200話記念SS全3話_その1_ペシュのおしごと
※【第2部_1章_0141話_そのころ 3】あたりのお話です。
「その2」は明日1/1 18:00公開!
「ヒメネス卿、お忙しいところ恐縮ですが、文書の添削をお願いできますでしょうか」
書類を手にした若い文官が、恐る恐る長身痩躯の金髪男性にそれを差し出す。
振り向いた彼は、ゆっくりと書類を受け取ると近くの座席に座り、インクのついていないガラスペンを書類にすべらせながら細かく書類をチェックする。
ラウプフォーゲル領では珍しい淡くくすんだ金色にシルクのような髪と鮮やかなライムグリーンの瞳は、室内で見るとどちらもとても上品に輝いて見える。
だが今はその疲れ切った表情のせいで、どちらも退廃的な雰囲気を醸し出していた。
「……中央へ提出する文書ならば、この表現は過剰に謙り過ぎておりますので、こちらの文言に修正を。あと、この単語は中央では一般的ではないので別の意味に解釈される恐れがあります。別の表現に変えたほうがよいでしょう」
「謙らなくてよいのですか……?」
書類の提出先は魔術省。
ラウプフォーゲル領にとっては仇敵といってもいい相手だ。
この世界はどんなに小さな羽虫にも、葉っぱの切れ端にでも魔力が宿る。
もちろんヒトにも言えることではあるのだが、体格に恵まれ力強いラウプフォーゲル人は生まれつき魔力が低い者が多い。
そのため比較的魔力が高く生まれる中央の人々……ラウプフォーゲル人が「北方人」と呼ぶ彼らは、魔力の低いラウプフォーゲル人のことを野蛮人と呼んで蔑む傾向がある。
そしてラウプフォーゲル領は長い間、領地の防衛のための防衛魔法陣に使われる魔力の多くを中央から出向してくる魔術師に頼っていた。
魔力の高い魔術師を貸し出してもらわなければ防衛魔法陣を維持できないため、中央には頭が上がらなかったのだ。
だが、それも昔の話。
「今はケイトリヒ様の開発したトリュー魔石があるのです。奴らはこちらが過剰に謙ればそれを好機とばかりに上から物を言う愚か者ばかり。調子づかせてはなりません。もうラウプフォーゲルは誰に阿る必要もないのです」
疲れ切った表情からも鋭い目つきでズバッと中央を切り捨てる発言をする男。
彼の名はペシュティーノ・ヒメネス。
かつては明らかに北方人の見た目をしていた彼を警戒する文官が多かったが、今では中央を毛嫌いしている彼の発言に胸のすく思いをしている者も多い。
気のいいラウプフォーゲル人は腕力こそめっぽう強いが、こと舌戦となると弱いのだ。
皮肉や暗喩も好まない。そういう部分を「粗野で愚鈍」だとこきおろす中央に対し、反論もできずただ嫌悪するしかない、それがラウプフォーゲルの世の常だった。
しかし、時代は変わった。
「添削ありがとうございます……承知しました。今後は過剰に謙ることのないよう文書作成します!」
若い文官は少しはにかみながら笑顔で頭を下げてパタパタと自分の席に戻っていった。
ペシュティーノはラウプフォーゲル城の文官として不定期に助っ人に来ていたのだが、今は文官の数も多く以前ほどの忙しさはないようだ。
文官の数が増えたことも理由の一つだが、なによりも……。
「ヒメネス……卿、度々のご助力に感謝いたします。ケイトリヒ殿下のトリュー魔石のおかげで事務の魔道具への魔力供給の必要がなくなり、だいぶ業務が効率化しましたよ」
ラウプフォーゲル城の筆頭文官である男がペシュティーノに近づいて揉み手でもするような勢いで慇懃に頭を下げながら話す。
先程の話からすれば、これは「過剰に謙り過ぎている対応の例」だ。
「ゼステム筆頭文官。だいぶ文官の数が増えて、業務に余裕があるようですね」
ペシュティーノの言葉に、ゼステム筆頭文官は愛想笑いをする。
この男はかつてペシュティーノが単なる王子の世話役でしかなかった頃には、言葉にこそ出さないものの嫌悪感と侮蔑のまなざしを隠すこともなかった嫌なヤツだったのだが。
第4王子であるケイトリヒが存在感を増し、皇位継承順位まで第2位となるほどに出世すると、世話役であるペシュティーノもそれなりの立場が必要になった。
そのため公爵がシュッツハルト子爵を授け、今や晴れてラウプフォーゲル貴族。筆頭文官という名目よりもさらに上の立場となった。
(※ラウプフォーゲル公爵は皇帝とは別に、特別に下位の爵位を叙爵することができる)
その出世により、これまでペシュティーノに向けられていたラウプフォーゲル貴族からの侮るような視線は一部が消え、一部が融解し、一部がさらに攻撃的に変化した。
ゼステム筆頭文官は融解に分類されるだろうか。
「……ところでヒメネス卿、ご結婚には興味は?」
「ありません」
ラウプフォーゲル人は直接的な会話を好む。しかしそれでも取り付く島もないほどバッサリと斬り捨てられた会話に、初老のゼステムのほうがうろたえた。
「しかし、そうは言ってもラウプフォーゲルのご令嬢たちが放って置かないでしょう?」
「ええ、爵位を得た瞬間に多くの縁談を頂きましたが、すべて断りました。これ以上私に断らせないで頂きたいと切に願っております」
ライムグリーンの瞳がスッと細められ、やや大きな声で宣言されたそれは執務室中に響いた。一部の女性職員がソワソワしている。
「ラウプフォーゲル女はお好みでないとか?」
「いいえ、好みの問題ではありません。私は愛し子を魔女に奪われかけたことで誰も信じられなくなりました。私の心の問題なのです……どうかご理解ください」
痛ましげに胸元を押さえながら悲痛な表情をして見せると、初老の男も閉口するしかない……だろうと思ってペシュティーノは言ったのだが。
「ヒメネス卿はケイトリヒ殿下を立派に教育し育て上げたという実績がございます。人間不信であろうと、子を設けることはできましょう。殿下が信頼する卿の子であれば良い側近となります。どうです、卿にぴったりの器量の良い姪がいるのですが」
「結構です」
食い下がる態度にペシュティーノは明らかに態度を豹変させ、軽蔑するような目つきでゼステム筆頭文官を睨みつけた。さすがに不穏な空気を感じ取ったのか、「残念です」とだけ残してそそくさと去っていく。
(ゼステム筆頭文官の姪といえば、たしか伯爵家の跡取りを産んだ出戻りの令嬢だったはず。まだ妥当な年齢だが……)
女性の少ないラウプフォーゲルでは貴族女性の出戻りはなんら珍しいものではなく、結婚することなく子を産むこともなんら問題ない。
ペシュティーノが思い浮かべた女性は年齢は20代後半、器量良しという言葉に偽りないラウプフォーゲル美女ではある。が、その評判を聞けば、とても北方人であるペシュティーノを好むとは思えない女性だ。
(まあ、成人前の令嬢をあてがおうとしてくる輩と比べれば常識的ではある)
いまや時の人となったケイトリヒ殿下の最側近、世話役で親代わりでもあるペシュティーノの叙爵の影響は大きい。
例え北方人だろうが、宿敵であったシュティーリ家の傍系だろうが関係ない。
ゼステム筆頭文官と同じように男性から身内の女性を紹介されるばかりでなく、女性から直接的に言い寄られたこともある。
(ああ、面倒だ……この際なにか決定的な瑕疵があるという噂でも広まってくれればよいのだが)
はあ、と大きなため息をつくと、足元に何かがまとわりつく気配。
ハッと視線を降ろすと、白い妖精が長い脚のズボンをちょん、とつまんでいる。
「ペシュ、おいそがしい?」
「これはこれは……どうされました? 御館様と新型兵器のお話は終わったのですか?」
見慣れた白い髪と大きな水色の瞳にまっすぐ見つめられ、思わず顔がほころぶ。
こちらを見上げて首を傾げる姿は、愛くるしさの権化のようだ。
「うん、おわったからユヴァフローテツに帰ろうとおもって。ペシュ、あとどれくらいかかる?」
「私を待って頂く必要はありませんよ。お戻りになるようであれば切り上げましょう」
「いいの?」
「ラウプフォーゲルの文官は皆優秀ですから」
白い妖精ことケイトリヒはキョロキョロと周囲を見回して、むい、と手をあげた。
抱っこして、のポーズだ。
身体は小さいが9歳となった今、あまり抱っこするのはよろしくない……と話したはずだが城を歩き回るときにはやはり抱き上げたほうが早い。
なにせケイトリヒの歩きはペシュティーノの歩幅の5分の1ほどなのだ。
抱き上げると、首に腕を回してくる。
「ねえペシュ……ファレン嬢ってしってる?」
「ファレン嬢? ……ええと、たしか……アサニエル子爵のご令嬢で、グンター男爵の元夫人では?」
「そう! 知ってる? 会った?」
「礼儀として名前は存じておりますが……一度もお会いしたことはありませんよ。その方がなにか?」
ケイトリヒはキョロキョロと周囲を警戒するように見回しながら、さらに声を落としてコソコソと話す。
「(その令嬢がね、ペシュのことを狙ってるんだって! なかなか強引なヒトで超肉食系女子らしいから、僕がペシュを守ってあげようとおもって)」
ケイトリヒは真剣な顔で首にしがみつきながら言う。
思わずペシュティーノは、声を上げて笑ってしまった。
「ふふっ、ケイトリヒ様、私には結婚してほしいのではなかったのですか?」
「え、そんなこと言ったっけ?」
「私の子が見たいと」
「あ、うん。子どもはね。そうだけど。でも結婚って、ペシュに気持ちがないとダメでしょ? もしもファレン嬢がペシュの好みじゃなかったら、強引な女性からのがれるのは大変なんじゃないかなとおもって」
抱っこされながらも、ケイトリヒの目的はペシュティーノを守ることなのだと思うとまたさらに笑えてきた。
「ふふふ……それは、ありがとうございます」
「うん。こうやってくっついてたら、どんなに強引でも押し倒したりはできないよね」
そういう守り方か、とペシュティーノはさらに笑う。
「ケイトリヒ様……私はこう見えて強いのですよ。どんな相手であろうと私を組み敷くなど無理ですよ」
「でもペシュは文官でしょ? ジュンみたいに強ければいいけど、本気の本気で来られたら相手が女性でもわかんないよ!」
ケイトリヒの目は本気だ。
「クックック……そ、そうですか。では頼りにさせていただきましょう」
「うん、まかせて! ペシュのテイソウは僕が守るよ! あっ、でも相手を気に入ったときは、そっと降ろしてね。僕、空気読める9歳だから」
笑いをこらえきれないペシュティーノは王子を抱いたまま、肩を揺らしながら部屋を出ていった。
長身のペシュティーノが出ていったドアを名残惜しげに見つめているゼステム筆頭文官のもとに文官の女性が歩み寄る。
「……あの男は笑うこともできるのだな」
「ええ、ケイトリヒ殿下の前ではとてもにこやかですよ。あの笑顔を引き出せる結婚相手となると、難しいでしょうね」
ゼステム筆頭文官はそう答えた女性の文官をチラリと横目で見る。
「……彼は、女性の間で人気らしいな?」
「ええ、それはもう。ラウプフォーゲル男と違って繊細で儚げですから。それでいてあの長身。とはいえ、あまり真剣にお近づきになりたいと考えている者はおりませんよ。あれは観賞用みたいなものです」
「観賞用……」
「ケイトリヒ殿下との睦まじい様子は、本当にみるだけで目の保養ですわ」
女性文官はホホホ、と笑って書類の束をゼステム筆頭文官に渡した。
「ヒメネス卿のおかげでいくつかの懸念事項が解決しましたから、いくつか案件が進行しますよ。忙しくなります」
「……まったく、有能すぎて嫌味な男だ」
書類の束をざっと流し見た筆頭文官は頭をかいた。
ペシュティーノへの結婚の提案を求めてきた姪に、なんと言い訳するか考えながら。




