表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

転生!異世界で魔法少女になりました

名を持たぬ運命たちの記録。


これは「主人公」のいない物語。

だが、そこには数多の「英雄」たちがいる。

彼らは歴史に名を刻まれることもなく、神託にその名を残すこともない。

ただ、無数の魂の中で――もがき、戦い、燃え尽き、堕ち、そして目覚める。

それは、かつてのあなたであり、私であり、運命の揺らぎに取り残された誰かの声でもある。


第五の太陽紀、始動。

異世界より流れ来る魂たちは、世界樹 ユグヴェシル(Yggvethil) を超えて、

この光と闇が交錯する世界へと召喚された。


彼らは神に選ばれた者ではなく、運命に祝福された存在でもない。

ただ、失われた記憶と雑多な願いを携えた「訪問者ビジター」である。


この大陸において――

西には、神託と教会を中心とする国家連合「西方諸国」、秩序と信仰の名のもとに裁きを下す。

東には、霧の奥に黄金の光をたたえる神秘の古国 セリス赫修(Serichreesos)。

中央には、自由と理想を掲げる城邦連邦 アナトリ(Anatoli)――希望と衝突が交わる地。


だが、これは世界の全てではない。

地図の果て、名も知らぬ地に、未だ語られぬ文明が潜み、

眠れる遺跡、知られざる神々、夢の中の都市、空に浮かぶ都、深海の王国……

それらすべてが、名もなき者たちの足跡と筆を待ち望んでいる。


語られるのは――

捨てられた子、罪を背負った魔導士、敗北した英雄、目覚めゆく少女、流浪する王子……

それぞれが交差し合う運命の中で編み上げるのは、

神話でもなく、王家の年代記でもない――「名もなき者」たちの物語集成。

遥かなる過去——

宇宙がまだ混沌の渦と化し、光と影が分かたれていなかった頃、

二柱の原初の存在が、神の姿をもって争いを始めた。


一柱は「æ(アエ)」と呼ばれ、創造の象徴。

もう一柱は「タルタロス」――滅びと災厄の根源。


永劫に続いたその戦いは、ついにæの犠牲によって終焉を迎えた。

彼は世界の源となり、

タルタロスの残響は密かに闇の中で芽吹き、

深淵の神「エルタロス」へと姿を変え、大地の底にて眠りについた。


æの神性の残光の中から、十二柱の神々が目覚めた。

彼らは理想、時間、夢、秩序、自然などを司り、

この地に法を織り上げ、

世界樹イグヴェシル(Yggvethil)の加護のもと、生命を導いてきた。


だが、神々が秩序を築こうとも――

闇は決して完全には消えなかった。


第二太陽紀から第四太陽紀にかけて、

この大陸には数多の輝ける都市国家が栄えた。

アンドリア、ヘリオニオン、ユアンティア……

しかしそのすべてが、戦火と魔の襲撃によって滅び去った。


ただひとつの名だけが、時代を越えて星図に今なお輝く。


それが——

Ἡ Πόλις Θεοπροστατουμένη Ἀνατολικὴ

《神に護られし東方》


より広く知られる名は——

アナトリ(安納托利)。


公民会議によって統治される連合都市。

軍団、伝令、公会、学舎、冒険者たちが手を取り合い、

帝も王も持たず、

ただ一つの信念を胸に掲げる。


——神々が鍛えしこの自由なる地を、守り抜くために。


神と魔の狭間に立つアナトリは、

あらゆる種族の避難港であり、

異界の来訪者にとって、最終の終着点でもある。


いま、第五星紀が幕を開けた。


運命の年。異界より魂たちが再び召喚される。

彼らはかつて存在しなかった知識、能力、そして意志を備えていた。

神に許された“来訪者ビジター”たち。


しかし、その召喚者の中に——


ひとりの少女がいた。


彼女はエルフでもなければ、神の血を引く者でもない。

魔力はなく、スキルもなく、そして……希望すら持たぬ存在。


ただ一人の——“ゼロ値者ゼロ・ヴァリュー”。


だが運命とは、常に数値通りに動くとは限らない。


彼女の魂に眠る光は、

まだ、目覚めていない。


災厄の波が再びうねり、

エルタロスの手が封印を突き破ったとき——

この世界の運命を照らすのは、


最も無力で、最も平凡で、

最も誰にも顧みられなかった、ひとりの少女。


彼女こそが、

この世界を——


魔法少女として照らす者!


強さによって世界を救うのではない。

世界を救うことによって、

本当の強さを手にするのだ——!



【私、星見ほしみ あや、今は異世界にいる】


私の名前は――

星見ほしみ あや


元はただの、日本の十五歳の普通の女子中学生だった。

あの日の夕暮れ、帰り道を歩いていた時、空から光が降り注ぎ、私の体をすっぽりと包んだ。


目を開けると、そこはもう――別の世界だった。


私は見知らぬ荘厳な神殿の中に立っていた。

天井は星図のように輝きを巡らせ、

空気には細かな魔法粒子が漂っていた。

足元には、古の力を秘めた浮遊魔法陣が広がっていた。


私だけじゃなかった。

男の子、女の子、制服の違う学生、スーツ姿の大人も数名。

皆、私と同じように、戸惑いの表情で周囲を見回していた。


「ここは……」

「まさか……」


私は思わず自分の手のひらを見つめ、

心の中で呼びかけた。


【システムインターフェース、起動。】


すると――

青と白を基調にした仮想パネルが視界に浮かび上がった。

ただし……


名前:星見綾

年齢:15

状態:健康

能力値:――

魔力適性:――

システム特性:未起動

評価:検出不能


画面は真っ白なまま。

まるで一度も記入されたことのない解答用紙のようだった。


けれど、私は捨てられたとは思わなかった。


私たちの案内を担当してくれたのは、銀と青の甲冑に身を包んだ部隊――

アナトリ公民騎士団アナトリ・シティズン・ナイツ


彼らは私を特別扱いすることもなく、

能力の有無にかかわらず、すべての来訪者を平等に迎えてくれた。


まもなく、判定官が私の名前を読み上げた。


「星見綾――検査完了。」


晶石は反応せず、魔法陣も沈黙したままだった。

一瞬、周囲が静まり返る。


だが、騎士団長は水晶板を一瞥して頷き、こう言った。


「現在、能力反応なし。潜在状態と見なされる。」

「アナトリ条例・第五巻・第九条に基づき:召喚儀式により来訪せし異界の者は、能力の有無を問わず、等しく保護・教育・育成の機会を保障される。」


その声は、鋼のように力強かった。


「君は他の来訪者と共に、英雄学院へと入学し、システム訓練と世界理解の指導を受ける。」


そうして――誰も私を否定しなかった。


能力の兆しすらない“空白者”である私にも、

あの輝かしい仲間たちと同じ待遇が与えられたのだ。


それは、私が特別だったからではない。

それが、アナトリという国の責任だったからだ。


気がつくと、隣に一人の少女が近づいてきた。


私より少し背が高く、短く整った黒髪、

夜の星のように澄んだ瞳。


彼女は手を差し伸べて言った。


「こんにちは、私は星野ほしの 奈緒なお。」


「さっき、一人で立ってたの見えたから。初めての体験で、戸惑ってるよね?」


彼女の声は落ち着いていて、柔らかい。

同情でも憐れみでもない、ただの友達のような、自然な温度だった。


私は小さく頷き、控えめに答えた。


「……星見綾、です。」


「綾ちゃん。」

彼女は少し笑って言った。


「大丈夫、この国は、私たちのような存在を決して見捨てたりしない。」


そう言って、そっと手を掲げた。


すると魔力の粒子が彼女の手元に集まり、

まるで蔓草のように巻きつきながら、形をなしていく。


やがて、それは一振りの美しい魔力の槍となって結晶化した。

その輪郭は鋼のように輝いていた。


システム画面が彼女の横に浮かぶ:


魔装構成者ウェポンフォーマー

適性:武器構成(極めて高い)

選択可能武装:槍、剣、弓、盾、鎖……


彼女は、いわゆる“天才型”だった。

だが、それを鼻にかけることもなく、

まるで守護者のように、そっと私のそばに立ってくれた。


その瞬間、私は悟った。


彼女は、私に“役立つ”から近づいたのではない。

ただ――私が「人間」だから、傍にいてくれたのだと。


その後、私たちは共にアナトリ英雄学院へと編入された。


そこには、異世界から来た、まだ力を知らぬ者たち、

あるいはすでに覚醒した少年少女たちが集っていた。


私は、少しずつこの世界のことを学ぶだろう。

神々、悪魔、魔法、世界樹――

そして、なぜ私たちがこの世界に呼ばれたのか。


もしかしたら、本当に私は何の特別な力も持っていないのかもしれない。


でも、それでも私は努力したい。

自分がここにいる意味を、見つけたい。


たとえその先が、怪物と災厄の戦場であったとしても――

私は歩みを止めたくない。


【私は、本当にここに存在する資格があるの?】


私たちは無事に入学した。


アナトリ英雄学院。

それは、この世界で最も名高い育成機関の一つ。

国家の直轄でありながら、高度な自治権を持ち、

異界から召喚されたすべての来訪者を受け入れていた。


アナトリ政府は私たちに手厚い支援を用意してくれた:


・授業料完全免除

・快適な住居

・毎月の生活費支給(さらに個別支援も)

・専属の「文化調整官」による生活・心理・適応サポート


多くの物語では、能力のない者は蔑まれ、排斥され、捨て駒になる。

でもアナトリでは、誰も私に「不適格」とは言わなかった。


彼らは、ただ静かに、

一杯のお茶と一枚の資料、そしてこう言ってくれた。


「ようこそ、我が家へ。」


それでも、私の心の奥底に、

静かな失望が根を張っていた。


アナトリの人々の多くは、心から私たちを迎えてくれていた。

「呼び出した以上、最後まで責任を持つ」――そう語る人もいた。


でも、それがすべてではない。

誰もがそう思ってくれるわけじゃない。


街角や廊下、学院の階段の下――

私はときおり耳にする。

私への、冷たく静かな疑問の声を。


それは敵意ではなかった。

ただの“冷静な評価”だった。


私は弁解しなかった。

反論する自信もなかった。


――だって、私は、スキル欄すら空白だから。


「何見てるの?」


星野奈緒の声が、思考を断ち切った。

彼女は私の隣に立ち、私が見つめていた掲示板に目を向けた。


そこには、生徒たちの初期適性評価がずらりと並んでいた。

「適性極高」「特級祝福者」「潜在神選」――

輝くような肩書きが目白押し。


そこに、私の名前はなかった。


「……なんでもないよ。」


私は小さく答えた。


彼女は私を見て、少し間を置いて言った。


「……もしかして、自分にはこの場所にいる資格がない、って思ってる?」


私は、そっと頷いた。

その感情から、目を背けることができなかった。


でも、彼女は静かに言った。


「綾。私はあなたが“強い”から隣にいるんじゃない。」


「あなたがここに来た。それだけで、残る資格はある。

この国があなたを選んだの。

なら、あなたもこの国を、信じていいんだよ。」


その声は静かだった。

だけど、どんな派手な魔法よりも強く、私の胸に届いた。


私は彼女を見つめた。

その瞳には、憐れみではなく――


共に歩む者としての、信頼があった。


私はまだ、“能力ゼロ”の空白者だ。

でも、ここからが始まり。


このアナトリで。

神々に祝福された、この東方の地で。


私が、自分自身の光を見つけるその日まで――

私は歩き続ける。


【異変】


あれは、この世界に属さない“何か”だった。


天から降り注ぎ、常識を覆すほど巨大なその存在は、まるで絵布に引き裂かれた汚れのように、学院の中央広場に激突した。息をするたびに世界の法則そのものがねじ曲がるようで、現実が拒絶しようとも無意味だった。


その肌は暗紫色の粘液と破片化した肉塊で縫い合わされ、常に蠕動しながら腐蝕性の毒霧を放っていた。魔法陣のルーン防護は一瞬で焼き破られ、地面にはまるで煉獄の灼痕のような焦げ跡が浮かんだ。


口は無いのに、数百万の死者が最期に叫ぶような絶叫が空間を震わせた。


――あれは、誰かが“創り出した”魔物。


自然の生物ではない。


私たちは学院の生徒だ。でも皆が知っていた――これが演習ではないことを。


「逃げろ!!」


誰かが叫び、魔力が点火され、元素の結晶が空に浮かぶも、一瞬で――その触手が払うようにすべてを粉砕した。骨が砕け、血と泡が飛び散る音が響き、一人の生徒が吹き飛ばされ、像の台座に激突した。生死不明。


「四属性の融合だと……そんなはずが……」


風、雷、闇、腐蝕。

自然の調和による融合ではなく、無理やり無茶な形で詰め込まれた暴走の力。――“構造の律”を冒涜する異形そのものだった。


私はただその場に立ち尽くし、“天穹の扉”から降り注ぐ災厄を、そして畸形の肉塊からゆっくり浮かび上がる“人の顔”の仮面――それが、死人の顔だと気づいた。


胸を締めつける恐怖に呑まれそうになったそのとき、私は彼女を見つけた。


「奈緒、戻って――!」


彼女は振り返らなかった。


足元に“風の輪”が浮かび上がり、彼女自身は大気に舞った。髪は風に揺れ、指先の結印はまるで狂気的な速さで描かれる。純粋な魔力が極限まで高ぶり、風の刃が網の如く交錯し、その場を守ろうとしていた。


――彼女は“時間を稼ぐ”。


“私たち”のために。


「近づかないで!!綾、来ないで!!」


奈緒の怒号は、魔物が切り裂く空気とともに引き裂かれ、それはまるで崩壊する海に沈むようだった。


でも私は動けなかった。


恐怖ではない。心が痛くて動けなかった。


私は見た――彼女が孤立無援で、巨大な魔物の前に立っているのを。背丈は三階建て、胸部の雷炎は制御を失い、まるで高圧エンジンのように鼓動し、棘は突き上がり、灼熱のエネルギーを吹き出す。その最終一撃が放たれようとしている。


それでも彼女は、歯を噛みしめ、かろうじて張った“風の盾”を構え続けた。それは、紙のように薄く、儚く――でも皆の前に、確かにあった。


呼吸を荒げながら――私は彼女の腕に浮かぶ亀裂を見た。魔力過多によるもの。


――わかっていた。彼女は次の一撃には耐えられない。


だが、彼女は――退かなかった。


振り返ることさえせず、すべての力と希望をその盾と自らの立ち位置に賭けていた。


私は限界だった。


「奈緒――!」


全力で駆け出したが、狂風に押し戻され、雷鳴が天を裂き、魔物の咆哮は呪詛のように響いた。


そのとき、魔物が動いた。胸部に裂け目が走り、雷炎の核が一条の激しい光線となって奔流のように放たれた。


雷光が集中し、魔物の胸腔が破裂寸前に膨張する。


奈緒は崩れかけながら、盾は瓦解した――その時、致命の一撃の標的は――彼女自身だった!


「だめ――!!」


私は駆け寄ろうとした。しかし狂風と魔圧が私を砕くように押し留め、足がすくむ。


その瞬間――深奥を貫くような声が、私の意識に響いた。


「tiby――!」


私は俯いた――白い小さな存在がいつの間にかそばにいた。額には微かに光る印があり、まるで私の最深部を呼び覚まそうと囁いているようだった。


「tiby……」


その声は音ではなかった――召喚だった。


心の奥で何かが燃え、覚醒するのを感じた。


その瞬間、空が白銀の渦となった。


私の身体が光り始め、軽やかに、しかし確かに宙に浮いた――


六つの金色の光輪が私を包み、蓮のように段々と展開し始めた。


そこに響いたのは――魂の深淵から湧き上がる旋律。

それは遠い太古の機構が動き出すような音で、意識にはっきりと、“情報”が降りてきた。


【Systema Lux Caelestis · Initium】

— OrdoMetamorphōsis:FormaLustrationisStellārum

— AttribūtumLūcisConfirmātum:Φως (Lux Divina)

— NōmenFormae:Flamma LūcidaCrescentis


神聖な音節が脳裏に反響し、まるで天上のプログラムが起動したかのようだった。言葉は理解できなくとも、その意味は心に直感的に伝わった。


「変身システム起動――星輝浄化形態、神聖属性確認。現在の形態コード:耀輝新月。」


「応えよ、光よ――導け、我を――希望の軌道へ!」


私は右手を掲げ、光の中から魔法の杖が飛び出した。柄には星と十字の刻印があり、周囲には星輪の魔法陣が浮かぶ。


次の瞬間――私は杖を高く掲げ、そして叫んだ。


“Sȳncronia Magica——Flamma Lūcida Crescentis!”

(魔装シンクロ――耀輝新月形態!)


深く息を吸った。それは恐れではなく、――覚醒の息。


そして――✦TRANSFORMARE!!✦


魔力が粒子に変わって身体をめぐり、まるで特撮ヒーローの装甲起動のような正確さと、魔法少女らしい柔らかな曲線を帯びながら展開した。


淡いピンクと白の魔法少女衣装が光の中から次々と重なり合い、

肩には淡金色の羽飾り、背後には流星の如きマントがひらり。

足元には星の輝きが交錯し、水晶のような靴が波紋のように形成された。


胸元には心形のクリスタルコアが鼓動し――

まるで星の核が息をしているようだった。


僅か数秒で変身は完了した。


私は目を開けた。その瞳に映るのは――恐怖ではなく、光そのもの。


そばで、彼女が低く呟いた――声に抑えきれぬ歓びが滲む。


「綾……本当に……できたんだね。」


私は魔物を見下ろした――それは最期の破壊の一撃を今まさに振り下ろそうとしていた。


魔法の杖をゆっくりと前に掲げ、

周囲の星輪が回転を始め、古の機構の歯車か、銀河の振り子のように。


私は静かに、その技の名を呼んだ。


“IūdiciumStellārumUltimum——✦LūxExplōdēnsAstra✦!”

(最終星輝審判――星爆の光!)


杖の先端に十字の星輪が咲き、中心からは純白の浄化光線が放たれ――

天啓の剣のように雷炎と黒霧を切り裂いた。


――轟!!


光柱は魔物の胸部を貫通し、全身を包み込み、その体は崩れ、異形を覆っていた腐蝕物と雷の核心が神聖な輝きによって暴走し、崩壊した。


最後に魔物は――おぞましい形で叫び――

まるで“排除された存在”が現実そのもののルールを拒んで萎むかのように――その身を崩した。


浄化は完了した。


風は止まり、光はその場に残った。


私は地に降り立ち、ひらひらと舞うスカートとマントに触れながら、地面を見下ろした。


そこには、魔素となって消えていく残骸だけがあった。


心臓は鼓動し続けていた。だが――もう、揺れてはいなかった。


【神秘の奇妙なる男】


魔物の残骸はまだ冷えきらず、広場の縁にある石柱には焦げた痕が黒く残っている。空気は灰と焦土の苦みで満たされ、全員の神経は張り詰め、今にも崩れそうな緊張感がただよう。


その死寂と恐怖が交差する余波の中に――彼が現れた。


夜の闇の如き黒衣を纏い、その佇まいは信者が聖域へ歩み入るかのように静かで、しかし圧倒的な威厳を漂わせていた。長身で痩せた体躯は動くたびに不気味な生物の外骨格のような模様が揺らめく。魔力の波動も敵意も一切感じさせず、まるで――審査官として――被災した学院の中核にゆっくりと足を踏み入れていく。


星野奈緒は反射的に私の前に身を翻し、魔杖を握る指先が微かに震えているのが感じられた。


「……あなたは、誰?」


彼女は低く、冷たい声を投げかけた。瞳には一抹の警戒が光っている。


黒衣の男はすぐには答えず、ふと頭を上げて――淡い微笑を浮かべた。


「未完成の試作体たちが、初代体の一撃に耐えてみせるとはな……」

その声は低くかすれ、同時に嫌悪に似た興奮を伴っていた。

「少々、驚かされたよ」


その言葉に、私は骨の髄から冷たいものを感じた――彼の視線は、まるで解剖台の死体を観察する科学者のようだった。


「あなたが、あの魔物を造ったのですか?」

私は自分の意志とは裏腹に問いを口にしていた。


「私は、彼に意味を与えただけだ」

彼は彫刻作品でも語るように答えた。

「それは――暴力と破壊と進化の意志を純粋に体現していた」


彼がかすかに手を掲げると、指先に血と金属が絡まるような“胞子紋様”が浮かび上がっていた。

魔法書にも契約にも見られぬ禁忌の構造――自然の進化理を侵す異形の証だった。


「おまえたちの学院は――あまりに旧式だ」

彼は淡々と続けた。冷笑や苛立ちではなく、軽蔑を含んだ嘲りの調子で。

「魔物学、鍛魂術、元素調和……そんな半端な知識をもって“英雄”を育成しているとはな?」


奈緒が歯を噛みしめた声で反論する。


「いったい何が目的なの?!学院で魔物を放ち、罪のない者を殺させ――あなたは何を企んでいるの?」


初めて、“笑い”が彼から漏れた。皮肉でも威圧でもなく――勝者が見下ろすような優越の表情だった。


「“目的”など?」

彼は軽く首を振った。まるで幼子の転ぶ様を見下ろすように。

「これはただの実験――コード【C‑1】だ。奴らが“本番フィールド”でどれほど通用するかの、実地試験にすぎない」


彼の目が、私と奈緒、さらに遠くの負傷した生徒たちにも止まった。

「おまえたち――は、サンプル以上の存在ではない」


その瞬間、私は――言いようのない屈辱を感じた。

私たちは弱さゆえにではない――彼にとって「人」でさえなかった。ただのデータにすぎなかった。


「――これはおまえたちへの“慈悲”だ」

彼はまるで無関心な口調でそう続けた。

「次は――おまえたちが“立ったまま話を聞ける”保証はない」


彼はただ静かに一瞥し、やがてゆっくり手を振った。

すると――その場で世界が裂けるような錯覚とともに、粘液じみた裂け目が空間に生じていった。

そこには、わずかに血や肉脈のような――生々しいものが蠢いていた。形なき囁きと陰惨な雑音が浮遊する。


「学院は――文明の残響にすぎぬ。そして私は――」

彼は振り返り、再び私を見つめて――微笑んだ。

まるで、この残酷な“作品”の最大の享受者が――私であるかのように。


「――新秩序の序章を奏でる“創造者”だ」


その瞬間、彼は裂け目の中へと滑り込む。裂け目は瞬く間に閉じられ、なかったかのように消えた。


世界にはまた、静寂が訪れた。風が折れた石柱をくぐり、焦げた地面をなでるように吹いていく。まるで祈りのような低い音だけが、虚ろに響いていた。


私は魔杖を握る手に熱を感じつつ、指の関節が白くなるほど握りしめていた。


「――あの男は……」

私の声は震えていた。


奈緒は静かに頷いた。声は低く、冷たく決然としていた。

「彼は、“普通の敵”じゃない。――彼は“戦争を創り出す者”だ」


そのとき私は確信した――

学院を襲ったのは唯一の事件などではない。これは――序曲にすぎなかった。

本当に降りかかるのは――あの“嵐”そのものだと。


彼が去ったあと、数秒は時間が凍りついたかのようだった。

裂け目の消滅が、誰の心にも癒えぬ傷を残し続けた。

誰も動かず、再び彼が戻ってくるかもしれない恐怖に縛られて――まるで蝉の羽根をまた裂かれるかのように。


私は魔杖を握り締めた。掌に感じる熱は、ただの残響ではなかった――

それは――心の内側から、燃えるように熱を帯びていた。


「……彼は、普通の魔物ではない」

私の声は喉の奥にかすれた灰を詰めたようだった。


「違う」――奈緒の声に殺意がこもる。

「彼は魔物ですらない――人だ。でも、心臓は、もう人のものではない」


彼女の瞳には、初めて見る“憎しみ”が宿っていた。


私は言葉を探したが――言葉は出なかった。


――私たちは、戦士ではない。

ただの“学生”だと、ずっと思っていた。


だけど――もし私たちが戦わなければ、

B棟で園芸を学ぶ子も、薬学を学ぶ子も、

宿舎で宿題をする子や、友達と喧嘩して和解する子たちも――

いつか――裂け目が空くときに、静かに――命を奪われる。


胸が激しく高鳴り、それが嘔吐しそうなほどだった。

それは“恐怖”ではない。言葉を超える“何か”だった。


「tiby――」

その声は、乾いた井戸に水滴が落ちるような響き――

柔らかく、清らかに、瓦礫を貫いた。


私は振り返った。

白く小さな存在が、一つの断片化した石柱の上に横たわっていた。

頭を僅かに傾け――月を思わせるような瞳が静かに、こちらを見ている。


「……いつから、いたの?」

私はそっと呟いた。


その存在は答えず、ただ――いつものように繰り返すのみだった。


「……tiby……tiby……」


それは走るでも跳ぶでもなく、まるで夢の中の生物のように――

そっと私のもとへ近づいてきた。


そして――杖を握る私の手に――

そっと頭で触れた。


温かさが、先端から――指先を通り、

そして――もっと深いところ――心の奥底を駆け抜けた。


私は見た――杖の先端に、光がゆっくりと蘇るのを。


それは――ただの“光”ではなかった。


――“清らかな、眩しすぎるくらいの――神聖な光”だった。


それは外から与えられたものではない。

私の体の内から、血の中から、記憶の中から、

嘲笑された、疑われた、否定された“私”の――深みから、沸き上がってきた光だった。


「……綾?」

奈緒は震える声で言った。


私は答えなかった――

答えられなかったのではない。

どう表現すればいいのか――わからなかった。


それは、言葉を超えて誰かが――

“言葉ではない言葉”で、こう語りかけてきたような感覚だった。


“あなたは能力がないのではない――ただ、まだ呼ばれていないだけだ”


私は下を見た――Tibyの顔を。

相変わらず、“tiby~”とだけ鳴き、

そっと私の手に体を寄せてくる。


「あなたは――何者か、知ってる?」

私はそっと問いかけた。


Tibyは首をかしげて――答えなかった。


私は苦笑した。


「……じゃあ、あなた自身は、何者か、知ってる?」


「……tiby~」

その声に、ほんのり“謝罪めいた表情”が浮かんでいた。


その瞬間――

私の胸の内に、ひとつの“声”が響いた。


それは――言葉ではなく、“印象”。

古の神殿で錆びた呪文が響くような音。

ギリシア悲劇のコーラスが夜に唱和するような予言の言葉。

かつて忘れられたが――必ず蘇る運命の声。


『神聖ノ乙女ヴァージニア、汝ハ空殻ニ非ズ、空幻ニ非ズ。

汝ノ光ハ、賜リ給ハレタルモノニ非ズ、生ニ共鳴スルモノナリ。

汝ハ鍵ナリ。門ハ汝ノ手デ開カレム。

我ハ神ニ非ズ、獣ニ非ズ、我ガ存在ハ――汝ノ呼ビニ応フルト為リ現ル』


私は息を呑んだ。


Tibyは――相変わらず――“tiby~”と呟き、

そっと手にすり寄ってきた。


私は杖を握りなおした――その瞬間――わかったのだ。


――Tibyは、私に力を与えてくれる存在ではない。

――それは――私の内に封印された“神聖の響き”の――呼応だったのだ。


彼は、守護精霊でも、召喚獣でもない。


それは――私の深層からの“返事”であり――

目覚めぬときに光を放つ“信号”だった。


「――聞こえたよ」

私はそっと言った――まるで運命に応えるように。


杖の先、金色の光が小さな十字模様を結晶化し、

その周囲に光の輪が広がり始めた。


「私ノ属性ハ――神聖。」

そう、私はやっと――認めたのだ。そして――受け入れた。


奈緒の瞳が、最初は驚きに、大きく見開かれ、そして――

ゆっくり、優しい笑みに変わった。


「綾……」

彼女は囁いた。

「あなた……ついに、やったね」


私は、ただ――頷いた。


その瞬間、私の心はもはや――

廃墟ではなかった。



【結末】


塵はまだ完全には静まらず、学院の上空には戦いの熱気がかすかに残っていた。瓦礫の隙間では魔力の残響が囁いている。それはまるで、まだ目覚めぬ夢のようだった。


しかし――その夢よりも高き場所にて。


学院の広場から遠く離れた屋上にて、風が灰白の石柱をなで、数人の影が静かに佇んでいた。


「新しい世代の子どもたちが……ついに、闇の中に火を灯せるようになったのですね。」


穏やかでありながら、確かに響く声。


それはアイオニソスだった。


神としての威厳は見せず、ただ歴史を見守る旅人のように風の中に立ち、まだ消えぬ戦いの余韻を見下ろしながら、あの光を掲げた少女へと視線を送っていた。


「彼女の力は、まだ完全に覚醒していない。」

隣に立つ中年の男が、低く静かに言った。彼は【現首席執政官】、アウェリウス・アスプル。

磨き上げた鋼のような双眸には、遠くを見据える冷ややかな光が燃えていた。

「だが、その意志は――すでに神聖の重みに耐えうる。」


「それに――」

三人目の影、甲冑を纏い長槍を携えた大柄な男が頷いた。

騎士団団長、グナエウスである。

「彼女は一人で戦っているわけではない。共に戦う仲間がいる。」


彼の視線は、なおも仲間を守り続ける奈緒に、そして怯えながらも崩れず、懸命に傷ついた者を救う少年少女たちへと向けられた。


「我々はいずれ老いる。」

グナエウスの語り口は静かだが、胸には雷鳴が響いているかのようだった。

「だが、この子らは……我々を超える。」


「剣を抜き続ける限り。」

アイオニソスはそっと微笑んだ。まるで未来への祈りを込めるように。

「彼らが微かな光の呼び声に――応え続ける限り。」


天の端に、光が静かに陰を押し返していく。


執政官は最後にもう一度だけ下を見下ろし、静かに背を向けた。


「帰ろう。」

彼は言った。


「アナトリは、新たな時代を迎える準備をしなければならない。」


(つづく)

皆さん、こんにちは。中国から来ましたヘルメフと申します。

今回が「小説家になろう」での初投稿になります。

日本語はまだ勉強中のため、本作の翻訳にはAIを使用しています。

読みにくい箇所や不自然な表現があるかもしれませんが、温かく見守っていただけると嬉しいです。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。どうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ