200話記念SS全3話_その2_ダニエルの課外授業
※【第2部_1章_0141話_そのころ 3】あたりのお話です。
「その3」は1/2 18:00公開!
「鳥の巣街……に、鉄道計画」
ダニエルは帝国の大手新聞3社の新聞と、上質な紙で送られてきた手紙を机に広げ、口元を押さえて考え込んでいる。
窓の外ではうららかな日差しが窓を温めているが、庭園の木々は帝国の魔導学院に比べると色褪せて見える。
ここは共和国の首都キャレトレールの自宅。
時期的には秋で山の上にあった魔導学院よりはいくぶん温かいが、北国の夏は短い。
もう空に浮かぶ雲は早足に流れ、北風が首都を凍らせようと準備している。
「それに、王国へ『温石』の販売……そして公共放送。これが肝要だ」
ダニエルが読んでいた手紙をそっと机の上に置くと、すぐそばに控えていた側近が「目を通してもよろしいですか」と断りを入れてくる。
名目としては「魔導学院卒業後も続く、国境を超えた友情」のようにも見えるが。
白い妖精王子のケイトリヒは、ダニエルへの手紙が共和国で検閲されることを見越して伝えられるものだけを選んで書いている。
ときどき魔導学院時代の思い出も混ぜ込みながら。
帝国の新聞よりはディープで、王子のもつ利権の深くまで踏み込まない、絶妙なラインの情報を織り交ぜてダニエルへの手紙をしたためていた。
さすが、帝国の剣といわれるラウプフォーゲル公爵令息は政治力も抜きん出ている。
見た目だけであれば愛くるしい妖精のようにしかみえないし、のんきな性格ではあったが賢さはひと目見ただけでわかった。
可愛らしい見た目を自覚していてわざと愛嬌を振りまいていたが、その実かなり冷静で知的な戦略家。
人好きするタイプではないはずのダニエルに懐いたことも、普通の子どもではないと思わせるものの一つだ。
そう考えると、ダニエルは頭を打ち振った。
懐いたのではない、懐いたように見せかけて、懐柔されたのは自分のほうだ。
そう否定してみたが、上手く行かなかった。
応用魔法工学の授業は、初めて自分が年相応の普通の子どもになったような気分にさせてくれた。くだらない雑談で笑い、軽妙な軽口を楽しみ、目の前の作業に没頭する。
あの時間は、これまでのダニエルの人生のなかでかけがえのない存在として輝いてしまっている。
その教室で、俺の作業する手元を興味深そうに覗き込んできた水色の瞳。
最初はうっとおしく感じていたが、そのうち慣れてきて自分の方から説明するようになった。そして授業の終盤では、王子はのそのそとダニエルの膝によじのぼって座り込むまでになった。子どもの体温は温かく、計算でやってるようには思えない。
懐柔でも構わない、と思えるくらいにダニエルのほうも好感をもってしまったのだから仕方ない。
膝に乗るくらい距離感近めではあるが、作業中はジッと見ているだけだったり着目点が面白かったり、とにかく子どもでありながら子どもとは思えない中身が面白かった。
完全に趣味で作った箱庭が帝国通貨にして9万6千FRで売れたことには本当に驚いた。
華やかでも美しくもない、荒廃した遺跡のような朽ち果てた神殿の風景を作ったのだが。
まさかそれがこんな値段で売れるとは思ってもいなかったし、ごく普通に子どもであるダニエルに対して即座に支払いがされたことも驚愕だった。
帝国の寛容さを痛感した瞬間だ。
そして、帝国は豊かだ。ただの置物にこれだけのカネを動かすゆとりが、社会全体に存在する。それがダニエルを妬ましいやら羨ましいやら、複雑な気分にさせた。
「鳥の巣街にはいつでも招待する……か」
新聞と手紙にある商館も、遠隔地を繋ぐ鉄道も、今の共和国には過ぎた代物。
仮にケイトリヒとの友情価格で技術提供を得たとしても、食糧事情も治安も安定していない共和国では扱いきれない。
「もしもケイトリヒ殿下を利用して共和国に益を得ようというのならば、やはり王国と同じく温石が順序的にも実績的にも妥当か。だが、俺には農業関係にツテがない」
ダニエルが言うと、側近の一人が手紙に目を通しながら言う。
「今から作ればよろしいではないですか。国内の農業組合を抱え込める、またとない好機です。『温石が手に入る』と囁けばあちらのほうから集まってくるでしょう」
手紙に目を通していた側近が口の端を釣り上げながら言う。
王子の手紙は語彙が豊富で機知に富んでいて、読んで面白いことだろう。
とても10歳の少年が書ける文章ではないと思うかもしれないが、王子を知るダニエルは代筆でないことを確信していた。
ドアがノックされる音が部屋に響く。
ノックに合わせてガタガタと揺れるドアがどうにもダニエルを苛立たせた。
「……入れ」
ドアを開けて入ってきたのは、共和国首相。ダニエルの父。
醜く張り出した腹を揺らして下卑た笑みを浮かべている。
「ラウプフォーゲルの王子と仲良くなったそうじゃないか。どうやって落とした? 聖教のほうはだいぶ嫌われているそうだが、気難しい子か?」
半年ぶりくらいに顔を合わせるが、挨拶するような仲でもない。
「検閲の報告が入ってるんだろ。読んだ通りだよ」
「……愛息の交友関係のためにわざわざ忙しい時間を縫って会いに来たんだ、少しはお父さんに学院で何があったか話してご覧なさい」
わざとらしくねっとりした猫なで声で阿る「書類上の父」が、気持ち悪くて仕方ない。
「気色わりい声出すんじゃねえ猫野郎。見苦しい腹を掻っ捌いてやろうか」
ダニエルが年齢にそぐわないドスのきいた声で唸ると、書類上の父である男は嬉しそうに笑う。それもまたダニエルの神経を逆撫でするものだ。こういう態度をとると、いつもこいつはこういう顔をする。それがまた気持ち悪い。
ダニエルの悪態を聞いたら、ケイトリヒは「猫って可愛くない?」と思ってしまったことだろうが、この世界で、特に共和国でいう「猫」はファングキャットのことを指す。
邪悪で醜いという意味を持つ最悪の罵倒になるため、ほとんど猫という単語を使う者はいない。
「まったく、母親そっくりでたまらんな。可愛い子が必死に威嚇する姿は実にいい。……はあ、男に生まれたのが本当に残念だ」
でっぷりと突き出た腹を撫でながら、ニタニタと笑うこの男を喜ばせるだけだというのに身についた悪態は簡単には抑えられない。
「変態野郎が臭い口を開くんじゃねえ。目の端に居るだけでも不愉快な見た目でよくものうのうと生きられるもんだな、アンデッドのほうがまだ可愛げがある。さっさと消えろ」
この男はダニエルに対し際どい性的な言葉を繰り返し投げつけるが、実際に性的な興味があるわけではない。性別のおかげなのか、年齢のおかげなのかはわからないが、ただ単純に罵られるのが好きなんだろう。
あるいは、口を開けば性的な言葉が出てしまう無意識のビョーキか。
ダニエルはいつもそう考えていた。
心底気持ち悪い気持ちはあるが手を出されたことはないし、そういう目で見ている雰囲気もないのがせめてもの救いだ。ただ言葉だけがとにかく気持ち悪い。
「話題の商館に誘われているそうじゃないか。行かないのか? ん?」
「テメエの側近を同行させろって話なら断る」
渾身の睨みで威嚇しても、気色悪い男はニタニタ笑うだけで気にした様子もない。
ダニエルの殺気は大人でも怯むというのに、そのあたりは流石に一国の国主を担っているだけあって簡単ではない。
「驚いた、ダニエルは可愛らしい子が好きなんだねえ? ラウプフォーゲル王子は妖精のように可愛らしいというじゃないか。気に入ったのかい? 王国の公爵令息のように側近になれるようにパパが手配してあげようか?」
机の上にあったインク瓶を投げつけたい気分だったが、目の前の男を悦ばせるばかりになるのであえて無視。
「はあ……」
ダニエルに対しては気色悪い発言ばかりだが、一国の国主としての権力は無視できない。
温石の農業利用について……この男に相談すればすぐに解決策を示してくれるだろう。
だが、気が乗らない。
顔中の肉が重力に負けているこの醜い男の手を借りなければ、まだ政治もろくにできないという事実を飲み込むのが苦しすぎる。
同時にとても悔しい。
帝国でもラウプフォーゲルは豊かで絶大な軍事力を持つ公爵家でありながら、小さな妖精のような令息にも比類なき権力を分け与えている。
(俺が弱いのは芽吹いた土地が貧しいせいもある……だが、それを理由に弱いままでは不愉快だ)
目の前の不愉快な男が消えてくれないのなら、今は自分が退かねばならない。
温石の農業利用については自分でやってみよう。
音もなく立ち上がると背後にあった窓を開けて足をかけ、ふわりと飛び降りる。
「ダニエル!」
背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。
3階の部屋の窓は高かったが、アイベックス(ヤギの一種)が岩山を駆け下りるように軽々と途中の段差に足をかけて着地する。
窓からこちらを見下ろしているだろう男を無視して歩き出すと、庭師の少年がキラキラした目でこちらを見ている事に気づいた。
ボロボロでひどく汚れた服に、葉や土がべったりとついたみすぼらしい少年。
手足は傷だらけで、顔は腫れたあとや痣がたくさんついている。
(王子の庭師は男爵子息だったな)
自分とケイトリヒ王子の状況を比べてしまう。
ケイトリヒ王子をとりまく環境は比べようもないほど豊かで、カネも人材も権力も何不自由なくそろっている。
王子の側近となった王国の公爵子息の選択は、慧眼と言っていいと思う。
だが……。
(どんなに規格外の権力者が相手だとしても、下につくのは不愉快だ。俺も面倒な性質を持ったもんだ)
こちらをみつめている庭師の少年を無視して歩き出すと、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。
「あいつ、どこいった」
「今日はこれで殴ってやろうぜ」
「そりゃさすがに死ぬだろ。こっちで叩けばみっともない声をあげるんじゃないか?」
「いいな、それ」
布の質は悪いがキレイに着飾った身体の大きな少年たちが、暴力の矛先を探しているようだ。……きっとあのみすぼらしい少年をいたぶるつもりなんだろう。
すぐにでも農業組合へ向かおうとしていた足が、止まる。
「見つけたぞ、あっちだ!」
「逃げるぞ、追え!」
「ひゃはは! ヨタヨタ走ってやがる。ほら、すぐに追いつくぞ〜」
「こっちは行き止まりだあ!」
追われた少年は必死で逃げ惑い、だが身体の大きな少年たちにすぐに捕まった。
バチン、と肉を打つ音が響く。
ダニエル自身も聞き覚えのある音。
あれはおそらく、乗馬鞭でどこかを叩かれたに違いない。
だが、みっともない悲鳴は聞こえてこなかった。
「こいつ、ほんと鳴かないなあ。つまんねえ」
「指でも切り落としたら?」
「バーカ、仕事できなくなったら損害賠償求められるかもしんないだろ」
「だからこれでさあ……あれ? どこいった?」
バコン。
木製の棍棒に、鉄製の突起がついた武器のようなものが転がっていたので、ダニエルはそれを拾って少年の1人の頭を潰した。
倒れた少年はピクリとも動かない。
何が起こったかわかっていない少年たちは、ただ倒れた仲間の頭からじわじわと広がる赤いものを見つめている。
「え……」
「おい、ビル……?」
「おい、お前たち旧貴族のガキだろ? 首相の息子に会ったらどういう挨拶するか、聞かされてないのか?」
ダニエルの言葉に、少年たちはハッと顔を上げるが、目の前で広がっていく血溜まりに思考がまとまらないようだ。
「跪くんだろうが、アホども。そんな基本的な礼儀も知らねえクズか?」
そんな礼法はないのだが、ダニエルはとりあえず呆気にとられる3人が正気になって逃げる前に、尻尾を踏みつけて逃げられないようにしたかった。
「頭悪いガキを持つと親が苦労するな。呼び出して財産没収かもな? そうなったらお前たちはめでたく『一家の恥』になるわけだ」
「一家の恥」という言葉に、目の泳いだ少年たちがモタモタと跪く。
旧貴族が子どもに対して使う常套の叱り文句だ。
もう貴族制度は撤廃されたというのに、いまだに貴族としての矜持を貫こうとする前時代的な一家では大抵この言葉が使われている。
(バカバカしい)
跪いて動かなくなった少年を、トゲ棍棒で……ケイトリヒが見たら「釘バット」と呼んだであろうそれで、次々と頭を狙って殴り倒していく。
一人目は勢いがあったので完全に沈黙させられたが、残りの3人は意識を失うほどにもならなかった。だが、ひどく血が流れている。
「はあ、きったねえな。おい、この死体片付けとけよ。あと血も掃除しとけ」
痛みにのたうち回る少年を尻目に、トゲ棍棒をポイと投げ捨てて背中を向ける。
おそらく、この程度ではまだ死んでいないだろうが、このまま放置すれば確実に死ぬだろうな。ダニエルはそう見積もった。
トゲが目の上に当たってだらだらと血を流している少年が、血走った目でトゲ棍棒を拾おうと立ち上がって手を伸ばした。
その瞬間、ダニエルの蹴りがその少年の顔面にまともに入る。
鼻血を吹き出しながら転がる少年の手を狙って、革靴が落とされた。ガリッ、と人体から出るとは思えない音が響き、悲鳴があがった。
「根性見せたいってんなら見てやるよ。特別にな」
ダニエルは棍棒を拾うと、それに手をかざす。
まるで松明のように燃え上がった棍棒に、少年たちが怯えた。
「自由な行動には責任が伴う、って、習わなかったか?」
燃える棍棒を、倒れた少年の手に押し付けると割れるような悲鳴があがる。
これもまた聞き慣れた音だ。
「この庭のものは俺のものだ。俺のものに手を出すというなら、等価交換。それがこの国の在り方だろ? 高い勉強代を払うハメになったな、ちゃんと学んだか?」
痛みと恐怖で恐慌状態の少年たちにニッコリと優しい笑顔を向けると、彼らはより震え上がった。
(……俺はまだこういうやり方しかできない。だが、もっと力をつければ……)
強い視線に気づいて、ふと目を向けると腫れ上がった目の奥からうっとおしいほどのキラキラを放つ庭師の少年。
(何事も、最初は小さな一歩から……だったか。ルキアが言っていたのは)
今までであれば、無力で利用価値のない少年など捨て置くのが当たり前だった。
だがダニエルに向けられる、英雄を見るような熱っぽい視線。
……これは、王子を見つめるスタンリーとかいう従者の目つきに似ている。
おそらくスタンリーは、王子になんらかのかたちで救われたのではないだろうか。
「お前、名前は」
「ぶぁ……ぶ、ゔぁー、ヴァーニー、です」
口の中も腫れているのか、発音しづらそうに答える。
「……傷が治って、後遺症もないようだったら屋敷に来い。お前たちは……そうだな」
「も、もうダニエル様の持ち物には手を出しません!」
「この庭にも二度と入りません、申し訳ありませんでした!」
まともに喋れるのは2人だけ。
鼻を潰され手を焼かれた少年はすすり泣いているし、1発目に倒した少年は相変わらず動かない。
まあ、おそらく死んだだろうな。
チラリと3階の窓を見ると、様子をずっと見ていた不愉快な男が視線に気づいて、手を広げて見せる。
あの男は性的ではなくともダニエルを気に入っているようで、どんな手を使っても必ず助けてくれた。失態だけでなく明らかな犯罪でも隠蔽する。
凶暴な獣を飼い慣らして使おうとでも考えているのではないか、とダニエルは思っていたが、どうもそうではないようだ。
なんにしても、せっかく使えるのだから使っておこう。
「あとはよろしく、パパ」
声を張り上げてそう言うと、3階の窓の男は応えるように片手を上げた。
(俺はこの国で力をつける。そして、王子に並び立って――)
並び立って、どうしたいのだろうか。
友と呼んでもらいたいのか。
対等になりたいと思っていることは間違いないが、王子は最初から対等に接してくれた。
ふと、庭師の少年と目が合う。
(ただの友ではない。俺は――王子にとって『価値ある友』になりたい。俺にとって、王子がそうだかから……うん。それでようやく、対等だ)
ラウプフォーゲルの王子に見合う友とは。
とりあえず、共和国をまるまる牛耳らないと釣り合いが取れない気がする。
それも、今のように貧しくボロボロな国ではなく、強く豊かな国となって、その全てを自分の持ち物にしなければならない。
(まあ、悪くない目標なんじゃないか?)
ダニエルは血だらけの少年たちにニッコリと笑いかけると、軽い足取りで農業組合へ向かった。
残された少年たちは、後に1人を除いてダニエルの存在そのものがトラウマになるのだった。




