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乙女ゲームファン夢の祭典【キャラメルフェスタ】に行ってみた

 私、早乙女姫花は乙女ゲームが苦手だ。

 歯の浮くような台詞には寒気がするし、同意もなく身体に触れてくる攻略キャラや、それで赤面するヒロインは理解に苦しむ存在だ。

 おまけに選択肢を間違えると監禁されたり自殺されたり、最悪の場合殺されることもあるらしい。そんな恐ろしい世界に夢中な人たちの気持ちが、私にはさっぱり分からない。


 そんなことを考えながら、周囲を見渡す。キャラクターのぬいぐるみを持った人や、同じ柄の缶バッジを大量にカバンにつけている人。そんな熱狂的なファンに溢れ、空調の効いたホール内が暑く感じるほどだ。


 乙女ゲームブランド『オトメルティ』が開催する新作発表イベント『メルティフェスタ』――その会場の最前列に、私はいた。

 ステージでは男性声優による朗読劇が行われており、気障ったらしい台詞に、観客が黄色い悲鳴を上げる。何もかもが不快でしかない。

 アリスに同行を頼まれなければ、一生来ることはなかっただろう。


 私の日常は基本的に勉強、読書、家事の三つで成り立っている。それ以外のことにあまり興味が持てず、学校でも浮いた存在だった私に声をかけてくれたのがアリスだ。

 アリスは私を色々な場所に連れて行った。コラボカフェやアニメショップなど、興味のない場所が多かったが、楽しそうにしている彼女を見ていると、毎回「来てよかった」と思えた。

 しかし今回ばかりは来たことを後悔していた。公演は思ったより長く、アリスと話したりスマホを見るたりすることもできない。ただ時間が過ぎるのを待つだけなのは苦痛だった。

 それに、出演者が楽しませようとしてくれているのに楽しめないことに罪悪感もある。貴重な一席を私なんかが埋めて良かったんだろうかと思えてくる。


「ありがとうございました!」


 考えごとをしていると、いつの間にか朗読劇が終わっており、周囲に合わせて慌てて拍手した。 

 長かった時間ももうすぐ終わる。次が最後のステージだ。


「ラストを飾るのは、『幻郷のステラ』のステージです!」


 司会者のアナウンスに、ひときわ大きな歓声が上がった。

 アリスから聞いた話によると、この作品は現時点でタイトル以外何も明かされていないらしい。情報が伏せられるほど、人々の期待は膨らむもの。その心理を利用した戦略は成功だったようだ。


「プロデューサーの神代創さんにご登壇いただきます。皆様拍手でお迎えください!」


 割れるような拍手を浴びながら現れたのは、二十代半ばくらいの男性だ。背が高く華のある顔立ちで、どちらかというとモデルやアイドルという肩書きの方がしっくりくる。

 仕立てのいいスーツに身を包んだ彼は、落ち着いた足取りでステージ中央に立つと、軽く微笑んで観客を見渡した。


「『幻郷のステラ』は、私達の全てを懸けて作った作品です。彼らとの出会いは、きっとあなたの人生を変えます」


 そう語る神代さんの表情は真剣だった。

 人生を変えるって、大袈裟な……。

 若干冷めた感想を抱いていると、神代さんと目が合った。

 その瞳になんとなく心を見透かされたような感じがして、慌てて目を逸らす。


「さて、前置きはこのぐらいにしましょう。みなさん、早くPV(プロモーションビデオ)見たいですよね?」


 事前に訓練でもしていたのかと思うほど見事にそろった「見たい!」が会場に響き渡った。その一体感に圧倒されつつも、どこか他人事のように感じていた。


「それではどうぞ!」


 神代さんの合図で照明が暗くなり、スクリーンに映像が映し出された。会場はしんと静まり返り、誰もが息を呑んでスクリーンを見つめている。



――人々に恵みをもたらす【星のかけら】が降り注ぐ平和な国、セントステラ王国――

――しかし魔王の復活が近づき、滅亡の危機に瀕していた――

――世界を救う【聖女】として召喚された貴女を待ち受けていたのは――


真面目な女子高生<早乙女姫花※名前変更可>

『私がこの世界を救ってみせます』


呪われた王子<レオフィリア>

『お前の存在が生きる理由だ』


ひねくれ御曹司<セシル>

『別に嫌いとは言ってないだろ』


堅物騎士<ロキ>

『彼女を侮辱することは許さない』


不器用な獣人<ウォルフ>

『お前だけは傷つけたくねえ』


謎の青年<ノワール>

『こんな世界、一緒に壊しちゃおうよ』


――救済か、破滅か――

――貴女の恋が世界を変える――


【幻郷のステラ】



 幻想的な音楽に合わせてキャラクター達がボイス付きで紹介されていき、タイトルロゴでムービーが締めくくられると、会場は揺れるほどの拍手と歓声に包まれた。


「全員死ぬほど顔がいい……」

「声優豪華すぎん?」


 そんなよく分からない会話が聞こえてくる中、私はある点が引っかかっていた。

 そう、ヒロインが私と同姓同名だったことだ。

 しかも同じくらいの長さの黒髪で、着ているワンピースのデザインも似ている。偶然とはいえ、なんだか気味が悪い。


「ねえアリス……」

「やばい、もう泣ける……」


 思わず声を掛けようと隣を見ると、アリスは涙ぐんでいた。どこに泣く要素があったのか分からないが、何かが琴線に触れたのだろう。

 まともに話を聞いてもらえる状態ではないし、どのみち私語は慎むべきだ。この違和感はひとまず自分だけで飲み込むことにした。


「続いてはスペシャルコーナー! お客様の中から一名、聖女様を選びたいと思います」


 司会者の突飛な発言に会場がざわつく。

 よく分からないが、マジシャンが観客の中から手伝ってくれる人を選ぶのと同じようなものだろうか?

 絶対に選ばれたくない。まあ、これだけ人がいるんだから、そうそう選ばれることもないよね。

 それが『フラグ』であることなど知らなかった私は、油断しきっていた。だから突然眩しいライトに照らされて、何が起きたのか一瞬理解できなかった。


「では、そちらの美しい聖女様。ステージまでお越しください」


 歯が浮くようなセリフでようやく自分が置かれた状況を理解し、頭を抱えた。


「嘘でしょ……」

「やったじゃん姫花!」


 アリスは羨ましがるどころか、妙に嬉しそうだ。

 偶然もここまで重なると、裏で何か仕組まれているんじゃないかとすら思えてきた。

 この会場で私のことを知っているのはアリスしかいない。ヒロインの公募企画があって、アリスが私をモデルに応募してたとか? いや、流石に無断でそんなことしないだろう。

 頭の中で疑問がぐるぐると渦を巻くが、答えは見つからない。


「ついて来てください」


 固まっている私を見かねて、スタッフが席まで迎えに来てしまった。もう逃げられないことを悟り、大人しくついて行く。

 案内された位置に立つと、何千人もの視線が注がれた。背中に冷たい汗が伝う。


「早乙女姫花さん」


 どこを見たらいいか分からず俯いていると、いつの間にか目の前にいた神代さんが、私にだけ聞こえるような声量で言った。

 ドクンと、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。

 なんで私の名前を知ってるんだろう。私をヒロインに見立てて、初期設定の名前(デフォルトネーム)で呼んでるだけ?

 動揺する私に、神代さんは深々と頭を下げた。


「巻き込んですみません。この世界と彼らのことを、貴女に託します」


 その声音から切実に訴えているのは伝わる。しかし何が言いたいのかは全く理解できない。この世界? 彼ら?


「あの、どういう意味で……」


 言葉を遮るように、足元から光が放たれた。驚いて下を見ると、魔法陣のような模様が浮かんでいる。

 何これ、演出? でもなんだか、ものすごく嫌な予感がする。

 逃げなきゃ。本能的にそう感じて逃げようとしたが、金縛りにあったように動けない。足元の光は眩しさを増し、反射的に目を瞑る。

 

「……ごめんね」


 そんな、誰かの声が聞こえた気がした。



◇◇◇



 次に目を開けると、視界に飛び込んできたのは美しい星空だった。ビル一つない、鬱蒼とした森の中で、私は何故か寝転んでいた。

 なんで……? ついさっきまでステージの上にいたのに――

 鼓動が速くなり、背中に冷や汗が伝う。

 落ち着け。まずは現在地の確認だ。

 ステージに上がる際、荷物は座席に置いてきてしまったが、幸いスマホはポケットに入れていた。取り出して電源ボタンを押すが、圏外だった。


「どうしよう……」

「おい、お前」


 途方に暮れていると、背後から冷たい声が飛んできて、ビクリと肩が跳ねた。

 振り返ると、全身を黒いローブで覆い、フードで顔を隠した男の姿があった。

 人を見た目で判断してはいけないとはいえ、この格好は怪しすぎる。

 ――逃げよう。

 瞬時にそう判断し、男がいる方向と逆に駆け出した。


「なぜ逃げる」

「……ッ!?」


 全速力で走ったものの、一瞬で距離を詰められ、背後から抱きつかれた。

 ――やっぱり変質者だ!


「大人しくしろ」


 陳腐な台詞を吐いて、男は私の口を手で塞ぐ。恐怖と嫌悪感に背筋が粟立つのを感じた。

 しかし、大人しくしてやるつもりはない。私を守れるのは私しかいないのだ。

 ――やるしかない。

 覚悟を決めると、男の方に全体重をかけ、勢いよく両手を上げて拘束から抜け出し、とどめに股間を蹴り上げた。 

 何かあった時のために練習していた護身術だ。実践するのは初めてだが、上手くいったようで、男の身体がぐらりと揺れた。


「 〜〜ッ!」


 男は声にならない声を上げて、しゃがみ込んだまま動かなくなった。流石にやりすぎただろうかと、少しばかり良心が痛む。

 いや、今はとにかく安全の確保が第一だ。

 私は男をその場に残して走り去った。



 

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