほんなら、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
子供用かって思うぐらい小さい弁当箱を渡される。
保育所時代に俺が使ってたやつらしい。
この量でも、食べるの大変なのは仕方ないことだ。
笹倉高校まで来るだけで息が上がる。
学校から、8分ほどの場所にお母さんが家を借りてくれたのに……。
体力がないと言うよりは、奪われている感じがする。
「月森君、おはよう」
「おはようございます」
「無理はしないでいいから。辛くなったらいつでも言って」
「わかりました」
担任は、重森先生。
爽やかな笑顔が特徴の人だ。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
先生に言われて、歩き出す。
教室は、3年B組。
「夏休みまで、あと2週間しかないけれど。転校生がきました」
クラスの人達は、拍手をしながら俺を見つめる。
「自己紹介いいかな?」
「はい。みなさん、初めまして月森駆です。短い間ですが、よろしくお願いいたします」
「みんな仲良くしてあげて欲しい」
拍手が響き渡る。
仲良く……そんなの必要ない。
「月森君の席は、あそこだ」
「はい」
席に向かっていくと「よろしく」と挨拶をされる。
めんどくさいから、会釈だけしておいた。
席につく。
隣の席にいるのは、女の子だ。
「よろしくね、月森君」
キラキラした眩しい笑顔に何の悩みもないんだと感じる。
「よろしく」
無愛想に言って下を向く。
別に、彼女が悪いんじゃない。
俺が卑屈なだけ。
ーーキーンコーンカーンコーン
「月森君」
「何だ、あいつ」
「転校生ってだけで、調子乗ってんじゃね」
お昼休憩を告げるチャイムが聞こえた俺は、急いで教室を飛び出した。
子供みたいな弁当を見られるのも嫌だったし。
尋ねられた時に、わざわざ言い訳をする行為がめんどくさかった。
どれぐらいもつかわからん体。
そんな状態で、友達とか必要ない。
恋とか必要ない。
与えられた日々を淡々とこなして、静かに枯れていこう。
「いただきます」
「それ、保育所の時に流行ったキャラクターだよね」
「な、なに」
後ろから突然声をかけられて、ビックリして振り返ると隣の席の女の子がいた。
「月森君、声かけたのに無視していっちゃうから。追いかけてきたの」
「はあ?何で!意味わからん」
驚いてでた関西弁。
慌てて口に手をあてる。
「やっぱり関西の人なんだね」
「やっぱり……?」
「これ、落としたから」
彼女に、たこ焼きのキーホルダーのついた鍵を見せられる。
最悪や。
家の鍵や。
お父さんがくれたキーホルダーやから、大事につけていた。
「あ、ありがとう」
「ううん。いいんだよ」
ニコッて笑った彼女の笑顔に心臓がざわざわと騒ぐのを感じる。
「お弁当それだけ?」
「えっ、あっ、まあ」
「足りるの?」
「うん」
「一緒だね!私も少食なの」
彼女は、手に持っていた巾着袋から幼児が食べるサイズのお弁当箱を取り出した。
「みんなと一緒に食べるとね。ダイエットしてるって言われるから嫌なんだ。はい、これ」
彼女は、当たり前みたいに俺の隣に座ってきて、たこ焼きのキーホルダーのついた鍵を渡してくれる。
「どうも」
「いえいえ。あっ、月森君も嫌だったでしょ?男の子だから、これぐらい食べて当然とかって言われてたでしょ?」
適当に返事してていいよな。
俺がご飯食べれんくなったのは最近やけど。
最近とかって言ったら、病気の話しなアカンし。
そんなんめんどくさいし。
やけど……。
こんな真っ直ぐな瞳で見つめて聞いてくる彼女に嘘をついていいのだろうか?
手に渡されたたこ焼きのキーホルダーを見つめる。
「駆、お父さんと約束してくれへんか?」
「なに?」
「どんなに嫌な思いをしても、嘘はつかへんって」
「なんで?」
「嘘は誰かを傷つけることが多いんやで。だから、絶対ついたらあかん。もちろん、優しい嘘はいいけどな」
「優しい嘘?」
「せや!お母さんが失敗して焦げたたこ焼き食うたやろ」
「うん」
「美味しいって言うたやろ、二人
で」
「うん」
「それが、優しい嘘や」
優しい嘘以外はついたらアカンってお父さんが言うてた。
俺が今つこうとしてるのは、優しい嘘じゃない。
だから、それはよくない。
よくないから。




