表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第2話 その兄、信頼を得る

 昼食にまでは城に戻れるだろう。食欲の湧く、色々な食材が混ざった香りが漂う大通りを歩く。その後、周囲を警戒しながら回り道をして、城壁の下を見定める。

 城壁に一箇所だけ、人一人がやっと通れる程の穴が空いているのだ。

 穴を潜り、誰も居ないのを確かめてから颯爽と庭を走る。


「セレート殿下、此方です!」


 ローラ一家の情報提供を促した侍女に見張りを頼んでおいたのだ。

 偶然なのか、意図的だったのか、侍女の隣には第一王子――兄の姿がある。

 拙い事になった。顔を顰め、兄を見た。

 兄は真っ直ぐに俺を覗き込み、視線を逸らそうとはしない。俺を窘める腹積もりなのだろうか。訝りながら、鼓動を速める胸に手を当てた。


「兄上」


 一階のベランダから城へと戻るなり、焦りと緊張で俯いてしまった。


「セレート、何か勘違いをしてないか?」


「えっ? 何を?」


「俺はお前を責めるつもりは無い。寧ろ、誇りに思うよ。父上の命より、自分の気持ちを優先出来る勇敢さが身に着いたんだからな」


 そう、なのだろうか。父への反発や兄への羨望が俺を突き動かしただけなのに。

 小首を傾げると、兄は朗らかに笑う。緊張して損をした気分だ。味方になってくれるなら、これ以上頼れる人は居ないのだから。


「ご令嬢には会えたのか?」


「それが……」


 会えたのは会えたが、良い進展はなかった。

 再び俯くと、兄も察してくれたようだ。


「何かあったのか? 話してくれないか?」


「はい……。どうやら彼女の父が爵位を剥奪されるみたいで」


 それだけを聞くと、兄は表情を一変させた。


「爵位の剥奪? 滅多な事では剥奪されない筈だが」


「でも、嘘とは思えません。幼馴染に相談しても、解決しなかったらしくて。『王命に背いた』と、彼女は言っていましたが……」


「王命なんてあったか……?」


 兄は考え込んだが、眉を顰めるばかりだった。

 王命を下す時には、必ず臣下や兄に相談をしている。兄が知らないなんて不自然だ。


「やはり、思い当たらない。何か胸騒ぎがする」


 父上が密かにローラ一家の転覆を――いや、こうは考えられないだろうか。

 イリアが関わっていると。

 あの傲慢で嫉妬深い性格だ。婚約発表での俺の顔色の変化を瞬時に察していたのかもしれない。そして、俺が目で追っていたローラの存在に気付いていたのなら――先回りされた可能性はある。


「兄上」


「どうした?」


「イリアを調べて下さい。可能性はあります」


「イリアか……。あまり考えたくはないが」


 苦い顔をしながらも、兄は頷いてくれた。


「調べてはみる。だが、男爵の爵位維持は叶わないかもしれない」


「それは分かっています」


 国のシステム上、爵位の剥奪は簡単であっても、剥奪されたものを取り返すには手続きに何十年も、何百年もかかってしまうだろう。ローラが待てる時間ではない。


「兄上、お願いします」


「分かった」


 兄は最後に力強く微笑むと、踵を返した。遠ざかっていくその背中が、やけに大きく、頼もしく感じた。


 その後、調査には何日、何十日と時間を要した。兄が逐一報告してくれるのだが、状況が良いとは言えなかった。

 ただ分かったのは、イリアの父が『何かを隠蔽している』という事実だ。

 それだけ分かれば良い方なのだろうか。

 今日はローラに報告も兼ねて会うために、また大通りを歩いている。父にはまだ秘密だが、兄の協力を得た今となっては城からの逃走などお手の物だ。

 ローラには手紙で会う約束を取り付けている。返事は貰えないが、見てもらえるならそれで良い。

 男爵家の近くに聳える一本の百年樹、そこで待ち合わせをしている。

 俺が到着するのを待っていたかのように、ローラは木の下で手を振ってくれた。


「セレスト様!」


 恋人同士では無いので、熱い抱擁は出来ない。しかし、その笑顔を見られるだけで嬉しかった。


「ローラ、お父様の様子は?」


「まだ、気落ちしたままで」


「そっか……」


 爵位を剥奪されるのだ。ましてや味方も居ないだろう。その心中を察すると、やり切れなくなる。


「今日はローラに報告があるんだ」


「もしかして……良い報告ですか?」


「うん」


 目を伏せて、イリアの顔を思い浮かべる。

 そこまでして俺からの愛が欲しいのか。悔しさと怒りが込み上げてくる。


「お父様を追い込んだ犯人が分かりそうだ」


「本当ですか!?」


「うん。ただ、爵位は取り戻せないかもしれない」


「それは承知の上です。覚悟は出来ています」


 ローラの瞳には、闘志に燃える決意が滲んでいた。

 思っていた以上に彼女は強いらしい。


「住まいだって、もしかしたら食べるものだって無くなるかもしれない」


「分かっています」


「俺はローラがそんな目に遭うのは耐えられない」


 弱いのは俺の方だ。俯き、拳を握り締める。

 その拳をローラが両手で包み込んだのだ。


「どうして、私たちの為に、そこまで……?」


「本当は言うべきじゃないのかもしれない。でも、俺はローラが好きなんだ」


 こんな事を言っても迷惑なだけかもしれない。何しろ、俺には婚約者が居る。ローラを巻き込んでしまっている。

 しかし、もう巻き込んでしまっているのなら、素直に本当の事を伝えたい。

 想いが、感情が爆発する。


「俺の本名はセレート。この国の第二王子だ」


「まさか、似てるんじゃなくて、本当に、本物の王子様……?」


 突然の告白に、ローラの瞳が揺らぐのを感じた。

 数秒間、互いに何も言えず、緊張が走る。


「……私も殿下に一目惚れしました。でも、殿下には婚約者が――」


「そんなの、父上が勝手にやった事だ。兄上は応援してくれてる」


「第一王子殿下が……」


 ローラは俯くと、何か伝えようとしてくれているのか唇が動く。だが、言葉になる事は無かった。


「イリアはローラを追い込んだ犯人だ。俺がどうにかしてみせるから。信じて欲しい」


 力強く言い切ると、ローラは小さく頷いてくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
セレートが兄から信頼を得るくだりは、緊張から安堵へと移る感情の流れが丁寧でした。 ローラとの再会〜告白も、彼のまっすぐな想いがしっかり伝わってきました。 物語としては「信頼」「決意」「恋心」がしっかり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ