第2話:思想はログに残らない
どうも、こんにちは。あるいはこんばんは。
この短いお話は、たぶん「昔ちょっと有名だった人が、いま街の片隅でコーヒー飲んでる話」です。
そしてAIとか、記憶とか、ちょっとした寂しさの話でもあります。
まあ、堅苦しく読む必要はありません。
紙の新聞でもめくるように、コーヒー片手にゆるっと楽しんでいただけたら。
では、はじまりはじまり。
その日の午後、僕は久しぶりに近所の喫茶店に足を運んだ。
まだ紙の新聞を置いてある、絶滅危惧種みたいな場所だ。
カウンター席に座り、ブレンドを頼むと、若いバリスタの女の子が笑顔で言った。
「えっと、お名前うかがってもいいですか?」
「……三崎です。三崎恒哉」
すると彼女の目が一瞬キラッと光った。
あ、まだ僕のこと覚えてくれてるんだ。少し胸を張って、ほっと息を吐いた――その直後だった。
「あ、もしかして、“思想AIの元ネタの人”ですよね!? この前、大学のゼミでLOGOS-MISAKIのフィード見てて!」
僕は苦笑した。
「ええ、まあ、“本物”です。一応」
「へぇー!“本物”って、今は何されてるんですか?」
……この“今は”っていう枕詞の破壊力よ。
かつて僕は、論壇の牙だったんだぞ。
それがいまや「AIに思想提供した人」扱い。まるで絶滅した動物園のパンダの剥製。
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「今は……まあ、ログインして、ログアウトして、あとは家で“考えるフリ”をしてますね」
そう言ってしまったあと、思わず自分の自虐に少し吹き出した。
笑ったのは僕だけだった。
彼女はにこっとして、「お待たせしました、三崎先生のブレンドです」とカップを置いた。
> “先生”という響きが、
まるでAIがくれた自動返信のように空々しく聞こえた。
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窓の外では、制服姿の高校生たちが笑いながら話している。
「昨日のディベート、AIが圧勝してたよな。あいつの話、マジで矛盾ないし」
「人間の意見ってさ、だいたい感情論じゃん」
「てか、“論破される前提”でディベート参加するの、もう恥ずかしくない?」
笑い声が遠ざかる。
僕は静かにコーヒーを啜った。少し苦い。
この苦さは、豆の焙煎のせいか、心の焙煎のせいか。いや、両方か。
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僕はスマートグラスを起動して、MISAKIβのフィードを見た。
さっき投稿されたばかりの言葉が表示される。
> 『“考える”とは、“記録されない時間”を耐えることである。』
なるほど、悪くない。
というか……それ、僕が昔書いた雑誌の巻末コラムじゃなかったか?
「……おい、オチまで持ってくんじゃねぇよ」
思わず呟いた声を、AIがログっていないことを祈りながら、僕はそっとグラスを外した。
つづく?
ここまで読んでくれてありがとうございます。
たぶんこれは“つづく”かもしれないし、“これでおしまい”かもしれません。
かつて誰かの言葉が、AIの中で生き残ったとして。
それを誰かが読んで、少しでも笑ってくれたり、苦さに共感してくれたなら――
それだけで、三崎恒哉も、まあまあ報われたんじゃないでしょうか。
またどこかの喫茶店で、お会いしましょう。