第4話 その王、決断する
翌朝、家族会議が始まった。
こうなったのは全て俺のせいだと訴えたが、父も兄も首を横に振る。
「全ての罪はオリンズ公爵と、その令嬢にある。婚約は破棄だな」
父は起きた事を冷静に判断し、罪状を整理していく。
「税金の横領をし、無実の者に罪を着せた。その者は冤罪で爵位剥奪となっている」
「公爵も爵位を剥奪すれば良いのでは……?」
「いや、公爵……上級貴族となっては爵位の剥奪は難しい。今回の事件へのきっかけは娘にある。主犯が公爵となると、情状酌量も含めれば賠償請求をするのが妥当だろう」
父は唸り声を上げ、溜め息を吐く。
「5000万レアの賠償命令、及び、娘は禁錮一年、公爵を禁錮三年とするのはどうだろうか」
「娘の罰が軽いのでは?」
「父が三年も牢に閉じ込められるのだ。しかも世間は永劫的に父娘を許すまい。精神的苦痛も罰に含めている」
「それにしても……賠償金5000万レアは重過ぎるのではありませんか?」
通常であれば、被害額の二倍も請求出来れば良い方だろう。
5000万レアも請求すれば、別荘を何件か取り壊し、調度品まで売り捌かねばならなくなる。
父は「うむ」と答えると、表情を変えずにゆっくりと瞬きをした。
「王家を欺こうとした罪なのだ。決して重くはない。それに、これはローレンス男爵への救済額だ。爵位と領地は取り戻せないが、男爵に非は全くない。裏から食料面などの支援をしようと考えている。後の再建費用でもあるな」
イリア父娘の事だけではなく、ローラ一家の事も考えてくれるなんて。流石は国王、と言ったところなのだろう。
「だが、しかし」
父は声を張ると、鋭い目で俺を見る。
「男爵令嬢との婚約は認める訳にはいかない」
やはり、身分差は埋まらないのだろうか。俺の心内にあった希望が砕かれる音がした。
「何故です?」
「事件が大きくなり過ぎてしまっている。折角の縁談を外的な圧力で破談しようと目論む者が他にも現れたらどうする」
それには確かにと納得する以外にはなかった。
王家は国民の模範でなくてはならない。模範である者が道を逸れてはいけないのだ。
何故、王家に生まれたのだろう。自分で自分を呪ってしまいそうだ。
「お前には良縁を必ず探す。待っていなさい」
「俺は……政略結婚なんて耐えられません!」
「出逢いはどうあれ、互いを愛せれば結婚生活に変わりは無い。ローレンス男爵令嬢の事は忘れなさい」
「そんな……!」
結局、自分の未来は自分の力で掴み取れないのだろうか。潤んでいく視界に、ふと、兄の顔が映った。
任せておけと言わんばかりに凛々しい表情だった。
「さて、私は臣下に知らせてくるとしよう。お前たちも部屋に戻りなさい」
「分かりました」
俺たちの返事を聞くと、父は身を翻し、颯爽と広間を後にした。
兄と二人きりになり、緊張は解れていった。しかし、心に残された傷が傷んで仕方がない。
折角、ローラを救ったと思ったのに。一緒になる事は許されず、想いだけを封印するしか無いのだろうか。
新しい婚約者が現れたとしても、その女性を愛する自信は無い。
「兄上……」
「どうした?」
「俺は……結局、何なんでしょう。政治に利用されるだけの、ただの駒なんでしょうか」
「そんな事は無い。立派な一人の人間だ」
優しくもあり、力強くもある、その兄の声に酷く安心してしまう。
「良いか、セレート。これから言う事は、絶対に父上に知られてはいけない」
「えっ?」
「心して聞くんだぞ」
もしや、ローラとの結婚を手引きしてくれるのだろうか。期待が大きく膨らんでいく。
「三日後、ローラを連れて、城から……国から脱出するんだ」
考えてもいなかった言葉に、頭が混乱する。
「国から脱出? どうやって?」
「皆が寝静まった所を見計らって、俺が馬車を手配する。国境沿いの森は馬が使えないから徒歩になってしまうが……ライカ国に入ればこちらのものだ」
ああ、そうだ。ライカ国の王家は兄の義理の家族だ。匿ってもらう算段なのだろう。
そこまで兄に頼り切ってしまって良いのだろうか。見ず知らずの義家族を信じて良いのだろうか。そんな迷いも生じ始める。
「そこまでしてもらっても……俺は、兄上やライカ国のご家族に何もお返し出来ません」
「俺だってそんな事は望んでいないよ。弟を助けるのに見返りを求めるなんて、そんな馬鹿な話は無いからね。ライカの家族だってそうさ」
兄は小さく笑い、俺の右手を握った。
「ライカ国での暮らしは不自由だと思った方が良い。城では暮らせないし、質素かもしれない。それでも行くか?」
「はい!」
断る理由なんて無い。ローラと暮らせる程、幸せな事があるだろうか。胸は激しく鼓動し、涙腺だって崩壊してしまった。
兄はそんな俺の頭をくしゃくしゃと撫で回す。
「俺が王になったら、必ずお前とローラを迎えに行く。それまでの辛抱だ」
「……はい!」
こんなにも兄の存在が大きく感じた事は今まで無かった。
逃避行が成功する保証なんて何処にも無い。森を抜けた先に何が待っているのかすらも分からない。それでも俺は、俺自身の未来を信じたくなってしまった。