200話直前! 記念SS_レオのクリスマスディナー
※【第1部_8章_120_野望は大きく果てしなく 】あたりのお話です。
「おにぎり100個に味噌汁を寸胴鍋1つ分、肉味噌1カレッツァに漬物1カレッツァ……そして焼き菓子を大量に」
査問官が目録を読み上げながら眉をひん曲げる。
「ほぼ食い物じゃないか」
「はい、そうです。異世界召喚勇者は、異世界で日常的に食べていた食事に飢えているようで……何度送っても『また食べたい』と」
「帝都では再現できないのか?」
「コメがなかなか手に入らないみたいですねえ……あ、そうだ。よかったらこれ、お裾分けです!」
ラウプフォーゲル城からほど近い役所の、転移管理局。
この世界では地球のような物流ネットワークはあるにはあるものの馬車を使った原始的で時間のかかるものなので、保存食ならばいざしらず調理済みの料理を輸送するにはとてもじゃないが間に合わない。
なので、帝都の異世界召喚勇者に届けるは転移管理局の「物品転移魔法陣」を使うしかないと思っていたのだが……。
初回から「ラウプフォーゲルが帝都に食糧支援か?」と怪しまれ。
もう数回目になるというのに相変わらず転移管理局の役員はなにかと文句を言ってくる……ように思える。
まあ、転移管理局の仕事は転移される物品の安全性や違法取引でないかをしっかりチェックする係なので、文句を言ってくるのも仕事のうち……と考えてレオは気にしないことにしている。
転移にかかる費用はすべて異世界召喚勇者が持ってくれてるし。
手のひらサイズのおにぎりを差し出された査問官は、待ってましたというように集まってそれぞれ1つずつかぶりつく。
「……ずっとどういう食べ物か気になってはいた」
「む、味はほとんどないのだな? しかし、妙に甘みが……」
「中に入っているのはウログチか。この気温では半日で腐るぞ?」
「ケイトリヒ殿下から腐敗、乾燥、劣化防止の魔法をかけていただいてるので、詰め込んだときと同じ状態を3日は保ちますよ」
ニコリと笑うと、査問官たちはピクリとおにぎりを食べる手を一瞬止めた。
「……そ、そういえば貴殿は殿下のお抱え料理人であったな」
「あまりにも親しみやすいので忘れていた」
「この……おにぎり、だったか。これももしや、高級料理では……?」
「いえ、コメは現在殿下のご指示のもと増産体制に入ってますし、使われているお野菜はすべてユヴァフローテツの農園で採れたものです。水産はもともと地場産業ですし、冒険者組合もできて食肉供給も安定しているので、値段でいえばそう高いものではないですよ!」
淀みなく答えるレオに、査問官たちはおにぎりを噛み締めながら頷く。
「しかし、ラウプフォーゲルで見かけることはほとんどないな」
「携行食よりも手軽に食べられるし、美味い。これは、販売しないのか?」
「バカ、王子殿下のお抱えが商売などするわけないだろう」
「あ、売ってますよ! 東区の11番街で。私の直営ではなく、弟子ですけどね!」
レオの言葉に3人の査問官が目を輝かせた。
「朝に売り出して昼頃には売り切れてしまうようなので、おはやめに!」
みっちり弟子の店を宣伝し、転移管理局をあとにした。
「あ、レオさん! 今日は新鮮なポルキートが入ってますよ!」
「殿下の料理人様! よかったらこちらの葉ネギをお納め下さい! 先日のメニュー改良案の御礼です。おかげでずっと味が良くなりました!」
「レオ様! 変わった香辛料が入荷してますよ!」
レオが通ると、通りの飲食店や食材店から次々とヒトが飛び出してきてレオに何か渡そうとしたり、売り込もうとしたりする。
「あまりレオ様を取り囲むんじゃない」
たまらずレオの後ろから護衛騎士がいさめる。
レオは帝国の治安の良さに感心していたけど、さすがに王子のお抱えになっておいて護衛が不要だとは思わない。何の責任もなかった一人旅時代とはワケが違うのだ。
「ポルキート5カレッツァほど包んで! 葉ネギありがとう、これすごく使い勝手がいいよね! 変わった香辛料ってなんて名前?」
レオは嬉しそうにひとつひとつ無下にすることもなく応じていく。
貴族、しかも領主令息のお抱えともなると、たとえ料理人でも貴族のように振る舞うのが普通だがレオは当然だがそんな感覚は持ち合わせていない。
「食材調達がしやすくなって嬉しいな〜」くらいしか思ってないのだから、関わる人々もこの無邪気で無警戒で純粋に食を愛するレオを慕ってやまない。
ラウプフォーゲルの街をあとに、街外れに停めてある浮馬車に乗り込んだレオに続き、護衛騎士も乗り込む。
「いっぱい買いましたねえ。いや、もらったものも多いですが」
「レオ様はユヴァフローテツを歩いてもラウプフォーゲルを歩いても人気者ですね。王子殿下と似ていらっしゃる」
「たくさん買うからね、お得意様だよ! 見て、これ朝採れのニンニクだって! ラウプフォーゲルじゃ珍しいよねえ、生産者が近くにいるんだねえ」
買ったりもらったりした食材を改めて嬉しそうに見つめたりニオイを嗅いだりしているレオを見て、護衛騎士たちも顔がほころぶ。
こんなに楽しそうに仕事を語る人物はなかなかいない。
「明日の王子のお食事は豚汁かな……いや大きなパピーカもあるしチンジャオロース……最近つくってないからハンバーグでもいいかも」
レオはケイトリヒ王子のお抱えだが、一部の使用人や側近の料理も担当している。
王子は食が細いので細々したメニューを考えて作っても、実際食べるのは大人の一口分くらいしかない。最初は王子の食事量に合わせていたレオだが、少量の料理というのは本当に効率が悪いのだ。
今では王子に作った料理と同じものを、側近や使用人に振る舞うことで逆にコストを抑えている。ラウプフォーゲル城下町で売られる肉の単位の最小が1カレッツァな時点で、この世界の健康な成人の食事量はお察しだ。
魔導学院に戻ると、使用人から「異世界召喚勇者からお手紙が届いてます」と伝言が。ついさっき今週分の食料支援を送ってきたばっかりなのに、入れ違いになったようだ。
魔導学院から帝都は近いのでトリューがあれば直接届けるのも簡単なのだが、帝都の異世界召喚勇者はいくらケイトリヒ王子の専属料理人といえど簡単に会える人物ではない。
それにケイトリヒ王子の専属料理人だからこそ、あまり帝都に出入りするのも望ましくないという事情もあるらしい。
レオはそういう政治に疎いのでよくわからないが、異世界召喚勇者への食料支援はラウプフォーゲルにある転移管理局か、魔導学院の共用物品転移魔法陣を使うしかない。
そして魔導学院の転移魔法陣は予約制なうえ、いちいちケイトリヒ王子にお願いしないと予約もできないので、週に一度のラウプフォーゲルへの買い出しのときについでに転移管理局で送るようにしている。
「やっぱりラウプフォーゲルで入手できる食材は品数が多くて新鮮だなあ」
レオは今日の戦利品をしげしげと眺める。
ケイトリヒ王子の権威でかなり良い食材を融通してもらっているが、それでもやはりレオの知らない食材がラウプフォーゲルには溢れている。
「これだから市場めぐりはやめられないんだよな……」
そう言いながら異世界召喚勇者からの手紙を開封すると、奇妙な単語が見えた。
要約すると「クリスマスパーティーをしたいから、なにかしらメニューを用意してもらえないか」という内容。
「……真夏だが」
手紙に向かってツッコむと、側にいた弟子が「はい?」と反応してしまった。
「い、いや。なんでもない。アベル、この世界……いやラウプフォーゲルの風習について聞きたいんだが、なにかお祝い……いや、祭りかな? とにかくいつもは食べない、特別なときにだけ食べる料理ってあるかな?」
「もちろんありますよ! というか、ラリオールクックの卵はお祝いの席で食べる料理の代表なんですが……。もはや毎日仕入れてますから、これは除外しますね」
この世界で一般的に食されている「卵」と呼ばれているものは、実はリヨードという巨大な虫の卵。
共和国にいたときは卵といえばラリオールクックの卵しか無く、とんでもなく貴重な存在だった。帝国にやってきて卵が一般的に食されていると聞いて感動したものだが、虫の卵とは予想外だった。
レオ自身はまったく忌避感はないが、前の世界では考えられないだろうな。
白身と黄身が混じったような見た目で淡白な味をしていて、栄養価は高く帝国のタンパク源として優秀な食材だ。殻がブヨブヨしていて柔らかいので輸送が難しいが、意外にも鶏卵より保存がきく。
「他には……そうですね、カナグモもお祝いの席での贈り物として人気です。御館様の大好物ですよね」
カナグモはカニに似た陸上生物。
タカアシガニのような見た目でニンゲンと同じくらいの高さで這い回り、逃げ足が速い。
カニが宴席で人気なのはどうやら共通のようだ。
「カナグモも割と冒険者組合に依頼すればすぐ手に入るよね……」
「それはやっぱり王子の権威と資金あってのものですよ! 平民だけでなく貴族でもなかなか口にできない高級食材ですよ!?」
だめだ、ラウプフォーゲルの特別料理はケイトリヒ王子のお抱えであるレオにとってさほど特別じゃない。
……異世界人が考えるクリスマスディナーといえば、やっぱりチキンだよなあ。
そう思いながら手紙に視線を戻すと、なぜクリスマスパーティーをしたいのか、どういうメニューがいいかがツラツラと書いてあった。
要は、この世界では季節ごとに何かを祝うといった風習がものすごく少ない。
新年も、誕生日も祝う風習がない。
成人を祝う風習はあるが、それに料理が付随していない。
そのため、帝国の異世界召喚勇者たちは「お祝いの食事」をとても懐かしんでいるのだそうだ。そう考えると、日本ってお祝いと食事がどれもこれもセットで考えられていたな。
新年はおせち、バレンタインはチョコ、ホワイトデーは焼き菓子、桃の節句にはあられ、端午の節句には柏餅……とにかく年中通じて「この季節にはこのお祝いをしてこれを食べる」みたいなものがだいたいテンプレになっていた。
その話をすると、ラウプフォーゲル人の弟子たちは「レオ様の故郷の人々は食いしん坊ですね」と笑われる。まあ、事実なので腹も立たない。
「真夏のクリスマスパーティーか……オーストラリアにでもいると考えて何かメニューを考えてやるか。……まあ、届けるのは来週になるけど」
クリスマスの時期に夏を迎えるオーストラリアでは何が食べられてたんだろう。
ケイトリヒ王子がよく言う「ぐーぐるに聞きたい」という気持ちが凄くわかる。
「クリスマスといえば……日本だと、チキンだよなあ。アメリカだとターキーらしいけど正直違いがよくわかんないし、この世界にあるかわかんないな。あとはケーキと……イギリスだとプディングだっけ?」
レオはうろ覚えの情報をまとめ、メモにメニューをピックアップしていく。
ローストチキン、フライドチキン、ブッシュドノエル……クリスマスは関係ないけどピザなんかもパーティーにはぴったりかもしれない。
ラウプフォーゲルではフルーツも手に入りやすいのでフルーツカクテルサラダなんかも見栄えが良くていいよな。椀物としてはクリームシチューなんかもメニューにあるといいかもしれない。
そうなるとポテトやたこ焼きにピンチョスなど軽くつまむ軽食があってもいい。
考え始めると、なんだか楽しくなってきた。
王子の側近たちはなんでも美味しく食べてくれるし、目新しいメニューもゲテモノメニューもまったく忌避感なく食べてくれる。納豆を完成させて試食したとき、ほとんどのヒトが受け入れたときには結構感動した。
ピータンも見た目がグロめなのに美味しいと大好評。
くさや、臭豆腐、シュールストレミングスといった最強悪臭系は作り方がわからないので作ってないけど、きっと彼らは受け入れる気がする。
ラウプフォーゲル人は食に対するこだわりの無さがすごい。
なんでも美味しく食べてくれるってすごいことだ。
ともあれ、クリスマスメニューのために食材の手配から始めよう。
ラリオールクックの肉を骨付きで1羽分、ムームのミルクを生クリーム用に……20カレッツァほどあれば足りるかな?
すらすらと書き出したメモを改めて見返してみる。
「……学校給食か?っていうくらいの量だな」
まずラリオールクックは、1羽でだいたい肉が100カレッツァほどあるんだったと思うと、これだけで1000人分だ。全てをローストチキンにするわけでもなく、色々なメニューに使うのでまあ……大丈夫か。
ついでにローストチキンレッグの持ち手につける紙製のポワポワした装飾を発注したり、パーティーメニューを熱々のまま保存するために王子に時間停止の保存容器をつくってもらったりと大忙し。
最初は帝都の異世界召喚勇者からの何気ないオーダーだったが、途中からこだわりはじめて結局全てのメニューが完璧にそろうまでに2週間かかった。
異世界召喚勇者の4人分にプラスして、大人数で食べられるように大量にクリスマスメニューを送りつけたあとは魔導学院でゲリラクリスマスパーティーだ。
「わあ、なにこれー! すっごいクリ……く、くりえいてぃぶなパーティー感!」
食堂にやってきたケイトリヒ王子と、兄王子たちが歓喜の声をあげた。
「王子、以前私が話したクリスマスのことを覚えてらっしゃいましたか! そうです、今日のメニューはまさにクリスマスパーティーをイメージしたものをそろえました!」
正直、王子がクリスマスという単語を言ったところでこの世界の人々は誰も知らないので大丈夫だと思うんだけど、まあ秘匿事項なので安全策を出しておいた。
「すごい……これ、チキンレッグ……じゃないですよね?」
ルキア君が骨付きチキンの飾りをつつきながら目を輝かせている。
「それはね、ラリオールクックのリブ(肋骨)だよ。レッグっぽく肉を削いで整えたんだ。凝ってるでしょ?」
「すごい、すごい! これ、クリスマスケーキだ!」
リュウショウ君はブッシュドノエルに夢中。
「この世界にもカカオがあるからね。形は珍しいけど、素材はいつもどおりのケーキと変わりないよ」
「ぴっ……ピザだ……最高。最高かよ……!」
ミナト君はヨダレが垂れそうな勢いで全てのメニューをキョロキョロと見ている。
王国からやってきた異世界召喚勇者の3人の、輝く顔を見ていたら作った甲斐があった。
「これはフルーツのサラダか? ジュレがかかっててとても美味しそうだ!」
「うおお、ラリオールクックがこんなにいっぱい……なあ、もう食べようぜ」
「プディングが、大皿で……な、なんのパーティですかこれは……」
クリスマスのことは知らなくても、兄王子たちも豪華に飾り付けられたメニューに興奮気味だ。
「そういえばルキアたちがこのファッシュ分寮にきて1週間だね。異世界パーティーメニューなんて、気が効いてるじゃんレオ!」
ケイトリヒ王子はとても喜んでくれたけど、実は発案者は俺じゃなくてキリハラさんなんですよ……とは言えず。
大量のクリスマスメニューは、側近や使用人も巻き込んでキレイに食べ尽くされた。
そして帝都でも、異世界召喚勇者の4人だけでなく近衛騎士隊やアンデッド討伐隊などのメンバーも交えて楽しく食べてくれたそうだ。
皇帝陛下も食べたと聞いて身が縮む思いだったが、おかげでムーム飼育に助成金を出す法案が出ることになったらしい。
権力ってすごい。
帝国って豊か。
ああ、俺ケイトリヒ王子の専属なって幸せ!




